体育館の密室

 人は密室みっしつから脱出することはできない。

 なぜなら脱出できないのが密室みっしつだからだ。つまり、脱出した――という事実と、密室みっしつである――という事実、そのどちらかにウソがある。なぎちゃんほどにミステリに明るくないぼくでも、そのぐらいはわかっていた。


「というわけで、まずは脱出できる場所がないか探してみよう」


 放課後。

 体育館を調べることにしたぼくたちは、まず体育館の入り口をおとずれた。

「入り口は完太かんたくんが南京錠なんきんじょうをかけたんだね」

「間違いなくかけたぜ」

「コワされてもないデス!」

南京錠なんきんじょうは学校の備品なの?」

「100円ショップで買ったやつデス!」

 予備よびの合いカギはすべて輪っかで一つになっていた。買ってからはずっと完太かんたくんが持ち歩いていたらしい。


「おや? あそこ、出られるんじゃない?」

 入ってまず目に入ったのは、床面近くに並んでいる地窓だった。横長の長方形で、内カギをしめるタイプになっている。

「オレも最初は考えたんだけどよ。格子こうしが入ってるだろ」

 完太かんたくんが格子こうしと言っているのは、ボールよけのガードのことだった。はばは60cmくらいだ。よほどやせていないと、ぼくたちのような高学年の生徒がくぐるにはせますぎる。

「うわああ! ハマっちまったデス!」

「ぐえええ! 抜けねえデス!」

「お前ら、何してんだ!?」

 なぎちゃんの体型は男子としては平均的なものなので、ここから出るのはまず無理だろう。


 体育用具をしまう場所である倉庫も見てみた。

 中にあるのは各種目用のボール、卓球たっきゅう台、マット、バレーのネット……当たり前の備品ばかりだ。この倉庫は換気扇かんきせんが一つあるだけ。換気扇かんきせんを取り外すには専用の工具がいる。とても現実的ではない。


 体育館には階段でのぼれる二階のキャットウォークがある。二階には窓がならんでいた。こちらも地窓同様に内カギをしめるタイプだ。

「外に飛び降りるってのは……無理か」

「高さが4~5メートルはあるからね。なぎちゃんは運動できないし……あっ!」

 そうだ。倉庫にあったマットだ。マットをはこび、窓から落として、そこに飛べばケガをしないですむかもしれない。

「それはダメだな。四人で中を調べたあと、体育館のまわりも一通り見てみた。マットなんてなかったぜ」

「そうか。たとえ脱出しても、マットをもどさないとね」


 そのとき、ガシャンガシャンと音をたてながら双子がやってきた。

「外の物置でこんなのを見つけたデス!」

「これは使えるんじゃないデスか!?」

 持ってきたのはハシゴだった。たしかに高さは二階の窓に使うには申し分ない。しかし……。

むずかしいね。下で支える人がいないと危ないし。それと、とじこめられる前からあらかじめ準備じゅんびしておかなくちゃいけない」

「あいつらをとじこめたときにも、ザッとまわりは見ておいた。ハシゴが立てかけてあったなら、さすがに気づくはずだな」

「なーんだデス」

「がっくりデス」


「それと、カギを開けてはいったときには地窓も二階の窓も内カギがしめられていた。こりゃあ、マジに密室みっしつだぜ」

 それに入り口のあたりはひらけており、仮にカギをあけてみんなが探しているときをねらって、どこかにかくれていたなぎちゃんが出ていこうとしてもかならず目につくとのことだった。


 まさに八方ふさがりだ。


 そんなとき――完太かんたくんが声をあげた。

「おおい! 鮎村あゆむらー!」

「ごめーん。いま、いそいでるから!」

 校門に向かって一人の女子が走っていった。そうか、あれが鮎村あゆむらさんか。

 クラスがちがうのでうろ覚えだったけど――と。


 そのとき。


 ぼくの頭の中で、点と点がつながっていく気配がした。


「ったく、なんだよ。鮎村あゆむらの奴、楽しそうに……」

完太かんたくん。わかったよ」

「なに?」


「この密室みっしつから、どうやってなぎちゃんが脱出したのか」

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