第14話 多数の命を救う為に(※主人公、一人称)

 扉の奥には、一人の女性が立っていた。年齢の方はそう、僕のお母さんと同じくらいの。彼女は突然の訪問者に驚いているのか、僕達の顔を順々に見渡して、僕には「貴方は?」と、狼牙には「お、大きな犬!」と、お華ちゃんには「に、人形が浮いている?」と叫んだ。「ば、化け物の手下! こ、来ないで!」

 

 お華ちゃんは、その言葉を遮った。「そう叫ばれたら大変」と言うのもあったが、彼女自身にも「落ち着いて欲しい」と思ったらしい。彼女が玄関の前から走り出そうとした時にも、それに「大丈夫」と言っただけではなく、そう思わせるだけの説明、特に僕達の紹介や来訪目的等はしっかりと話していた。「詳しい話は、彼の祖父から伺っています。こちらのお嬢さんが今、かなり危険な状態にある事も。私達は、霊能者の端くれとして」

 

 彼女は、その言葉に押し黙った。それを信じて良いのか、その判断に迷っているらしい。お華ちゃんが彼女にまた「信じて欲しい」と頼んだ時も、それに半信半疑の目を、かなり黒寄りの視線を向けていた。彼女はいぶかしげな顔で、玄関の中から出た。「帰って」

 

 それにお華ちゃんが動かなかったので、彼女にまた「帰って!」と叫んだ。「何処で聞いたのかは分からないけど。正直、迷惑だわ! 他人の貴方達が、私達の問題に関わって来るなんて! 本当に迷惑なの! こっちは、睦子の事だけでも手一杯なのに!」

 

 彼女は、玄関の扉に手を伸ばした。そうする事で、僕達に威嚇いかくの意を示したらしい。彼女は真剣な顔で玄関の扉を閉めようとしたが、お華ちゃんの念力で「それ」を阻まれてしまった。


「なっ! ちょっと!」


「駄目!」


 お華ちゃんは、彼女の力を振り払った。彼女が「それ」に驚く顔を無視して。「それじゃ、何も善くならない。貴女が今、悩んでいる事も。そして、この町にある問題も。全部が悪いまま」


 相手は、その言葉に眉を寄せた。そう言われてもまだ、お華ちゃんの話を信じ切れていない様だが。それでも、何かしら動かされる所はあったらしい。彼女はお華ちゃんの顔を暫く睨んでいたが、やがて何かを諦めたかの様に「分かったわ」と呟いた。「でも!」


 そう言って彼女が家の奥に戻ったのは、を持って来たからだった。彼女は僕達が家の中に入ろうとした時も、お華ちゃんの身体から順に塩を浴びせて、その身体を徹底的に清めようとした。「此くらいは、良いでしょう?」


 お華ちゃんは、その言葉に頷いた。僕や狼牙も、その言葉に頷いた。僕達は「それで良いなら」と思って、彼女の気持ちは勿論、家の客間に通された時も、普通一般の「お邪魔します」を返す事しかしなかった。「別に構いません。それが、普通の反応ですから」


 彼女は、その言葉に応えなかった。また、お華ちゃんの「気にしないで」にも応えなかった。彼女は客間の扉を開けて、家の奥にまた消えた。彼女が僕達の所に戻って来たのは、僕達がお華ちゃんの「この家、。人間のそれは、少し違う様な」に眉を寄せた時だった。


 彼女は家の主人、つまりは自分の父や弟を連れて来たらしく、テーブルの上にお茶(恐らくは、僕達の分)を置くと、僕達に「此も、別に良いでしょう? 自分だけじゃ、どうにも出来ないし」と言って、自分の隣に二人を座らせた。「変な事をしたら、直ぐに暴れるから」

 

 僕達は、その言葉に苦笑した。そんな事は、最初からする積もりはない。彼等の考える様な事は。僕達は彼女の親族にも改めて、自分達の正体や目的を話した。「第三者の僕達が関わるのは、出しゃばりかも知れませんが。それでも助けたい、『助けなきゃ』と思う。僕達の力では、どうにも出来ないかも」


