第2話

 「姫様確保…っと」


何やら網のような、しかしそれにしては繊細で華やかな網目模様の布が小柄なシャルロット様を頭からすっぽりと覆いかぶさっております。


「何コレ…。網っ!?」

「ったく…あまり私の手を煩わせないでほしいもんですねぇ…」


フゥッと一つ大きな溜息と共に、銀糸のような美しい髪に水晶のように漕ぎ済まされたアメジストのような瞳でジ…っとこちらを見つめて思いっきり眉間に皺を寄せ不機嫌そうなオーラを身にまとった青年が、慌てふためくシャルロット様とばあやの前に姿を現しました。


「…ヴィー!」

「ヴィンセント様!」

「いくらクソ腹立ってたとしても一応姫様は姫様なので…。しゃーなしですけど姫様に網は失礼かと存じましたので、貴女のドレスに使う予定のレースの仮生地で捕獲してみました」

「…ヴィー…貴方ねぇ」

「さぁ早くお部屋に戻りましょうね。先生方が大層お怒りでお待ちですよー」


まだレースで出来た網に絡まっているためシャルロット様は上手く逃げ出せずにもたもたと網の中でもがいております。その隙をついて、ヴィーと呼ばれた青年はシャルロット様をひょいっと肩に担ぎあげました。


「やだッ!ちょっとヴィー!降ろしてよ!!」


まるで商人が荷物を運んでいるかのように、シャルロット様を担いだままヴィンセントと呼ばれているこの青年はすたすたと歩き出しました。

シャルロット様はどうにか逃げようとバタバタと暴れますが、悲しいことにそうすればそうするほど余計に網はシャルロット様に絡まっていきます。


「軽…。姫様ちゃんとご飯食べてます?めちゃ軽ですよ?」

「食べているわよ!失礼ね!」


キーンっとヴィンセントの耳に甘いソプラノボイスの大声が降りかかり、ヴィンセントは迷惑そうにさらに眉間に皺を寄せました。


「…っ姫様耳元でキャンキャン叫ばないでくださいよ。うるさいですねぇ」


うるさいって何よ…とシャルロット様が言い返そうとしたのを遮り、ヴィンセントは素早く一瞬でシャルロット様を床に降ろしてレースの網の端で口を塞ぎだしました。そしてぎゅっと結んでシャルロット様が喋られないようにしてしまい、また再び素早くシャルロット様を担いで歩き出しました。その動きはまさに一瞬の出来事であります。


「…ばあや、姫様の好き嫌いを許したら駄目ですよ」


クルッとヴィンセントがばあやの方に振り返ります。いきなり話を振られたばあやはビクッと大きく肩を動かしてペコペコと頭を下げました。


「も…申し訳ございません、ヴィンセント様…。本当にシャルロット様は好き嫌いが多くてばあやはほとほと困っておりました…。今朝もフルーツとお紅茶しか召し上がられておらず料理長と今日も嘆いておりましたのですよ」

「…ッたく、先代王父親たちが甘やかしたからですね…」

「申し訳ございません。ばあやにも責任がございます」

「…いいですか姫様、よーく聞いてくださいね。素敵な王子とかと恋に堕ちたいなら、もう少しちゃんと食べて出すとこ出してから寝言言ってくださいね。今の貧相な子どもっぽいままの身体じゃあ、つるペタが好きと言う特殊な趣味の男以外、普通の男なら欲情しませんよ」

「ヴィンセント様…」


薄い…とつぶやきながら、ポンポンっとお尻ぺんぺんをするみたいにヴィンセントはシャルロット様のお尻を叩きました。そんな様子をばあやは今にも心臓が飛び出しそうなほどドキドキハラハラしながら見つめております。


「んーッ!んんーッ!!」


何やらシャルロット様はヴィンセントに対して文句を言おうとしておりましたが、口元に巻かれているレースがこれまた頑丈にきっちりと結ばれており、シャルロット様の言葉は全て布に吸収されて何を言っているのかさっぱり聞き取ることが出来ません。


