復讐者(現代、高校生編)

前篇 黒い出会い(※三人称)

 。周りの奴等から「怪しい」と思われても、それで何とか切り抜けられた。「相応の対価を払えば、無視してやる」と、そんな感じに見逃してくれた。彼の身を案じてくれた者、その身なりに違和感を覚えた者は、相応の探りを入れて来たが……。


 それでも、お得意の嘘で誤魔化した。「誤魔化せる」とは思えなくても、力業で何とか誤魔化した。自分の正体を知られない様に、あらゆる手、あらゆる嘘を付き続けた。だがそれでも、限界はある。今の状況を悲しんで、叫びたい時はある。彼は茂みの中に隠れて、その場に「うっ」と座り込んだ。「畜生!」

 

 何で、どうして? 俺がこんな目に?


?」


 普通に生きて、普通に過ごしていただけではないか? 世間の奴等がやっている事と、大人がやっている常識の類と、同じ事をしただけではないか? 相手と自分の立場を明らかにする。その上で、自分の身分を決める。「自分は『此処までは出来る』が、此以上は出来ない」と、そう言う線を作る。そうして、自分の周りに秩序を作る。「此奴の命令は、聞かなければならない」と、そう言う縛りを付ける。


 自分は只、「それ」を作れる立場だっただけ。周りの秩序や規範を作れる、そう言う立場にあっただけだ。それなのに何故、こんな目に遭わなければ成らない? 理想の高校生活から追い出されて、こんな場所に隠れなければ成らないのだ? 「飢え」と「乾き」に震えて、生命の危機を感じなければ成らない? 周りの目を気にして、県道の隅に隠れる事を?

 

 少年は、その現実に俯いた。俯いた上に唸った。彼は今の自分が置かれている状況、お山の大将からはずっと離れてしまった自分に「くそっ!」と怒鳴った。「くそっ、くそっ、くそっ!」

 

 こんな、理不尽な、事。絶対に許せるか。こんな場所に自分を追い遣って、自分達はのうのうと生きている。自分を裏切った彼奴等をきっと、平和な毎日を送っているに違いない。自分が守って来た地位を奪い取って、その恩恵をきっと受けている筈だ。自分の事を助けなかった、あの先輩やも。温かい場所でのほほんとしているに違いない。


 そう思うとまた、「畜生!」と叫んでしまった。彼奴等が自分の立場を守ってさえいれば、こんな目には遭わないで済んだのに。彼奴等は、その特権を叩き壊したのだ。「それが、どうしても許せない!」


  少年はその怒りに任せて、地面の上から立ち上がろうとしたが……。その瞬間にまた、あの感覚を覚えてしまった。自分の背後に幽霊が立っている気配を、それが何かの念に捕らわれている感覚を、背中の神経から感じてしまったのである。

 

 少年は「それ」に驚いて、自分の後ろを振り返った。自分の後ろにはやはり、(想像通りの)幽霊が立っていた。幽霊は少年に何かを訴えたいのか、「睨んでいる」とも「見詰めている」とも言えない顔で、少年の顔をじっと眺めている。彼が「それ」に戸惑った時も、今と同じ表情で彼の事を眺め続けていた。


 少年は、その光景に凍り付いた。そして、「またか」と思った。只でさえ疲れているに、「また此手の輩」と関わるなんて。「恐怖」よりも「憤怒」、「憤怒」よりも「絶望」を感じてしまった。彼は幽霊の目をじっと見たまま、憂鬱な顔で地面の上にまた座り込んだ。「もう、勘弁して……」


 あんな化け物と関わるのは。自分は只、自分の好きな様に生きたいだけなのに。それをどうして、こんなにも妨げるのか? 社会の秩序だが常識だかを言って、自分の自由を縛ろうとするのか? 本当に苛々して仕方ない。


 此の世は強者至上主義で、好い女を抱ける男も強者、他人から金を奪えるのも強者、人にあれこれ言えるのも強者ではないか? それを「倫理の力で縛ろう」とするなんて。冗談ではない。お前等だって、本能の果てに生まれたのではないか。


