第4話 恐怖を乗り越えて

     五


 手始めは、殺人事件の犯人をあげることだった。生き証人が居るので、事件は難なく解決するはず。


 うさぎが想定した未来は、更に先にあった。警察にしても、関係のない市民の安全をおびやかすものは排除したい。相互関係は、取り持つ人の想いで良好に交信していた。


 備えたものは、奇襲攻撃へ、だった。

 卑怯もクソも無い。

 半グレと呼ばれる由縁は、たちの悪い輩を指していた。主な構成は、学生時代に爪弾つまはじきにされた者の集団なのだ。

 底まで堕ちる気構えはない。かといって、厚生する気も更々さらさらない。


 その場の快楽に身を委ね、後輩に八つ当たりを繰り返す。最上位に居る者は、極道の意をかる哀れな輩。

 法の改訂がもたらしたゆがみはそのまま、一般市民に飛び火していた。

 

 机上の正義は、知能指数の高い者を指していた。論理と口上こうじょうは、学閥がくばつに従い。その仕組みは軍隊を継承したもの。

 能ある鷹は居場所を追われ、残ったものが権威のかさの下に居る。世知辛い世の中を作り上げた者の言い訳は、弱者を更にさげすんだ。


 楓花は、うさぎの説明を聴くだけで、気分が悪くなった。


「何故?」

 楓花が思わず口にした。

「何故、とは?」

 うさぎは目を点にして聴き返した。

「何故誰もうったえないのよ?」

「仕返しが怖い、と言うのが本音でしょうね」

「仕返し。それってただの脅しでしょ」

「そうですね。輩と呼ばれる由縁がそこに存在します」

「あたしには、復讐は認められてない。って言ったじゃん」

「言いました」

「あたしは駄目で、輩はいいの。なんでよ、理由を教えてよ」

「理由はないです」

「そんなんじゃ、納得できる訳ないじゃん」

「そう、今の楓花の気持ちで実行するのが輩なんですよ」

「実力行使、ってこと?」

「世間様は生業とみて、距離をおいてます」

「それじゃ、触らぬ神にたたり無しじゃん」

「だから、覚悟が必要なんです」


『バンッ』

 弾丸が打ち込まれてガラスが割れた。着弾した壁からは煙が出ていた。

 うさぎは楓花の頭を抑えて、低い体制をとった。

「なに、何?」

 楓花には、今、措かれている状況が呑み込めない。

「これは本来、抗争時に起きるもの。輩が開戦の意思表示をしたんですよ」

「意思表示?」

「命の取り合いのゴングが鳴らされました」

 楓花の口を抑え、荒井に連絡を入れた。協議の段階で、ホットラインが繋がっていた。


「おいおい、もうかよ。ヤッコさん達もいきり立ってやがるな」

「検挙した輩が、組織の中枢だったんでしょうね」

「解った。直ぐに誰か廻すから、何とか凌いでくれ」

「任せて下さい」

 うさぎは簡単に言い放ち、強行侵入に備え始める。

 出入口は完全に塞がれた。


 第一ラウンドは、輩たち組織が、ポイントで上回っていた。

 先手を取られたからには、挽回するための作戦が必要である。

 作戦を練るうさぎの口から聴こえたものは、この世の言語とは念えなかった。

 楓花は、

『念仏って呪文だったの?』と、諦めにも似た悟りにすがるしかなかった。



     六


 既成事実が発覚して、警察の警護がついた。単細胞の多い輩たちは、自分で自分の首を絞めていた。


 うさぎの作戦は、その単細胞たちを挑発するものだった。繁華街にたむろす下っ端は、瞬間湯沸器しゅんかんゆわかしきが多い。

 目の前をチョロチョロするだけで、金魚のフンのようにおびき出される。

 人集りの中で、物騒なものをチラつかせば、逮捕の口実になった。

 皮をはぎ取り過ぎまいと、きもめいじていた。手負いにすれば、差し違える可能性が高くなる。

 後押しする者 (極道者)たちの影だけは踏みたくなかった。連中の執念深さは、若い頃にとった杵柄きねづかで知っていた。俗語ぞくごにある、『江戸の仇を長崎まで』じゃないが、地の果てまで追って来る。

 輩たちとの関連性で検挙するのは、警察の管轄であった。素人が口を挟んでも、ろくなことが無い。そこだけは経験済みだった。


 うさぎは笑顔を見せていた。

「憶病風に吹かれていませんか?」

「なんでよ」

「テレビドラマではないですからね」

「フン、お子ちゃま扱いしたいだけでしょ」

「違います」

「なにが違うのよ」

「私の脚に触れて下さい」

 楓花が膝に触れると、うさぎの脚が小刻みに震えていた。

「しょうがないわね」

 楓花が両手で擦る。

 うさぎがその手を止めて、

「怖いことは、隠したら駄目です」

「なんでよ」

「自分で乗り越えなくては、次に繋がりません」

「だから?」

「やって良いこと。駄目なこと。総ての経験が、人生の誉れなんです」

「解った。あたしも実は怖かった」

「知ってましたよ」

「いつから?」

「警察で顔を見た時でしたかね」

「もうっ」

 うさぎの胸に顔を埋めたのは、泣くためだった。声を押し殺す楓花は、うさぎに頭を撫でられて、しがみ付いていた。

「おじさんもこれで浮かばれますね」

 うさぎが宇宙そらを見上げて囁いた。

 楓花はうさぎの胸で泪を拭ってから見上げた。

 一際煌めく星が、笑顔で見つめるおじさんを写し出した。

 楓花は祈りを込めた。

「安心して、おじさん。父と二人で、をつけたからね」



 第一章 絆に導かれて  完

 第二章に続きます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る