イセカイ☆ゴバクライン

ふさふさしっぽ

イセカイ☆ゴバクライン

 王宮の廊下を歩きながら、クローディアは不思議に思った。


(アラン第二王子からの突然の呼び出しなんて……一体なんだろう。私、なにかやらかしたかしら)


 今朝、突然部屋にメイドが来て「アラン様が執務室にクローディア様をお呼びです」とわざわざ伝えに来た。そんなに緊急な用事なのかと不安になる。


 ここは地球の日本ではない。俗にいう異世界、ロマン・ス王国である。

 マロン王、という偉い王様が治めているとても平和な国で、王には三人の子供がいる。その二番目が、アラン第二王子だ。

 クローディアはそんなロマン・ス王国に仕える少女騎士団の一員である。

 少女騎士団は十三歳から十七歳までの少女で構成されている。

 親元を離れ、学校に行きながら王宮で連日、将来国に仕える立派な騎士になるため頑張っている。もうすぐ十六歳のクローディアも、正式な女性騎士団員になる日を夢見て、ほぼ毎日訓練に明け暮れていた。


 今日、久しぶりにクローディアは休日だった。昼まで眠って、そのあとは友人とショッピングにでも行こうと思っていた。だけど王子の呼び出しに逆らうわけにはいかず、わざわざ朝早くから騎士団の制服に着替えたクローディアは、あくびをかみ殺しながらアランの執務室に向かっていた。


(せっかくラ・ラインを交換したんだから、ラ・ラインで呼び出してくれても良かったのに)


 クローディアはそんなことをふと思った。


 ラ・ラインとは、最近エリートホンに実装された、使用者同士が無料でメッセージのやりとりができる機能のことである。(エリートホンはスマートホンのことだと思って下さい)。

 IDを交換することによって、お互いにメッセージを送り合うことができる。クローディアは昨日、騎士団の訓練を終えたあと、第二王子から「緊急時のためにラ・ラインを交換しよう」と提案され、交換したのだった。


「アラン第二王子殿下、ロマン・ス王国少女騎士団、クローディア・マーティン、只今参りました」


 アランの執務室の前に来たクローディアは背筋を伸ばし、声を張り上げた。


「どうぞ、入っていいよ」


 普段通りのクールですました声。クローディアは緊張した面持ちで、入室した。第二王子アランは、部屋の中央に一人、厳しい表情で立っていた。


(え? アラン様一人? しかもなんか怒ってる?)


 ただならぬ雰囲気のアランに、クローディアは冷や汗をかいた。固唾を呑んで立っていると、アランは唐突にこう言った。


「どうだ? 今日の僕は? 完璧な髪型と服装だろう?」


「え?」


 アランは僕をよく見ろと言わんばかりに両手を広げた。クローディアより二つ年上で十八歳のアランは、王妃譲りの綺麗なお顔と、サラサラの黒髪をしている。いつ見ても見とれちゃう……とクローディアは心をときめかせた。

 しかし次のアランの言葉で、ときめいている場合ではないことを悟った。


「寝癖もついてないし、ボタンもかけ間違えていない! それに僕を『クールなのに天然で可愛い』とは何事だ? クローディア・マーティン団員!」


(え? それって、昨日オリビアに送ったラ・ラインの内容……!!)


「これを見ろ。昨日の夜、君から来たラ・ラインだぞ!」


 アランはポケットからエリートホンを取り出し、読み上げた。


『オリビア、今日も訓練お疲れ! もう寝ちゃってる? あのさ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど、何と今日、アラン殿下とラ・ライン交換しちゃった! ……実は私、アラン殿下のこと、ずっと好きだったんだ……、いつも寝癖つけてたり、シャツのボタンをかけ間違えてたりしてるところが、クールなのに天然で可愛くて、三年前からずっと好きなの。まあ両思いは無理だろうけど……彼氏がいるオリビアがうらやまし


「ぎゃああああ、や、やめて下さい、アラン殿下!」


 失礼なのは承知で、クローディアはアランの言葉を遮った。


(嘘でしょ、オリビアに送ったはずのラ・ラインなのに! 私ってば、誤爆しちゃった!)


