先輩とのこれから…

「睫毛、長いんですね」


「ありがとう」


「先輩、また抱かせてくれるんですか?」


俺は、水を取って先輩に渡しながら言った。


「由紀斗でいいよ。」


「由紀斗さん、また、抱かせてくれますか?」


俺は、先輩を見つめる。


「構わない」


「奥さんと別れるからですか?」


俺も、水を飲む。


「そうだな。寂しいのかもな…。会社で、俺達夫婦が何て言われてるか知ってるだろ?市木」


「千尋でいいですよ。知りません。俺は、何も…」


わかっていたくせに、嘘をついた。


先輩は、起き上がってベッドに腰かけた。


「ポンコツだよ。部長が、進めてきた部長の親戚との縁談話を断って、俺は梨寿りじゅと結婚したんだ。」


「いいじゃないですか、別に」


「ざまーみろだろ?部長の親戚は、今や4人の子供のお母さんだよ。」


そう言って、水を飲む。


先輩と奥さんは、計り知れない程の苦労を乗り越えてきたのが、その姿でわかるよ。


「俺は、そんな風に思いません」


先輩が、涙を拭う仕草をしたのがわかった。


「梨寿も、まだ40だ。新しい人となら、子供を授かれるかもしれない。そう思うと別れてあげたいと思った。もう、苦しんで欲しくない。これからは、自分の幸せだけを考えて欲しい。」


そう言いながら、服を着ていく。


「由紀斗さんは、本当に奥さんを愛しているんですね」


「そうだな。梨寿と過ごす時間は、とても幸せだよ。でも、子供に縛りつけられた日々を長い間おくった。申し訳なかったよ。すごく…。」


先輩は、そう言いながら涙を拭った。


「また、居酒屋行きますか?」


「ああ」


さっきまで俺に抱かれていたのが嘘みたいだ。


俺も、服を着る。


「シャワーはいります?」


「大丈夫だ。」


こんな風に思う程、追い詰められてる先輩を助ける事すら俺は、出来ない。


「行きましょうか」


「市木を何て呼べばいいだろうか?」


「千尋でいいです。」


「じゃあ、千尋で。」


俺は、出て行こうとする先輩の腕を引き寄せた。


「千尋?」


「由紀斗さん、今まで大変でしたね。」


「もっと大変な人もいるよ」


「そうかも知れません。でも、俺は由紀斗さんの苦しみを今知りました。二人で乗り越えた日々があったからこそ、奥さんの幸せを願っている気持ちが伝わってきました。」


抱き締めてあげる事しか出来なかった。


「千尋、ありがとう」


先輩の奥さんも、抱き締めてあげたいよ。


何で、こんな想いをしなくちゃいけないんだ。


先輩を離す。


「行こうか、千尋」


俺と先輩は、歩きだした。


先輩は、いい父親になれたと思う。


フロントに鍵を預けて、昨日の居酒屋に先輩と行く。


「千尋が、適当に頼んでくれ」


先輩は、そう言って笑った。


何故か、俺は、先輩と奥さんを守ってあげたいと思った。


「お疲れ様です。」


俺は、先輩と乾杯をする。


「由紀斗さんの奥さんは、何故パートを始めたんですか?」


俺は、枝豆を食べながら言う。


「子供を完全に諦めたんだと思う。だから、パートを始めたんだ。梨寿は、小さな時の事故でね。足首の骨が駄目になってしまってね。右足を引きずっている。だから、働きに行かないと思い込んでいた。梨寿が自分の元を去るわけがないと思い込んでいたんだ。自惚れていたんだな。」


「自信があっただけですよ。それだけ、愛されてる自信が…」


「どうだろうね。足が悪いから離れないって思っていただけだよ。でも、好きな人が出来たと言われて驚いた。離婚を考えたと言うことは、その人と梨寿はもうとっくにそういう中だ。俺も、千尋に抱かれたから梨寿を責められない」


「わざとですよね?」


俺は、焼き鳥を食べながら先輩を見た。


「どういう意味だ?」


「奥さんだけが、悪くならないように俺に抱かれたんですよね?」


「そんな事はない」


「俺は、わかってます。だって、先輩はちゃんと奥さんを愛してる。」


俺は、先輩の指輪を見つめた。


10年間愛してる人を裏切るなんて、奥さんの為だって、わかってる。


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