☆私と魔本と秘密の恋☆

山岡咲美

☆私と魔本と秘密の恋☆

 私がその本と出会ったのはきっとただの偶然だったのだろう。



「やっぱりお昼はナジミ商店街のパン屋さんが一番よねママ」


「そうね、しおりちゃん、栞ちゃんナジミベーカリーのカスタードクリームパン大好きだもんね」


 私、夢見栞ゆめみしおりは小学校が休みの日はよくママと二人で近くのアーケードの商店街に買い物に来ていた。


「あっ、ママ、私本屋さんよりたいんだけどママは?」


「ママは夜ご飯の買い物もしたいからスーパーに行くわ」


「じゃ、私は二階のある本屋さんでママはスーパーね」


「わかった、お金大丈夫?」


「大丈夫、お小遣いでちゃんと買うから、六年生だもん」


 私はそう言うと商店街にある本屋さん、名前は? 忘れたけど二階が漫画売り場に成ってるメガネのお婆ちゃんの居る本屋さんに駆けて行った。



***



「あれ? こんなとこにも本屋さんあったっけ?」


 そこは薬屋さんのある十字路を曲がっておもちゃ屋さんとその先に本屋さんがある場所のはずだったが、薬屋さんとおもちゃ屋さんの間に可愛い小さな本屋さんが間借りしているようにあった。


魔本堂まほんどう???」


 私はその小さな本屋さんに目を奪われた、その本屋さんは小さいけれどおとぎ話に出てくるような作りの白い板作り外観、白い格子のガラス扉の入り口に、上に半円形の飾り窓のあるショーケース、そこに並んでいるまるで魔法使いが持ってるような重厚な装飾や鍵の付いた可愛い本が飾られ並んでいて、おとぎの国が目の前に現れたようだった。


「いらっしゃい」


 少しくたびれた白いYシャツに茶色のエプロンをしたお兄さんが私に声をかける、どうやら店員さんのようだ。


「あ、どうも、いらっしゃいました……」


 私が店内に入ると扉の上部に付いたベルがカランカランと鳴り、六畳ほどの狭い店内には絵本のお店のように多くの本が表紙が見えるように壁側の棚に並んでいて、お店の真ん中には浮島のようなテーブルの上の本立てに一冊一冊本が立てられていて、そのどれもが宝物にしたいほど綺麗きれいな本達だった。


「あっ、奥にも」


 私は奥の壁側を見る、そこにはレジカウンターとお店の人が店内に出入りする淡い緑のカーテンが開きっぱなしの入り口、そしてその横に古書と本棚の上にシンチュウのプレートのあるコーナーがあり、そこには本が背表紙にしてずらりと並んでいた。


「[私と魔本と秘密の恋]?」


 大柄の本の多いその本屋さんの本のなかで背表紙に金の五芒星ごぼうせいの飾りの付いた小柄な本が私の目を引いた、その本は春の空のように鮮やかな空色で、よく見るとボタン付きの白い革のベルトがかかっていてそこに後付けで錠前じょうまえをつけれるベルトを通り抜けた金属製のフックが付いていた。


「コレいくらですか?」


「ああ、その本ね、中古品だから安いよ、3000円」


 お兄さんは優しく笑ったが3000円の本は小学生には決して安く無いと私は思った。


「どうする? きっと面白い事に成るよ」


 お兄さんはニコニコ笑う。


「う~~ん」


 私はお財布とにらめっこする、この本を買ったら今月は何も買えない、ママに秘密でこっそり買ってた、ぷっくらアンコおなかのたい焼きも、サクサクシュー皮のシュークリームも、とろとろビン詰めプリンも、丸かじりヨウカンも買えない。


 でもっ……


「この本ください!!」


 私は意を決して本をレジの横に置いた、中古の本だ、これを逃すと買えなくなるかもしれない。


「じゃあこの中から錠前を選んで」


 そう言うとお兄さんは木の箱の中でジャラジャラと音を立てる小さなたくさんの錠前を見せてくれた。


「ただ?」


 私は3000円で散財している。


「もちろんサービスだよ、その本は元の持ち主が鍵を無くしたらしくてね、錠前を新しくするしか無かったんだ」


 そう言ったお兄さんは元の持ち主を思い出すように笑った。


「じゃ、このピンクのハートのやつで」


 私は春の空にはえる桜色のハートの錠前をえらんだ。


「お買い上げありがとうございます」


 お兄さんは錠前を小さな星の模様の紙袋に入れ、私が買った本と一緒に再生紙らしき茶色の紙袋の中に落とすと嬉しそうに手渡してくれた。



***



「あっしまった、中、確かめず買っちゃった……」


 私は本屋さんから出てその事に気づき、ふと本屋さんを振り返る、しかしそこにその本屋さんはなかった。


「えっ? 何で???」


 手の中にはしっかりと茶色の紙袋に包まれた小さな本の重みと感触があるのに……。



「どういう事?」



 私はあのお兄さんの笑顔を思い出していた。



***



「栞ちゃんお昼ご飯は?」


「部屋で食べるーー♪♪」


 私はアパートの二階にあるウチに駆け上がり先に帰っていたママからナジミベーカリーのカスタードクリームパンを貰うとママの用意してくれたマグカップの温めたミルクを自分の部屋へと持って行った。


