優しさ

店長の一人言は、私への優しさだった。


店長に抱き締められると胸の中が暖かくなった。


「店長と同じです。世界平和なんて、現実に有り得ないと私も思っていました。」


店長は、私の手を握ってくれる。


「母に平和な日々がなかったのを見ていたから余計に…。」


「お母さんは、平和な日々がなかったのですか?」


「なかったですよ。情緒がおかしかった。コントロール不可能でした。でもね、不思議と水神桃源みずがみとうげんにお参りに行くと少し安定するんです。それを見て子供ながらに思いました。人は、洗脳されればされる程、幸せに思うのだろうか?ってね。」


「そんな事はないですよ。」


店長の言葉に首を横に振った。


「母は、臆病者だったんです。例えば、地図を見て右か左かわからない時も、私や姉や父が右だと言えばそうした。自分で何かを決めるのを酷く怖がっていた。誰かと同じだと安心していたし。誰かに決められたら、喜んでその通りにした。それって、裏を返せば責任を取りたくなかったのではないでしょうか?そんな、母だから利用されたんです。」


「大宮さん、嫌いなんですね。お母さんが、信仰していたものが」


「大嫌いですよ。父が、私と姉の為に積み立てていたお金も使い果たし、私の事故もさっさと勝手に示談にして100万円にかえました。父は、幼かったのでもう少し時間をかけたいと話したのですがね。100万円にかえられた私の足は、元通りにも戻らずに自腹で治療に通う事になったのです。」


「お母さんにとっては、唯一の救いだったのですね」


「そうだったんでしょうね。洗脳は、怖いものだと学びました。母を見ていると神様系を信じる事は出来ませんでした。」


「いいと思いますよ。それが、大宮さんなんですから」


「なのに、店長。私、子宝神社や祈願に行って、占いまでしているんです。あの母に近づいていく、自分が大嫌いになりそうなんです。」


私の言葉に、店長は涙を優しく拭ってくれた。


「誰だって、神様にお願いしたくなりますよ。どうして、大宮さんに子供が出来ないのか…私が、神様に聞いてきてあげたいぐらいです。」


店長は、私の為に泣いてくれる。


その優しさが、堪らなく嬉しかった。


「店長、映画見に行きましょうよ」


「そうですね、大宮さんのお家に送りますよ」


「お願いします。」


もうこれ以上、心を剥き出しにしたくなかった。


剥き出しにしたら、私は店長に泣きついてしまう。


そして、こう言うのがわかる。


私は、駄目な人間だから出来ないの?私は、嫌われてるの?ってね。


店長は、私を車で送ってくれた。


「一時間後に、また迎えに来ますね」


「はい、お待ちしています。」


私は、家に帰った。


犬や猫を飼えばよかっただろうか?


二人で可愛がっていたグッピーが死んだ。


結婚してすぐに飼ったのだ。


悲しくて、二度と生き物は飼わないと約束をした。


私は、寝室のクローゼットから服を取った。


洗面所のかごの上に、置いた。


悟のように、浮気の一つでも出来る人間になればよかった。


シャワーを捻る。


お湯が出るまで待つ。


不特定多数として、病気をもらうのが怖くて、酷く臆病で出来なかった。


悟のようにストレートに、ものを言いたかった。


【子供は、こっちだって欲しいんじゃ。何を偉そうに悟は、子供がいないからわからないやと!ふざけるな。そっちにこっちの気持ちがわかるのか?こんなに、苦しいぐらいに欲しい気持ちが…。】


吉宮凛の苦悩に満ちた表情が素敵だった。


シャワーを浴びる。


悟の台詞好きだったのにな…。


今回の映画では、どんな役なのかな?


予告を見た時に、見に行こうと決めた。


「俺達は一生、二人だよ。それでもいいの?先生」


「いいに決まってるよ。」


あの台詞にキュンとしたんだ。



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