1-2 九番通り商店街はただいま準備中

 少し曰くがありそうな拾いものをした後、俺は九番通りの商店街にたどり着いた。


「店はまだほとんど開いてねえな……」 


 朝早くと言うこともあり、人の出入りはほぼない。

 しかし食品市場の一角にある、八百屋の奥で物音が聞こえた。

 俺は馬を降り、中に入って声をかける。


「おはようございまーす。衛士隊のものですがー」


 俺の呼びかけに、はいよー、と奥から声が返ってきた。 

 そして、粗末な服に身を包んだ、色白で耳の長い優男が姿を現した。


「どもども、おはようさん。おや、見ない顔の衛士さんだ」


 おそらくはエルフ族であろうその店員は、気さくな笑顔で応対してくれた。

 エルフは無愛想な奴が多いという印象だったので、俺は少し面食らった。


「はい、先日にこっちに配属されたばかりの、カニングと申します。以後、お見知りおきをお願いします」

 

 相手の対応が穏やかだとこっちの態度も丁寧になってしまうな。

 空気に流されやすい男な俺である。

 野菜と果物を並べているこの店主は、ムスクロと言う名のエルフさんらしい。 

 一人で店を切り盛りしているとのこと。


「そっかそっか。新人さんって雰囲気じゃないね。今までどこで務めてたの?」


 ムスクロさんは開店準備があるだろうに忙しくないのか、にこやかに世間話を振って来る。


「こっから北西の方にある、山の中の出張所にいました。生まれは海辺の漁村なんですけどね。今年で衛士になって3年目になります」

「3年かあ。一番いい時期だねえ、うんうん。僕にもそんな頃があったなあ」


 自分の若い頃を思い出しているのか、感慨深げに頷いている。

 ここで気のよさそうな八百屋相手に無駄話をするのも俺としては一向に構わないのだけど、さすがに仕事があるのでそうもいかない。


「ところで、最近なにか変ったことや、お困りのことはありませんか? 衛士としてご協力できる範囲のことなら、力になりたいと思うのですが」


 よそ行きの言葉づかいで愛想よく、俺はムスクロさんに問いかけた。

 第一印象は大事。


「うーん、そうだねえ。昨日、ちょっと店のものを、盗られちゃってねえ……」

「え、盗みですか。それは穏やかじゃないな。詳しくお聞かせ願えます?」


 俺はポケットから紙と墨筆を取り出し、詳細を聞き取ろうとする。

 しかし、ムスクロさんはいやいや、と首を振って続けた。


「忙しくて目を離した隙に、近所の子どもが『これ、もらっていきますね』って言って、売れ残りの果物を持って行っちゃっただけなんだよ。そんな大げさな話じゃないよ」

「それでも盗みは盗みですからね。被害届を出していただければ、正式に盗んだ子どもと、その親に取調べをすることができますけど」


 ムスクロさんが望むか望まないかはともかく、衛士としてはこれらのことをきちんと伝えなければいけない。

 なにか起こってもなあなあで済ませるのが衛士と言う連中だ、なんて思われたら、仕事上のけじめや信頼と言うものが崩壊するからな。

 俺個人としては仕事が少ない方が大歓迎なのだけど。

 しかしムスクロさんは、予想通りと言うか、波風を立たせたくないらしく、こう言っただけだった。


「さすがに近所のことでそこまでしたくないかな。その子たちを見つけたら、カニングさんのほうでそれとなく言ってやってくれないか。僕はどうも、お説教とか苦手でねえ」


 確かにそんな印象だ。

 なんかフニャフニャしているというか、とげとげしさが一切ないからな、ムスクロさん。


「気にかけておきます。どんな子です?」

「黒髪おかっぱ頭の、小さな双子の子どもなんだ。名前はちょっと、忘れちゃったな。いつも二人一緒にいるから、すぐわかると思うよ」


 それだけ特徴的なら、一目見ればわかるだろうな。


「わかりました。他になにかありますか?」

「うーん、僕の方はないかな。カニングさん、新しく赴任したあいさつ回りなら、花屋さんのご夫婦に会っておくといいよ。このあたりの顔役みたいなものだから」

「情報ありがとうございます。では、お仕事頑張ってください」


 俺はムスクロさんの頼みを頭の片隅にだけ入れて、次の店に向かった。

 ここの市場は朝早くから営業していないようで、食品店街に他の人出はない。

 言われた花屋を見つけると、店の前を掃き掃除しているミニマ(小人族)のおばさんがいた。


「おはようございます。新しくこの地域に赴任してきた衛士のものなんですが」

「衛士さん?」


 俺の姿を認めるなり、おばさんはぱあっと顔を晴れやかにして、店の奥に向かって叫んだ。


「あんたぁー! 衛士さんが手を貸してくれるってさ!」

「おう!? ずいぶん気が利くなあ! まあいいや、早く来てくれ!」


 なにか、よくわからないことに巻き込まれる予感がする。

 ここでなにかを手伝う予定なんてないはずだけど。


「あの、今日は軽くあいさつ回りをしているだけでして」

「いいからいいからちょっと来てよ! いやあ助かったねえ!」


 おばさんは俺の話を聞かずに、グイグイと手を引いて俺を店の裏手まで導く。

 そこでは、おばさんと同じくミニマ種族の旦那さんが、生活用水路のゴミさらいをしていた。