「熱っ!!」


 フーフーフー


 私は部屋の小さなローテーブルで何時もならゆっくり味わって食べる、ふんわり軽い、たっぷりカスタードクリームと薄いパンのカスタードクリームパンをクリームを唇で切るように食べ、まだ熱いミルクをフーフーしながら一気に飲んだ。


「早く♪早く♪」


 その時の私はあの本を読みたいドキドキが止まらない感じだったのだ。



***



「ん? やあ、初めまして、僕はカイト、君の名前は?」


「え?」


『栞だけど……』


 私は書き出しに少し驚き心の中で自分の名前を名乗る。


「いい名前だね、これから始まるのは僕と君の物語だ、君がこの本の持ち主である限り僕は君の助けになると誓うよ」


「はぁあっ……???」


「あっ、信じてないな? こう見えても僕はこの魔本の主人公なんだ、必ず君の助けになるよ」


「会話が噛み合ってる?」


 私は一瞬そう思ったが頭をブルブルと振って考え直す。


「待って待って、これは本、本なのよ、書いてあるのは作者さんが事前に書いた物語、この会話だってどうとでも受け取れるように成ってるだけよ……」


「今君はいろいろ考えてると思うけど、そんな事はどうでも良いんだ、重要なのはこの物語の主人公である僕がこれからどう生きるかさ」


「そっか、つまりこの本は私に語りかけるように書かれているんだ」


 私は嬉しくなった、私にとってこんな体験は初めてだったからだ、本が私に語りかけて来るなんて、こんな書き方の本があるなんて知らなかった。


「さてだ、おたがいに自己紹介も済んだ事だし君は何がしたい?」


 ?


『本が質問してきた、なんて答えよう?』


 私は真正直に考える。


「えっと、じゃあゲーム……はさすがに無理そうだから言葉遊び、しりとりとかは?」


「ダメダメそんなの、君は僕を知らなさすぎるね、僕は結構なイケメンなんだ、君、想像してご覧? 君の中でいちばん好きなタイプの人を」


「え? ああっ!」


 そうだこれ本だ、イニシアティブを相手が持つ事でストーリーが進むんだ。


「んー、じゃあ、優しい感じの人、それで背が高くて腕に抱きつくと私が持ち上がっちゃうくらいの力持ち、髪は柔らかくってサラサラで少し短め、色は黒より少し明るめな方が良いかな?」


「君ワガママだね」


「えーそんなの事無いよ」


「いやワガママなのは良いんだけど、僕の姿は君次第だからね、あまり変な想像では困る、例えば怪獣みたいなのとか人の形をしていないロボット系とか、いやロボットでも人型ひとがたならまだ僕も文句は無いよ、僕は君と違ってワガママでは無いからね、わかった?」


「わかってるわよ、だからちゃんと人で想像したわ」


「まあ、本の読者は君だから本をどう解釈するかは自由なんだけど、例えば怪獣や変なロボットだと恋愛とかになりにくいと思わないかい?」


「恋愛? 私と???」


「僕もお年頃だし、恋だってしたいのさ」


「恋愛か……」


「でも一つだけ約束して、この事は二人だけの秘密だ、だれにも言ってはいけないよ、人に話してしまうとこの魔本の魔法がとけてしまうんだ、だから必ず一人で読む事、約束だよ」


「危ない!! 私一人で読み始めて良かったよ……友達と一緒に読んでたらもうすでにアウトだよ!」


 私はもうこの本の魔法にかかっていた。


「栞ちゃん誰か居るの? お菓子とか持っていくー?」


 ママの声が部屋の外から聞こえる。


 え?


 『しまった』と思った、私は本を読みながらつい一人声を出してしまっていた。


「何でも無いーー! つい声出して読んじゃっただけーーーー!!」


 私はあわてて本に指を挟み閉じ、ママに返事をした。


「そう? 気をつけてね、まだ昼だから良いけど夜に大きな声出しちゃダメよ~」


 ママはそう言うと部屋の前から去って行く。


「ちなみにこの注意を読む前に友達や兄弟、姉妹なんかと読んでたらアウトだから♪」


『心読まれた?! そしてイジワル!!』


 私は心の中で話す。


「それにパパやママに寝る前に読んで貰うのも無しだよ、僕だって君のパパやママの前で愛を語る勇気はないからね♪」


『はいはい解りました、これは二人の秘密の本なのね』


 私はカイトのノリが楽しくなっていた。


 なるほどね、錠前はこの為に付けれるようになってたんだ。



「僕は君の味方だから、



『∞∴♂♀℃¥$¢£%#&*@§☆★!』



「キャーーーー!! いきなり愛してるとか止めてーーーーーーーー!!!!」


 私は顔が真っ赤になって全身に電気が走った。


「栞ーーーー!!」


『しまった!! また声出てた?!』


「ごめんなさいママーー!! 静かに読むからーーーー!!!!」



 私は完全にこの魔本のとりこになってしまっている。


 この物語は私とカイトの秘密の恋の物語だ。

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