1-3 狐と幼児と幼児と俺と

 商店街の隅にある小さな茶屋、その名も「まるはなばち」という。

 そこで店番をしている、灰色の髪を持った狐娘に俺は再会した。


「よう、お前ここで働いてたのか。どこに不審者がいるって?」

「自分のことを見るのがなにより一番難しい、とはよく言ったものだニャァ……」

「こんなもの持ち歩いてるお前に言われたくねえよ!」


 俺はそう叫んで、先ほど拾ったいかがわしい形の木の棒を相手の前に突き付けた。

 朝っぱらからこんな卑猥なおもちゃを持ち歩いているこいつの方が変態だろう!


「あ、これ落としてたのかワン。どうりで見当たらないと思ったニャン」


 俺の手からそのブツをひったくって、狐娘は店の中に入っていった。

 こ、ここはそういう店なのか?

 店の奥であの棒を使って色々する商売なのか?

 俺の混乱と興奮をよそに、しれっとした顔で狐娘は戻って来た。


「女将さんが肩とか背中とか最近凝りがひどいって言ってたニャンから、これでぐりぐりすると気持ちいいワンって言って贈ったニャンけど。なんだか複雑な顔をされたワン」


 なんと、こいつ天然か。


「そりゃそうだろ。どこで買ったんだあんなもん」

「難民居住区の青空市場で見つけたニャンよ。値切ったらタダ同然で売ってくれたワン。あそこは色々掘り出し物があるからありがたいニャァ」


 俺が店員でも、ひょっとしたらタダであげちまうかもしれねえと思った。

 しかし、難民居住区なんてものもあるのか。

 大きな街は俺の知らないことがいろいろあるなあ。


「なんにしても、あんまりああいうもの外に持ち歩くな。あと、女将さんにも挨拶したいんだけど、中に入っていいか?」

「アタシはお前にろくに挨拶された覚えがニャいんだけど!?」


 言われてみるとその通りだったな


「悪い悪い。俺、新しく来た衛士のジョー・カニングって言うんだ。ジョーでいいよ。お前は?」

「ミーニャ・フォクシーだワン。嫌いなものは鼻の下を伸ばした若い下品な衛士だニャ」

「そういう奴がいたら俺からしっかり注意しておくよ」


 軽口をたたき合ってから、俺は店の奥でパンやお菓子を作っている女将さんにも挨拶した。

 そう言えばここで昼飯になるものを買って来いと、レーグさんに言われていたんだった。

 ミーニャにオススメを適当に詰めてもらい、さて昼飯に戻るには少しまだ早いかな、と考えていたとき。


「待て待てー!」

「逃げろー!」

「きゃははははは」


 通りに、子どもたちの声が増え始めた。


「初等学舎が終わったワンね。もうじきお昼時で忙しくなるニャン」

「ああ、午前中は学舎に行ってるから子供の声が少なかったのか」


 学舎と言うのは街にある教育施設のことだ。

 ラウツカは大きな街なので教育のための専門的な施設がちゃんとある。

 初等学舎の子たちは朝から昼まで、中等学舎の子たちは朝から夕方前まで、みっちり勉強して過ごしている。

 俺の村には学舎がなかった。

 けれど村の中でお上から任を請けた物知りな年寄りが、子どもたちを集めて字の読み書きや計算、その他もろもろを教えてくれていた。

 子どもたちの声を聞いて、俺は一つのことを思い出し、ミーニャに聞いてみた。


「なあ、この近所に、黒髪おかっぱ頭の双子がいないか?」

「クゥン? おかっぱの双子ニャら……ああ、ちょうどいいワン」


 ミーニャが指差す方向に、二人のちんまい子どもが、確かにいた。


「かっこいー!」

「おとなしいのです」


 茶屋の横に待たせてある俺の乗ってきた馬の脚を、二人でぺちぺちと叩いていた。


「こらこら、危ないだろ。馬が驚くからやめろ」

「ブヒヒン」


 子どもにじゃれ付かれた程度では馬は動じていないけど、なにかのはずみに暴れ出したりしたらかなわん。


「おっきいね!」

「きんにく、むきむきなのです」


 まったく同じ顔、同じ服装の子ども二人は、俺の注意も聞かずに馬に触ったり、抱きついたり。


「わんぱくな方がハル、言葉が丁寧な方がテルだニャン。近所に住んでるワンよ」


 そうミーニャが教えてくれて、子供たちを両脇に抱えて馬から引きはがしてくれた。

 いくら相手が小さいとはいえ、意外と力強いな。

 俺はしゃがみこんで子どもたちに目線を合わせ、まずは挨拶。


「こんにちは、ハルちゃん、テルちゃん。俺は衛士のジョーって言うんだ。かっこいい衛士のジョーお兄さん、って覚えてくれ」

「へんなかおー!」

「かっこよくはないのです」


 死にたい。

 もう今日の仕事する気なくなった。

 一刻も早く帰って酒飲んで寝てえ。

 まあいい、男の魅力がまだわからん幼児相手にムキになっても仕方がない。


