最終話 怪異と生きる、僕等の町(※三人称)
新しい名前と、新しい仲間。それは少年の未来に光を灯し、また同時に別れの闇を忍ばせた。光の時間は、いつまでも続かない。それの終わりには必ず、闇が訪れる。「孤独」とは違った闇が、「時間」と言う概念を得て、その未来に明暗を付けるのだ。
少年が過ごした時間、だけではない。少年達が過ごした時間もまた、そんな空気の夏だった。彼等は世間の注目こそ受けたが、周りの大人達が「それ」を何とかした事で、その被害自体は余り受けずに済んだ。「鳩山さんがきっと、上手くやってくれたんだろう」
自分達の時間が壊されない様に、そして、たった一度の夏を楽しめる様に。例のお友達に頼んで、自分達の時間を守ってくれたのだ。天理や秀一の祖父達も、(秀一達への償いも込めて)色々とやってくれた様だし。例の神主も彼等に「申し訳なかった」と謝って、自分が出来る限りのお礼を出してくれた。「暫くは大変だが、でも仕方ない。全ては、身から出た錆だ。自分の罪から目を背けて来た事に対する報い。そう思えば、此の苦痛にも耐えられる」
神主はそう笑って、目の前の少年達に頭を下げた。目の前の少年達が、それに胸を痛めている間も。彼は全ての責任を背負う覚悟で、自身の仕事にまた戻って言ったのである。「お金はきっと、大事だ。大事だが、それに捕らわれては行けない。それで、自分の人生を壊しても。世の中には、お金では買えない物があるんだ」
少年達は、その言葉に頷いた。それは決して、忘れてはならない事。少年がこれから大人に成って行く上で、絶対に忘れてはいけない事だったからである。見えない宝を大事にしない者は、見える宝からも大事にされない。
彼等はそう感じて、神主の前から去った。神主の前から去って、残りの夏を楽しんだ。例の騒動で「中止」を囁かれていた行事や、夏恒例の花火大会等を観たりして。たった一度しかない小学五年生の夏休みを楽しんだのである。彼等は花火の光にはしゃぎ、夏の日差しにはしゃぎ、川での水遊びにはしゃぎ、家でのゲームにはしゃいだ。「よっしゃ!」
少年達は、ゲームの勝敗に盛り上がった。少女も、その光景を楽しんだ。彼等は「昼」も「夜」も大いに騒いだが、夜の空気に不思議なモノを感じると、部屋の電気を消して、布団やベッドの上にすっと寝転んだ。「虫の声が、変わったな?」
そう呟いた狼牙だが、その声が実際に変わった訳ではない。それを聴いている狼牙達の気持ちが、変わっただけだ。その中に僅かな感傷を、「此の夏ももう、終わりなんだ」と言う感情を感じただけである。狼牙は……いや、狼牙だけではない。狼牙も含めた全員が、虫の音が伝える感傷に黙り始めた。彼等は無言で、部屋の間接照明を眺め続けた。
その沈黙を破ったのは、間接照明の光から視線を逸らした秀一だった。秀一は不安な顔で、天理の横顔に目をやった。「彼奴等、まだ見付かっていないんだよね? あの寺に居た二人」
天理は、その言葉に目を細めた。今の時間を思い切り楽しんでいた彼だったが、それについてはやはり不安だったらしい(あの二人が逃げた事で、処刑人の力が弱まり、その勝負に勝つ事は出来たが)。秀一が彼に「大丈夫?」と言った時も、それに暫くは「大丈夫」と応えられなかった。天理は部屋の天井を暫く見詰めたが、やがて秀一の顔に視線を移した。
「町の上側で、汚い金を得ていた人達だ。君の大事な人や、光君の事を苦しめて。本当に狡い奴等だよ。今だって、多分」
「悪い事を企んでいる?」
天理は、その言葉に押し黙った。それを心から憎む様に。「悪い連中は、中々捕まらない。良い人は、直ぐに逝ってしまうけど。世の中は、悪い人が生き易い様に出来ている」
秀一は、その言葉に暗くなった。それは、今回の事で充分に分かったから。彼の言葉に只、「そうだね」と頷く他なかったのである。秀一は複雑な顔で、天理と同じ所を見詰め始めた。
