え!? 魔王を瞬殺できるこの伝説の剣、王女ルートを攻略しないと封印が解けないんですか!?

そらどり

王女メリーシャを攻略せよ

 俺、高木来夢たかぎらいむは異世界転生したらしい。

 

 昨晩もいつも通り深夜アニメをリアルタイム鑑賞し終え、数時間後に迫る通学に備えて就寝。そして目を覚ましたのだが、何故か視界一杯に広がるのは、フィギュアに溢れた自室ではなく、漫画やゲームで見たままのファンタジーな世界だった。

 古びたローブを身に纏う老人が近くで驚きの声を上げ、足元には緻密に張り巡らされた魔法陣らしき模様。そして遥か彼方にある玉座に座る如何にも偉そうな人物は目を見開いていた。

 

「おお……! 国王様、ついに召喚成功です!」

「うむ! 召喚士ロゾよ、大義であった!」


 どうやら俺は、ロゾという白髪のおじさんに召喚されて異世界へと転生したみたいだ。

 アニメを見たりゲームをやり込んだりしていたので一度は異世界転生してみたいなと夢見ることはあったが、まさか本当に異世界転生するなんて……


「勇者様、こちらを」

「え?」


 そんな風に期待感に胸を膨らませていると、ロゾから何かを手渡される。これは……剣?

 というか待て。今、勇者って言わなかったか?


「選ばれし勇者ライムよ。今手渡した剣を使い、お主にはこの世界を救ってもらう」

「は!? 選ばれし勇者!? 世界を救う!?」


 玉座に構える国王からそう告げられ、俺は思わず大声を上げてしまった。


「何を驚いている? 召喚された転生者は世界を救うのが理であろう?」

「いやすごいメタ発言だけどさ! 俺、ここに来たばっかで何も分かんないの! 突然知らない場所に連れてこられて、『じゃあ世界救ってね』って言われてすぐ頷けるほど人間出来てないの! 何だよお前ら、ヤクザかよ!?」

「うお、急にすごい喋るじゃん……」


 国王は引いていた。先程まで俺の隣にいたロゾを手招き、


「おいロゾ、話が違うぞ。召喚された転生者は『世界を救え』と言えばキャッキャと喜ぶと聖書に書かれているのに」

「しかし、サブカルチャー好きのオタク高校生?という召喚条件は満たしています。多少ひねくれてるだけのガキですし、状況を説明すれば馬鹿みたいにすぐに受け入れてくれますよ」

「そうだよなぁ。こっちの事情も考えてほしいよなぁ」


 そんな作戦会議をしていた。 

 そして会議を終えると、ゴホンと一息ついて国王は言う。


「よし。勇者ライムよ、まずはこの世界の状況を説明しよう」

「おい、今俺のこと馬鹿にしてたろ? ガッツリ聞こえてたからな?」


 だが俺を無視して説明を始める国王。召喚された当初は何だかんだで胸を躍らせていたんだけど……俺、もしかして結構ガバガバな異世界に招かれてしまったのではと不安になる。

 しかし、説明を聞けば、そんな不安は一瞬で消え去った。


 ―――始まりの町、ライトサレム国。地図の末端に位置し、冒険者を志す者達は皆この町に集うという。周囲の魔物のレベルは低く、レベル上げを狙う初心者にはもってこいの地だ。

 また、敵意のない魔物も多く、町内にはペットのように共存しているスライムや妖精もいるらしい。まさにファンタジーの世界だ。


 しかし、そんな平和な世界にひとつの問題が発生した。魔王の復活だ。

 数百年前に当時の勇者によって討伐されたはずの魔王が復活を果たし、近年その勢力を拡大しているという。

 その脅威はこの地にも及び、このままだと征服は時間の問題。まさしく世界の危機だ。


「だから俺が勇者として召喚された、と」

「左様。悪しき魔王を打ち滅ぼせる唯一の剣“リベリオンソード”を従えるのは、異世界より召喚された選ばれし勇者のみ。そう、お主にしか世界を救うことはできないのだ」

「俺にしか―――!」


 堪らず笑みが零れてしまう。転生前に何度も夢見てきた展開、しかも俺にしか世界を救えないときた。

 こんなの、燃えないはずがない―――


「―――ああ! 勇者である俺が、この世界を救ってやる!」


 手渡された剣を握りしめ、俺は目を輝かせてそう宣言する。国王とロゾがやれやれと一息ついていたが、その時の俺は気にならなかった。

 それよりも、これから始まる壮大な冒険に心が奪われてしまっていた。


 元の世界に帰りたい? 折角の皆勤賞が不意になる? そんなの今はどうでもいい。

 このリベリオンソードを使ってこの世界の英雄になってやると、俺はそう心に誓ったのだった―――







 “魔王を倒して世界を救う”それがゴールなら、皆さんは目的達成のためにまず何をすればいいと考えますか?

