第15話 出会う彼等(※主人公、一人称)

 それは、「朗報」と言えるだろう。彼女の事をまだ諦めていない人が居るなら、その人にも希望を抱ける。その人に希望を抱けるなら、彼女の回復にも希望を抱ける。その意味で、彼はとても貴重だった。彼が彼女の事を諦めない限り、僕もそれに希望を抱ける。だから、彼の存在は有り難かった。


 僕は主人から「浜崎睦子の従兄」と言う少年、外村秀一の事を聞いた。外村秀一は、僕と同じ小学五年生。背格好も、それと同じくらいの男子児童だった。彼は浜崎睦子の様子がおかしくなって以来、何かに怯える様な態度(家の人達には、そう見えたらしい)を見せて、部屋の中でも独り言を繰り返す様に成ったらしい。今日も部屋の中に居た(と思われる)誰かと話して、朝早くから何処かに出掛けたらしかった。

 

 僕は、その話に眉を寄せた。その話に何故か引っ掛かる、精神の奥に詰まる様な所があったからである。僕はそれが伝える疑問、この何とも言えない疑問について、目の前の主人に「それ」を問い掛けた。「独り言は、只の独り言ですか? それとも、?」

 

 主人は、その答えに詰まった。答えの内容に戸惑う様な、そんな表情を浮かべて。お華ちゃんが主人に「どうなの?」と訊いた時も、それに「う、ううっ」と唸っただけで、その質問自体には中々答えようとしなかった。主人は、自分の湯飲みを握り締めた。


「誰かと話している感じ、だな。儂の感じた限りでは、そう言う風に感じた。本人は、周りに隠している積もりらしいがね?」


「成程。それなら、その相手は」


 。少なくとも、普通の人間では。外村秀一は何らかの手段で、或いは、只の偶然で、その人成らざる相手と関わる様に成ったのだ。本人がそれを望んだか否かは別にして、その相手と関係を築いてしまったのである。そして、今日も……。僕は自分の顎を摘まんで、主人の顔を見詰めた。主人の顔は、自分の話した内容に青ざめている。「秀一君は、何処に?」

 

 その答えも、中々返って来なかった。主人は様々な可能性を考えているのか、僕が彼の反応を促した時も、それに「すまない」と謝って、自分の湯飲みにまた視線を戻してしまった。「自信はないが、恐らくは祠だろう。神社の奥に在る、小さな祠。其処には、恐ろしい化け物が封じられている。この町の災いを一身に背負った」


 それに「悲しい存在」と応えたのは、僕の隣で唸っていたお華ちゃんだった。お華ちゃんはあの話を思い出していた様で、彼が「恐ろしい化け物」と例えた其れに「本当に可愛そうな存在だわ」と呟いていた。「町の人達を守る為に捧げた命が、。人柱に成った彼は、本当に無念でしょうね。本当は、死にたくなんてなかっただろうから。それを」


 主人は、その言葉に眉を寄せた。それが自分達の罪を表すかの様に。主人は苦しそうな顔で、目の前の僕に頭を下げた。


「真実がどうであろうと関係ない。儂等は、只」


「続けざるを得なかった、町の平和を保つ為にも。町の人達には、闇の記録を伝えるしかなかった。ごく一部の例外を除いて。それは、絶対に止められない儀式だった」


 主人は、その言葉に俯いた。それと同時に「うっ」と唸って。彼はテーブルの上に湯飲みを置いた後も、悔しげな顔で湯飲みの水面を見詰め続けた。


「儂等を罰するかね? 町の因習から目を逸らし続けた」


「分かりません。でも、罰するだけが正義じゃない。人間の業を罰するだけが」


「なら、どうすれば良い? どうすれば、この罪が?」


「それも分かりません。でも」


「でも?」


「方法は、絶対にある。それがどんなに辛くたって、それと向き合う方法は。『正義は誰かを罰する事ではなく、自分の悪と向き合う事だ』と思います。僕はそう、信じている」


「そうか……」


 主人は、僕の顔に視線を戻しました。その視線にある決意を込めて。


「鞍馬天理君」


「はい?」


「儂等も、自分の出来る事をする。だから、睦子の事を頼めるか?」


 僕は、その言葉に頷いた。それを否める理由は、何も無い。彼の気持ちを否める事も。僕は自分の出来る範囲、自分の力が及ぶ範囲で、「この問題を何とかしよう」と思った。「勿論です。最初から、その積もりだし。それに秀一君の事も助けたいから」