「えー?これからはきちんと野菜も魚も食べますって?」

「んーッ!!」

「ついでに毎日毎日こんなアホみたいなことして超忙しい私の手を煩わせず、素敵なレディーになりますって?そいつはいいですねぇ」

「んーッ!!!」


どうにかヴィンセントから逃れようと、シャルロット様はぶら下がっている足を力の限り、思いきりバタバタさせました。


「姫様痛いです。私の制服汚れるからやめてください」


数回シャルロット様の足がヴィンセントの真っ白な制服に直撃しました。

あまり手入れされていなかった納屋はやはり相当汚れていたのでありましょう、ヴィンセントが着ている真っ白な制服に灰色の汚れが数か所付いてしまいました。それでもヴィンセントは気にせず、シャルロット様を肩に担いだまま真顔でスタスタと歩き続けます。そんな様子を依然としてばあやはハラハラしながら見つめ、ヴィンセントの後を追うように付いていきます。


「あ、ヴィンセント様!こちらにおいででしたか…って」

「あぁ、バルト。会議を中座して悪かったな」


バルコニーから、バルトと呼ばれた青年が身を乗り出してヴィンセントを呼び止めました。しかしバルトはヴィンセントの姿を見て、今彼に声を掛けてしまったことに深く後悔いたしました。そう、お城に勤めている人間なら誰しもがそう思うであろう、その異様な光景でございます。


「いえ…こちらの報告会は問題なく大丈夫だったんですが…その…担いでいらっしゃるのって、もしかして…」


冷や汗をかきながら引きつった笑顔でバルトはヴィンセントに尋ねます。

先程までギャンギャン喚いていたシャルロット様でしたが、騒ぎ疲れたのかそれとも口をふさがれているために酸欠になっているのか、ヴィンセントの肩の上で少しぐったりとしておりました。


「ウチのお転婆姫」

「…シャルロット様ですね」

「あぁ。ったく…本当に手がかかるお姫様ですね、貴女は」


ふぅ…と一つ溜息をついてヴィンセントはシャルロット様を近くのソファーにそっと降ろしました。ヴィンセントがそっと跪いてシャルロト様の口元のレースをゆっくりと解いていきます。


「…んもう…ヴィーったらいつも強引よ…」


猿ぐつわから解放されたシャルロット様はむくれながらヴィンセントをキッと睨みつけます。


「手荒な真似をして申し訳ございません。でも姫様が悪いんですよ?貴女はもう少し姫であることを自覚されて、もう少しお淑やかなレディーになっていただかないと。ばあやを困らせてはいけません」

「…分かってるわよ」


暴れてボサボサに乱れてしっまているシャルロット様の柔らかくて美しい金色に光る髪を、ヴィンセントは優しく撫でて落ち着かせます。シャルロット様も反省したのかほんの少しではありますがしおらしくなってしまいました。


「少し騒ぎ疲れたでしょう。今日のところは先生方にお引き取りいただいて、姫様はお休みください」

「…」

「はい、は?」

「…はい」


ヴィンセントに促されて少しふてくされながらシャルロット様は小さい声で返事をしたのが気に食わなかったのでありましょうか、ちょっとムッとして眉間に皺が寄ったヴィンセントはシャルロット様の頬っぺたを左右に引っ張りました。


「痛ッ!」

「大きい声出るじゃないですか。いいですかー?返事はもっと大きい声で返事してください。まぁさっきの耳元で姫様のキンキン声聞いたせいで私の耳がおかしくなってんのかも知れませんけど」

「…んもぅ!分かったわよぉ。分かったから離して」

「姫様、こういう時ってなんていうか知ってます?」

「…ごめんなさい」

「…」

「…」


二人の間に少し沈黙が流れます。

ばあやとバルトは手を握り合いながら、相変わらずひやひやしながらそんな二人を見守っております。


「…よく聞こえません」

「!」


グイーッとヴィンセントはシャルロット様の両ほっぺを更に抓ります。

ヴィンセント様!とばあやとバルトは声にならない声を出し、真っ青になりながら焦り出しました。


「いいですか姫様、人に謝るときはその人にちゃんと聞こえるように謝ってくださいね。私には聞こえても、今のはばあやには聞こえていません。ばあやがどれだけ貴女を心配して探し回っていたとか、考えたことあります?」

