第36話 決断は逃避の果てに
「なるほどなぁっ! 俺の力をそのまま、反射させたと来たかァ!」
「そうだ! この刀身は鏡。神を宿す憑代であると同時に、お前という災害を反射する力だ!」
爪牙を失った室岡に対して、俺は叫ぶ。俺の力を、より明確に定義付けるために。
もっとイメージするんだ。俺の力が出来る事を。俺が扱える力で、コイツを倒すビジョンを。
ロゴスとは、言葉を現実にする力だ。その原動力は、使い手の意志となる。
つまり、俺が強く信じ、イメージを明確に持てば持つほど、俺のロゴスは現実になる。今回はクリスの宿っていた剣の外見的性質を利用し、『鏡』という言葉の持つ"反射"という言葉の力を現実にしてやった。奴にダメージが届いたという事は、うまくいったようだ。
だが油断はしない。まだだ。もっと強く、俺の中のロゴスをイメージしろ。そして強く持つんだ。奴を倒すという意志を。その未来を現実にするべく、俺は一歩前へと駆けだした。
「俺程度の力じゃ、お前の持つ爪にも牙にも、鱗にも敵わない。
けどな、それをそのまま利用する事は出来る! それがお前を倒す手段として、俺が編み出した力だ!」
「我が魔王としての力すらも利用するかァ! 実に
奴の高笑いを無視し、俺は地面を蹴って跳躍する。クリスの力も合わせたことで、俺の跳躍はドラゴンと化した室岡の頭部にまで軽く届いた。
そのまま全霊の力を込めて、その額へと鏡剣を振り下ろす。今までの俺ならば、その防御力を前に一切の攻撃が通らなかっただろう。だが今は違う。全てを反射するという鏡の性質。正確には、鏡という言葉に宿るイメージの力を利用し、その防御力を反射する。
するとどうだろう。鉄壁の防御を誇っていた室岡の鱗に、同等の衝撃がぶつけられる。瞬く間に室岡の頭部を覆っていた鱗は砕け散り、そして衝撃が頭部から全身へと駆け巡った。
「ぐげあああああああああっ!」
「効いたっ!」
『油断はするなよ』
のたうち回る室岡を前に、俺はどこか高揚感を抱いていた。
言葉で戦うという意味を、徐々に理解している気がする。何より、あの室岡に対してダメージを与えられた事が嬉しかった。
だが嬉しさを噛み締める余裕はない。俺は敵意を込め、強く眼前に立つ災害を睨みつけた。
「は、ハハハハハァ! なるほどこうすれば、我が全てと互角以上に並び立てるわけかァ! なにせ根源が俺自身なのだからなァ!」
「そうだ!! 俺は反射の力で、お前を乗り越えてやった! どうだ満足かよ? 人類の進化とやらを見られて!」
「この程度で進化とは! 笑わせる!! だが、逆境より可能性を掴み取ったその姿。間違いなく特級の英雄よ!
美しく、そして素晴らしいっ! もっと俺に見せてくれよ。その更なる可能性をォ!」
『やはり駄目か。この程度で奴の意力は、折れんようだな』
「だな」
そういう奴だと分かっていたが、実際に見ると正直臆しそうになる。
室岡は既に、頭部という急所の装甲を剥がされた状態にある。にも拘わらず、笑っていた。恐怖や怯えを感じないのか、こいつは。
だが、俺は臆することなく剣を握り、奴の装甲を削いでいく。まずは左腕、次に右腕、背中、胸部。ゲームで似たような作業をした事があるから、イメージをしやすかった。
そんな次々に鱗が剥がれゆく状況でも、奴は高笑いを続けていた。俺に恐怖は無かったが、困惑を覚えなかったといえば嘘になる。
やがてそれは、こんな事を続けて何になるのかという、疑念へと変わっていった。
「──────なぁ、もうやめにしないか?」
『
気付いた時には、俺はそんな言葉を口にしていた。
もうこれ以上、傷付け合うような行為はしたくない。たとえそれが理解したくない狂人であったとしても、一方的な作業のように攻撃をしてダメージを与えるというのは、思いのほか胸糞が悪かったからだ。
「何ィ? これからが面白いだろうに。俺はもう、貴様の力をあらかた掴めたのだがな」
「お前が面白くても、俺は嫌なんだよ。こんな意味がない喧嘩は!
