第3話 理由の要らない泪

    三

 

 百人を超える披露宴が開かれていた。

 何故かその中に、うさぎも居る。

 二度目のお色直し時に、事件が起きた。

 サキの叫び声は、披露宴会場まで轟いていた。


 うさぎが駆けつけると、サキのドレスが血塗れだった。傍に倒れている女性は既に、虫の息だった。

 うさぎは直ぐに緊急センター(110番)に連絡する。

 待つべき間にすることを摸索していた。

「た・大変よ!」

 楓花がやって来て、上擦っている。

 うさぎは落ち着かせ、大変の理由を確かめる。


 披露宴参加者の数人が嘔吐してもんどり打っているらしい。

 サキを楓花に任せ、披露宴会場に戻った。 

 倒れた方々は、ボーイさんたちが介抱している。

 直ぐさま近付き、倒れた方々の口の中を覗きこんだ。

「これは!」

 うさぎは直ぐに、電話をかけた。


「谺、高濃度酸素と、伝素・液素が必要です。それと、培養中の磁素はどれ位ありますか?」

「千回分くらいです」

「百人分は必要です。須黒さんと連絡を取って持って来て下さい。場所は川崎駅前の日航ホテルです」

「解りました。現地集合で向かいます」

 うさぎは谺に返事をせずに通話を切った。

 そのまま中里に通話する。


「中里さん、以前小杉駅前で使われた『偽物にせもの』の被害者が出ました。場所は川崎駅前の日航ホテルです」

「解りました。警察に手配をかけます」

「緊急配備で、ホテルを封鎖して下さい」

「了解」

 今度は返事を聴いてから通話を切った。


「軌道の確保をして下さい。飲めるようなら、水を流し込んで下さい」

 うさぎは声を張り、指示を与えた。

 緊急センターからうさぎに電話が掛かって来た。

「緊急センターですが、状況を教えて下さい」

「お色直しのドレスに刃物が仕込まれていて、二名が負傷。危機的状況です」

「被害者二名ですね」

「それ以外に、元素兵器が使用されました」

「元素兵器ですか?」

「そちらは内閣府に連絡済みです。どちらも持ち込んだ形跡があります。ホテルの閉鎖依頼は、内閣府から通達されます。迅速な対応をお願いします」

「解りました。対処します。後何か必要なものはありますか?」

「封鎖の状況に寄りますが、血液と大量の救急車が必要になります」

「献血センターと消防に手配します。他に必要なものがありましたら連絡して下さい」

「解りました」

 うさぎがやっとの思いで息をついた。それでも立ち止まっては居られない。直ぐに楓花の元へ戻った。


 うさぎは左手人差し指の第一関節付近の皮膚をかみ切った。滴る血を被害者二名の口から呑ませる。

「何をするの?」

「出血性ショックを起こすと死にます」

「血液型が違ったらどうするのよ」

「飲む分には、さほど影響が出ません」

「バカじゃないの。出る量が違うでしょ」

「私の遺伝子に、磁素が残っていれば、仮死状態をつくり出せます」

「今にも死にそうな人を仮死状態にしたって意味ないでしょ」

「ショックを回避できれば、必ず助かります」

「どんな根拠で言ってるのよ」

「黙って心臓マッサージだけしなさい」

 真剣な眼差しで、楓花が怯んだ。

 うさぎはハンカチを指に巻き、心臓マッサージを始めた。


 数分後

「赤瞳さん!」Χ二

 石と高橋が駈け寄った。

「代わります」

「楓花さん、お疲れさま」

 高橋が、肩に手を掛けた。

 代わるなり別人のようにマッサージを始める。

「救急隊員が来たわよ」

 楓花の声で、石と高橋が手を止めた。

「担架に乗せます」

「まだ」

 高橋がそれを止めた。

「スイマセン、出血性ショックを回避する為に、仮死状態にしてあります。もう直ぐ薬が届きますから待って下さい」

「赤瞳さ~ん」

 谺と結衣が到着した。

 結衣は速度を緩め、ゴム手袋を嵌めていた。

 谺はジュラルミンケースで両手が塞がっている。ジュラルミンケースをおくと直ぐに、注射器に液体を注入した。

 うさぎは高濃度酸素スプレー缶を取り出し、披露宴会場に走った。

「置くよ。じゃあ後は頼んだよ」

 谺は言うと、うさぎの後を追う。

 石が披露宴会場の入り口で待っていた。

「須黒さんたちが、百人分の薬を持ってきます。それまでに検体採取をしましょう。手伝って下さい」

「綿棒でいいの?」

「はい、高橋さんを視真似て下さい」

「了解」


「救急隊員さ~ん。AED持って来て」

「はい」

「楓花さん、次に行くわよ」

 結衣が腕を取った。

「結衣さ~ん」

 須黒が研究生を従えてやって来た。

「須黒さんたちを、披露宴会場に連れてって」

 結衣は言い直し、つかんだ腕を離した。

「予定変更ですか?」

「一分一秒が生死の分かれ目よ」

 楓花はそれで研究生のひとりと交代した。

「絶対に、死んじゃ駄目だからね、サキ」

 楓花が須黒たちを引き連れて披露宴会場に向かっていく。


 三十名を超える人員で手分けをした。

「順番に廻りますから、そのまま着席でお待ち下さい」

 披露宴会場が、ワクチン接種会場の様相に変わっていた。警察官がホテル内の人たちを連れて来た。

「斉藤まるさんと小嶋さん。綿棒の購入をお願いします」

 石が総数の誤算に気付いた。

 そこへ

「お待たせ、検査キットを持って来たよ」伊集院が現れた。

「斉藤まるさん。ホテル内を分散しましょう」

「了解。須黒さんたちは一Fロビーに向かって下さい」

「大丈夫なの、一般市民の目は?」

「大丈夫だった。規制線が引かれたから、結界のようになってたよ」

「有難う御座います、伊集院さん」

 岡村が礼を言い、須黒研究室のメンバーが一Fに降りて行った。

「ここが終ったら、総ての宴会場に居る方々を検査するからな」

「了解、室長」


 うさぎは楓花を連れて、サキのところにいた。

 楓花は手を握るしかできない。

「サ・サキ!」

「楓花~」

「大丈夫、な~んにも心配要らないよ」

 うさぎが、楓花の肩を叩いた。

 楓花はそれで、首を捻った。

「馴染むまで時間がかかりますから、休ませてあげましょう」

「はい」

 楓花が初めて、素直に従った。

 うさぎはそれで、頭を撫でる。

 笑顔を見せながら、大粒の涙が流れていた。

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