 家の主人は、その言葉をさえぎった。その続きはもう、「言わなくても良い」と言う様に。彼は真剣な顔で、僕達の顔を睨み付けた。「知れないじゃない。どうにも出来ないんだ。睦子の事は、どうしても」

 

 それに「はぁああっ?」と怒鳴ったのは、テーブルの上を叩いたお華ちゃんだった。お華ちゃんは今の言葉が気に入らない様で、狼牙の「まあまあ、落ち着いて」を聞いても尚、主人の顔をじっと睨み続けた。「出来ないから、何もしないの? 何もしないで、孫の事を諦めるの? 彼女は町の、巫女の役を引き受けたのに? それを何もしないで」

 

 主人はまた、彼女の言葉を遮った。彼女の言葉に胸を痛める様に。


「眺めているんじゃない」


「だったら!」


「それでも、出来ない事はある。相手はあの、だ。人間とは違う、妖。文字通りの化け物。人間は、化け物には敵わないんだ。今までの歴史を振り返ってみても。儂等は」


「泣き寝入り? 人間よりも強い相手には?」


 主人は、その言葉に眉を寄せた。それにどうやら苛立って……いや、苛立っているだけではない。今の状況を悲しんで、それに怒りも感じている様だった。主人はテーブルの上に目を落として、自分の頭を何度かいた。「それが、此処の歴史だ。誰かの命を捨てる事で、残りの奴等を助ける歴史。都合の良い言葉を使えば、自己犠牲の歴史だ。それが延々と続いた事で、今日の……。まあ、犠牲者には理不尽な話だが。今の平和を保って来た。多数の命を救う為に、小よりも大を生かす為に。今の様な時代に成る前は、それが当たり前の時代だった」


 お華ちゃんは、その言葉に切れた。それも只、切れただけではなく。テーブルのそれを引っ繰り返す程に切れてしまった。お華ちゃんは日本人形の怪異宜しく、恐ろしい形相で目の前の大人達を睨み付けた。「当たり前の時代? 子供の精神を壊す事が? ふざけないで! 人間は、確かに不完全だけど。『だから』って、そんな事が」

 

 主人は、その言葉を遮った。「それ」を「聞きたくない」と言うよりも、「そんな事は、充分に分かっている」と言う顔で。彼は、お華ちゃんの怒声をすっかり封じてしまった。「許されないだろう。そんな事は、儂にも分かっている。だがね、お嬢ちゃん。世の中には、どうにも成らん事があるんだ。儂等がどうやっても、変わらない現実。それに『抗ってやる』と思った所で、返って来るのは悲しみだ。自分では、どうしようもない悲しみ。儂等は今、その悲しみを受けるしかない」

 

 お華ちゃんはまた、彼の言葉を遮った。今度はさっきと違う、悲しみのもった表情で。彼女は、自分が引っ繰り返したテーブルを元に戻した。「それは、皆同じなの?」

 

 その答えは、無言。誰の目にも分かる、重苦しい沈黙だった。お華ちゃんは「それ」に震えて、テーブルの上にゆっくりと降りた。


「『此は、どうしようもない』って、皆」


「いや、一人だけ」


「一人だけ?」


「ああ、一人だけ諦めていない。儂が見た限りでは、


 僕は、その言葉に興味を引かれた。「あの子だけは、きっと」と言う、その例外に対して。僕はお華ちゃんの発言を封じつつも、真面目な顔で主人の顔を見返した。「それは、誰ですか? 貴方の言う、まだ諦めていない人」


 主人は、その質問に戸惑った。まるで、それに答えるのが「辛い」と言う風に。


。睦子から見れば、従兄に当たる奴だが。其奴は睦子がああなっても尚、睦子の回復を願っている。睦子がいつか、『目を覚ましてくれる』と信じて。秀一はまだ、睦子の事を諦めていないんだ」

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