ヴァージン・キラー

ドン・ブレイザー

ヴァージン・キラー

 私は気がつくと、誰かの背中におぶさっていた。


 具体的な場所はわからない。ただこの暗さからして今は夜で、人の声や車の騒音からここは街の中ということは分かる。頭が痛い、胸がムカムカして、喉はカラカラ。まだ意識ははっきりしない。


「私何してたんだっけ。ここはどこ?」


「気がついた?」


 私を背負っていた人が口を開いた。女の人の声。


「え、あれ。なんで? なんでこんなところに」


 女性の声を聞いて少し意識がはっきりしてきたけど、そうすると今度は自分が人におんぶされているという状況に混乱してしまい、私はバタバタと体を動かした。


「ちょっと、危ないから暴れないで」


 女性は取り乱した私をそう言って諌めた。


「あ、はい。すみません」


「この先に公園があるから、そこで少し休む?」


「はい」


 女性の意見に反対する気はない、というより背負われて身動きが取れないのだから女性の言うことに従う以外ないのだけれど。


 その内、公園について、ベンチに二人並んで座った。噴水のある、割と広い公園で、私たちの他に誰もいなかった。その時、初めて女性の顔を見た。背の高くて、長い髪のストレートヘアの女性。歳は若い、と言っても私よりかは随分と大人びて見える。美人なお姉さん、と言った感じ。


「う、気持ち悪い」


「ずいぶん酔ってるね。お酒初めてだったんでしょ」


「はい」


「まだ、頭はっきりしないみたいね」


「う……」


 少しずつゆっくりと思い出そうと頑張った。確かに私はお酒を飲んでいた、それも生まれて初めて。一体なぜ、誰と飲んでいたんだっけ。


「松葉大学のテニスサークルだよね。この時期だから新入生歓迎コンパかなんかでしょ」


「そう、です」


 そうだ、だんだん思い出してきた。

 

 私はこの四月に大学に進学して、遠い地元を離れて一人暮らしを始めたのだった。初めての一人暮らしは楽しみだったけど、松葉大学には同郷の知り合いが一人もいないのが不安だった。

 

 だから、友達を早く作るためサークルか部活に入ろうと決めていて、入学式にテニスサークルの人達に勧誘を受けたのをきっかけに、そこに入ることにした。新入部員の女の子が私の他にも何人かいたのも良かった。そして、サークルに入ってすぐに、今日の新歓コンパがあった。

 

 先輩たちは未成年の私たちにもお酒を勧めてきた。最初は断っていた私だったけど、周りの友達も飲み始めたのと、「飲みやすいから、ヘーキヘーキ」という先輩たちの言葉に誘われて、生まれて初めてお酒を飲んだ。

 

 初めてのお酒は以外と甘くて飲みやすく、私はジュースのようにゴクゴクと大量にお酒を飲んでしまった。そうしてそのうち意識を失い……それからは覚えていない。


「何と無くは思い出してきました」


「そう、良かった」


 だんだんと記憶が戻るに連れて、不安も大きくなってきた。どうしよう、私酔って変なことしてないよね。でも意識無くなるぐらい酔ったんだから、サークルの人達には大分迷惑かけただろうな。


「あの」


「何?」


「ところで、ここまでおぶってもらってこんなこと言うのもなんなんですが、あなたはどなたでしたっけ。確かサークルの先輩ではなかったと思うんですが」


「あはは、そりゃ知らないに決まってるわよ。今日初めて会って、まだ自己紹介もしてないんだから」


「え?」


「私はあなたが居酒屋から出てくるところでたまたま出くわしただけのただの他人。別の大学の女子大生。泥酔したあなたをサークルの人に同郷の知り合いって言って無理やり引き取ってきたの。『私が家まで連れて帰ります』って言ってね」


「どうして、そんなことを……」


 不思議だった。なんで赤の他人の私にそこまでしてくれたのだろう。わざわざ嘘をついてまで酔っ払いの私を引き取ってくれたのか、その理由が全くわからない。


「だって、あのままだったらあなた危なかったから」


「何がですか?」


「貞操が」


「ていそう?」


 貞操という言葉がなんだかピンとこなくて、少し考え込んでしまった。それを察したのは女性は更に続ける。


「いやだからね、あなたの処女が危なかったってこと」


「処女!? それって一体どういう……」


 混乱する私に対して、このお姉さんは冷静に話し続けた。


「よくいるの、この時期になるとお酒に慣れてない女の子を酔わせてお持ち帰りしようっていう奴らが」


「おもちかえり!? いやいやまさか、私なんか関係ないし」


 お持ち帰りとかそういうのって、もっと可愛い女の子がされるんじゃないのかな。同学年の友達の方がもっと可愛いしオシャレだったし、高校の時の私服をそのまま着てるような田舎娘の私なんて相手にしないはず。でもお姉さんは至って真剣な目で言った。