 周囲の雑魚魔物を倒してレベルアップ? 冒険者ギルドに赴いて仲間集め? 確かに合理的だ。

 だがしかし、俺は違う。選ばれし勇者は何をしているのかというと、それは―――


「―――メリーシャ王女ぉおおお!! 俺と結婚してくださいぃいいい!!」


 ライトサレム国の王女、メリーシャへのプロポーズだった。 


「は? 嫌ですが? どうしてライトサレム国の王女であるこの私が、見ず知らずの転生者であるあなたと結婚しなきゃいけないのよ」

「そこをなんとか頼む! この世界を救うと思ってさ!」

「い・や・で・す。見るからに友達もいなさそうな田舎っぽいあなたが高貴な私と釣り合うはずがないでしょう」


 そしてフラれる。この世界に来て一カ月経つが、最早見慣れた光景だ。

 とはいえ、俺にもちゃんと理由があってアプローチをしている。異世界にやって来て羽目を外している訳では決してないのだ。


 渦中にあるのはこの剣、リベリオンソード。

 真価を発揮すればどんな敵でもワンパン、この世界を滅ぼす程の力を有するという魔王すらもイチコロとのことだが、この剣には大きな弱点がある。

 何とこのリベリオンソード、王女を攻略しないと真価を発揮しないという呪いがかけられていたのだ。

 勿論、最初は受け入れられなかった。国王から扱い方を説明された時、思わず「は?」と声が出てしまった。

 王家に伝わる伝説の剣、数百年前に魔王を討伐した勇者が実際に使用していたという代物、そんなすごいものなら真価を発揮しなくとも雑魚敵くらいは倒せるだろうと。

 しかし甘かった。郊外にいたスライムに勝負を挑むもあえなく瞬殺。言わずもがな、俺が瞬殺された。

 ならば仲間を募ろうと思い冒険者ギルドに赴いたが、「勇者様と同じパーティーは荷が重すぎます」と言われてしまい、誰も俺と視線を合わせてくれなかった。


 だから俺は、王女と親密になるためにこうして毎日参上している。郊外に支給されたオンボロな住居からライトサレム城まで徒歩二十分、ポンコツな剣のために毎日だ。


「なあ、メリーシャだって国王から事情くらいは聞いてるんだろ? このままだとこの国が魔王の手に渡っちゃうかもしれないって」

「ふん、そんなの知りません。世界を救うために私は犠牲になれと? それならこの国なんぞ喜んで魔王の手に渡します!」

「えぇ……」


 ライトサレム国の王女とは思えない発言。市民が聞いたら仰天ものだ。

 と、俺が息を忘れていると、メリーシャはこちらを睨む。


「それにあなたも大概よ。剣の力が引き出せないなら、まずは自分自身のレベルを上げなさいよ」

「いや、それはこの前説明したばかりじゃん。経験値を得ようにも雑魚敵すら倒せなかったって」

「そんなの関係ありませんわ、逝きなさい」

「ねえ酷くない? 何も悪いことしてないのに酷くない?」

「存在が悪いわ」

「酷い!」


 俺が声を荒げるとメリーシャは悪戯に笑う。この一ヶ月で分かったことだが、彼女は人をイジるのが好きらしい。

 

 ライトサレム国王=ライトサレム三世、その娘であるメリーシャはこの国のプリンセスだ。

 光沢を放つ金色の長い髪に若干幼さの残る童顔。しかし十七にして既に威厳を備え、粛然とした佇まいはまさしく王女の鑑。

 ……と市民から尊敬の目を向けられているらしいが、普段の様子を見るに、そんなお淑やかさは全く感じられない。

 民衆の前では猫を被っているとのことだが、だからってその鬱憤を俺で晴らそうとするのはやめてほしい。


「ったく、最初会った時はヒロインの登場かと胸が躍ったってのに」

「ひ、ひろ……? よく分からないけど、身内以外の人と会うなら良い子のフリをするのが普通でしょう?」

「え、じゃあ俺も身内扱い?」


 いつの間にか好感度カンストしてたのか。てことはつまり、俺は王女ルートを攻略し終えたってことなんじゃ―――


「あなたは例外よ。勇者の立場を利用して関係を迫るだなんて最早ケダモノじゃない。魔物に愛想良くしたって意味ないでしょ?」

「ですよねー」


 違った。そもそも人間扱いされていなかった。


「お父様がどうしてもと言うから仕方なく条件付きで時間を作ってあげてるのよ? この私と話せることを光栄に思いなさい」


 そう言うと、メリーシャは足を組んで気怠そうに紅茶を口に含む。

 ライトサレム城内の庭園に設けられた席で俺達は向かい合っているのだが、こちらへは目もくれず、メリーシャは次いで目の前に置かれたケーキに夢中になっていた。


「はぁ……」


 困り果てた俺は、堪らず溜息をついてしまう。

 この一カ月間、王女ルートを攻略しようにも一向にスタートラインにすら立てず、というかそもそも人間扱いされていない。

 転生前は恋愛シミュレーションゲームをよくプレイしていたが、そこで培った知識は悉く不発。選択肢が全て不正解な状態、どう足掻いても進行不可能なバグに遭遇している。

 つまり無理ゲー。俺に現実の恋愛は百年早かったらしい。


「なに黄昏れてんのよ。折角の景観があなたの顔で台無しじゃない」

「徹底して酷いことしか言わねえ奴だな、お前」

「あら、サンドゴーレムみたいな扱いはお気に召さないかしら?」

「さんどごーれむ? なにそれ?」

「砂漠地帯に生息してる魔物のことよ。身体中全てが砂みたいに柔らかくて殴り甲斐があるの」

「へ、へぇ……」


 おそらくサンドバッグのことを言っているのだろうか。けど聞いた限りだと敵意はなさそうだし、ちょっとだけサンドゴーレムに同情してしまう。

 てか、さも当たり前のように“殴り甲斐がある”とか抜かすこいつの方がよっぽど魔物なんじゃないの? サンドゴーレムくんが涙目になって苛められている姿が脳裏に浮かんでしまった。


