白石満里奈ルートー1

『たっくん、おはよー』


 選択したのはギャルではなかったが、画面には満面の笑みを浮かべるあやめさんの姿が映る。


 なるほど、こうやって攻略していったヒロインからいろんな子とつながっていくのか。

 こういうとこだけ、妙にリアルだな。


『今日ね、一緒にお昼食べない? 友達も一緒にだけどよかったら』


 ここで選択肢はでなかった。

 断る理由もないってことか。

 まあ、実際ないんだけど。


 そのまま話を進めていくと、画面にはさっき選択したショートカットの女の子が登場する。


『お、あやめが言ってた子って君だね? 私、まりな。よろしくね』


 ちょっと短めのスカートと、シャツの胸ポケットに挿したペンのクリップについてある猫のキャラが特徴的な子だ。

 健康的な美人、ってやつか。

 でも、ギャルは半袖なのにこの子は長袖ってのはどうしてだ?

 季節感がないゲームだなあ。


 まあ、どういう仕組みで現実とリンクしてるかは置いといて、このゲーム自体のクオリティはギャルゲー素人の俺でもわかるくらいに低い。

 展開がこれでもかってくらい雑だし。

 でも、絵はきれいなんだよな。


 なんて風に勝手にゲームの評価をしながらテキストを進めていると、初めて選択肢が現れる。

 場面はちょうど、屋上で三人仲良く弁当を食べているところに移っている。


『あやめから聞いたんだけど、琢朗君って強いんだって? 何か格闘技でもやってたの?』


▶ まあ、昔ちょっとだけな

▶ そんなことはいいからやらせろ


 ……なんだこの二択は。

 友達もいる前で下の選択するやつとかマジのサイコパスだろ。

 でも、ゲームだからちょっと選んでみたくなるなあ。


 フラれて、そのままバッドエンド濃厚なんだけどあわよくば、なんて。


▶ そんなことはいいからやらせろ


『……積極的なんだ。うん、それじゃ今日、家に来る?』


 ……あれ?

 なんかうまくいった?

 

『あやめには悪いけど、私にそこまで言ってくれる人なんて初めてだから。いいよ?』


 おいおいおい、この子チョロインすぎるだろ。

 押せばいけるってやつか?

 いや待て。これはあくまでクソゲーのシナリオだ。

 それに、このパターンは絶対に裏があるやつだ。

 それこそまた美人局? いや、それはさすがに芸がなさすぎるけど。


 とりあえずテキストを読み進めていって。

 あとはだらだらと二人で会話が続く。

 ていうかあやめさんはどこいった? ま、こういうとこが粗いんだよな。


『今日はあやめに内緒で帰ろっか』


 場面をスキップすると、なんか夕暮れの帰り道に飛んでいた。

 どうやらまりなさんと二人で帰っているところのようだ。


『うち、まっすぐいったところのマンションなの。今日は誰もいないから、安心して』


 何をどう安心するんだってツッコミを入れながら、話を進める。

 こんなクソな展開に、ちょっとドキドキしてる。

 なんか、こういうとこが童貞だってバカにされるところなんだろな。


『どうぞ。狭いところだけど』


 アパートの中に入ると、そのまま場面は部屋の中に。

 背景には薄ピンク色のカーテンと勉強机、それに白いベッドが見える。

 彼女の部屋か。


『ねえ、早速だけど……始めない?』


 さて、唐突な展開の始まりだ。

 でも、今のムラムラする気持ちにはちょうどいいスピーディな展開だ。

 さっさと脱いでくれと画面を凝視していると、一度女の子が画面から消えて。


 そのあとすぐ、また現れる。

 上半身が下着姿だ。

 でも……


『あの……私、こんな体だけどいいかな?』


 全身が傷だらけだった。

 虐待? DV? なんにせよひどい傷で、興奮どころか絶句した。


「……嘘だろこれ」


 唖然としながらボタンを押すと、選択肢が現れる。


▶ いいよ、抱いてやる

▶ ごめん、無理


 もっと他に言い方ないんかい。

 抱いてやるってどの目線からだよ。

 あと、断るならもっと傷つけないように……いや、どう繕っても結果は同じなら、はっきり断った方がいい、のか?


▶ ごめん、無理


『やっぱり……君も私のことを拒絶するんだ。そっか、君なら私のこと受け入れてくれると思ってたのに』


 そのあと、画面が暗くなる。

 で、白い文字で『翌日、まりなは部屋で自殺しているのが見つかった。ゲームオーバー』と。


「だから怖いんだってこれ……」


 でも、どうやらさっきの選択ではだめだったらしい。

 ということは、素直に抱かせてもらった方が俺のため彼女のためってやつか?