「…」

「ヴィンセント様っ!こんなばあやのことなどよいのですよ。シャルロット様が反省してくだされば、それでばあやは感無量で構わないのですよっ」


慌てふためくばあやを横目に、ヴィンセントは縦縦横横…とシャルロット様の柔らかいほっぺを抓りながら遊びだしました。


「駄目です。ちゃんと皆に聞こえるように謝ってください」

「…ごめんなさい。ヴィーもばあやもヴィーを探し回ったバルトも…心配させちゃってごめんなさい!」

「はい、よくできました」


先程までほっぺを抓っていたヴィンセントの指が優しくシャルロット様の顔を撫でました。


「いいですか?王族だけど、謝るときはちゃんと謝らないと駄目ですよ?それがちゃんと出来ている人が民から愛される立派な王族になれるのですから」

「…はーい」

「『はい』を伸ばさないっ!」


ペチンッと軽くシャルロット様の柔らかくてもちもちしているほっぺを両手で挟んで叩きます。


「…はい」

「ったく…。貴女はいずれどこかの国にお妃としてお輿入れされるんですから。分かってます?」


ふぅ…とため息をついてヴィンセントはシャルロット様の手をそっと優しく握りました。


「まだそんな話早いわよ」

「いや、もう姫様14でしょ?」

「この間なったばっかりよ?」

「や、もういつでも輿入れ出来る歳ですから。子ども作れますから」

「…そんなのまだ早いわよ」

「え、実験してみます?てっとり早く私と」

「ヴィーと?…でも…どうやって子供って作るの??」


傍らではばあやとバルトが互いの手を握りながらヒヤヒヤ、ハラハラと青ざめたり絶句したりしながら二人のやり取りを見ておりました。

何も知らない純粋なシャルロット様は丸い大きな瞳をクリクリさせながら、ヴィンゼントのお顔をまっすぐ見つめております。


「…まぁいいや。そういう話はまた時期が来たらきちんとお勉強しましょう。とにかく、あんまり私たちの手を煩わせないでくださいね。…さて、と」


純真無垢な瞳に毒気を抜かれたのか、スクッと立ち上がりヴィンセントはシャルロット様を先程とは違い優しく抱きかかえました。


「バルト、私は姫様を部屋にお送りするから、それまでに先ほどの報告会の資料をまとめてすぐに私に報告しなさい。そして来週の交易協定会議資料の作成に取り掛かる。執務室で準備をしておいてくれ」

「はいっ」


軽やかにシャルロット様をお暇様抱っこし、ヴィンセントは足早に部屋へと引き換えしていきました。

早口で囃し立てられた命令を一言一句忘れまいと反芻しながらバルトは会議室の方へと大急ぎで走り出しました。

ヴィンセントの肩に甘えるように顔を預けて落ちないようにしっかりと腕を絡ませている子供のようなシャルロット様を見送り、ふぅ…と一つ溜息にも似た息を吐き出し、ばあやは伸びをするように空を見上げました。

雲一つない爽やかな午後の昼下がり。

庭のあちこちでは美しく花が咲き乱れ、その甘い蜜に誘われて蝶々も踊るように飛んできます。そしてその蝶々と戯れるかのように猫が昼寝をしながらごろごろと喉を鳴らしております。


「…平和なローザタニアの日常ですねぇ」


まるでそう言い聞かせるかのような独り言でした。


・・・・・・・・


 「…ったく、本当に手のかかる姫様ですねぇ貴女は」


ヴィンセントはシャルロット様を肩に担いだまま廊下をずんずんと進んでいき、お城の奥にあります王族のプライベートエリアがある塔へとやってきました。そしてその上階にありますシャルロット様のお部屋に着くと、お部屋の真ん中にあるソファーに優しくシャルロット様を座らせながらヴィンセントは呆れたように大きく溜息をつかれました。