「あ、今失礼なこと考えてたでしょ」

「……ソンナコトナイヨ?」


 いかん、疑いが確信に至る前に話を逸らさねば。


「そ、そういえばメリーシャは魔法を使えるの? 今まで一回も見せてもらったことないけどさ」

「魔法? ファイアーボールとかスクイズウォーターなら使えるけど」

「おお……なんかファンタジーっぽい!」

「ふぁ、ふぁんたじー?」


 思わずテンションが上がってしまう。魔法といえば、異世界に来たら一度はやってみたいランキング一位だ。


「ねえねえ教えろよ! 俺も使ってみたい!」

「あなたには無理よ。この世界の人間と違って、体内に魔力器官が備わってないもの」

「え、そうなの……?」


 しかし、どうやら俺には扱えない代物だったらしい。異世界に来たのにやけに現実的な問題にぶち当たってしまった。


「そんなに落ち込む必要はないわよ? 最近は外付けの魔力器官も開発されたみたいだし、ここから西にある魔法都市に行けば購入可能よ」

「……因みにお値段は?」

「そうね、ざっと一万ウェハヤってことかしら」


 ウェハヤ、即ちこの世界の通貨であり、1ウェハヤ=百円ってところだ。つまり百万円。日雇いのビラ配りで辛うじて食い繋いでいる俺には到底無理な買い物だった。

 再び溜息をついてしまう。この世界はなにかと俺に厳しい。


「ったく、勇者なんだからもっとこう……手厚いサポートとかないのかよ? ポンコツな剣だけ貰って後は全部俺任せはちょっと酷くない? 『あ! 勇者のくせにビラ配りのバイトしてる~!』って近所のガキに馬鹿にされる生活はもう嫌だよ……」

「この国だって無限に富が沸く訳じゃないのよ。勇者のサポートに経費を回してたら、あっという間に資金は枯渇するわ。ならば当然、無駄な出費は避けるべきよ」

「無駄な出費て……じゃあ今お前が食べてる無数のケーキは無駄じゃないって言うのかよ?」

「これは必要な経費よ。世界を救う勇者様との大切な会合なら、おもてなしは欠かせないもの」

「あれ~? 俺にはケーキを一人で独占するお姫様しか見えないんだけどなぁ……って、おい!? 空いた皿をこっちに押し付けてくるんじゃねぇよ!」


 何て姑息なお姫様だ。一口もケーキを分けてくれないのに、あたかも俺も一緒になってケーキを食べたように見せかけようとするとは。


「はれはらいほいほとへんほおはほほ(バレたら色々と面倒なのよ)」

「ケーキを頬張りながら喋るんじゃねえよ! 何言ってるか分からんわ!」


 結局今日もケーキを食べることは叶わず、独り占めしたメリーシャは満足したようにお腹に手を置いていた。


「勇者活動に協力してくれないばかりか利権をも貪る暴力上等猫かぶり系王女様とか、はぁ……ほんと世知辛い」

「ライムっていつも溜息ついてるわね。そんなに落ち込んでばかりじゃ人生つまんないでしょ」


 誰のせいだ、と口にしたくなるが直前で堪える。

 あくまでも俺の目的は王女メリーシャと攻略すること。暴言を吐いて好感度を下げることではないのだ。

 かといって、この一カ月、こいつから俺への好感度が多少なりとも上がっているとは到底思えない。

 この間にも魔王は勢力を拡大しているというのに……


「……ねえ、ライム。ちょっと気になることがあるんだけど」

「ん?」


 メリーシャが急にソワソワとし始めた。何だろうか?


「あなたがいた世界、確か二ホンって国だったわよね? そこではどんなスイーツがあったか尋ねても?」

「……それ昨日も訊いてなかった?」

「昨日は“どら焼き”ってスイーツでしょ? 今日は他のスイーツが知りたい気分なの!」


 そう言って目を輝かせるメリーシャ。これも最近知ったことだが、彼女は好奇心が人一倍旺盛らしい。

 時折公務で国外へ赴くとのことだが、それでも年に数回。生活の殆どをライトサレム城で過ごしているので、変わり映えのしない日々に退屈しているみたいだ。

 だから俺が転生前の世界の話をすると、彼女は目を輝かせて話を聞いてくれる。特にスイーツに関しては他に抜きん出て興味を抱く。

 


「そうだな……じゃあ“大福”はどうだ?」

「ダイフク!? ねえねえ、一体どんなスイーツなの!?」


 先程までの怠惰な態度は一変、丸テーブルに両手を置き、身をこちらへ乗り出しながら尋ねてきた。


「甘い小豆で作られた餡をモチモチでしっとりとした生地で包んだお菓子なんだ。あ、でもこの国ってそもそも小豆と餅がないんだよな」

「アズキ? モチ? 何よそれ?」

「うーん、なんて説明すれば……まあとにかく、チーズみたいに伸びる生地の中に甘いものがこれでもかと詰まってる滅茶苦茶美味しいお菓子ってこと!」

「チーズみたいに!? 甘いもののオンパレード!? お、美味しそう……」


 メリーシャはより一層目を輝かせる。たらふくケーキを平らげたばかりだというのに、甘いものに目がないとはまさにこのことだ。


「そんなに美味しそうなものばかり食べられる世界に住んでたなんてズルいわよ。こっちはケーキばかりで飽き飽きしてるっていうのに」

「さっきまでケーキをドカ食いしてたくせに……」


 そう呟くと、メリーシャは「うるさいわね」と恥ずかしそうに頬を赤らめる。中身はとんでもなく我儘な王女様だと分かっているのに、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。なんか負けた気分だ。


(……いや、ちょっと待て。この状況はむしろ利用できるのでは?)