 主人は、その言葉に喜んだ。それを聞いていた周りの人達も。彼等は町の秘密に胸を痛める一方で、その先に希望らしき物を抱き始めた。「有り難う。本当に有り難う」



 それから三十分後。正確には一、二分の違いはあるだろうが、とにかくそれくらいの時間だった。僕達は主人から祠の場所を訊いて、お華ちゃん達と一緒にその場所へと向かった。祠の前には一人の少年、正確には少年と少年らしき者が立っていた。


 彼等は僕達の気配に気付かないのか、僕達が神社の表から二人を覗いても、互いに何かを話し合っているだけで、僕達の方に視線を向ける事も、そして、それらの視線に「何だ?」と驚く事もしなかった。僕達は、その様子を窺った。そうする事で、「彼等の関係を探ろう」と思ったからである。


 僕達は狼牙、僕、お華ちゃんの順にして、二人の会話をじっと聴き始めた。会話の内容は、(ある意味で)予想通りだった。「これからどうしよう?」と言う会話、その中で語られる真実。それを聞いてしまえば、彼等への言葉も自ずと決まって来る。後は、二人に「それ」を話すだけだった。「よし」

 

 僕達は、二人の前に歩み寄った。出来るだけ自然に、偶然をさも装って。僕達は二人が僕達の登場に驚いた後も、穏やかな顔で二人の事を眺め続けた。「今日は」

 

 二人は、その挨拶に眉を寄せた。特に手前の少年(かなり古風な服を着ている)は僕達の正体に「あっ!」と気付いたらしく、もう一人の少年をかばう訳ではないが、自分の後ろに引かせて、僕達の事をじっと見返していた。彼等は、僕達の事をいぶかしんだ。「君達は、一体」

 

 何者なのか? 僕達にそう訊いたのはやはり、現代風の服を着ている少年だった。もう一人の少年は、その少年に何やら耳打ちしている。彼等は僕達の様子を窺う一方で、自分達も直ぐに動ける姿勢を崩さなかった。「必要であれば、僕達の事を襲う」と言う風に。彼等は訝しげな顔で、僕達の顔を睨み続けた。「君達こそ、誰? 初対面にしては、随分」

 

 僕達は、その言葉を遮った。それに応えなければ、この終らない遣り取りが続く。お互いがお互いを怪しんで、終らない様子見が続く。古風な少年は「それ」を望んでいない様だが、もう一人の少年が警戒心最大だった事、お華ちゃんが古風な少年に対して眉を寄せていた事、狼牙が目の前の二人に唸っていた事もあって、その平行線を何としても破る必要があった。僕達は……いや、僕は自分の仲間を制して、二人のそっと歩み寄った。


「馴れ馴れしかったのは、御免なさい。謝ります。君達の事がどうしても」


「気になった、だけじゃないよね? から考えれば、それだけの理由ではない筈だ」

 

 僕は、その言葉に固まった。その言葉が衝撃だったからではない。言葉の裏に隠された、その真意を見事に見破っていたからだ。「君は、只の人間ではないだろう?」と、そう暗に言っていたからである。僕は「それ」に怯えて、後ろの二人にも「一応は、備えていて。彼がもしかすると、例の人柱かも知れない」と目配せした。


「お見通しなんだね? 僕の事」


「ある程度の事は。君の身体から感じられる気は、普通のそれとは違う。君はある意味で、ボクと同じ。怪異との接点が持てる、霊能者だ。ボクやボクの様な存在と関われる、特殊な人間。君は……どう言う経緯かは分からないけど、ボクの事を知って」


「うん、この場所に来た。君の正体を見極める意味でも。君は、今回の事件について」


「関わっているよ、勿論。ボク自身は、それを求めている訳ではないけど。今回の元凶は、ボクだ。ボクが彼女の事を、浜崎睦子の精神を捕らえている。そうする事で」


「町の平和を守っている。様々な厄災やくさいから、この町を守る為に。彼女は……ある意味では、君と同じ人柱に成っているんだ。それは、今も」

 

 古風な少年は、その言葉に押し黙った。その言葉に胸を痛める、つまりは「それ」が「真実だ」と示して。それを聞いていたもう一人の少年も、悔しげな顔でその話を聞いていた。彼等は、僕達の顔から視線を逸らした。「続いているよ、今も。だから!」


 そう言ったのは、現代風の少年だった。少年は今の状況が余程に悔しいのか、自分の頭を掻き毟って、地面の上を何度も踏み付けた。「睦子の事を助けたいのに。なのに!」

 

 それを聞いた瞬間、僕が思った事は一つ。それは、「彼こそが例の、」だった。主人から聞いた情報と照らし合わせても、それと合っている部分が多いし。古風な少年も、彼に「秀一君」と言っている。彼もとえ、外村秀一は悔しげな顔で、僕の前に歩み寄った。


「誰だよ?」

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