……俺はお前の力を凌駕出来る術を得た。だからお前に勝ち目はない。
率直に言うなら、降参しろ! これ以上の戦いは無意味だ!」
「……………は────ッ!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!」
俺の言葉に、室岡は呵々大笑もかくやという勢いで笑った。
地が震え、大気が揺れる。世界そのものが奴に恐怖しているようだ。やがてその高笑いは、怒気を孕んだ咆哮へと変貌した。
「これは珍妙な事を! この人間災害をォ! 貴様は超えたと思っているのかァッッッ!」
「……っ! そうだ! 何度でも言ってやる! もうお前に、俺に勝てる道理はない!」
「戯けがァ! 俺に並び立った程度で、俺を殺せると思うなァ!」
咆哮と同時に室岡は攻撃態勢へ移る。昼頃の戦闘でも行われた、音速の突撃だ。
凄まじい威圧に気圧されそうになるが、俺もバカじゃない。その技は既に見て覚えている。どこにどう攻撃が来るかも分かっている。
以前の俺なら対抗できない攻撃だったが、分かっている今なら別だ。軌道を予測し、俺は鏡剣を盾のように持ち替え構える。順当にいけば、先ほどと同じように奴の攻撃がそのまま奴を襲うはずだ。
「二度も同じ攻撃が通用すると思うな! これで終わりだ災害野郎ッ!」
「同じかどうか、その身で味わうと良い。進化とは、お前だけの特権ではないのだッ!」
「破ァッッッッッ!」
奴の爪が俺の鏡剣に触れる。
その刹那、一分のズレも無く室岡が轟音を叫び放った。爆風が吹き荒れたような、信じがたい衝撃。だがそれ以上に、信じられない光景があった。
「な──────ん、で……っ!?」
その轟音と共に、俺の手にしていた鏡剣が、木っ端微塵に砕け散っていたのだ。
「簡単な理屈よ。反射が行われた瞬間、俺がそれ以上の段階へ進化したまでよ。
進化とは、生への渇望! 故にそれが許されるは、人類のみに非ずッ! 災害たる俺もまた、日々進化するのだ!」
「馬鹿な、そんな……ッ! クリス! クリス生きているか!?」
『生きている! あれは元より
「そうか、良か──────」
「敵を前に余所見かァァァァァ!」
一瞬のうちに、俺は横薙ぎに吹き飛ばされた。防御をしようと身構えても、なお遅かった。
地面に叩きつけられ、ぼろ雑巾のように転がる。全身が悲鳴を発しているのが分かる。態勢を整えようと立ち上がると、骨が折れたような痛みが奔った。
見ると身体中が青痣だらけだ。ロゴスで防御してもこれほど負傷するとは、なんて力なんだ。
『意志の強さで逆転されたか。まさか現代で、これほどの強き意志を見せつけられるとは』
「畜、生……っ! 俺は、勝たなきゃ……っ。勝たなくちゃ、だめなんだ!」
震えながらも、俺は無理やり身体を起こす。
ここで負けたら、街はどうなる? そう自分を奮い立たせながら、俺は悲鳴を上げる肉体に鞭打ち、無理やり戦闘態勢を立て直す。
「まだ立ち上がろうとするか。その意気や、良し。
その調子でもっと立ち上がれ。もっと進化しろ! 貴様の英雄としての可能性を見せてくれぇ!」
「勝たなくちゃ駄目なんだ……。俺は、コイツを倒さなくちゃ……。この街の……ために。皆のために! だから俺は、お前を──────ッ!」
『いかん! 奴を見るな
「──────ッ!」
痛みを堪えながら室岡を見上げると、凄まじく強大な竜が立っていた。
今までとは桁違いの大きさ、威圧、そして意力。見ると、先ほど与えたダメージの半分は既に回復していた。
先ほどまで感じなかった─────いや、違う。抑え込んでいた恐怖が、溢れ出てくる。
「ぁ──────。あ……ああ……っ! うああああああああ!!!」
意識していないのに、口から勝手に悲鳴が零れ響いた。
全身が痙攣したかのように震える。両脚が砕け散ったと錯覚するほどに、恐怖に支配される。
俺はそれを必死に抑えつけるが、骨折の痛みが鋭く突き刺さり、恐怖を増幅させていった。
「勝てない……ッ! こんな奴……無理だ、死ぬ……!
死にたくない、死にたくない、死にたくない!!」
気付けば俺はうわ言のように、ただ恐怖の言葉を吐き続けていた。
理性では、立たなくちゃいけないと分かっている。心が折れれば、それはロゴスを用いた戦闘での敗北を意味している。
だが今の俺は、完全に生存本能が意志を凌駕していた。強大すぎる奴の姿を前にし、本能で悟ってしまった。奴を相手取って、勝てる道理などないと。
そんな怯え惑う俺に対し、室岡は俺を見下すかのような視線を向けていた。
「──────憐れだな。先ほどまでの優位が崩れれば、すぐさま怯えを露わとするか」
「う、うるせぇ! 俺の持つ力が、お前を超えたのは証明されているだろ……ッ!
いくらお前が災害と言われようが、
「倒すビジョンの消えたお前が、如何にして魔王を打ち倒すというのだ? 臆病なる勇者よ」
その言葉に、俺の呼吸が止まる。
手足から力が抜けていき、心臓が万力で締め付けられるような痛みに支配される。
直感で分かる。そうだ。もはや俺の中に、奴を倒すという意志は微塵も残っていなかった。
「あ……ああ、あああああ……っ!!」
「結局は恐怖に逃げるか! 恥を知れ! 貴様には、この俺を倒さんとする意志が足りんッ!
それを慚愧しろ! 喉を掻き毟り、額を地に擦り許しを乞え! 貴様のその愚かさが! この街を滅ぼすのだと胸に刻めェ!」
「やめろ……ッ! この街は、関係ない! 殺すなら、俺だけにしてくれ! それで、良いだろうが!」
「関係あるさ。お前を本気にさせるには、この街を人質とするしかないのだから!」
「何故だ! どうしてそんなに俺に拘る! そこまで俺を英雄に仕立てる意味があるのか!?」
「先も言ったであろう。それは貴様に自己犠牲という、英雄としての証があるからだ。現に貴様は、実力の差を理解しながらもここに来た! そして可能性を紡いだァ!
だが貴様はこうして負けた! それは何故かァ!!」
「お前が、己が命への執着を持つゆえだ」
また、それか。
今日だけで何度も突き付けられ、問われ続けた事。ずっと俺が、眼を背け続けてきた疑念。
俺は自分のために生きているのか、他人のために生きているのか、その疑問への答え。
どうやらもう、その答えを出す事から逃げ続けるわけにはいかないらしい。
そう考えていると、身体中に奔っていた震えが、ほんの少しだけ止まったような気がした。
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