 これまで散々苦渋を呑まされてきたが、起死回生の一手を閃いてしまった。


「メリーシャ、俺の世界のスイーツ……もっと知りたくないか?」

「え!? 他にもまだあるの!?」

「ああ、まだまだたくさんある……」


 案の定食いついてきたメリーシャ。思わず笑みを溢しそうになるがグッと堪え、俺は悪魔の囁きをした。


「だったら交換条件だ。俺の持ってる知識を全て渡す代わりに、メリーシャはリベリオンソードの封印解除に協力する。これなら―――」

「あ、ならやっぱいいです」

「よし、契約成立……って、ええ!?」

「あなたと恋仲になれというなら、そんな情報これっぽっちも要らないわよ」


 ふんっ、と鼻であしらわれてしまった。渾身のアイデアだったのに……


「油断も隙も無い。やっぱりライムはケダモノね。あーあ、さっさと討伐されないかしら」

「ぐっ……また酷いことを」

「ふふんっ、いい気味ね。私を手駒に取ろうとした罰よ」


 前傾姿勢から席に戻り、メリーシャは腕を組んで悪戯な笑みを浮かべる。さっきも見た光景だ。

 正直今すぐにも分からせてやりたい。甘やかされて育ったこの王女様に今の俺の極貧生活を体験させて、少しでも人の心を理解させてやりたい。

 だけど、


「ふふふっ、ほんといい気味♪」

(……くそ、無駄に可愛い顔しやがって)


 やはりこいつの無邪気な笑顔には負けてしまう。悔しいが、俺を揶揄っている時の彼女はとても可愛らしくて、思わず許してしまいたくなる。


 結局この日も好感度が上がることはなく、この一ヶ月間、俺はいたずらに時間を過ごすだけで終わってしまったのだった。


しかし、平和な時間はいつまでも続く訳ではなかった。






 


―――ドンドンドンッ!!


「んあ……?」


 翌日の朝。木製のドアを何度もノックする音に耐えきれず、俺は目を開ける。六畳スペースの物置きに等しい大きさの我が家なので、ちょっとの音でも部屋全体に響いてしまうのだ。


「ったく、まだ寝てていい時間だろ……」


 文句を言いつつも布団から起き上がり、あくびをしながらドアを開ける。

 すると目の前には角の生えた牛顔の大男。三メートル程の身長だろうか、全身が鋼鉄の鎧に包まれており、背中に携えている金属製のこん棒は朝日に当てられて黒光りしていた。


「早朝からすみません。とある人物がここらに住んでいると耳にして確認のためにお伺いしたのですが……」

「はぁ? 人探し? いやいや……まずお前さ、今何時だと思ってんの?」 

「え?」

「『え?』じゃねえよッ! まだニワトリさんもおねんねしてる時間でしょうがッ!」

「あ! す、すみません……!」


 屈強なガタイに似つかず、オドオドと頭を下げる大男。

 でも俺には関係ない。こんな早朝にいい迷惑だと、すぐに大男を追い返そうとするが、


(そう言えば、今日って国から借金の取り立てが来るんだっけ?)


 転生したばかりの頃に国王から個人的に借金をしていたのだが、その返済日が迫っていたのを思い出した。

 勿論、手元にあるお金では満額返済は不可能。となれば……


「……あなたさ、この世界にも常識ってもんはあるでしょ? だというのに……あーあ、今日も心地良い目覚めを迎えてビラ配りのバイトに勤しもうとしたのによ~、こんな中途半端な時間に起こされたら溜まったもんじゃねえよなぁ~? ねえどうしてくれるの? ねえ、ねえ?」

「すみません……人族と会うのは数十年ぶりで、睡眠を必要とするのをすっかり忘れていまして……」

「はあ!? 忘れたって言い訳すれば済むと思ってんのあなた!? こっちはいい迷惑なんだけど!?」

「すみません! すみません!」

「謝って済むなら国家権力なんて要らないんですよぉ! 形のある誠意ってもんを見せてもらわないとねぇ!」

「形のある誠意……つ、つまりウェハヤで払え、と?」

「察しが悪いなぁ! さっきからそう言ってんだよぉおおお!」


 勇者とは思えない発言。でも俺には借金があるから仕方ないのだ、そう、だからこれは仕方ないのだ。


「ぐへへへ。ほらぁ、さっさと硬貨出せよぉ」

「ぐっ……分かりました」


 苦悶の表情を浮かべながら大男は懐から袋を取り出すと、金貨を手のひらに並べ始める。

 しかし次第にその指先が震え始め、大男の目から大粒の涙がこぼれ落ちていく。


「すまないカミュ、父さん今日もお前に満足な飯を食べさせてやれないみたいだ……」

「お、おいやめろ! 俺を悪者にするな!」

「うぅ……本当にすまないカミュ……っ!」

「ちょ、マジでやめてくれよ!? ほんとごめんって! 俺が悪かったから! だからもう泣くなって……!」


 泣き崩れる大男をなだめる。立っていた時はあんなに逞しかったのに、今では背中を丸めてメソメソしている。人は見かけによらないらしい。


 いや、そもそもこいつは見るからに人ではない。角も生えてるし……というか今気づいたけど、こいつってもしかして魔物なんじゃ? え、なんでこんな強そうな魔物が始まりの町に?

