第3話

 「姫様…シャルロット姫様!」


トントン…と優しく誰かがシャルロット様の肩を叩きました。


「…ん…ばあや」

「姫様起きてくださいましな!ディナーのお時間ですよ!」

「…ん…」

「早く起きてくださいまし」


まだ少し眠たさを残しながら、虚ろげにシャルロット様はゆっくりとベッドから身体を起こしました。


「え…もうディナーの時間なの?」

「そうですよ姫様!ほら早く!ウィリアム様がお待ちですよ」

「ん…分かったわ」


まるで冬眠から目覚めた動物のようにシャルロット様はのっそりとベッドから這い出て、少し伸びをした後、まだぼんやりとふわふわ夢見心地のままお部屋を出られようとしました。


「あ、姫様…お部屋から出られる前に御髪を直しましょう。少しお待ちくださいね、ばあやが今すぐ結い直して差し上げますよ」


ささ、早くっとばあやに手を取られてまだ少し寝ぼけ眼のシャルロット様はドレッサーの前に座らされました。


「別に…ご飯食べるだけだし、いいわよぉばあや」

「なりません!レディーのマナーとして、キチンと身を整えてからお部屋を出る!でございますよ!いくらお兄様とは言え、このローザタニア王国の王様であるのですから!キチンとしたお姿で行かれてくださいまし!」

「…じゃあ簡単なので構わないわ」

「かしこまりました。では、ささっとお直しいたしますわね」


ばあやの暖かくて優しい手がシャルロットの柔らかい髪を掬います。

くるくると素早い手つきで、寝グセが付いていた髪がいとも簡単にいつも通りのサラサラとした綺麗な髪へと変身しました。

あぁそうだ、先日ウィリアム様が姫様にプレゼントされましたあのリボンを使いましょう、とばあやはクローゼットの引き出しを開け、レースやサテン、ベロア調の色とりどり様々なリボンが並んでいる棚からいそいそと一本のリボンを引っ張り出してきました。そしてシャルロット様の美しい黄金色の髪と深いバラ色のリボンを美しく結い上げていきます。


「はい、出来ましたよ!」

「ありがとう。相変わらずばあやの髪結いは素敵かつ丁寧で素早いわね」

「お褒めいただき何よりです。姫様の髪は本当に柔らかくて扱いやすくて…そして何よりとても美しく理想的な髪ですねぇ。ばあやも結い甲斐があります。ではそろそろ参りましょうか」

「えぇ」


さぁさぁ、とばあやがシャルロット様を促し、お二人はゆっくりと歩き出しお部屋を後にしました。

少し日が沈みかけ、お城の真っ白な廊下の壁は窓から入る鈍いオレンジ色に染まりだし、お二人の影が長く伸びて映し出されております。


「もう日が暮れるわね」


ザワザワと風がお庭の木々を揺らします。その音と共に鳥たちは一斉にお庭から飛び立ち、遠くの森に向けて帰ろうとしております。西の空にはうっすらと猫の爪のような白い月が浮かび上がってきました。


「えぇ…一日が過ぎるのは本当に早いものですねぇ。今日もあっと言う間にディナーのお時間ですよ。そうそう、本日のメニューは季節のお野菜のグリルにポテトのスープ、白身魚のカルパッチョ、メインに鴨のローストのハニーマスタード添えと、デザートにはベリーのアイスクリームと料理長が申しておりましたよ」

「うーん…今日も盛りだくさんのメニューね。スープとデザートだけでいいわ」

「姫様!ヴィンセント様も仰っておりましたが、もっとちゃんとお食事を召し上がってくださいな」

「だってそんなにたくさん食べられないわよ。スープとデザートで充分よ。それ以上食べちゃうとおデブちゃんになっちゃうわ」

「シャルロット様ぁ~」

「そんなにたくさん私のご飯作らなくていいわよ。そんなにたくさん食べられないんだから勿体ないわ」

「ですが、調理場の皆さんは姫様にご飯を食べていただきたくって、腕によりを掛けて毎日作ってくださっているのですよ」

「それは分かっているけれど…でも毎日そんなにたくさん食べられないわ」


塔を一つ二つと渡り、シャルロット様とばあやはお城の奥深くへと進んでいきます。壁に付いているランプには少しずつ明かりが灯されていきます。陽の光とはまた違う、少し暗闇を含んだオレンジ色のランプの光はぼんやりとお二人の影を写し出しております。


