第12話 内緒

 そんな仕事もあるのか、と私は信じきってしまった。

 たぶん『ご両親から命じられた』という下りが有効だったんだろう。

 私は父が家に黒い背広をきた人たちを招いて一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりすることが大切なお仕事であると教えられてきた。

 ご飯を食べることが仕事になるのなら、本を読むのだって仕事になるのだろう。きっと。

 幼い私はそう考えた。


『あ、そうだ』とタカナシさんは本の森の中をガサゴソとあさると、一冊の本を収穫して私のもとに戻ってきた。

『お嬢様は小学生ですよね』

『うん』

『なら、この本がおすすめです。』

 それは表紙にキャラクターが描かれた文庫本だった。

 その本のタイトルをクラスメイトから聞いたこともある。

 読んでみたいと思うこともあったが、諦めていた。

 そんな本を読んでいたらすぐに氷川の人間として失格の烙印を押されてしまいそうだから。

『読んで、いいの?』

 私はおずおずと尋ねる。タカナシさんはにっこりと笑った。

『ええ、もちろん。本は人を選びませんから。』

 私なその言葉で背中を押された。

 怖いものでも見るかのように恐々とページをめくる。


 そして夢中になった。

 時が経つのも忘れてページをめくり続けた。


『お嬢様、そろそろご両親が心配されますよ』

 タカナシさんがそう言った時、空はもう茜色に染まっていた。

 私は名残おしさを感じつつもお屋敷に戻ることにした。

 帰り際、タカナシさんは唇に人差し指を当ててこう言った。

『今日、私に会ったことはくれぐれも内緒にしてくださいね』

『どうして?』

『本を読むことはお嬢様のご両親からタカナシが命じられた大切なお仕事です。

 それをお嬢様にお手伝いしていただいたなんてバレたらタカナシは叱られてしまいます』

『わかった。内緒にする』

 私もタカナシさんの真似をして唇に人差し指を当てた。

『ありがとうございます』

 タカナシさんは微笑み、私の髪をそっと撫でた。


 私はなんだかとても懐かしいような気持ちになった。

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