 ……そういえば最初に、誰かを探してるとか言ってたっけ。


「…………」


 何だろう、すごく嫌な予感がする。多分、気のせい……だよな?


「あのぅ、大男さん?」

「アルドゥです」

「アルドゥさん、さっき誰かを探してるとか言ってたと思うんですけど……それってどんな人なんです?」

「勇者ですよ。知りませんか? 数百年ぶりにこの国に現れたともっぱらの噂なんですよ」

「へ、へぇ……そうなんだ」


 いや、まだ分からん。もしかしたら俺のファンかもしれない。


「じゃ、じゃああれか~、アルドゥさんはその有名人を一目見たくてやって来たのかな~?」

「いえ、魔王軍の幹部リリス様の命に従って、噂の調査にはるばるここまでやって来たんです。しかも『あわよくば処してこい』とまで言われてしまいまして……ほんと魔王軍も人使いが荒いですよね」

「…………」


 確信した。こいつやべえ奴だ。「俺が勇者です」だなんて口が裂けても絶対に言えない。


「い、いや~勇者見つかるといいね~?」

「はい! 魔王様からたらふく報酬を頂いて、普段から我慢させてばかりの娘に少しでも親の務めを果たしてあげたいです!」


 そう言って満面の笑みを浮かべるアルドゥさん。


「励ましていただいてありがとうございます! 最初は怖い人かと思っていましたが、やはり私の目は節穴でした! 人間界に来て不安な事ばかりでしたが、初めて私にも優しくしてくれるような方に出会えて光栄です!」

「え? あ、うん……」


 涙を拭いて立ち上がると、アルドゥさんは鎧を揺らしながらも軽い会釈をする。


「では失礼します! 暫くこの国に滞在して調査を進める予定なので、もし勇者を見かけたら教えてくださいね!」

「う、うん……」

「ではでは~!」


 そして手を振りこの場から去って行くアルドゥさん。

 ヒヤヒヤしたが、なんとか正体がバレることなく事を終えることができたらしい。あんな見るからに強そうな化け物と戦うなんて無理に決まってんだろう。こっちはまともに剣を振ったこともないんだぞ。

