鼓動のはやさでわかる事(上映)

「いらっしゃいませ」


「ビール、央美は?」


「オレンジジュース」


「ジュースって、小学生かよ」


「オレンジのリキュールあるわよ。それにする?お酒、飲めるなら」


「それ、ジュースで割れますか?」


「ちょっと待ってね。あー。マスカットジュースしかないわ。買ってくるね。先生、店番頼める?」


「いいです。それで」


「不味いかもよ」


「いいです」


「そっ、わかった。」


店員さんは、オレンジマスカットを差し出してくれた。


「はい、ビールも。ゆっくりしてね」


素敵な人だ。


「桜川先生、またくるよ」


男の人は、お金を置いて立ち上がった。


殺してやりたい。


鼓動が速くなるのを感じた。


「先生、大変ね」


「奏太、結城さんは私を買ってくれてる。わかっては、いるけど。もう、誰かの人生を奪うのは嫌だ。」


「弱気ね。俺が、疑われた時は弱いものを守る正義になるからって言っていたのにね。無理よね。泥にまみれるのよ。青くささなんて捨てていいのよ。先生だけが、悪いわけじゃない。正義って、誰に向けられてるかわからない時あるじゃない」


店員さんの言葉に、復讐相手は、泣いていた。


「奏太、それでも私は人生をかけて償っていくつもりだ。」


その人が、誰の事を言っているかすぐにわかった。


【桜川優。無敗の王者でね。彼は、下調べもしっかりする。そんな彼が、唯一ミスをしたのが、君の父親の事件だよ】


ジャーナリストの浦瀬さんは、そう言った。


【血も涙もない鉄火面。彼は、ずっとそう呼ばれてる。でも、冤罪などしない。僕は、味方じゃないけれど、彼ははめられたと思っている。こんなミスは、彼にはありえない。でも、君の恨み言は全部買うよ】


俺は、浦瀬さんに全部ぶちまけて記事にしてもらった。


血も涙もないんじゃなかったのか?


心臓の鼓動がさらに速くなる。


これは、復讐だから、だから速いんだ。


「央美、俺、風見さんと帰るわ」


「えっ?」


「さっき、出会って意気投合しちゃった。央美、話聞いてないんだもん、全然」


「気をつけて」


笹塚は、それから風見さんとずっと付き合っている。


俺は、それから鉄火面に接触する機会を待った。


通うと、声をかけてくる男がいて、ホテルの前で振られる。


「好きな人いるのに、ダメだよ」


意味のわからない事を言われるのだ。


店員の奏太さんとは、すっかり打ち解けた。


そんなある日、鉄火面からデートに誘ってきた。


復讐相手だと思っていた鉄火面に恋をしていたのに気づいたのは、手を振り払われた時だった。


ズキン…胸を貫いた痛みにハッキリと気づいた。


俺は、先生が好きだ。


先生は、【罪悪感】だと言った。


嘘でしょ?


先生……。


何で、先生。


知らない人とは、キスが出来るのに、俺の手は振り払ったの?


ドッドッドッって、押し寄せてくる音に、胸を押さえて膝まづいた。


涙が止まらない。


先生を、好きなんだよ。


これは、復讐なんかじゃないよ。


好きなんだよ。


先生が、好きなんだよ。


「せ、せ、せんせーい」


思ってるよりも、大きな声が出せた。


先生は、彼から離れて俺を見つめた。


「先生、きてよ。こっちに」


聞こえないのは、わかってる。


先生は、彼の手をひいてわざとどこかに行く。


「しっかりしなさいよ」


振り返ると、奏太さんがいた。


「央美君が、優を繋ぎ止めないなら、俺が奪うから」


手を引っ張られて、立たされた。


「多分、家に連れてったはず。これ、住所」


「えっ?」


「優は、一番最初は家で過ごして、相手を抱くの。」


「奏太さん」


「央美君、どうしようもないぐらい優が好きなんでしょ?だったら、行って。じゃなきゃ、俺のものにするから」


「わかりました。」


俺は、奏太さんからコースターを受け取って走り出した。


先生を渡したくない。


絶対に、渡したくない。


先生が、誰かを抱くなんて嫌だ。


絶対に、嫌だ。


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