 昨日の夜。


 愛しいアラン第二王子とラ・ラインを交換できたことが嬉しくてたまらず、自室でクローディアは一人舞い上がって踊りながら喜んでいた。他人が見たら間違いなく変な人だと思われるだろう。

 そして高ぶる嬉しさそのままに、同じ少女騎士団であり、親友であるオリビアに、三年間誰にも言えなかった思いを、ラ・ラインに乗せて、送ってしまったのだ。

 正確には送ったつもりだった……。


「クローディア団員、これは本当かどうか、説明してもらおうか」


 昨日のことを思い返していたクローディアはアランの声ではっと我に返った。気がつくと目の前にアランが立って、クローディアのことを切れ長の目で見つめている。その目の下にはくっきりとがあった。


「は、はい……」


 クローディアは騎士らしく毅然として立っていたが、心では泣いていた。


(終わりだ……、きっと、不敬罪に問われて、少女騎士団をクビになる。せっかくラ・ラインを交換して、アラン様と少しお近づきになれたと思ったのに。三年前、騎士団に入団したときから、ずっとアラン様を見てたのに)


 本当は床に伏して大泣きしたい気持ちだった。


「クローディア団員、本当かどうか、聞いてるんだ」


「はい、アラン殿下の寝癖やボタンかけ間違えが可愛かったのは本当です」


「そこじゃない。この『実は私、アラン殿下のこと、ずっと好きだったんだ……』『三年前からずっと好きなの』の部分だ。君は僕のことを」


「申し訳ありません、アラン殿下! 私ごとき小娘が、分不相応な思いを三年前から抱いていました。私は騎士として、少しでも近くでアラン殿下のお顔を見られればそれで良かったのです。この思いを胸に秘めたまま、誰にも言わず、国に仕えるつもりでした。し、しかし、職務上交換したラ・ラインとはいえ、わわ、私は、とても嬉しくて、本当に嬉しくて、ついうっかり友人にこのようなラ・ラインを送ってしまったんです。まさか間違えて、アラン殿下に送ってしまうなんて……こうなった以上、どんな処罰でも覚悟いたします、どうぞ処罰して下さい、アラン殿下」


 クローディアはもうヤケを起こし、どうでもいいことまでべらべらしゃべりだした。どうせこの恋は終わりなのだ。せめて涙をこぼすまいと、丹田に気持ちを集中し、ぐっと唇を噛む。


「処罰……そうだな」


 アランは完璧にセットされた黒髪をくしゃりとかき乱すと、少しの間沈黙した。そして、思いついたようにこう言った。


「今すぐ騎士団の制服を着替えて、町へ出かける準備をしなさい。今日一日、僕の外出に付き合ってもらおう」


「……え?」


 クローディアはアランが言った言葉の意味が分からず、ぼかんとした。


 アランはそんなクローディアに対し、小さくため息をつくと、今度は表情をきりりと引き締め、命令した。


「何度も言わせないでくれ。君は今日休日だろう? はやく外出着に着替えてくるんだ。ちゃんと女性らしい格好をするんだよ? 僕も準備するから。いいか、クローディア・マーティン少女騎士団員!」


「は、はい、今すぐに!」


 クローディアははじかれたようにアランの執務室をあとにした。頭の中は疑問符だらけだったが、王子がそう命令するなら、そうするしかない。


(じょ、女性らしい服装で? アラン殿下と? なんだかデートみたい……いやいや、そんなはずは)


 急いで自室に戻るクローディアだった。 


 一方クローディアを見送ったアランはよろよろと執務机に右手をつくと、緊張が解けたように、長く息を吐き出した。

 そして、改めてクローディアからのラ・ラインを見る。


(クローディア・マーティン団員……昨日の夜、このラ・ラインを受け取った僕がどれほど舞い上がったと思っているんだ……。嬉しくて、一睡もできなかった)


 アランの胸は高鳴っていた。


(今日一日、クローディアに説教してやる。どうして僕がこの三年間、女性と誰もつき合わず、用もないのにちょくちょく少女騎士団に顔を出したりしていたか、まったく彼女は察していない。職務上の交換だと? 僕がどれだけ勇気をだして、君にラ・ラインの交換を申し出たと思っているんだ、まったく!)


 心の中ではそんなことを思いながらも、いつもクールですましている、でもちょっと天然で可愛い第二王子は、どこかうきうきした足取りで、デートの支度をするのであった。


 クローディアが立派な女性騎士となり、王族として公務をこなすアランを守り、やがて結ばれるのは、もう少しだけ、未来の話……。

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