 少年はそう怒って、幽霊の身体に石を投げた。石は、幽霊の身体に当たらなかった。身体の方へは(確かに)飛んで行ったが、現世の理から外れた力で、それが擦り抜けてしまったからである。それに怒った少年がまた、地面の石ころを投げた時も同じ。投球の勢いこそ強かったが、肝心の石自体は当たらなかった。少年は、その光景に項垂れた。「またか」

 

 また、此か。自分の抵抗が無駄に終る光景。それに俯いて、自分の意識を奪われる光景。それがまた、自分の前に現われたのだ。どんなに抗っても、「抗えない現実」として。自分の人生をまた、狂わせに来たのである。


 少年は「それ」に狂って、幽霊に思わず怒鳴ってしまった。「何なんだよ、お前は! 死人なら、黙って地面に」

 

 おねんねしていろ。そう言い掛けた少年だったが、幽霊が自分の方に歩き出した瞬間、今までの怒りを忘れて、幽霊の前から走り出してしまった。少年は、走りに走った。あの幽霊から逃れようと、必死の力で走り続けた。


 少年は今の場所も分からない、真っ暗な森の中を走り続けたが、それもどうやら無駄に終ってしまったらしい。最初は森の中を何とか走っていたが、その行き止まりに行き着いてしまった所為で、その逃げ道をすっかり失ってしまった。

 

 少年は胸の動機を何とか抑えて、「何とかしなければ」と必死に考え始めた。だが、それを裏切る現実。彼の背後に迫った、不条理。不条理は彼の背中に引っ付いて、その耳元に「ドウシテ、逃ゲルノ?」と囁いた。「サビシイ……」

 

 少年は、その声に言葉を失った。それは、破滅への序章。死への余命宣告。余命宣言は決して、彼の意識を逃さない。彼がどんなに暴れても、その精神を壊しに掛かる。宣言は彼の首に回って、その呼吸を止めようとしたが。


 。首の方は確かに締められているが、それ以上の異変が全く見られなかった。少年が幽霊の腕を何とか振り解いた時も同じ、その空気が少しも感じられなかったのである。少年は幽霊の前から必死に離れて、その様子を恐る恐る確かめた。「な、何だ?」


 一体、どうしたのだろう? 原因の方は分からないが、何故か急に苦しみ出した。彼が「それ」を眺めている前で、自分の頭を押さえ、身体を揺らし、嫌な悲鳴を上げている。正に「狂気」と言った感じだった。少年が「それ」に驚いた時も、彼の方を睨むだけで、その命を奪おうとしない。只、「う、うううっ」と唸るだけだった。少年は、その光景に呆然とした。「こ、此は」


 どう言う事? そう言い掛けた少年が黙ったのは、彼の前に奇妙な二人組が現われたからである。二人組は少年の存在に驚いていたが、それよりも「幽霊の方が大事」と見えて、彼の事はちっとも構わず、例の幽霊に何やら言って、お寺の僧侶が唱える様な諸々を唱え始めた。「恨みある者、諦めよ。お前の無念は、晴れない。お前の恨みも、晴れない。強者必勝の理に従って、あの世に粛々と昇るが良い」


 それが、最後の言葉だった。それ以上でも、また、それ以下でもなく。彼等はそう唱えて、目の前の幽霊を見事に祓ってしまった。少年が「それ」に驚いている前で、怨霊のそれ自体を消し飛ばしてしまったのである。


 二人は服の汚れを払って、少年の顔に視線を移した。少年の顔は、二人の視線に強張っている。「『調べた場所に居ない』と思ったらまさか、『こんな場所まで動いていた』とは。全く困った奴だよ、こんな子供に憑いて行くなんて」

 

 少年は、その言葉に凍り付いた。それが伝える、ある種の感覚。その感覚に興奮を覚えたからである。少年は興奮の中に潜む匂い、自分と同族の匂いを感じて、男達の顔をじっと見始めた。「アンタ等は一体、何モンだよ?」

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