「良いですか、シャルロット様。今日は一品ずつ、少しで良いから召し上がってください。料理長が飛び上って喜びますよ」


さぁさぁ…とばあやは精巧な金細工が施された立派な食堂のドアノブに手を掛けました。シャルロット様ははぁ…と聞こえよがしに大きなため息をつきました。


「お待たせいたしました、シャルロット様のご到着です」


ゆっくりと扉が開き、これまた豪華絢爛な食堂が目に入って参りました。

数十人は座れそうなくらいの長くて大きいダイニングテーブルに、ふかふかのクッションが貼られているイスが幾重にも整然と並んでおります。

そして頭上に目をやりますと、無数のクリスタルが散りばめられているシャンデリアが燦然と輝き、またテーブルの上の燭台の炎もユラユラと揺れております。

メイドたちがセッティングしてくれたのでありましょう、本日のテーブルセットは落ち着いた深いエメラルドグリーンのランチョンマットに透明なガラスの重々しいお皿が乗っており、ピカピカに磨かれた銀細工のスプーンやフォーク、ナイフが並んでおります。


「…お待たせしてごめんなさい」


テーブルの上座に座っている1人の青年に向かってシャルロット様は一礼をした後、執事長と思われる、白髪頭に口髭をくゆらしたダンディーな男性、セバスチャンが引いてくれたイスに腰を掛けました。


「聞いたぞシャルロット。今日もエスパルニア語とピアノの授業をサボったんだって?」

「…ごめんなさいお兄様」


ふぅ…とため息をついたこちらのお兄様とシャルロット様に呼ばれた青年は―――…そう、このローザタニア王国の国王でいらっしゃいますウィリアム様でございます。

妹君であられるシャルロット様と同じく黄金の糸のような美しい髪に、これまたシャルロット様と同じくキラキラと輝きを放つような深いエメラルドのような瞳、そしてシャルロット様と似てはいらっしゃいますが、精悍で端正なお顔をされており、これまたローザタニア王国一の美男子と謳われるほどの青年でございます。


「うーん…まぁサボりたくなる気持ちも分かるなぁ。私もエスパルニア語嫌いだったよ」

「お兄様もそうよね?エスパルニア語なんて面白くないものね」

「そう、動詞の変化が訳分かんないんだよなぁ。男性名詞と女性名詞でまた変わってくるし…私が思うに世界で一番ややこしい言語だなアレは」

「ホントそうよ!もう使わない言語だし、勉強する意味ってあるのかしら?」


カチャカチャ…とメイドたちがウィリアム様とシャルロット様の前に置かれている透明なガラスのお皿を引き下げ、一品目の前菜の準備を始め出しました。

お二人もナプキンをスッとご自身に付け、食事を始める準備を始めました。


「あ、私今日はスープとデザートだけでいいわ。あんまりお腹が空いていないの。もしよろしければお兄様かヴィーのお皿に足しといて?」


シャルロット様が給仕係のメイドにサラッと伝えると、それを聞いたウィリアム様はじっとシャルロット様の方を見据えて少し強い口調で話しかけました。


「…シャルロット、ばあやから聞いたぞ。ちゃんとご飯は食べなさい」

「だって食欲があまりないんだもの…」

「そんなワガママを言っては駄目だ。成長期なんだしちゃんと食べなさい」

「…そんなに言われちゃったら、余計に食べる気なくしちゃうわ!…もう今日はディナー要らないわ!」

「シャルロット!」


プイッとむくれたシャルロット様はナプキンを外してテーブルに置き、お部屋に帰ろうと席を立たれました。

慌てふためく執事長やばあや、メイドたちを横目に早足で食堂を出ようと力いっぱい扉を開けた瞬間―――…


「まーたワガママ言ってるんですか。…ったく本当にいい加減にしてくれません?」


シャルロット様の目の前にあの男が―――…そう、更に眉間に深い皺を刻んだヴィンセントが立ち塞がっておりました。


「ちょっと、ヴィー邪魔だから退いてよ。私お部屋に帰るんだけど」

「邪魔なのは貴女です。さぁ、早く席についてください」

「私今からお部屋に帰るんだけど?」

「え?今からディナーの時間ですよ?」


シャルロット様がヴィンセントをよけて右側を通ろうとしました。しかしヴィンセントもサッとシャルロット様の間に立ち塞がります。またシャルロット様が左側に行こうとすると、ヴィンセントは右に動き、シャルロット様の進路を塞ぎました。