 ううむ、もう一回だもう一回。

 改めて、まりなを選択してさっきの部屋の画面まで話を進める。


「今度は……抱いてやる」


 やってるうちに夢中になってる自分もいたけど、傷だらけの女の子の裸に期待してる時点で俺も相当溜まってる。

 でも、ゲームだし。

 そんな言い訳をしながら次の画面に期待するも。


 また、画面が暗くなった。


『まりなを抱いた翌日、彼女はメンヘラ化してあなたは刺されて死亡しました。ゲームオーバー』


 ……。


「え、こわっ!」


 刺されたの?

 え、なんで?

 ていうか、やることやったならせめてその場面映せよクソゲーめ。


「……じゃなくてだな。これ、どっちを選んでもバッドエンドってやつか?」


 いわゆる詰み状態。

 行くも地獄、行かぬも地獄ってやつだ。

 そもそもこのヒロインとのハッピーエンドはないってパターン?


「うーん、そんなことあるのか?」


 無駄に二週もやってしまったまりなルートを振り返りながら、一人唸る。

 で、時計を見るともう夜の十時を過ぎていた。


 寝よう。

 明日もし、ゲームの通りにまりなさんが現れたとしても、多分かかわらないって選択が一番正しいはずだ。


 このゲームの通りに現実が進行するなら、彼女が幸せになるルートなんて存在しないんだから。



「たっくん、おはよー」


 朝の教室で。

 あやめが俺の方へ手を振って駆け寄ってくる。


「おはよう神凪さん」

「もー、あやめでいいって言ってるじゃん。はい、やり直し」

「……おはよう、あやめ」

「うん、次から間違わないでね。あのさ、今日は一緒にお昼食べない?」


 昨日のクソゲーそのままに、話は進んでいく。

 さて、あの展開が現実になるなら今日はまりなさんとやらを連れて三人でごはんってことになるが。


「友達も一緒?」

「え、そうだけど。なんでわかったのー? もしかしてたっくんって預言者?」

「予言ねえ……まあ、そうなのかもな」


 なんて冗談っぽく言ったら「えー、すごーい」なんてあやめがはしゃぐもんだから、ちょっとだけ注目を浴びてしまった。

 また、白い目で見られる。

 ただでさえ昨日、あやめと一緒だったところを見られてるわけで、これ以上目立つのはあんまり望ましくない。


 慌てて、あやめを連れて廊下に出る。


「どうしたの? もしかして授業フけるやつ?」

「そうじゃなくて。俺、あんまり目立ちたくないから話すときは人のいないときにしてもらえないかなって」

「それは別にいいけど。あ、それじゃ連絡先、交換しよっか」


 ライン、ID出してと言われて。

 でも、あんまり連絡先交換をしたことがない俺はあたふたしているとスマホを取り上げられて、勝手に彼女の連絡先が俺のラインに入れられた。


「はい、これ。アイコンは私とみゆきだから」

「ど、どうも」

「じゃあまたあとでね。あ、昼休みは屋上に現地集合でいいかな?」

「そのほうが助かる」

「おけー。じゃあまた」


 さっさと教室に戻っていったあやめは、そのまま女子たちの輪に入っていく。

 そして俺もゆっくりひっそりと席に戻って。


 そのあとは静かに授業を受けて時間が経った。



「あ……」


 昼休み。

 ちょうど屋上の扉に手をかけたところで俺は気づいた。

 そうだ、この扉を開けたらあやめと、多分もう一人女子がいる。

 その子はおそらくまりなって名前で、そしてどんなルートをたどってもバッドエンドにしかならない地雷だ。


 関わらないようにって思ってたのに。

 うっかりしてた。引き返すなら今か……。


 そっとドアノブから手を離し、ゆっくりその場を去ろうとすると、扉が勢いよく開く。


「あーいた。ちょっと遅いってたっくん。お腹すいたんだけど」

「あ、いや、俺はだな」

「いいからいいから。満里奈も待ってるから早くして」


 こういう時、何をどうやって断ったらいいのか正直言ってわからない。

 ゲームでバッドエンドばかり見た子がいるから、なんて話はもちろんできないし。

 かといってせっかく好意的に接してくれてる女子を突っぱねるのも気が引けるし。


 結局、流されるまま屋上に。

 すると、やはりそこには女子がもう一人。

 ウルフカットのスポーツ系女子だ。


「お、あやめが言ってた子って君だね? 私、白石満里奈しらいしまりな。よろしくね」


 ほぼ一言一句、ゲームと違わぬ自己紹介をされて。

