第2節 ロゴスと"意志"

第8話 覚醒めし遺物



「…………ハッ!」


 目を覚ますと、俺は知らない部屋にいた。

 周囲を見渡すと、一般家庭では見かけないような調度品が並んでいる。豪華な内装からも、病院や民家とは到底思えない。恐らく、駅前辺りのお高いホテルの一室だろう。


「気がつかれましたか?」


 ぼーっとしながら周囲を見渡していると、突如視界の外から声が聞こえた。


「あ、えっと。ディアドラ、さん? だよね?」

「ええ。その通りですわ。そう言う貴方は、長久始さんでよろしくて?」


 少女は腕を組みながら俺の質問に答え、続けて呆れながら俺に問いを投げかけた。


「ああ、はい。一応聞いておきますけど、昨夜美術館でお会いしました?」

「そうですわね。一緒に強盗団を蹴散らしましたわ」

「やっぱ夢じゃないかぁ、アレ」


 俺は溜息をつきながら上半身を起こした。

 突如として美術館を襲った強盗、それを食い止める謎の少女、そして謎の異能力。夢のような内容だったが、どうやら全ては現実だったようだ。

 正直に言うと、未だに実感が無い。昨夜の記憶は朧げだが、なんとか強盗達を追い払ったというのは確かに記憶している。どのような事が昨夜にあったのかを、俺は1つ1つ丁寧に思い出そうとし──────。



「そうだ! あいつらにやられた警備員さんとかは!?

 それに俺達が壊したりした、美術館の壁とか設備って、ちゃんと直ってるのか?」

「御心配には及びません。私たちの手のものが、夜明けよりも早く片づけました。

 怪我を負った一般の方々に関しましても、きちんと病院まで搬送いたしましたよ」

「そっか。よかったぁ」

「ただ他人のことよりも、貴方自身の心配をしたほうがよろしいかと」

「へ?」


 間の抜けた返事をして、奇妙な感覚に気付く。手首に重いなにかが巻き付いているような感触だ。視線を落とすと、一般的に手錠と呼ばれる鉄の輪が俺の手首に嵌められていた。


「は? あの、これは? なんで俺、手錠されているんです? なにかしました?」

「呆れた。覚えていらっしゃらないのですか? 貴方が昨夜、何をしでかしたのか」

「昨日の夜? しでかした? ──────まさか」


 だんだんと、記憶が明確になってきた。

 そうだ。俺はあの夜、彼女たちが使っていたものと同じ、ロゴスとかいう力を手に入れたんだ。確か、醒遺物フラグメントとか呼ばれていたっけ。謎の光り輝く刀剣から貰った力を使って、俺は強盗団を追い払って、そして……。


「で、なんで手錠がかけられてるの?」

「ただの手錠じゃありませんよ? 疑界結社オムニス・ドゥビトー主犯格を捕縛する際に用いる特別品です。一瞬でもロゴスを行使する素振りを見せましたら、爆発四散しますのでそのおつもりで」

「はぁ!? な、何でそんなことになってるんだよ!? 俺は、ただ!」

「ただ、何です? 醒遺物フラグメントを己の意志のままに握った事が、不可抗力だったとでも?」

「俺は美術館を守りたかっただけだ! そもそも、その醒遺物フラグメントだのってなんなんだよ! 確かに分からない領域に踏み込んだのは俺の責任だけど! だからってここまで!」

『落ち着け少年。そこから先は俺が話をしよう』


 声が響く。するとディアドラはタブレット端末を取り出し、机の上に立て起動した。

 画面に一人の男が映る。やや皺の刻まれた肌は、質感から言って四、五十代程の年齢だろうか。貫録を感じさせる雰囲気と、顔の半分を覆う仮面、そして真っ白な頭髪が特徴的な男だった。


『お前さんか。破滅掌者ピーステラーになった一般人ってのは。

 さて、何から言うべきか。ひとまず、こう言っておくか。ご愁傷様。そしてようこそ、ロゴスの世界へ。ってな』

「あ……、は、はい。まぁ、どうも。ところで、貴方は?」

『俺か? 俺は“レイヴン”。とりあえずは、そう呼んでくれるといい。そこにいるディアドラを含めた、世界中のロゴス能力者たちを束ねる組織、R.S.E.L.ラジエル機関の幹部の一人だ』


 ラジエル、機関? 昨夜にディアドラが言っていた、秩序を維持する組織だったか。戦いの後始末をしてくれたところを見るに、悪い人たちじゃなさそうだが安易な信用は禁物か。まずはこのレイヴンという人から情報を聞きだし、俺自身の手で判断しなくてはならない。


『ひとまず聞きたい事はあるか? 一方的に話すより、質問形式の方が分かりやすかろう』

「じゃあ、まずロゴス能力ってなんなんですか? それに、醒遺物フラグメントっていうのも気になります。

 言葉が力になる、みたいな事を昨夜は聞きましたけれど、具体的にはまだなにも分からなくて」

『良いだろう。まずは俺達が扱うロゴス能力、その根幹と仕組みについて説明しようか』


 レイヴンは葉巻を取り出し、煙を吐き出しながら呼吸を整え一息ついた。

 どこか緊張感が無いように見えるが、その振る舞いには言葉に出来ない貫禄があった。その雰囲気だけで、場数が違うと一目でわかる。だからこそ、この人の言葉には価値があると俺には思えた。


