第2話

 キングスレイ鉄鋼共和国の首都であるキングスフォールという都市は、〈大破局ディアボリック・トライアンフ〉後において、特異なほど魔動機が一般化し、量産化し、繁栄していた。

 代表的なのは魔動列車で、都市内には外縁部をぐるりと円状に取り囲むような沿線〈環城線〉、円形中央を行き来するような沿線〈首都東西線〉が都市内を毎日走っている。


 このような都市は他に類を見ない。いや、未だ知らぬ大陸には存在しているかもしれないが、少なくともアルフレイム大陸には他にない。


 未来的とも言えるであろう都市だが、もちろん都市に住む全ての人族がその未来的都市で最先端の暮らしが出来るわけじゃない。


 少なくとも俺と、俺の周囲はそうだった。

 半狼リカントとして生まれ、薄暗い教会で育ち、学校に行くための金も無い俺は、日々街を歩き回って手に入れた土地勘と腕っぷしだけ。

 とりあえず成人してから教会は出たものの、行く当てもなく、彼女ディーナと出会うまではその日暮らしの根無し草として生きていた。


 腕っぷし、とは言ったものの特筆するほどの才能を持っていない事を自覚していた俺は、どちらかと言うと依頼を請けて『無くし物を探す』という仕事がメインの収入だった。

 広い都市だ。上流階級の人々が住まう優雅な地区もあれば、スリやひったくりの出没するような地区だってある。

 土地勘と体力を活かしての地道な仕事だが、特に安定しているわけでもない仕事だ……。



 夜風の冷たさで自分が走馬灯を見ていた事を自覚して覚醒すると、相変わらず雲間から月光の輝きが差し込んできていた。

 雨は止んでいるが、スカイバイクの数が増えていた。数人の兵士が周辺を飛び回ったり、壁上を駆けまわっては何事かを叫びまわっている。


 自分のケガを確認してみるが、不思議なことに、出血の痕跡が見当たらない。てっきり、至近距離で発砲されたと思ったのだが。


 その時、金属が石を叩くような音が近くで聞こえた。

 すぐ近くで先ほどの男が座り込んで、ごそごそと何か道具をいじっているようだった。

 気絶する前と位置があまり変わっていないことが分かると、さっきの瓦礫を見てみる。

 さっき見つけた箱はとっくに検められたらしく、強引に瓦礫から引きはがされた跡と共に、空となった箱が転がされていた。


「お前、誰に頼まれた?」


 俺の覚醒にすぐ気づいたらしく、なにかしらの作業を行いながら男は話しかけてきた。顔は向けず、背中越しに聞いてきている。

 俺の手足はロープで縛られており、腕力だけで引きちぎれるようなやわな代物でもないらしい。

 どうやら気絶させられ、この男は全く容赦なく俺を拘束した、ということか。

 ここまで見事にやられると、笑いすらこみあげてくる。


「なに笑ってんだよ?」


 男はちらりとこちらを見て、不機嫌そうに言った。どうやらもう演技はなくなったらしい。

 ただ街のゴロツキがするような安っぽい脅しではなく、本当に不審がっているようだ。


「名前は分からないが、小太りの男から言われた。この近くの……〈日没の側線サンセットレイルズ〉だっけ?その、ブローカーからだ」


日没の側線サンセットレイルズ〉とは、時に怪しげな依頼や、犯罪の依頼などが舞い込んでくる、いわば闇ギルドのことだ。

 そんな場所だから、当然実店舗もなければ、ブローカーたる人物も基本的に名乗らないし、偽名で活動していたりする。

 別段、俺はそこまでべったりの関係でもないが、月に1、2回程度に依頼が来る程度の付き合いだ。

「分からない、じゃ困るんだよ子犬ちゃん」

 男は立ち上がってゆっくりこちらに歩み寄り、銃を向ける。

 半狼リカントである俺に対していささかの恐れも感じさせない、見事な尋問っぷりだった。


 単なる脅しじゃない殺気を向けられ、慌てて応える。

「あの界隈じゃ名乗る奴の方が珍しい」

 言い訳じみたことと聞こえるかもしれないが、それは事実だった。それ以上に言いようがない。

「質問を変えよう。お前は何だ?名前、職業、年齢、住所。全て答えろ、すぐに」

 素早く口にすると、改めて銃を向けてきた。

 恐ろしさと共に、別段隠すこともないという気持ちも湧き上がってくる。

 実際、別に俺自身にはやましいところはない。


「ええっと、名前はジフで……次なんだっけ?」

「職業」すぐに返答が返ってくる。

「それは……探し屋、かな?」

「……年齢」一瞬の間の後、言われる。

「17」

「住所は?」今度はため息とともに聞かれる。

「トライネヤ駅区の30丁目の50」


「なるほど、よくあるゴロツキね」

 男はここまで聞き出した結果、俺をそのように総括し、こちらに向き直った。作業が終わったらしく、手には見たこともない剣が握られていた。おそらく、箱の中身だろう。

「まあ、腕は立つようだが」

 男が俺の背後を見た。つられて振り向いてみると、同じように拘束されたさっきの男たちがわめいている。

 あっちは別の者達に尋問されているようだ。


「じゃ、この魔剣が何かも詳しくは聞いてないわけだ」

 男の視線が俺から外れ、つまらなそうに手元の剣を見ていた。

 縛られた手がわずかに痺れてきた。少しもがきながら、気を紛らわせるために何か聞くことにした。

「そんなに重大なものなのか?」

「不審者を5人殴り倒した段階で気づくべきだったな、そりゃ」

 確かにそうだった。

 ここは都市を守るホルン城塞、その城壁上。登るためにとてつもない労力を要するし、巡回を買収するなり根回しするなり(俺は根回しの末、掃除のアルバイトだと偽った)する必要があるし、出来る限り人目を避けるために夜明け前に行動し、朝までに撤収する必要がある。

 ありていに言えば、ものすごく大変だ。

 カネのために人を殺めることに対して何のためらいもないゴロツキとはいえ、こんなところに来ている他のグループがいるという時点で、不審に思うべきだった。


「それもそうだ、すまない」

「は?」男は、見た事のない生物かなにかを見るような目になっていた。

「なんかお前……ヘンな奴だな。根っからの悪党って感じじゃないし、冒険者でもないな?世間慣れしていない」

「だから探し屋……だって言ったろ」

「いやに言い淀むじゃないか。探し屋ってのは何だ?店、出してるのか?ちゃんと許可とって看板下げて商売してるか?」

 投げかけられた矢継ぎ早の質問に、疑問が浮かぶ。

「いるのか、許可?」

「当たり前だ。じゃなきゃ他の真っ当な店が困るだろうが……もういいよ」

 ため息をひとつ吐くと、男は懐中からナイフを取り出し、足のロープを切った。手の拘束はそのままで、切ってくれない。


「ここで何があったか、詳しく話せ。連行するからついてこい。抵抗はするなよ。次はその首落とすぞ」


 俺に否応はなかった。

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