「ちょっと油断するとすぐにゴミが溜まってきやがる。まったく、みんな綺麗に使ってもらわねえと困るってんだよなあ?」


 そう言って、問答無用で花屋の旦那さんは俺にスコップを持たせた。


「一度、商店街のみんなで徹底的にやらないとダメかもねえ」


 俺の混乱を知らず、おばさんはのんきにそんなことを言っている。

 結局その勢いに飲まれて、俺は用水路のゴミとヘドロの掃除を手伝うことになってしまった。

 幸いと言うべきか、二人でやったのでそれほど時間はかからずに一区切りついた。  


「とりあえずこんなもんだなあ。ほれ、茶でも飲めや」

「はあ、ご馳走になります」


 ミニマの旦那さんに労われて、お茶を振る舞われる。

 思わぬことで時間を食ってしまったので、早く次に行きたいんだけどな。


「商店街の水路が詰まったら、衛士さんたちの詰所の方まで水があふれっちまうからなあ」

 旦那さんはそう言った。


「そうなんですね。俺、こっちに来たばかりだから、知りませんでした」

「おまえさんたちもいつか人手をわんさか使って、徹底的に泥さらいした方がいいぞ。城壁の外から引いてる水路だからな。どうしても原っぱの土や草が入って来るんだよ」


 俺たちが住むこの街、ラウツカの北側一面は立派な城壁で覆われて守りを固めている。

 その城壁の下をくぐるような形で市内へ川から用水が引かれているのだ。

 川の水は城壁の更に外側に掘られた水壕(すいごう・みずほり)にもつながっていて、外敵の侵入を防いでくれている、とのこと。


「俺、ちっぽけな漁村の生まれ育ちだったんで、こんな大きい街だと色々と新しく覚えることがありすぎて、目が回りますよ」


 花屋の旦那さんが教えてくれる話にうなずきながら、正直な気持ちを吐露する。


「へえ、おまえさん、漁師の生まれだったんか。なんでまた衛士になったんだ?」

「家の漁は他の兄ちゃんが継いだし、姉ちゃんが嫁に出たのも同じ村の中の相手だったんで、俺は外に出てもいいかなーって思いまして」


 なにより、衛士の方がカッコいい気がしたのだ。 

 街を守る素敵な衛士さんになれば、女にもモテるはずだと。

 もっとも、衛士になって二年間は出会いもろくにない、山の中での任務だったけどな。


「他の兄弟が家に残ってるなら安心だあな。ま、これから頑張ってくれや」

「ありがとうございます。一生懸命務めます」


 花屋さんで思いがけぬ肉体労働をしてしまったけど、へこたれずに俺は次へ向かった。

 ちょうどよくと言うべきか、花屋で時間を取られたこともあって、商店街は開店のために出勤する人たちが増えて来た。

 店の入り口を一軒一軒窺いながら巡回するので、馬は乗らずに曳いて回る。

 その後も適度に住人とあいさつを交わし、なにかあればすぐに衛士詰所にご連絡ください、と言って回る。

 どこかに年頃の女性は働いていないものかと願いながら歩いて、ほぼ商店街の終わり、端っこまで到達したとき。


「ありがとうございます~。また来てね~」


 けだるげな、しっとりと潤いのある声が聞こえた。

 見れば、居酒屋風の建物から千鳥足で出て行く男。

 それを見送る、亜麻色の長い髪を持った店員らしき女性。

 店には「恩讐者」と言う看板がある。

 全体的に黒っぽい建材を使って建てられた、暗いと言っていい雰囲気の店だ。


「お、おはようございます。こんな時間まで、営業されてるんですか? 夜から?」


 俺は女店員の開いた胸元に覗く深い谷間と、同じく横に切れ込みが入って太ももが見え隠れする衣服の裾あたりに目を奪われながら、疑問を投げかけた。


「そうよ~。さっきのお客さんが、たくさん飲んでくれたから、店じまいが遅くなっちゃったわ~」


 ふわぁ、と欠伸をしたその女性の口の横にはほくろがあった。

 色っぽいなあ。

 ってか、まつ毛なっが、肌しっろ。


「大変な仕事ですね。お疲れさまです……」


 故郷の村では夜遅くまでやってる店なんてなかったからな。

 そもそも店らしい店が3軒くらいしかなかった。


「ふふふ~。あなたは衛士さんかしら~? お仕事で疲れたときは、いつでも飲みに来てね~。話し相手くらいには、なってあげられるから~」

「はい! 俺、新しくこっちに赴任した、ジョーって言います! お困りのことがあれば、なんでも言ってください!」

「ご丁寧にどうも~。私、ベルって言うの~。もう眠いから、あまり大声出さないで~」 


 そう言ってベルさんはにこやかに手を振り、店の奥へ戻っていった。

 歩くたびに横に振られるお尻をじっくりたっぷり見届けて、俺はその光景を脳内にしっかり記憶して残すことに成功した。

 そのとき、なにやら通りの向かい側から冷ややかな目線を感じた。


「朝から商店街をいやらしい目で徘徊してる不審者がいるニャン……衛士に知らせることがあるとすればそれが最優先だワン……」


 居酒屋「恩讐者」の向かいには、茶屋「まるはなばち」と言う看板を掲げた店があった。

 店先を竹ぼうきで掃いている、見覚えのあるエプロン姿の狐娘がそこにいた。


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