「飽きないでしょ?」


メイドが丁寧に並べてくれたであろうたくさん並んでいる色とりどりのクッションから、ピンク色のクッションを一つ手に取っていたずらっ子っぽい上目使いで笑いながらヴィンセントの方へと投げ渡します。

それをヴィンセントは無表情でキャッチし、また一つ聞こえよがしに大きな溜息を漏らしました。


「いや、もうマジ勘弁なんですけど。私はこの国の国王補佐長官兼執務官長であって姫様の世話係じゃないんですけど」

「国王補佐官長…それって私たち兄妹の世話係みたいなものじゃないの?」

「いや、全然違いますし」

「えー?幼馴染の延長じゃないの?」

「いや、そうじゃなくて。普通に国に関する仕事の補佐なんで。本当に私の仕事に支障出て迷惑してるんですけどね、私」

「嫌じゃないくせに」

「嫌ですよ」

「嫌よ嫌よも好きのうち…」

「…ったく、本当に貴女が姫様じゃなかったら容赦してませんからね」


シャルロット様の左腕の付近にクッションを投げ返しました。

きちんとシャルロット様に命中しないようにわざとずらし、また万が一命中したとしても痛くないように優しく投げてきたあたりこの男はさすがであります。


「じゃあ私はこれで失礼いたします。…ったく、本当にこれ以上ばあやたちを困らせないでくださいよ」


シャルロット様に抱きつかれて乱れた制服をササっと直し、また一つ大きな溜息をつきながら白いマントを翻しヴィンセントはシャルロット様の部屋を後にしました。

バタンっと大きな音を立てて、部屋の扉が閉められます。

カツカツカツ…っと足早に歩くヴィンセントの足音がだんだん遠くなっていきました。


「…なんだかんだ言って面倒見がいいのよねぇ」


シャルロット様は大きな独り言を言いながらソファーからヒョイっと飛び降り、ベッドサイドの大きな窓へ向かい大きな窓のガラスにそっと手を当てました。


「こんなにいい天気なのに、今日もお城から出られず…。ホントつまらないのよねぇ…」


遠くの景色をぼんやりと眺めながらため息交じりにシャルロット様は呟きました。

ヴィンセントはこれから資料作成って言ってたっけ。じゃあこの後きっと遅くまで仕事しているのね…とぼんやりと考えておられます。

シャルロット様の部屋の前のテラスでは黒猫が昼寝をしておりました。

お城の中庭では色んな鳥の囀りが聞こえてきますが、猫はそんな声に一切反応することも無く陽だまりの中で気持ちよさそうに寝ております。きっとゴロゴロと鳴きながらのんびりと昼寝をしているのでありましょう。

あぁ…なんて毎日平和で退屈なのかしら。毎日決まった時間にお茶してお勉強して遊んで…毎日毎日同じことの繰り返しで全然変わりばえしない。

ほんの少しで良いからドキドキするような毎日を過ごしてみたい―――…きっと私が何かの物語の主人公なら、実はあの寝ている黒猫の正体は魔法使いで、私を攫って違う世界や昔へタイムスリップさせてくれてくれるんだけどなぁ…。


「なんてね」


自分で考えた陳腐な想像があまりにも馬鹿らしく思えてしまい、シャルロット様は思わずフフフ…と笑ってしまいました。

猫が目を覚ましました。うっすらとまだ少し眠たそうな目を開けてこちらを見ております。

窓越しにシャルロット様と目が合いました。少しジーッと睨みつけて、まるで今シャルロット様が考えていたことを見透かすかのような顔で見つめております。けれど、このポカポカ陽気には勝てないのでありましょう、再び寝っころがり、またうっつらと昼寝を始めました。