 でもこれで奴ともう二度と会うことはない。リベリオンソードの封印が解除できずにいる今、スライムにさえ勝てない俺が奴と戦うのは余りにも無謀だ―――


「勇者のくせに極貧暮らしのライム―――!! この私がわざわざ早起きして借金の取り立てに来てあげたわよ―――!!」

「は!? メリーシャ!?」


 突然の声に振り向くと、我が家へ向かって走ってくるメリーシャ。変装のためだろうか、いつもの正装とは違い、質素なローブを身に纏っていた。

 でも今はそんなことはどうでもいい。


「お、おい!? なんで今俺を呼んだ!?」

「なに慌ててるのよ? 返済日なのにお金がなくて阿鼻叫喚してるライムの顔を見て優越感に浸りたかったからわざわざ来てあげたのに」

「なんて下衆な……って、そうじゃなくって!」


 やばい。ちょっと距離があるとはいえ、メリーシャは相当大きな声を出していたから……


「……勇、者?」


 案の定、アルドゥさんはこちらを振り向く。

 そこには先程までの温和な雰囲気など何処にもない。ギロリとこちらを睨み、これでもかと殺気が駄々洩れていた。


「今貴方、勇者と呼ばれてましたよね……?」

「へ!?」

「この町に来て初めて信頼できる人に出会えたと思ったのに……なのに……」

「ちょ、アルドゥさん待―――」

「貴様ァアアアアアッ―――!! 私ヲ騙シタノカァアアアアアアアッ―――!!!」


 背中からこん棒を手に取り、鬼気迫る顔で襲い掛かってくるアルドゥさん……もといバイソン。


「砕ケ散レェエエエエエッ―――!!」

「うおぉおお!?」


 間一髪で避けるがその衝撃は凄まじく、後ろに広がっていたはずの自然豊かな森は、モーゼが海を切り裂いたかのように形状を変えた。

 ミシミシと音を立てて倒れていく木々。あまりの光景に、俺は阿鼻叫喚した。


「やばいやばいやばいやばい!?!?」


 急いでその場から逃げる。途中、半壊した自宅からリベリオンソードをなんとか回収し、そのまま腰に携える。


「ちょっと! なんで私を置いて逃げようとするのよ!」


 いつの間にか並走して付いて来ていたメリーシャ。鳥籠暮らしとはいえ、案外体力があるらしい。


「うるせえ! こっちは命狙われてんだよ! というかそもそもお前が俺を大声で呼ぶからこうなったんだろうが!」

「なんで私のせいになるのよ!? 勇者ならもっと堂々と魔物退治しなさいよ!」

「お前が言うか! メリーシャが協力してくれないからリベリオンソードの封印が解けないんだろ!」

「関係ないわよ! さっさと逝きなさい!」

「その台詞、実は気に入ってんだろお前!?」


 口喧嘩しながらも逃走を続けていると、後ろから雄叫びが聞こえてくる。振り向けば、バイソンがこちらに突進して迫っていた。

 このままでは追い付かれる、そう思った瞬間にハッと閃く。


「おいメリーシャ! 確か昨日、魔法が使えるとか言ってたよな!」

「え? まあ使えるには使えるけど……」

「あいつだ! あいつに向かってファイアーボール打ってくれ! 少しでも足を遅らせるんだ!」

「―――成程! 分かったわ!」


 意図が通じたらしい。メリーシャは急停止してバイソンへと振り返る。そして小さく息を吐くと、詠唱を始めた。


「天照らしき灼熱の宝珠よ、慈悲に抗い今ここに堕天せしめん―――ファイアーボール!!」


 そして放たれる火球。かなりの剛速球で直撃し、バイソンは堪らず膝を付いて悶えていた。


「あ、当たった! ねえねえライム見た!? 今当たったわよ! 私すごくない!?」

「ああ、流石は異世界! やっぱ魔法ってすげえな!」

「なんで私を褒めないのよ!?」


 メリーシャに肩を殴られるがお構いなし。今のうちに逃走を再開し、俺達は森の中へと身を隠すことに。

 その間にバイソンは体勢を立て直すが、俺達を見失ったのか、雄叫びを上げながら何度も地ならしを起こして癇癪している。


 完全に撒いたと、そう確信した。


「……あまりこの手は使いたくなかったのだがな」


 しかし、冷静になったアルドゥさんは意味深な台詞を呟いて、手に持つこん棒を背中に戻す。そして俺達のいる森に向かって両手をかざし―――


「天が創生せし大地に仇成し、我が主が新理を創す―――ファイアーウォール」


 その言葉と同時、突然俺達の視界を覆い始める炎。四方八方へと頭を振ると、辺り一面が火の海と化していた。


「な、なんだこれ!? 完全に山火事じゃねえかよ!?」


 生い茂っていたはずの木々は瞬く間に粉塵と化し、野生動物たちは逃げ場を失い困窮している。

 あんなに優しかったアルドゥさんがこんな非情な策に打って出るなんて。俺はとんでもない魔物を怒らせてしまったらしい。

 そして、次第に立ち込める煙と無数に飛び交う火の粉。このままでは危険だ。


「メリーシャ! このままじゃマズイ! 早く非難するぞ!」


 煙を振り払い、近くにいるメリーシャへと声掛けをする。

 しかし返事がない。さっきまで隣で立っていたはずなのに、今は地面に座り込んでへなへなとしていた。


「お、おいメリーシャ!」

「ごめん、久々に魔法撃ったから、その反動が……」

「反動て……このままじゃ二人ともお陀仏だぞ!?」

「だったらライムだけでも逃げればいいじゃない……あの魔物だって私じゃなくてあなたに用があるんでしょ?」

「そりゃそうだけど……!」


 だからって、この業火の海にメリーシャを置いて逃げるだなんて……


「ファイアーウォールは上級魔法で魔力消費も激しいの。だからライムが逃げればこの魔法もすぐに解いてくれるわよ。それに……あなたがここから脱出できれば、お父様たちに助けを求められるかもしれない。この国の兵士や冒険者は皆弱いけど、それでも力を合わせればあんな魔物だって瞬殺よ」

「メリーシャ……」


 だからさっさと逃げろと、そう言いたげな瞳を向けられる。

 確かに、スライムにすら勝てない今の俺に比べれば、町にいる兵士や冒険者の方が遥かにマシだ。あの化け物の前ではどんぐりの背比べに過ぎないにしても、まだ善戦するのではと期待してしまう。


 ああそうだ、逃げる理由はちゃんとあるじゃないか。町にいる皆に助けを求めることだって立派な仕事なんだから―――


「……ったく、この世界はほんと俺に厳しいよな」

「ライム……?」


 でも、ここで逃げて良い訳がない。ひねくれた性格のせいで昔から友達もできず、クラス内でも孤立し、結局自分の部屋でしか本当の自分を曝け出せなかった俺がやっと出会えた、俺の望みを具現化したようなファンタジーな異世界。

 折角主役になれたんだ、ちょっとくらい夢を見ても罰は当たらんさ。


「ちょっとここで待ってろ。すぐにあの牛の角をバッキバキにへし折ってきてやる」

「は!? 何言って……五歳児でも倒せるくらい弱いスライムにすら負けたんでしょ!? ライトサレムを滅亡させられるかもしれないくらいに強いあいつにライムが勝てる訳ないわよ!」

「忘れたのかメリーシャ? こんなんでも俺は世界を救うと誓った勇者様だぞ? この絶望的な状況で逆転するのは王道! 最早必然なんだよ!」

「だ、だけど……」


 それでも納得を見せないメリーシャ。だから俺は、膝を屈ませて彼女と背丈を合わせ、そして自信満々にこう告げた。


「メリーシャ……実は俺、リベリオンソードの封印解除に成功したんだ!」

「え!? ならどうして今まで黙ってたのよ! というか封印解除の条件だって―――」

「俺も今気づいたんだよ。どうやら親密になれって条件はそもそも嘘だったらしい。いやー危なかった、この土壇場でブラフに気づけてよかったよ」

「ライム……」  

 