「んもぅ!ヴィー邪魔!!」

「邪魔してるんですよ」

「ヴィー嫌いッ!」

「嫌いで結構。早く席に着いてください」


ジワジワとヴィンセントがシャルロット様との間合いを詰めていきシャルロット様は扉からお部屋に戻されていきます。


「ねぇヴィー、私、今お腹空いていないの。だからディナー要らないの。だからお部屋に帰るの」

「んで寝る前にお菓子食べるんでしょ?」


ハッと小馬鹿にしたようにヴィンセントは笑い出しました。そう、嘲笑です。


「だってその時はお腹が空いているんだもの、仕方なくない?」

「その要望を聞くためにばあやが呼び出されたりとか、そのお菓子を作るためにシェフやメイドたちが時間外労働しているの分かります?」

「…」

「彼らだって休む時間は必要なんですよ。貴女のワガママばっかり聞いていたら寝る暇なんてなくなるんですよ」

「…そうなの?」

「え、今まで気付かなかったんですか?何、その人一倍大きな目は何ですか?いつもどこ見て生きてるんですか?」


ヴィンセントは矢継ぎ早にシャルロット様に早口で捲し立てます。周りにいるメイドたちはヴィンセントの辛口にドキドキヒヤヒヤハラハラしながらシャルロット様とヴィンセントの様子を静かに伺っておりました。


「ヴィー、そこまででいいよ」


静観しておられたウィリアム様がいつの間にかお二人の近くまで歩み寄ってこられ、ヴィンセントの肩をポンとバトンタッチをするかのように優しく叩きました。


「シャルロット…今日は少しの時間でいい、私と一緒にディナーをしよう」

「お兄様…」


ウィリアム様が片膝をつかれ、少しうつむいていらっしゃるシャルロット様のお顔を優しく覗き込まれました。


「少しでいいんだ。庭師のトムが丹精込めて育ててくれたウチの庭の野菜を共に味わおう。白身魚も鴨も、料理長のポールが私たちのために市場からとびきり良いものを厳選して仕入れてくれた。パティシエールのニーナが作ってくれたデザートも私とゆっくり一緒に食べてお話をしようじゃないか」

「…」

「さぁシャルロット、お手をどうぞ」

「…えぇ、お兄様」


ウィリアム様がシャルロット様の前に優しく手を差し出しました。

一瞬、シャルロット様はウィリアム様の手を取られるのを躊躇いましたが、とても小さい鈴が鳴るようなお声でお返事をされ、差し出されたウィリアム様のお手を取られました。

ウィリアム様は優しくシャルロット様をお席へとエスコートされました。その様子を見てヴィンセントはやれやれと言った表情でまたため息をつかれました。


「皆…ごめんなさい。私ワガママばっかり言って皆を困らせていたのね。本当にごめんなさい」

「シャルロット様…」

「さぁ…ディナーにしよう。セバスチャン始めてくれ」

「承知いたしました」


ウィリアム様が傍に控えていたセバスチャンに合図を送ると、セバスチャンは一礼をした後、給仕係たちに料理を運んでくるように、と声を掛けました。


「お待たせいたしました、本日のディナーの前菜の白身魚のカルパッチョです。こちらは隣の国で良く獲れますメダダイという白身魚のお刺身でございます。こちらにお城の庭で採れました玉ねぎのソースとおリーズオイルのソースが掛かっております。とさぁどうぞお召し上がりください」