テラスの窓をゆっくりと開けてシャルロット様はそっと黒猫に近づき始めます。

シャルロット様が近づく気配に気付いた猫は、片目を開けてシャルロット様をじっと見つめております。

一歩一歩ゆっくりと歩み寄り、猫まであと2メートルほどの距離になった時、猫は素早く起き上がり身を翻してテラスから走り去ってしまいました。


「…逃げられちゃった」


一人テラスに取り残されたシャルロット様は、猫が走り去った方向を見つめながらため息を一つつかれました。

猫にまで逃げられちゃうなんて…今日は本当に退屈な日だわ。こんなことならお稽古でもちゃんと受けていればよかったのかしら。

空に流れる雲の行方をぼんやりと眺めております。本来ならばエスパルニア語とピアノのお稽古で、この後約2時間何かしら今日を過ごす予定でした。しかし自分がサボったためにその予定がキャンセルされてしまい、今日は本当にすることがなくなってしまったのであります。


「…これってもしかしてヴィーからのお仕置きかしら…」


何もすることが無くてただ無意味に時間を潰す。それがどんなに苦痛なことでありましょうか。

きっと今日はシャルロット様以外のお城の者は忙しく過ごされることでありましょう。

ある者はこれからの夕食の準備や明日の朝食の下ごしらえ。またある者はシャルロット様やウィリアム様の衣類や装飾品の手入れ。またある者はいつ来客があってもいいようにお城の中を常に綺麗な状態でいるために掃除をする。またある者は国のために重要な会議を行い、またある者はそのための為に資料を作ったり…と何かしら忙しく毎日を過ごしているのであります。

そんな中、シャルロット様ただ一人が暇を持て余し、何もすることが無く今日という一日を終えるのであります。


「…何だかとても虚しくなってきちゃった」


少し初夏の気配を含んだ爽やかな午後の風が吹き、シャルロット様のドレスの裾で遊び始めました。

かすかに街の賑わいが聞こえる気がしました。きっとこの風が運んできたのでありましょう。遠くに見える城下町では、街の人たちが買い物をしたりご近所の人たちと井戸端会議したり…としているのでしょう。


「いいなぁ…私も街に遊びに行きたい。自由にお買い物とかしてみたいわ」


きっと街には色んな華やかなお店が立ち並び、とても煌びやかなんだわ…。

幼いころに一度だけ、父親である前国王の視察に付いて街に降り立ったことをシャルロット様は思い出されました。目を閉じれば今でもその時の景色が目に浮かんできます。

焼きたての香ばしいパンがたくさん並ぶ赤い屋根のパン屋さんや異国のお菓子がひしめき合う不思議なお菓子屋さん。見たこともないような煌びやかな織物が所狭しと飾られている布屋さんや、ローザタニアのお花がたくさん置かれている花屋さん。他にも市場ではたくさんのお店が並んでおり幼いシャルロット様にはどれも初めて見るものばかりで、胸が痛いほどドキドキ、キラキラしたのを今でも鮮明に覚えていらっしゃいます。

しかし、それ以来一度も街には降り立ったことはございませんでした。

何度も何度もお父様に街に行きたいとお願いされましたが、お城の外に出ては駄目だと言われて、結局一度しか街に行けなかったのであります。

またヴィーお願いしたら連れてってくれるかしら…?…きっと無理ね。いつものように眉間にシワを寄せて溜息をつきながらダメの一点張りで許してくれないんでしょうね。


「…考えるだけ虚しくなっちゃうわね。まぁ悩んだところで仕方ないし、考えるのやめましょっと」


少し後ろ髪を引かれながらもシャルロット様は足早に部屋の中に戻られました。

フカフカのベッドにぴょんっと飛び乗ります。整然と並べられていた枕が床に飛び散りました。

何もないときは寝るに限る、とシャルロット様は思い、ゆっくりと瞼を閉じました。


「いい香りがする…」


真っ白な洗いざらしのシーツに顔を埋めます。メイドが毎日キチンとベッドメイクしてくれているのでありましょう。シーツからは柔らかな太陽の香りと、シャルロット様の大好きな甘い花の香りが焚き込めてあります。きっとシャルロット様が少しでも良い眠りにつけるように考えてしてくれているのでありましょう。

少しウトウトと微睡みかけ、瞳の奥が重たくなってきました。頭の中がグラグラと渦を巻きかけて、まるで沼に足を踏み入れたように身体が動かなくなってきたのをシャルロット様は感じました。そして少し時間が流れた部屋にはかすかな寝息だけが聞こえておりました。

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