 その時のメリーシャがどんな顔をしていたかは分からない。けど俺は彼女に振り返らず立ち上がった。

 前を向けば、ようやくこちらを捕捉したアルドゥさんがこん棒を携えながらゆっくりと向かって来ている。俺達にはもう時間がなかった。


「……ありがとな、メリーシャ」

「え?」


 最後にそう言い残す。

 この世界に来てから辛いことばかりで、独りだったら挫けてしまったと思う。けどメリーシャがいたから、唯一彼女は俺に自然体で接してくれたから、だから今まで挫けずにいられた。

 ……なんかこれって死亡フラグみたいだな。でも、感謝を伝えるのは今しかないと思ったから後悔はない。振り向かずに俺は駆け出した。

 前方には炎壁を背景にこちらへ迫るアルドゥさん。さながら地獄の番人を彷彿させる彼と相対し、思わず足が竦んでしまう。

 怖い、その一言が身体中を駆け巡る。


「剣先が震えてますよ、勇者」

「……ッ!」


 見透かしたように、アルドゥさんがそう告げる。


「ふんっ、これは武者震いってやつだよ。魔王すら瞬殺できるリベリオンソードで、お前の立派な角を早くへし折りたくてウズウズしてんだ」

「成程。確かにこの角は魔王様からお褒めの言葉を頂いた代物ですから、折られては少々困ります。ですが……封印されしリベリオンソードでは、この私には遥かに届きませんよ」

「それはどうかな? この剣はさっき封印が解けたんだよ。つまり真価を発揮している状態だから、お前を瞬殺することなど容易いってことさ」

「……勇者、私に二度目の嘘は通じません。そもそも、リベリオンソードに呪いを付与したのは我らが主である魔王様なんですから、魔王軍の一味であるこの私がリベリオンソードの解放条件を知らない訳がないでしょう」

「ぐっ、マジかよ……」


 俺のハッタリは悉く躱される。いや、数百年前にリベリオンソードで討伐されたのなら、魔王がその恐ろしさを部下に共有させていてもおかしくはない。


「王女と上手くいっていないことは承知ですよ。好感度を稼ぐことすらできず、なまくらな状態で私に挑む点に関しては敬意に値しますがね」

「敬意て……ならその殺気は何なんだよ? リスペクトの欠片もねえじゃねえか」

「だからこそですよ。ジワジワといたぶらず、苦しまないよう一瞬で終わらせて差し上げます」


 そう言い終えると、アルドゥさんはこん棒を握る力を強める。次第に鼻息を荒くし、鎧の隙間から黒い靄が漏れ出る。肌に伝わるピリピリとした不快感が教えてくれる、あれはヤバいと。

 「ブオォオオオオオオオッ―――!!」と雄叫びを上げ、周囲の温度が上昇していく。


(はは……俺、マジで死ぬのか?)


 膝がガクガクして思った通りに動かない。あんなに大口叩いておいて、結局俺には何も成せないらしい。


「クタバレェエエエエエエエエエエッ――――――!!!!」


 一瞬で間合いを詰められ、目と鼻の先にはこん棒が迫る。


 死んだ―――と思った。




 しかしその刹那、後ろからひどく慣れ親しんだ声が溶け込んできた。


「ライムっ! 私ほんとはまだ知りたいスイーツがたくさんあるのっ……! だからここで死んじゃ嫌ぁあああ――――――っ!!」

「―――……!」


 メリーシャの泣き叫ぶ声。振り向かなくても分かる、これは本心からの叫びだと。

 それを認めた瞬間、突然リベリオンソードが光り出す。


「!? な、なんだ……!?」


 驚きの声を上げるアルドゥさん。それもそのはず、振り下ろしたはずのこん棒が弾き飛ばされ、処したと思った勇者が無傷であったのだから。


「今、リベリオンソードが勝手に動いて……」


 しかし当の俺も驚いてしまう。重機が突進する程の衝撃を受けたはずなのに、気づけばその衝撃は跳ね返っていったのだから。

 でも理由は分かる。メリーシャの叫びを契機に、手に持つリベリオンソードが光った。

 ということはつまり……


「「…………」」


 全てを察した俺が視線を上げると、同じく全てを察したであろうアルドゥさんが大量の汗を流していた。

 形勢逆転、この状況にはその言葉が一番よく似合う。


「……ねえアルドゥさん。対戦相手には最後まで敬意を払わないと、ですよね?」

「勇者さん? そ、その不気味な笑顔は一体なんです……?」

「いやだな~とっくに分かってるくせに~」

「いやぁ、一体何のことやら~」


 お互いに「HAHAHA」と笑い合う。なんとも素晴らしい異文化交流だ。

 暫く笑い合い、これでもかと笑い合い、喉が枯れるまで笑い合ってようやく静けさが戻ると、俺はゆっくりと笑顔を解いて、


「くたばれぇええええええええええッ――――――!!!!」

「ここで好感度が上がるだとぉおおおおおおッ――――――!?!?」


 角ごと胴体一閃、リベリオンソードで切り裂くと、アルドゥさんは捨て台詞を吐いて消えていった。







 その後どうなったかというと、騒音を聞きつけた町の騎士や冒険者たちが集まり、延焼し続ける森の消火活動を率先してくれた。

 業火と化していた森一帯をあっという間に鎮火。しかもそれだけではなく、負傷した森の動物の治療や森の木々を再生など、魔法を用いて原状回復まで成し遂げてしまった。魔法ってほんとに便利である。


