第12話「2人だけの世界」

 俺達は近くのオンボロな小屋……のようなものに移動した。流石に暑い。あの場所にい続けてしまえば溶けてなくなってしまいそうだ。


「なんか、恥ずかしいね……」


 パタパタと手で仰ぎながら、香純ははにかむ。俺も冷静さを取り戻し、なんであんなことをしてしまったのだろう、と恥ずかしさで少し後悔している。


「嬉しかった」


 俺の隣に座る香純がポツリとつぶやく。


「直樹、いっつもムスーッ不機嫌そうだから、私といてもつまらないのかなって、時々思ってた」

「ああ……ごめん」


 昔から俺は自分の感情を顔に出すのが苦手だ。そのおかげでポーカーなどはめっぽう強いが、他人から「怖い人」とよく誤解されてしまう。


「謝んなくていいよ。直樹がそういう人だっていうの、私も知ってるし。でも……やっと直樹の本音が聞けて、嬉しかったな」


 にへへ、とふにゃふにゃした笑顔を見せる。おそらくこいつがこんな風に笑うのを知っているのは俺くらいだ。いつも明るく天真爛漫な奴だから、こんな腑抜けみたいな顔をするなんて誰も知れないだろう。俺だけの特権だ。


「ねえ、直樹はいつから私のこと……その、好きになってたの?」


 恥ずかしそうに香純は尋ねてきた。日陰にいてもわかるくらい香純の顔は真っ赤になっていた。


「いつから、か……そうだな、気がついたら、みたいな感じかな」

「何それ。ちょっと軽くない?」

「仕方ないだろ。だって本当にそうなんだから」


 我ながら恋を自覚してから告白までのスピードが早すぎる気もする。けれどそこに至るまでに小さな想いの積み重ねがあったから、俺は香純に恋を自覚することができたんだと思う。一つ一つの積み重ねは本当に些細なものばかりだけれど、そのどれかが欠けていたら。俺は今ここで想いを伝えることはできなかっただろう。


「そういう私も、まあ似たようなところあるんだけどね」


 自分で言っておいて恥ずかしかったのか、香純はパタパタと脚を動かし、口元を両手で押さえる。隣で見ていてたまらなく可愛い。思わず抱きしめたくなる。かろうじて生きていた理性が止めたけれど。


 本当に、告白してよかったなと思っている。


 だけど、俺達は恋人にはなれない。


 ようやく落ち着きを取り戻した香純は、ぼうっと外を眺める。外は雲一つない青空が広がっていた。


 沈黙が流れる。けれどこの沈黙をずっと続けておきたかった。この時間が永遠じゃないことを知っているから。


「行ってほしくないな、東京」


 ついポロリと口にしてしまった。途端に空気が重たくなる。フォローの言葉が出てこない。


「東京とか、そんなの関係ないよ」


 勝手に決めた私が言うのもなんだけど、と申し訳なさそうに香純は笑った。


「私は、直樹のこと大好きだから」

「大好き……」


 日陰なのにここだけ40度あるんじゃないかというくらいに暑い。大好き、という直球ストレート、かなり心臓に悪いものがある。


「改めてそう言われると恥ずかしいな」

「でも、直樹だって私のこと大好きでしょ?」

「そりゃ、まあ、はい……」

「なら大丈夫だよ」


 その根拠がどこにあるのかを教えてほしいものだ。だけどなぜだろう。香純に「大丈夫」と言われると本当にそんな気がしてならない。


「そうだな」


 俺も変わらないのかもしれない。ここ最近ずっと香純のことを考えていた。何をするにしても、何を基準にしても、いつも香純がいた。俺の方こそ、香純から離れなければならない。


「俺、応援してる。それで、会いに行く。それまでにはちゃんとモデルとして売れてろよ?」

「直樹の方こそ、自分には不釣り合いだ、とか言って逃げたりしないでよね」

「そんなことするかよ」


 といいつつもほんの少し不安になる。ダメだな。こういうところがチキンなんだろうな。


 俺はもう一度香純を抱きしめた。こうしないと落ち着かない気がしたから。香純の方も慣れてしまったのか、あまり動揺を見せない。


「どうしたの? 今日すっごい甘えるじゃん」

「そりゃ、もういなくなるのが寂しいからな。せめて今日くらいいいだろ」

「いいよ。私だって、直樹に甘えたい」


 それからは無言が続いた。高校生2人がハグをするだけの時間。傍から見たらシュールだろう。けど、それでよかった。この空間だけは、俺と香純だけの世界だから。


 どれほど時間が経っただろうか。長い時間が経過したと思ったのだけれど、スマートフォンを確認するとほんの数分しか経っていなかったことが驚きだ。


「そろそろ帰んなきゃ」

「何か用事でもあるのか?」

「うん。荷造りしないと」


 そうか、と俺は言葉を詰まらせる。もうすぐ幸せな時間が終わってしまう。けれど俺に止めることはできない。俺にできるのは、笑って見送ることだけだ。


「頑張れ」


 俺はそう言って香純の頭をポンポンと優しく撫でる。小さくて丸くて、いい匂いがした。


「頑張る」


 ニヒヒ、といたずらっ子のように笑う香純には、過去のどの姿を切り取っても敵いはしないだろう。


 俺達は砂浜を後にし、帰路についた。思い出話に花が咲く。小学校のこと、中学校のこと……不思議と高校のことはあまり話題に出てこなかった。避けているつもりではなかったけれど、本能的にそうなってしまったのだろう。

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