「関係ないことないよ。それに私はあなたのこと可愛いと思うし」


「そんなこと……」


「可愛い」なんて言われ慣れてないので、なんだか恥ずかしい。


「まあ、それは置いておいて。あっちには可愛いとかブスとか関係ないよ。ゲームみたいなもんなんだから」


「ゲーム?」


「何も知らない生娘を酔わせて、スマートにホテルか自室に連れ込むゲーム」


 背筋が凍る。それが本当なら酷い話だ。


「でも私のサークルの人達がそんなことをするって決まったわけじゃ……」


「松葉大学のテニスサークルはこの辺じゃ有名な『ヤリサー』だよ。私実際に被害にあったっていう女の子も何人か知ってるよ」


「一つ私が知ってる例を挙げると、ケイちゃんっていう地方出身の子がいてね。高校時代は異性と交際したこともない真面目な女の子だったんだけど、あのサークルに入ったばっかりに先輩達にお酒飲まされて酔いつぶれて、家に連れてかれて……まあ人から聞いた話だけど」


「無理やりだったんなら、例えば警察とか」


「警察? こういうことされたこと自体、人に言いたくなかったみたいで警察に相談とかもしなかったみたいよ。でも警察に相談したところでどうかな? ほとんど無理やりと言っても複数人で監禁して襲ったとかでもないし。ある程度のことは個人と個人の問題になっちゃうのよ、大学生って言ったらもう大人だしね」


「そんな、ひどい!」


 思わず大声でそう言ってしまった。でも、お姉さんは淡々と話を続ける。


「生娘襲おうなんて連中は間違いなく屑だよ。でもね、引っかかる方も引っかかる方で問題ありだと思うけどね私は」


「そうなんですか」


「だってさっきも言ったけど大学生ってもう大人なんだから。子供じゃないから自分の責任で行動しないと、お酒と男が絡むことだと特にね」


「そんなもんですか」


 高校を卒業したばかりの私には、いきなり言われても大人になったっていう自覚はない。


「そういうもんよ。気をつけなさい」


「はい、ありがとうございます」


 都会って怖いなと思うと同時に、親切な人もいたもんだと感心した。


「もう引っかからないようにしないと」


「そうね。じゃあお姉さんからお酒を飲む上でのアドバイスをあげるわ。まず、あなた今日初めてお酒飲んだでしょ」


「へ?ええ、まあ」


「まずそれがダメ。自分の酒の許容量がどれだけがもわからずに飲み会に参加しちゃダメ。ある程度自宅で一人か、よっぽどの気心の知れた相手と飲んでみて、どれくらいで酔っちゃうのかを確かめなきゃ」


「でもみんな飲んでたし……」


「そういう雰囲気にのまれちゃダメ。それに、こんなに酔っ払ってるのは飲んだお酒も悪かったみたいだね。どうせ甘いカクテルとか飲まされたんでしょ」


「あ、はいそうです。確か……」


「コーヒー牛乳みたいなやつとか」


「あ、当たりです」


私が飲んだお酒の味をズバリ言い当てられてしまったので、少し動揺した。


「それカルーアミルク。コーヒーリキュールと牛乳のカクテルで、口当たりがいいから何杯も飲んじゃって酔っちゃうことの多いやつよ」


「えーっと他には……」


「え、他にもなんか飲んだの」


「はい、なんかオレンジジュースみたいな……」


「多分スクリュードライバーだよ。これも飲みやすいけどウォッカベースのカクテルだから酔いやすいの。他には?」


「アイスティーみたいな……」


「ロングアイランドアイスティー、これは茶葉を使わずにアイスティーの味を再現しようってバカみたいなカクテルでジンとウォッカ、テキーラにラム酒まで入ってるヤバいやつよ」