ウィリアム様とシャルロット様の前に透明なお皿に品よく盛り付けられたカルパッチョが置かれました。


「うん、ではいただこう」


ウィリアム様がフォークを手に取り、お魚とソースと絡めてお口に運ばれました。


「この濃厚な玉ねぎソースの味がさっぱりとした魚に合ってちょうどいいなぁ」

「ありがとうございます。ウィリアム様のお口にあって何よりです」


ウィリアム様と給仕係の青年のやり取りをじっと見つめていらっしゃったシャルロット様も、お手元のフォークを手に取り、そっと一切れお口に運びました。

まるで覚悟を決めて滝に飛び込むかのように最初は目をつむっていらっしゃいましたが、お口に入れてゆっくりとモグモグとお魚を噛んでいらっしゃいますと、まるで驚いたかのようにシャルロット様の大きな瞳がパッチリと開きました。


「…美味しい」


その一言を聞いて、今お部屋にいらっしゃる方全員がホッと肩を下しました。


「シャルロット様!」

「お魚がとてもあっさりしていて凄く食べやすくて…美味しい…」

「先程もご説明させていただきましたが、こちらの白身魚は隣の国の海で良く獲れる魚でして、非常にあっさりしていて、カルパッチョやムニエルなどによく合うお魚なんです。ですが少しでも生臭くないように、としっかりと下ごしらえさせていただきました。この玉ねぎのソースも、お城の庭で育てた玉ねぎを使用しておりますよ」

「…これなら玉ねぎでも食べられそうだわ」


シャルロット様が小さくそう呟かれますと、部屋の後ろに控えておりましたばあやが目頭をハンカチでチョンチョンと押さえながら笑っておりました。

メイドや給仕係の者たちもホッとしてにこやかにされています。

ただ一人、ヴィンセント様だけやれやれと言った感じで、腕組みをしながらため息をつかれました。


「どうだい、シャルロット。美味しいご飯をいただいたらもっと食べたくならないかい?」

「えぇ…何だか私、お腹空いてきちゃったわ」

「うん、じゃあもっとたくさんいただこうか。私もぺろりと食べてしまったよ」


ついにカルパッチョを完食したシャルロット様をご覧になられて、ウィリアム様はニコニコと笑顔が溢れていらっしゃいました。

とても小食で好き嫌いの激しいことで有名なシャルロット様が、ついにきちんとディナーの席についてご飯を食べられたということはお城に居る皆にとってとても衝撃的で嬉しいことだったのです。

ウィリアム様とシャルロット様の前菜お皿をタイミングよく給仕係の者たちがスッと下げられました。

そして小さくて深いお皿に入ったスープがそっとお二人の前に置かれました。


「スープはポテトのスープでございます。こちらもお庭で採れました甘いポテトを使用しております。蒸かして裏ごしいたしましたポテトに生クリームを加えております。どうぞ温かいうちにお召し上がりください」

「ポテトのスープはシャルロット大好きだったな」

「えぇ。だってウチのポテトのスープは甘いでしょ?とても飲みやすいわ」

「姫様に少しでもご飯を召し上がっていただくために、料理長がわざわざ考えて作ってくれているんですよ。料理長に感謝しながら召し上がってくださいね」

「…はーい」


シャルロット様のお席の後ろから、相変わらず腕組みをしながらシャルロット様がちゃんとご飯を召し上がるかどうかをチェックしているヴィンセントの一声が飛んできました。ばあややセバスチャンが、まぁまぁ…と気を使ってヴィンセントをなだめていらっしゃいます。

シャルロット様も本日は素直にその一言を聞き入れて、反撃することなく料理長渾身のポテトスープをいただきました。

甘い味付けの、濃厚なポテトのスープを一口お召し上がりになられたシャルロット様のお顔に笑顔が浮かび上がってこられました。それをウィリアム様はご覧になられるととても安心したように微笑まれ、シャルロット様の後ろで控えていらっしゃるヴィンセントに目配せをいたしました。


「ヴィー、今日はもう下がってくれて構わないぞ」


ウィリアム様がヴィンセントに退室を命じました。本日のヴィンセントの執務は、これにて終了という合図です。


「承知いたしました」


ヴィンセントは軽く一礼された後、またカツカツカツ…と靴の音を響かせながら足早に食堂を後にされました。


「さてシャルロット、今日一日の出来事を聞かせてくれないか?」

「えぇお兄様…。あのね、今日北のお庭にある一番古い納屋に行ったの。それでね…」


美味しいお食事を共にいただきながらお二人の話は弾んでいきました。

給仕係やメイドの者たちは気を使って、そっと奥の部屋へと下がっていきました。

まだ19歳の青年でありながらも、小さい国とは言えウィリアム様は一国の国王陛下でいらっしゃいます。毎日がとても目まぐるしい程たくさんのご公務をされております。そんな最中、シャルロット様と唯一共にできるお時間はこのディナーの時間だけだったりします。ウィリアム様はシャルロット様と一緒にいらっしゃるプライベートなお時間だけが唯一の兄妹水入らずでくつろげるお時間なのです。