「襲いに来るかな、僕達の事を?」
「分からない。でも、その可能性はある。今回の事で、相当の被害を受けた筈だから。世間の目から逃げられても、その恨みは決して忘れないだろう。下手したら、明日にでも襲って来るかも知れない」
「そんな! それじゃ」
「うん。でも、大丈夫。『襲われる』とすれば……多分、僕の方が先だから。僕は今回の事で、かなり」
「『そうだ』としても、やっぱり!」
「気に入らないのは、分かる。でも、僕としては」
「僕としては?」
「その方が良い。僕も僕で、あの人達に借りがあるからね? あんな場所に放り込んだ借りが。此の借りは、しっかりと返さないと。だから、僕の方に来てくれるのが」
秀一は、その言葉に驚いた。それが伝える彼の信念、その強さにも驚いた。彼は自分と秀一とを比べて、その差に「はぁ」と項垂れた。
「鞍馬君は、凄いね」
「何が?」
「僕よりも、ずっと強い」
今度は、天理が驚いた。天理は彼の顔を暫く見たが、やがて部屋の天井にまた視線を戻した。「僕は、強くない。それに最初から強い人は、居ないよ。その人がどんなに才気溢れる人だって、最初は弱い人なんだ。僕も、君も。大事なのは、『それでも強く成ろう』とする気持ちだ。その気持ちに従って、自分の身体を動かす事だ。自分が守りたいもの、信じたいものを信じて。君には、それをする力がある」
秀一は、その言葉に胸を打たれた。それは自分に対する最大の言葉、と同時に最高の信頼だったからである。彼は部屋の天井を暫く見上げたが、光が自分に「ボクもそう思う」と言うと、光の顔に視線を移して、その目をじっと見始めた。光の目は、驚く程に澄んでいる。
「君はもっと、強く成れる。今よりもずっと、凄い人に成れる。君は、ボクの為に動いてくれた。ボクの事を知って、その悩みと向き合ってくれた」
「甲野、君」
「ボクは、君の様に強く成りたい。天理君の様に優しく成りたい。今まではずっと、誰かの言いなりだったから。今度は自分の意思で、地面の上に立ちたい」
成れるよ。そう応えたのは、二人の少年だった。彼等は「怪異」と「人間」の区別を忘れて、甲野光の未来を思った。「頑張れ」
光は、その言葉に微笑んだ。二人の少年も、それに笑い返した。彼等はお華ちゃんが今の光景に「単純ね」と呆れている間も、嬉しそうな顔で互いの未来を思い続けた。
未来の始点は、夜明け。夜明けの始点は、別れの合図。彼等は最後の朝食を平らげると、互いの連絡先(光は異界に行ったら、二人に伝えるらしい)を教え合って、それぞれの帰る場所に戻った。「それじゃ。また、いつか」
天理は、家の車に乗った。光は、迎えの職員に微笑んだ。秀一は睦子の身体を抱き締めて、それから両親が待っている電車の中に入った。電車の中は、静かだった。帰省のピークが過ぎていた所為で、思ったよりも人が乗っていなかったのである。
秀一は窓際の席に座って、そこから外の景色を眺めた。外の景色もやはり、静かだった。帰省のピークが過ぎていた所為で、思ったよりも人が乗っていなかったのである。秀一は窓際の席に座って、そこから外の景色を眺めた。
外の景色もやはり、静かだった。電車の窓ガラスが遮っていた事もあるが、ガラスの向こう側に広がる景色が、此の騒動が起きる前よりもずっと静かに見える。夏の風に揺れる木々も、その余波を受けた町並みも皆、その静寂に包まれていた。秀一は、その静寂に胸を打たれた。「『平和』って言うのは、多分」
静かな事、なのだ。誰かの命で成り立つ静けさではなく、皆の力で作る静寂。一つ一つの音が、生かされた調和。それこそが、僕等の町に必要なモノなのだ。怪異と生きる、僕等の町に。人の傲慢が作り出した世界に。その調和こそが、人の未来に光を灯すのである。秀一はそう思って、夏の終わりに微笑んだ。
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