 女性はもう呆れ果てたという風にため息をついた。


「今言ったカクテルは通称レディー・キラーカクテルとも呼ばれてるわ。由来は女性を酔わせるために飲ませられることが多いから」


 知らなかった。飲みやすくていいな、としか考えてなかった自分は本当に呑気だったんだな。


「初めてで、これだけのカクテルガブガブ飲んでよく無事だったわね。貞操どころか急性アルコール中毒で命を失ってもおかしくなかったのよ」


「はい、すみません……うぅ」


 突然また胃がムカムカしてきて、私は口を手で覆う。


「気持ち悪い? ジュースあるけどよかったら飲む?」


 女性がそう言って差し出したのは透明の飲み物が半分ほど入ったペットボトルだった。


「あ、どうも」


 会釈してから私はそれを受け取り、ジュースを一気に口に流し込んだ。グレープフルーツの味が口中に広がる。


「はい、それもダメ」


「え?」


「まあ、私だからよかったんだけど。出会ってそう何日も経ってない、ほとんど他人からもらった飲み物、しかも開封済みのものなんて飲んじゃダメよ、何入ってるのかわかんないんだから」


「でもそれはいくら何でも警戒しすぎじゃ……」


「こういう都会だと変人はいくらでもいるんだから気をつけるに越したことはないわ」


 なるほどそういうもんかな。ただ変人といえばこのお姉さんもかなり変人だ。見ず知らずの大学生にここまでしてくれるなんて。


「いつまでもここにいるわけにもいかないし、家まで送るわ。家はどこ? タクシー呼ぶから」


 そう言ってケータイで電話し始めた。


「えっと、私お金あったっけ?」


「いいよいいよ、ここは私が出すから」


 本当に変な人だ。親切だけど。


 タクシーに乗って20分ほどで、私が住んでいるマンションに着く。フラフラになりながらもお姉さんの肩を借りてなんとかタクシーを出た。


「眠いです」


「もう少しだから。部屋の番号教えてくれる?」


「えーと、202号室で鍵は……」


 ハンドバックから鍵を取りそうとしたけど、酔っ払ってるせいでなかなかうまくいかず、財布とかバックに入れていた別のものが地面に散乱してしまう。


「ちょっと、大丈夫?鍵はバックね、私が取り出すから」


「すみません」


 酔いがひどくなったようだった。さっきまで少しはましだったのに。


「この部屋ね」


「は、はい……」


 なんとか自室まで辿り着いた私は、部屋に入るや否や、バタンと床に倒れ込んだ。


「ほら、しっかりして」


 お姉さんは、うつ伏せのまま動けない私を仰向けに寝かせた。


「す、すみません。なんとお礼をしたら良いのか……」


 意識を失いかけながら、なんとかお礼を言う私に、お姉さんはニコリと笑って言った。


「お礼なら結構。これからもらうから」


 何言ってるんだろ。これからもらうって。私が不思議がっていると、お姉さんは私の服を脱がしてはじめた。


「き、着替えなら自分でするので……」


「着替える?脱がすの。脱がさないとできないじゃない」


「へ」


「可愛い」


 お姉さんは怪しい笑みを浮かべ、私の身体を眺めている。


「可愛い、本当に可愛い。好きよ、あなたみたいな娘」


 一体何言ってるんだろう。怖い。


「可愛い、何がなんだかわかんないって顔。ゾクゾクする。だからコレやめられないのよ」


 怖い、逃げたい。でも身体が動かない。そんな私にお姉さんは宣言する。


「私、あなたを今から犯すの」


 助けを呼びたいけど恐怖で声が出ない。抵抗しようにも酔いが回って身体が動かない。そんな私にお姉さんは話し続ける。


「私毎年やってるのよ。新歓コンパで酔い潰れた、新大学生を食べる遊び。春になると、地方から出てきた右も左もわからない純情で内気な女の子が大学に入ってくる。そんな女の子を狙って、新歓コンパの集団に近づいて、持ち帰る。びっくりするくらい簡単にいくのよこれが。だって私が女ってだけで全然誰も警戒しないんだもの」


「それでもう、7年も大学生やってるのよ。やめられなくてね。今まで一度も捕まってはいないわ。みんな誰にも言えないんでしょうね。だって女の人に犯された事なんて、そんな普通じゃないこと誰にも言えないし、知られたくないだろうから。まあそういう内気そうな子を選んでやってるからっていうのもあるんだけどね」


「一応最後にお姉さんから一言。知らない人を自分の部屋に簡単にあげちゃダメよ。男でも、そして女でもね。これからは気をつけてね。まあ、話はここまでにして、そろそろ……」


 お姉さんの唇が、私の唇に触れるのを感じる。さらに長い舌が、私の口に侵入してくる。気持ち悪い、と思って抵抗しようにも身体が動かない。口の中にを動き回る気色の悪い感触を受けて、私は急に胸の辺りが熱くなっていくのを感じた。なんだろうこれは、その熱い感触はどんどん広がっていって……私は意識を失った。








「あれ、ここどこ?」


 私は目を覚ます。私はこの場所を知っている。自分の部屋なのだから当たり前だ。


「あれ? 私どうしたんだっけ? 確か昨日サークルの飲み会に出て、それから……」


 思い出せない。飲み会に参加して、それからどうしたんだっけ? 