 ではもう一方、魔王軍所属の魔物を討伐した俺達はというと、


「…………」

「なあメリーシャ」

「!? え、な、なに!?」

「いや、そんな驚かなくても……」

「あ、ごめん……」

「…………」

「…………」


 めっちゃ気まずい雰囲気が流れていた。

 理由ははっきりしている、リベリオンソードの封印が解けた事だ。とはいえその全てが解除されたわけではないので、一部のみの解放といった方が正しいと思う。

 けど、解除の条件を俺達は既に知っている。となれば当然、嫌にでも互いを意識せざるを得ない。


「あ、あのね? ほんとは違うからね? 命に危機に瀕した時って走馬灯みたいにあれこれ考えちゃうみたいで、そしたら昨日ライムと話した内容を丁度思い出しちゃったから、だったら日本の多種多様なスイーツを聞いてみたいなーって思っただけだからね? あなたが死んじゃったらスイーツの話を聞けなくなっちゃうから仕方なく協力してあげただけで他意は―――」

「わ、分かったから……! な、一旦落ち着けって」


 目をぐるぐるさせ始めたメリーシャをなんとか落ち着かせようとするが、表情は強張ったままで依然として緊張している様子。

 こんな時は背中をさすってあげるといいらしいと恋愛シミュレーションゲームで得た知識に従う。しかし、触れるや否やすぐに拒絶され、結局は逆効果だった。


(ぐっ……ゲームだとこれでヒロインが落ち着きを取り戻してくれるはずなんだが)


 やはり俺に恋愛は百年早かったらしい、と落ち込んでいると、「あのさ」とメリーシャに話しかけられる。

 振り向けば、先程までの緊張した面持ちは薄れ、何かを確かめるようにこちらを覗き込んでいた。


「ライムは、昨日の条件の話覚えてる?」

「条件って……この剣の封印解除のやつか?」

「違うって! そっちじゃなくてその……」

「?」


 “昨日の条件”とはなんだろうかと思索を巡らせるが、一向に思い浮かばない。

 そんな俺の様子に痺れを切らしたのか、メリーシャは溜息をついて答えを告げる。


「あなたの持ってるスイーツに関する知識を渡す代わりに、私が剣の封印解除に協力してあげるっていう条件……吞んであげても良いって言ってんの」

「……え、マジ? 協力してくれるの? 恋仲は嫌だとか、俺のことケダモノだとか言って毛嫌いしてたのに?」

「う、うるさいわね……私だって考えくらいは改めるわよ」


 俺が驚きの表情を見せると、不貞腐れたようにそっぽを向くメリーシャ。リベリオンソードの件といい、今の雰囲気といい、やはり彼女の俺への扱いは変わった。

 これってつまり、俺に好意を抱いてくれてるってことなんじゃ―――


「勘違いしないでよ。ケダモノから友人に昇格しただけだから。人間扱いしてあげるってだけだから」

「あ、やっぱそうですよねー」


 違った、恋愛ではなく友愛だった。くそ、これだから恋愛未経験者は……早とちりすんじゃねえよ馬鹿野郎が!

 けど、同時にこうも思う。異世界どころか元いた世界でも友人を作れなかった俺が、まさかこうして他人と本音で話し合えているだなんて想像すらしたことなかった。


「……友人、か」

「何よ。不服かしら?」

「いんや? すごくいい響きだと思う」

「?」


 首をかしげるメリーシャ。結局こいつは勘が鋭いのか鈍いのか……けどちょっと救われた気分だ。

 だから俺は、彼女が返してくれた提案を呑むと決めた。 


「それじゃメリーシャ、友人として、これからもよろしくな」

「……うん、こちらこそよろしく」


 半壊した家の前で俺達は契約を結ぶ。景観が色々と示しつかない感はあるが、まあ今だけは目を瞑ってほしい。

 そう思いながら半壊した家へと思いを馳せる俺。目の前の人物から視線を注がれていることにも気づかず、間抜けな顔を晒してしまっていた。

 

「……友人として、ね」

「ん? 何か言ったかメリーシャ?」

「ううん、何でもない」


 何か含みを持ったような台詞と共に、メリーシャは足早に城へと戻って行く。その途中、髪の合間から覗かせる耳元が赤くなっていたのは気のせいだろうか。

 昨日までの自分なら気になって問いただしたと思う。けど今の俺は違うから、喉から出かかっていた言葉を呑み込む。


「気をつけて帰れよ~」

「ふんっ、私を子ども扱いしないでよ」

「はは、ごめんって」


 焦る必要はない、王女ルートの攻略はこれからゆっくりと進めていけばいいのだと、俺は既に知っているから―――

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え!? 魔王を瞬殺できるこの伝説の剣、王女ルートを攻略しないと封印が解けないんですか!? そらどり @soradori

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