 俺はぺこりと頭を下げる。


「琢朗です。ええと、どうも」

「たっくん、満里奈は中学までバスケ部のエースだったんだよ。けがで引退しちゃったけど、めっちゃスタイルいいよね」


 自分のことのように語るあやめは、満里奈さんとやらのところに向かっていくと、その短い髪をわしゃわしゃしてじゃれる。

 仲がいいんだな、この二人。


「じゃあみんなで食べよっか。たっくん、私のサンドイッチよかったらどうぞ」

「あ、ども。今日何も持ってきてなかったから助かる」

「満里奈もよかったら食べる?」

「私は自分のあるからいいよー」


 三人で地べたに座っていただきますと。

 あのギャルゲーのせいで金欠だったから昼食をめぐんでもらえるのは非常に助かる。

 二日ぶりのランチだ。

 うまい。


「料理うまいんだ、あやめって」

「そう? こんなんでよかったらいつでも作るよ?」

「いや、家計を圧迫したら悪いからそれは断っとくよ」

「あはは、気遣いどーも。でも、作ってほしい時はいつでも言ってね」

「ああ」


 なんて話している時にも、俺は満里奈さんが気になっていた。

 もうすぐ梅雨時期で、今でも結構蒸し暑いのに一人だけ長袖に上着まで羽織っている。

 どうやら、やっぱり制服の奥に傷があるのは間違いない。


 でも、ちらちらと満里奈さんを見ていると少しだけあやめが不機嫌になる。


「もう、いくら満里奈が可愛いからって見すぎだよたっくん」

「ち、違うって……あ、暑くないのかなって」

「そういえば確かに。満里奈、暑くないの?」

「ごめん、実は肘の手術した後が残ってて。結構ひどいから、隠してるんだ」

「あー、なるほど」


 もちろんそれが本当だとすぐに信じたりはしないけど。

 そういわれるとこれ以上の追及は難しい。

 あとはそろそろ、満里奈さんの方から話が……。


「あやめから聞いたんだけど、琢朗君って強いんだって? 何か格闘技でもやってたの?」


 来た。

 ええと、確か選択肢はどうだったっけ。


▶ まあ、昔ちょっとだけな

▶ そんなことはいいからやらせろ


 ……うん、下は無理だな。


「まあ、ちょっと昔に」

「へえ。でも強い男子ってかっこいいね。私、そういうの憧れちゃう」

「そんないいもんじゃないよ。実際、使うところなんてないし」

「でもでも、もし彼女が襲われてたりしたら助けれるし」

「まあ、そんな機会があれば、だけど」


 どうやら、俺があやめを助けたことやその経緯については詳しくは話していないようだ。

 まあ、本人が伏せていることを俺が話す理由もない。

 適当にやり過ごしていると、またなんでもない会話をあやめと満里奈さんが始める。


 どうやら、こっちの選択肢を選んだら現実では普通に話が進行するようだ。

 ゲームでも試してみたけど、その時はなぜかバグが発生して先に進めなかったし。


 うむ、正解ルートを引いたか?

 そう思って安心していたその時。


「あ、私そういや日直だったの忘れてた! ごめん、先に戻るから」


 急に、あやめが時計を見て慌てる。

 そして俺と満里奈さんを置いてそのまま先に屋上から出て行ってしまった。


「あ……行っちゃった」

「ほんとあやめは慌ただしいよねえ。私らも、戻ろっか」

「そう、だね」


 ほぼ初対面の子と二人っきりで屋上というのは会話に困る。

 だからさっさと俺たちも退散しようと立ち上がると、俺の袖を満里奈さんが後ろからぎゅっと引っ張る。


「ど、どうしたの? 足、しびれた?」

「……あやめとは、どういう関係なの?」

「え?」


 急に暗いトーンで話しかけられて、振り向くとそこにはさっきまでのさわやかな彼女ではなく、深刻そうな顔をした彼女がいて。


 その様子に言葉を失っていると、「ねえ、どうなの?」と聞き返される。


「べ、別に何もないけど。ただ、偶然仲良くなっただけ、というか」

「じゃあ、付き合ったりしてはないんだよね?」

「も、もちろん。それが何か?」

「……」


 今度は満里奈さんが黙り込んで。

 何が言いたいのかと固唾をのんで見守っていると、彼女は重い口を開く。


 俺の目を見ながら。

 きれいな、大きなたれ目を見開いて。

 

「今日さ、あやめに内緒でうちに来ない?」

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