キッチン

俺は、キッチンでお皿を洗う。


「ねぇー。由紀斗さん。」


「何?」


「一緒に住み始めたら、緊張する?」


「別にしないよ」


「でもさぁー。ソファーとかでイチャイチャされたりさ、部屋から聞こえてきたりしたら、我慢できるの?」


千尋の言葉に、出来るよ。なんて軽々しく答えられなかった。



「答えられないんだね」


「それは、そうだよね。難しいよね。元夫婦なわけだから…。」


「へー。逆に、楽しみだね」


千尋は、そう言って俺を抱き締めてきた。


「ただいまー。」


「帰ってきたよ」


俺は、千尋から離れた。


千尋は、少しだけ寂しい顔をしたけれど…。


さすがに、いちゃつくわけにはいかなかった。


「おかえり」


キッチンで、お皿を洗い終わった俺は、荷物を取りに行く。


真白ましろさんは、たくさん荷物を持っている。


多分、梨寿りじゅの足を誰よりも気づかっているのだ。


「ありがとうございます。」


「いえ」


俺は、真白さんから袋を受け取った。


「二人は、料理して食べてるの?」


入ってきた梨寿に声をかけられた。


「いや、宅配で頼んでる。昨日は、寿司だった。」


「そんなの続けてたら、すぐにお金なくなっちゃうよ。」


「わかってる」


こんな感じが、久しぶりで懐かしくて嬉しくて。


あー。俺のどこかには、梨寿がまだいるんだって感じた。


「真白が、お野菜沢山とる為にお鍋がいいって言って。お鍋、前のとこにある?」


梨寿が、キッチンにやってきた。


お鍋を取ろうと上の戸棚を開ける。


「取るよ」


「由紀斗さん、俺が取るよ」


背伸びして取ろうとした俺を見ていた千尋が、鍋を取ってくれた。


「ありがとう」


梨寿は、気にせず受け取る。


「コンロ持っていって。真白、手伝って」


ムスッとした、真白さんは、梨寿に近づいた。


「座っといた方がいいよな?」


「うん、シャワーとか浴びたら?」


「そうさせてもらうよ。」


「俺が、先入ってくる」


千尋は、そう言ってシャワーに行った。


コンロをセットしたりお皿を持っていきながら、二人を見つめていた。


「真白、このお皿にお肉並べて」


「梨寿、これでいいの?」


嬉しそうな真白さんを見てると、あそこは俺だったのに何て思ってしまった。


俺は、リビングから出る。


まだ、一週間?


もう、一週間?


何で、泣いてるんだろうか…。


「由紀斗さん、きて」


二階から、服を持って降りてきた千尋は俺を引っ張った。


「ごめんな。千尋」


「由紀斗さんが、梨寿さんをまだ愛してるの知ってるから」


電気のつけていない、洗面所で抱き締められる。


「ごめん、本当にごめん。」


どうして、失くせないのかわからない気持ちに押し潰されて、ごめんとしか言えなかった。


「明日から、ちゃんと住めるの?梨寿さんは、もう真白さんのものなんだよ。無理なら…」


「無理じゃないよ。ただ、うまく消せないだけだから…。」


「当たり前だよね?二人は、10年間一緒に居たんだよ。色んな事、乗り越えてきたんだよ。消せるわけないよ。そんなの俺、わかっていて一緒にいるんだよ。そんな簡単に消すような人なら、一緒にいないよ。」


千尋の言葉に涙が止められなかった。


「由紀斗さん、いいんだよ。梨寿さんを好きでいて…。梨寿さんだって、まだ由紀斗さんを好きだよ。ただ、一緒にいれないだけだろ?せっかく、同じ家に住めるんだよ。もっと、話しかけなよ。もっと、笑いなよ。俺に、気を使わないでよ。二人の新しい形を見つけられるようにしなきゃ……ねっ?」


そう言われて、頷いた。


俺と梨寿は、もう隣にあんな風にいれない


こんな風に、抱き締めあえない


新しい形を見つけないといけないんだ。


それが、きっとこのシェアハウスで見つけられる気がしてたんだよ。

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