踏み出す理由

第1話 知っているのに

    一


 団欒を愉しみながら、不安を隠せなかった。目の前に居る妖精たちを羽ばたかせるには、学びが必要と感じていたからである。


 妖精は経験を学びとし、天使となり人々に幸せを振り撒く。天使はその功績をたたえられ、神となる。

 人が神となるには、創意工夫と試行錯誤が必須なのだ。努力に限りがない理由は、どこかに置き去りにされて終っていた。

 よしんば見つけても拾わない現在は、人を堕落の底に引きずり込むつもりでいる。


 現実が厳しい理由は、人が見えないものを探さなくなったからである。探し物はいつのまにか、見えないものではなくなった。手を伸ばし掴み取ることに、躊躇ためらいがでる。想いが溢れてできた世の中には、自爆装置が撒かれているからだ。


 答えという自己完結はある意味、防衛手段になっている。防衛は必要だが、備えを怠る理由にはならない。


 教えることは、殊の外難しい。してや躾などは、面倒極まりない。責任転嫁を取り繕う言い訳は、全てを凌駕していた。


 うさぎを妄想から引き戻したのは、荒井からの電話だった。

 楓花が差し出したハンディ受話器を受け取った。

如何どうしました?」

「暇かい?」

「暇と云えば暇ですが?」

「オレオレ詐欺の被害者を扶けてやって貰えないか?」

「それは、警察の役割では?」

「半グレまで手が届くんだよ」

「お手柄ですね」

「報酬が出るらしいから、赤瞳にと思ったんだがなぁ」

よろずやではないのですが?」

「長沼さんに云われたんだよ。やってくれよ」

「はいはい解りました。やりますよ」

「住所はメールして措いたから、たのんだぞ」

 荒井は言って、通話を切った。

 スピーカーで聴いていた楓花が、メールを晒した。

「三人で行くでしょ」

「私の初仕事だね」

 サキは妙に浮かれていた。


 会った印象は、物静かな方であった。

 六十年連れ添った夫を亡くし、この先に希望を持てないで居る。

 子に恵まれなかったので、詐欺だと気付いたと言った。集金者に殺されるつもりでいたが、亡くなった連れ添いが白昼夢に出て、思い留まったと説明した。


 通報を受けた緊急センターから所轄に連絡が入り、間に合ったというのが本当のところであった。

 所轄は直ぐに、本部に応援を依頼した。残された被害者にまで配慮が届かないことを気に病んだ本部長が、須藤に相談して、うさぎがその穴を埋めることになっていた。


 うさぎは外部からの侵入に備えた。

 玄関は下足箱で堰につまれ、ガラス窓はタンスなどで遮断された。


「ご尊母様と、窓のない部屋に身を隠して下さい」

 うさぎは指示した。

「宣戦布告にどう対処するの?」

 楓花は悪夢を経験していた。

「その部屋の押し入れに隠れ、どんなことがあっても、出て来ないで下さい」

「何故ですか?」

「空き巣を装い、強盗殺人が、予想できます」

「目的が、ミチおばあさんの殺害なんですか?」

 サキは、うさぎが備えている間に、ご尊母様と話して、名を聴いていた。

「これから先に仕事をし易くする為の『見せしめ』です」

「確かに、テレビで事件が流されるのが宣伝になるわね」

「警察が極秘捜査を貫くのは、その為です」

「スポンサー料も払って無いわよね?」

「ジャーナリズムと言う正義の裏に隠れるもの、です」

「人を集める時間は、その為にあるの?」

「夜が勝負になりますから、押し入れの中で寝てくれると助かります」

「この状況で、寝られる訳ないじゃん」

「なら、私が抵抗している音を聴いたら、荒井さんに連絡して下さい」

「解りました」

 サキが、うさぎのスマホを預かり、窓のない部屋に隠れに行った。

 うさぎは武器となるものを探し、部屋中を確認して廻った。


 サキがミチさんに寄り添い、楓花が押し入れの中のものを出した。隠れる場所を確保する為である。

 うさぎが確認に来たときに、ハンガーパイプを手渡した。洗濯物を干すハンガーラックを見つけていた。

 うさぎはそれを受け取り、楓花の頭を撫でる。

 楓花はニコニコして敬礼をした。

「老人宅と侮ってくれるといいのですがね」

「大丈夫。こっちには、勝利の女神が三名も居るんだから」

 うさぎの緊張をほぐし、押し入れに入った。


 夕方の喧騒に乗じて、ダンプカーが玄関に突っ込んで来た。

 うさぎは直ぐに廊下へ廻り、それを迎え打つ。

 荷台からキャビンを乗り越えて、威勢のよい輩が侵入して来た。手には金属製バットを握っていた。

 うさぎは下段の構えから、利き手にコテを入れた。

 金属製バットが落ちた。

 輩がもう一方の手で拾う。

 再びコテを入れた。

 もんどり打つ輩の後ろから、二名が加勢にやってくる。

 ひとりにツキを入れ、引きながらもうひとりにコテを入れる。軟弱な輩はそれだけで戦意を喪失した。

 ツキで後退した輩が、金属製バットを振り上げて襲い掛かってきた。

 うさぎはそれを往なしながら、ドウを入れた。勢いのままに転がる輩が、蓑虫のように体を縮めた。

 うさぎは用心しながら、抵抗を続けるのか確認する。

「くそったれが!」

 助手席のドアを蹴り外した輩が飛び掛かった。

 うさぎは振り向きざまに抜きドウを入れた。直ぐさまターンして距離を詰める。

 手に持つ金属製バットを蹴飛ばし、ハンガーパイプを鼻先に宛がった。

「そこまでだ」

 大将格らしき輩が、拳銃を向けていた。

 うさぎが、ハンガーパイプを投げた。

 「 バキュン 」

 銃声と同時に拳銃が宙を舞った。

 うさぎは前転して最初の輩の金属製バットを拾う。その勢いで回転しながら大将格の脛をはらった。

 大将格が突っ伏し、脛を抑えてもんどり打った。

 うさぎは深呼吸をして、闘気を吐き出した。

「いつから居たんです、荒井さん」

「赤瞳が拳銃を向けられたときだよ」

「久方ぶりだったので、手加減を忘れてしまいました」

「急所を外しているから、いいんじゃないか?」

「輩のおごりが、久方ぶりを補ってくれたようです」

「昔取った杵柄も、錆びてなかったな」

「どの口で言ってるんですか?」

 うさぎが笑顔を見せて、荒井が吹き出した。

 

 警察署の道場で、『躾』か『せっかん』か判らない指導を経験している。昭和の精神論と根性論が、うさぎの躰に染み込んでいた。

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