 

 そんなこと考えていると、なんだか酸っぱいような謎の異臭が漂っているのに気がついた。


「あれ、なんだろうこの臭い」


 周囲を見渡すと、なぜか女性の服が一式床に脱ぎ捨てられているのを発見したのだった。


「なんだろうこの服、私のじゃないみたいだけど」


 さらにおかしなことに気がつく。


「うわ! な、なんで私裸なんだろう?」


 脱ぎ捨てられた他人の服、裸の私、それにさっきから部屋中に漂う臭い。さらに周りを見渡すと床にところどころ何かが飛び散っていて、それが臭いの発生源のようであった。


「こ、これってまさか……」


 それは私の吐瀉物、ようはゲロだ。


「思い出した!」


 そこで私はようやく全てを思い出した。


 昨夜私はサークルの新歓に参加した後、謎のお姉さんに家に連れて帰ってもらい、その後服を脱がされ、ディープキスを食らわされた。その直後だった。


 その時大量の酒を飲んでいた私の胃は限界状態であり、口内に舌を入れられたことが引き金となって、胃の中身を全てを発射した。あのお姉さんに向かって、目の前で、全てをだ。声にならない声をあげて、悶絶するお姉さんをよそに、胃の中身がなくなってスッキリした私はそのままグッスリと寝てしまったのだった。



「あのお姉さんは?」


 部屋のどこにもお姉さんの姿はなかったが、代わりにテーブルに一枚の置き手紙があった。


『鍵は玄関のポストに入れて置きました。服を一式貰います』


 そういう内容の手紙だった。調べてみると、確かに鍵がポストに入っていて、部屋着が一式なくなっていた。

 

 私の体は多少ゲロで汚れてはいたものの、ナニかされたような形跡はない。私の貞操は守られたらしい。長年、初々しい大学一年生を襲い続けてきた彼女も、私のゲロのゼロ距離射撃には敵わなかったということか。


「なんか、悪いことしちゃったな」


 いや、どう考えても悪いのはあのお姉さんであるということは分かっているのだけど、それでも私は少々申し訳ない気はした。ゲロまみれになったお姉さんの服をクリーニングに出して、一応いつでも返せるように準備だけはしておいたけど、当たり前というべきかなんというか、お姉さんは二度と私の前に現れなかった。


 その後、私はテニスサークルを抜けた。後から知ったが、あのお姉さんの言った「松葉大学のテニサーは有名なヤリサー」などというのも、あながち嘘ではなかったらしく、元々良くない噂が絶えないサークルなのだそうだ。噂の真偽はともかく、サークルを抜けたのは、未成年にあれだけ酒を飲ませる先輩がいるサークルなどろくなもんじゃない、と冷静に考えた結果だ。


 その後、私は手芸サークルという女子しかいない、地味だけど安全なサークルに入り、少ないけど友達もできた。

 

 男性と飲む機会はそれからもあったが、かなり気をつけるようになった。自分にとってのお酒の適量もなんとなくわかってきたし、よくわからないカクテルなんかは、勧められても飲まないようにした。あのお姉さんの教えを守っているわけだが、そのおかげであれ以降大酔することなく、程々に飲酒を楽しんでいる。

 

 一年後、私は二年生になり、後輩ができた。そのうち調子に乗って酔い潰れた後輩を介抱するのが、私の仕事となった。あのお姉さんにしてもらったように家に送ったりもして、お陰で後輩には結構慕われている。


 結果的にあのお姉さんにしてもらったこと教えてもらったことが、今の自分にとって一応プラスにはなっているようだ。彼女は最低の悪人には違いないが、それだけは感謝している。


 そんな風に一応楽しくは暮らしているのだけど、未だに私には彼氏がいない。友人から聞いた話だと、男性にとって私は「ガードの固い女」と思われているらしかった。別に意識してはいなかったけど、自然とそうなっていたらしい。今さら変えようと思ってどうにかなるものでもないし、これも言ってみればあのお姉さんのせいか。


 あの日守り通した貞操を、卒業まで持ち続けることになるんだろうな、多分。いいことなのか悪いことなのかよくわからないけど、私はそんなことを考えては、時々ため息をつくのだった。


終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァージン・キラー ドン・ブレイザー @dbg102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