今日はシャルロット様も全てのお食事を召し上がられました。たっぷりと約2時間、ウィリアム様とシャルロット様はゆっくりと楽しいディナーのお時間を過ごされたのです。

辺りはもうすっかりと、深い紺色の絵の具を塗りつぶしたかのように夜の闇が覆っております。


「さて、今日のディナーはこれまでにしようか。今日もとても美味しかったよ。皆、いつもありがとう」

「ありがたきお言葉です。我々はウィリアム様やシャルロット様に美味しくお食事を召し上がっていただくことが何より幸せであります」


調理場から料理長のポールを始め、シェフの皆が退出されるであろうお二人をお見送りする為に食堂に集まっておりました。


「…とても美味しかったわ。…これからはちゃんとご飯をいただくように心掛けるわ。皆、本当にごめんなさい」

「シャルロット様…」


少し伏し目がちではありましたが、シャルロット様はシェフの皆に今までの無礼をお詫びされました。

その場にいらっしゃる全員がシャルロット様の言葉にジーンと感動されております。中堅どころであろうと見られるシェフたちは手を取り合って感動されておりました。そして相変わらずばあやとセバスチャンも涙を流しながらシャルロット様を見つめていらっしゃいます。


「ありがとうございます。そのお言葉だけでも我々は嬉しゅうございます。でもシャルロット様、ご無理にとは申しませんので…」

「うん…本当に気分が悪くて食べられない時もあるんだけれど、基本的には私のワガママだから…。これからは少しずつでもいただくように頑張るわ」

「うん、いい心がけだね、シャルロット。ヴィーに聞かせてあげたかったよ」

「ヴィーにはいいわよ、お兄様。きっとまた何かしらイチャモンつけてくるんだから」

「まぁまぁ…あれでも彼なりにシャルロットのことを心配しているんだよ」

「本当かしら」

「不器用なヴィーなりの愛情だよ」


さぁ部屋に戻ろうか、とウィリアム様はシャルロット様を促しました。


「ではお先に失礼するよ。おやすみ、私の可愛いシャルロット」

「おやすみなさい、お兄様」


ウィリアム様はそっと優しくシャルロット様の頬にキスをされ、食堂をあとにされました。

段々と遠くなっていくウィリアム様の足音を見送られるとシャルロット様は少し寂しそうなお顔をされましたが、またすぐにいつもの愛らしいお顔に戻られました。


「さぁシャルロット様、お風呂の準備がもうすぐ出来上がります。そろそろ行きましょうか」

「えぇ、ありがとうばあや」


スッとお席を立たれておやすみなさい、と一言シェフの皆に挨拶した後、シャルロット様はばあやと共に自室へ戻られます。


「シャルロット様、本日のバスソルトはシャルロット様の大好きなグレープフルーツとカモミールの香りでございますよ!」

「嬉しい!私あの香り大好きだわ」

「セシルが準備してくれておりますからね!さぁさぁ、今日もゆっくりとお入りくださいましな」

「えぇありがとう。お昼寝しちゃったけれど今日は何だかよく眠れそうだわ」

「よく寝ることが元気の基本ですよ!さぁさぁ…早いところお部屋に戻りましょう」


美味しいお食事をいただきお腹も満たされ、たっぷりとご兄妹でお話をされ気持ちもどこか落ち着かれ、行きの不機嫌なモードとは真逆にシャルロット様とばあやの足取りは少し軽快に聞こえます。もうすっかり日も暮れ、濃い紺色の夜空が辺りを包んでおります。

お城の廊下もどこかひんやりとした空気が流れて、オレンジ色をした蝋燭の光がユラユラと揺れているだけでした。

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