4

トゥキュディデスが更迭された後、アテナイは革鞣かわなめし職人のクレオンをアンフィポリス奪還の指揮官として送り込む。これが第二次アンフィポリス戦争だが、このときクレオンは愚かにも、スパルタに通じていたマケドニア王ペルディッカス二世に援軍を要請する。マケドニア兵の到着を待つ間にクレオンはブラシダスの攻撃を受け、まともな反撃もできぬまま大敗、みずからも敗死。スパルタ側の被害はわずかだったが、ブラシダスもまたこの戦いで頭に致命傷を負って戦死する。

この戦いでスパルタ、アテナイいずれもアンフィポリスを実効支配できないまま、アンフィポリスは住民らによる自由自治の町となり、パンガイオン金山とアンフィポリスは他のトラキア地方と同様、実質的にマケドニアの支配下に入ることになる。パンガイオンを手に入れたマケドニアはますます富強になった。


思うにクレオンは、アテナイにはよくいる扇動政治家の一人であり、為政者としても軍人としても無能だった。クレオンはトゥキュディデスが手に入れたパンガイオン金山の利権が欲しかった。そのためクレオンはトゥキュディデスに責任を負わせ、追放したのだろう。

彼は対外的に極めて冷酷な政治家であった。常々、デロス同盟から離反しようとするポリスを徹底的に弾圧すべきであると主張した。アテナイの覇権に逆らえば、男は全員死刑。女子供は奴隷とした。アテナイはクレオンのような狂人らによってみずからギリシャの民心を失ったのである。


二十年がたちまちに過ぎた。今度はクセノフォンがスパルタにやってきた。

クセノフォンにとってアテナイは、恩師ソクラテスに死を宣告した狂人らが支配する呪わしい国であった。


時にペルシャ王ダレイオスにはキュロスという弟がいた。サルデイス総督に任じられたキュロスは兄の王位継承を不服とし謀叛を企む。サルデイス出身だったクセノフォンはソクラテスに暇乞いし、アテナイを去り、キュロス軍に参加する。

キュロスはバビュロン郊外の戦いで討ち死にし、クセノフォンはペルシャの残党狩りから逃れるためにスパルタに亡命したのである。


クセノフォンにもまた、退役軍人らが共同生活する村に住居が与えられた。そこにはかつての名将、今は白髪頭になったトゥキュディデスがまだ住んでいた。

クセノフォンはトゥキュディデスが記した膨大な報告書や書簡の写しを読み進めるうちにトゥキュディデスに魅了され、彼の熱烈なファンになった。

トゥキュディデスはクセノフォンに言った。「やっと、追放令の期限が切れた。やはり私はアテナイに帰ろうと思う」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る