『ロゴスとは端的に言えば、世界を変革し、そして創造する力だ。

 意志を現実にする力、とでも言えるか。使用者の思うがまま世界を改変し、法則すらも捻じ曲げる異能のことをいう』

「せ、世界? 改変?」

「大袈裟なって思うか? まぁそうだろうな。だが、これは事実だ。

 元々はこの世界の創造主、一者ト・ヘンが自らの意志で世界を作る際、使った力を差す。世界を創る為の力なんだ。世界を書き換えられるのは、当然だろう?』

「あ……はぁ」


 そんな突飛な話を、いきなり信じられるだろうか。

 世界を改変している? 世界を想像した神様の力? 普通なら誇大妄想と笑い飛ばすようなスケールの話だ。

 だが、それを現実離れした話だと一笑に付す事は出来なかった。何故なら、実際に体験しているのだから。


「そもそもロゴスの存在自体、現実離れしてる話か。いまさら神がどうのと言われても信じるしかないですね」

『で、だ。進化の果てにその一者ト・ヘンと同じ領域に至れたのが、人類だ。つまり人類は全員、等しくロゴス能力を扱える。かつて世界を創造した一者ト・ヘンの力を、全人類がな』

「全人類!? けど、ロゴスを使える人なんて、少なくとも今まで俺は……」

『見た事がない、か? 当然だ。人類はかつて一度、ロゴス能力を捨てたからな』

「? 捨てた?」


 ロゴス能力は、元々人類の標準装備だった。一見すると荒唐無稽に思える話だが、どこか納得があった。

 人類は今でこそ世界の支配種、俗に言う霊長なんて座を獲得しているが、それが単なる偶然からは考えられないという話を、どこかで聞いたような気がする。例えば、今は痕跡の残っていない過去の文明のブレイクスルーなどだ。

 それらがあんな超常的な力由来だと考えると、俺は何処か納得を覚えていた。だが同時に疑問が生じる。何故そんな便利な力を、手放すに至ったかという点だ。 


『ロゴスを手に入れた人類は、発展のため世界を意のままに改変していった。

 その力は先鋭化し続けていき、最終的には超自然的な存在を生み出した。今の神話においても語られている、神と呼ばれる存在がこれだ。その神々は強大なロゴスを扱い、暴虐のままに世界を支配した』

「神話や伝承は、事実だったって言うんですか? ゼウスとかそういう神々が、実在したと」

『ああ。名前や細部は事実と異なるが、大半は同じだったと思って良い。

 そいつらは自らの支配領域を広げる為に殺し合った。神々同士の戦争は何百年と続き、その光景は世界が百度終わるほどだったそうだ。世界中の神話に黙示録や世界の終わりが書かれているのは、これに由来する』

「まぁ、要はロゴス──────創造神の力を扱う到達点な奴らなんでしょう? その神々って。なら、確かに世界が終わるかもですね」

『そうだな。で、そんな長い争いの果てに、かつての人類は揃って疲れ果てた。そして願ったんだ。

 もうロゴス能力は必要ない、とね。するとどうなると思う?』

「どうって……。全人類が、世界を改変するロゴス能力を持っていて……。それが揃ってロゴスは要らないと願ったから……。

 ──────ロゴスという異能が、消え去った?」

『その通り。全人類が揃って世界を変えられるなら、大勢が同時に願った願いこそ、最終的には競り勝つ。

 だからロゴス能力は、例外を除いて世界から耳を揃えて消え去った。だがそれでも神々の力は、強力すぎる故に世界のあちこちに残ってしまった。それが、醒遺物フラグメントだ』


 醒遺物フラグメント覚醒めざめた遺物、神々の破片。それらは世界各地に今も眠っていると、レイヴンは語る。

 神々が争った跡地の鉱物や、神々の遺した遺産に、彼らの力は残留していると言うのだ。それらの残滓は、元々の持ち主がこの世を去ると同時に、一時的な休眠状態となったらしい。

 だが時が来ればそれらは再び覚醒し、かつての神々と同等の権能を発揮するのだという。


『つまり醒遺物フラグメントは、それを手に入れた者に対し、超大規模の異能を行使できる力を与える。

 神話や伝承で語られるような力を、善人だろうが悪人だろうが例外なく、だ。見るだけで人間を殺す事も、都市1つを稲妻で灰燼に帰す事も、醒遺物フラグメントによっては朝飯前だ』

「それって、ヤバくないですか。醒遺物フラグメント1つが、悪意ある人間の手に渡るだけで……」

『そうだ。世界の秩序は捩れ狂う。1つでも世に放たれれば、世界は終わるだろうな。こういった、世界を滅ぼせる醒遺物フラグメントの適合者を、俺達は破滅掌者ピーステラーと呼ぶ。そういった世界の破滅の種を摘み取り、人類の危機を防ぐために俺たちがいる。……いるんだけどなぁ』

「自分がどれほどの事をしたか、お分かりでして?」

「──────っ!! なんつう物を俺は……っ!」


 胸を掻き毟りたい気分だった。自分の無思慮さに腹が立つ。俺はどうやら、世界の命運を左右する代物を手にしたらしい。

 たった1つで世界すら滅ぼせるような最終兵器。その力が今、俺に宿っていると来た。なるほどこれは、向こう側からすれば生殺与奪を握りたくもなるだろう。

 誰かを助けたいという他愛のない願望が、こんな事態を招くなど誰が予想できるだろうか。

 どうしてこうなった。そう言いたい気持ちをグッと堪えながら、俺を天を仰いで昨夜の行動を全力で後悔した。




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