「いくら本当のことでも、面と向かってそんなこと言っちゃダメだニャンよ」


 おかしい、幼児でないのに俺の魅力がわからん狐娘がいるような気がするぞ。

 気を取りなおして俺は本題に入る。


「うーんとな、昨日にきみたち、八百屋さんから勝手に果物を持って行っちゃっただろう? ダメじゃないか、そんなことしたら」


 ムスクロさんに頼まれていたことを忘れずにいた俺は、あくまでも優しいお兄さん然として子供たちに言って聞かせることにした。


「りんごー!」

「あまくておいしかったのです」

「ああそう、林檎は甘くて美味しいよな、うん、俺も好きだぜ……」


 そういうことじゃねえんだよなあ。

 いまいち俺の言いたいことが伝わっていない。


「かってにもっていってないしー!」

「ちゃんと、くださいって、いったのです」


 ふむ?

 ハルとテルはあくまでも、ちゃんと断りを入れたから泥棒ではない、という認識のようだ。

 おそらく昨日も、本当に「もらうよ」「ください」とムスクロさんに声をかけて、持って行ったのかもしれない。

 ムスクロさんが忙しくて、それに対応していられないうちに持って行ってしまったということなのだろう。

 

「相手が『いいよ』って言わニャイと、泥棒と同じだワン。うちの店でそんニャことをしたら、二人ともこめかみグリグリの刑だワンよ。その上で親にも言いつけてお尻をバチンバチンしてもらうニャン」


 厳しいなこの狐っ子。


「ひっ」

「こわくて、ないちゃうのです……」


 怯えた二人の頭を撫でながら俺は、あることを思いついた。

 そう言えば行きがけにレーグさんから飴玉を貰ってたんだ。


「よし、今日は知り合ってお友だちになった記念に、二人に飴玉をやろう。とびっきり甘くて美味しいやつだぞ」

「わーい!」

「ぜいたくひんです!」


 俺は瞬時に顔色を変えて喜ぶ二人の掌に、飴玉を乗せてやる。

 二人はキラキラした目つきで貰った飴玉を眺めたり、太陽にかざして見たりしている。


「アタシにはニャいのかワン」

「欲しいならやるけど……」


 おっきい狐娘にも飴玉をタカられた。

 そして俺は、双子に向き合ってこう言った。


「やっぱり返してくれ。なくなったら困る」


 手から飴玉をサッと奪い取ると、双子はなにが起こったのかを一瞬理解できず、表情を固めた。


「う、うぅ~~~~! ふぬぅ~~~~!!」

「おうぼうなのです……」


 目に涙をいっぱいに溜めて、今にもギャン泣きしそうなハルとテル。

 一方、ミーニャは俺のその挙動を見て、慌てて飴玉を口に放り込んでそっぽ向いた。

 一度貰ったのだから意地でも返さないという意思表示だろう。


「ほらな、ちゃんと言っても勝手に取られたら嫌だろ? 泣きたいだろ? 八百屋のおじさんも、大切な品物が勝手に持って行かれたら、泣きたくなっちゃうし、困るんだぞ」


 二人が大泣きする前に俺は再び飴玉を渡す。

 シュンとしながらもハルとテルは飴玉を大事そうに受け取り、俺の話を黙って聞いた。


「ちゃんとお小遣いで買ったら、お店の人も気持ちよくありがとうって言ってくれるさ。後でちゃんと、八百屋のムスクロさんに謝るんだぞ。できるか?」

「うん……」

「ごめんなさいなのです……」

 

 よしよし、なんとかこの場は収まった。


「ふうん、ただのスケベと思っていたけど、子どもには優しいニャンね。ゴキブリ程度からカナブンくらいに評価を上げてやるワン」

「嬉しくないけどありがとよ。じゃあ俺は詰所に戻るから、みんな、悪いことするなよ」


 三人に別れを告げて馬にまたがり、午前の仕事に区切りを入れようと思った、そのとき。


 カァーーーーーーーン……カンカァーン……。


 あたり一帯に、大きな鐘の音が鳴り響いた。


「警鐘だ……」


 俺は呟く。

 大きな事件や事故が発生した際に鳴らされる、警告の鐘。

 市内全域にいる衛士や住民たちに、危険を知らせる不吉な音色。

 

「なになにー?」

「おっきなおとなのですー」


 ハルとテルはその意味を理解していないのか、楽しそうに周りをうろうろ、きょろきょろしている。

 

「通りに出ちゃダメだニャ!」


 一方、これがただ事ではないと知っているミーニャは、双子を両脇に抱きかかえて店の中に入っていった。


「絶対に建物から出るなよ!」


 そう告げて俺は馬を走らせた。

 火事か、強盗や殺しの発生か、それとも魔物の出現か。

 ラウツカのような大きな街でどのような災いが起こるのか、まだまだ知らない俺は、緊張に手を震わせながら、必死で手綱を握るのだった。 

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