第22話 古本屋

 タカナシさんはナップザックを背負っていた。

 台車と段ボール箱を近くの茂みに隠すと、

「では、花火大会の会場に向かう前に寄るところがあります」

 と言った。


「どこに行くの?」

「古本屋です。タカナシの『お仕事』のお給料は現金ではなかったので本を買い取ってもらって現金を手に入れる必要があります」


 私たちは市街地に向けて歩き出した。

 小学校に行くために毎日車で通ってきた道だが、歩くのは初めてだ。

 電気屋さんの呼び込みの声も、鯛焼き屋さんの前の甘い匂いも全て新鮮に感じる。


 お店が賑わうメインストリートを抜け、裏通りの角をいくつか曲がると、一件の古本屋がひっそりと建っていた。


 年代を感じさせる古びた看板の下のガラス戸をタカナシさんはガラガラと音を立てながら開けた。


 所狭しと並んだ本棚の向こうにこじんまりとしたカウンターがあって、しわくちゃな顔のおじいさんが座っていた。

 おじいさんは私とタカナシさんを見ると、見た目に反してかくしゃくとした声を発した。

「買取ですかな?」

「はい、よろしくお願いします」

 タカナシさんはナップザックから単行本をいくつか取り出した。

 漫画でもライトノベルでもなく落ち着いた装丁の古そうな本だった。


 おじいさんはしげしげと本を観察し、タカナシさんを見上げた。しわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして笑っていた。


「大変良い保存状態ですな。この本がここまできれいに残っているのは大変珍しい。さぞ大切になさっていたのでしょう」

「ええ、本は大切な友人ですから」


 そうですか、そうですか、とおじいさんは嬉しそうに何度かうなづくと、「これは自惚れかもしれませんが」と前置きして言った。


「このような商いをしておりますと、本を通して他人様の心をほんの少しだけ覗くことができるようになります」

 そして、おじいさんはじっとタカナシさんの目を見つめた。

「本当にこの本をお売りになるのですか?」


 おじいさんの問いにタカナシさんは一瞬も迷うことはなかった。覚悟はとうに済ませたとでも言うように。

「ええ。私にはもう必要のないものですから」


 おじいさんはそれ以上何も言わず、帳簿のようなものに書き込みをし、店の奥に引っ込んだ。

 それからすぐに書類のようなものを手にして戻ってきた。

「これで買い取らせていただけますかな?」

 おじいさんはそう言って、書類の中から明細書を取り出す。

 タカナシさんは明細書を見て目を丸くした。


「こんなにいただけません」

 突き返そうとしたタカナシさんの手をおじいさんは力強く制した。


「私が、この値で買いたいのですよ」

「いや、しかし」

 なおも食い下がるタカナシさん。


 おじいさんはチラリと私の方を見ると、先ほどのようなしわくちゃの笑顔を浮かべる。そして、タカナシさんに向き直ると優しく言った。


「受け取りなさい。そして、娘さんのために使ってあげなさい」


 その瞬間、タカナシさんは頰を叩かれたみたいな顔をして黙ってしまった。



 古本屋から出た後、タカナシさんの様子がいつもと違うような気がした。

 私は場を和ませようとことさら明るい口調で言う。

「あの、おじいさん勘違いしていたね。私とタカナシさんのこと、親子と間違えていたみたい」


 タカナシさんは「そうですね」と笑ってくれた。

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