封じられし者(過去、小学生編)

第1話 可愛い従妹(※三人称)

 田舎は田舎だが、そんなにド田舎ではない。下りの電車に乗って、二時間程で行ける町。町の中には病院や大規模な商業施設、若者が遊べる娯楽施設や働き口もあり、「町の過疎化が進んでいる」と言っても、それが原因で「直ぐに衰える」とは思えない町だった。衰退の気配こそあるが、今は都会の空気がある町。空気の中に「田舎」を隠す町。


 そんな町にもし、自分が行く事になったら? 恐らくは、憂鬱ゆううつだろう。電車の窓から見える景色が段々と田舎っぽく、それも田舎臭くなるだけで、その気持ちもまた「やれやれ」と思うに違いない。家の都合でそこに引っ張られた彼も、その「やれやれ」を感じていた。

 

 彼は小学生ならワクワクするかも知れない光景、これから始まるかも知れない冒険劇に胸を躍らせる事もなく、両親と一緒に電車の中から降りた時は勿論、駅の駐車場で待っていた叔父を見た時も、憂鬱な顔で自分の不幸を呪っていたが、叔父が「乗れ、乗れ」と言った軽自動車の中に乗った時にはもう、諦めの境地に達してしまった。


 こうなってしまったらもう、諦めるしかない。本当は涼しい部屋の中で、新作のゲームを楽しみたかったが。家の両親に「行くぞ」と言われたらもう、その場所に行くしかない。自分外の兄弟、特に年上の兄弟や親類、何日も自分の家に泊めてくれそうな友達も居ない以上、それに「分かった」と頷く他なかった。

 

 彼は運転席の叔父おじが自分に色々と話し掛けて来ても(恐らくは、彼に気をつかっているのだろう)、それに「うん」とか「ああ」とか返すだけで、その気遣いに応えるどころか、窓の外に広がる景色を只ぼうっとているだけだった。


「はぁ」


 溜め息。


「はぁ」


 もう一度、溜め息。それらは叔父には聞えなかった様だが、隣の母親には流石に気付かれたらしく、彼が叔父の言葉にまた「うん」と応えると、彼の頭を軽く叩いて、彼に「こら、秀一! そんな態度じゃ駄目じゃないの?」と叱った。「叔父さんが、折角せっかく

 

 母親は、その続きを飲み込んだ。彼女がそれを言おうとした瞬間、運転席の叔父さんが母親に「まあまあ、姉ちゃん。そう怒るなって」と言ったからである。母親は、その言葉に苛立った。苛立った上に「全く」と呆れた。彼女は自分の弟が息子に甘い事、息子の態度に怒らない事を怒って、(普段は滅多にやらないが)自分の足を組み始めた。


「いつも、いつもそうなんだから。たまには、ガツンと」


「う、ううん。でも」


「なに?」


「俺、しかるのは苦手だし。それにシューの気持ちも、ほら? 『何となく分かる』って言うか? 折角の夏休みなのに」


 叔父さんは、バックミラー越しにおいの顔を見た。甥の顔は不機嫌、それもあからさまに苛々いらいらしている。彼が「それ」に焦った時も、彼の顔をじっと見ただけで、その先はずっと黙っていた。叔父さんは甥の態度に苦笑いして、正面の景色にまた意識を戻した。「ごめんな、シュー。その代わりに今年も」

 

 少年こと、外村そとむら秀一しゅういちは、その言葉にも苛立いらだった。言葉の内容は優しいが、それでもやはり嬉しくない。叔父が自分に気を使っても、それで自分の夏休みが返って来る訳ではないのだ。あのキンキンに冷えた、自分の部屋が帰って来る訳でも。自分の失われた夏休み、その楽しい日々が帰って来る訳ではないのだ。


 だからこそ、叔父の言葉にも苛立ってしまう。自分の横に座って、それを叱る母親にも苛立ってしまう。「どいつもこいつも、自分勝手な連中だ」と、そう内心で思ってしまった。秀一は叔父の気遣いは勿論、母親の怒声を聞いても尚、それを省みる所か、その言葉を全く無視して、外の景色をただぼうっと眺め続けた。

 

 外の景色が変わったのは、それから三十分程経った時だった。秀一は母の言葉を渋々聞いて、車の外にゆっくりと出た。車の外は、とても熱かった。「冷房のいた車内」とは違って、外気の熱がとんでもなく熱い。そこに立っているだけで、身体中の汗が噴き出て来る。おまけに蝉の声も五月蠅い。そこら中から「ミンミン」、或いは、「ジージー」の声が聞えて来る。


 秀一はそれらの声にもウンザリしたが、叔父さんの家(厳密には、母親の実家)に目をやった時も、そこから飛び出して来た少女に「うわぁ」とガッカリしてしまった。「

 

 始まる、それも毎年恒例の地獄が。その慌ただしい足音と重なって、自分の前に飛び込んで来たのである。秀一は自分よりも三つ年下の、小学二年生の従妹に「勘弁して」と思ったが……それも一瞬の思考に終わってしまった。彼が内心でそう思った瞬間、その可愛い従妹が「シュー兄ちゃん!」と叫んで、自分の所に走り寄って来たからである。


 少女は秀一の気持ちに気付かないまま、家の中に彼を引っ張り、周りの大人達にも「シューちゃんが来た!」と言って、自分の部屋に彼を連れて行ってしまった。「えへへ」

 

 その最後に音符が見えるのは、彼女の従兄である秀一だけだろう。事実、今も頭の上から音符が出ているし。ご機嫌な事この上ない。少女は彼の荷物を引っがすと、床の上に彼を座らせて、彼に「ねぇ、おみやげは? おみやげは、ある!」と言い始めた。「シューちゃんのところは、おいしい物がいっぱいあるんでしょう?」

 

 秀一は、その言葉に溜め息をついた。それも毎年恒例の言葉、彼女が自分に言う最初の言葉である。「何か美味しい物はあるか?」と、そういつも求めて来るのだが……。それに一々応えられる程、秀一も気がく訳ではない。最初の頃こそ彼女にお菓子や絵本を持って来たが、それも段々と嫌になって、彼女が町の小学校に上がった頃にはもう、そこら辺の駄菓子屋やコンビニなどで買った飴玉くらいしか上げなくなっていた。秀一は鞄の中から飴玉を出して、彼女にそれを手渡した。「はい、これ」

 

 少女は、その言葉を無視した。それ自体は聞いていたが、その意識がもう飴玉の方に向いていたからである。彼女はたった二十円の飴玉、それも甘ったるい飴玉に「うわぁい!」と喜んだ。「ありがとう、シューちゃん!」

 

 秀一は、その言葉に照れた。照れた上に俯いた。気持ちの方はまだ苛立っていたが、女の子に喜ばれるのはやはり嬉しい。少女は「自分よりも年下だ」とは言え、その顔立ちはかなり可愛かった。彼女と同い年の少年が見れば、その笑顔に思わず見惚れてしまう程に。


 彼女は幼さの中に可愛さを、可愛さの中に美しさを持つ美少女だった。そんな美少女に「ありがとう!」と言われれば、自分の方が例え年上であってもやはり照れる。正直、顔の火照りを抑えるのに必死だった。秀一は「彼女への照れ隠し」として、その顔から視線を逸らしてしまった。


「そ、そう。なら」


「ねぇ!」


「な、なに?」


「今年も、いっぱい泊まるんでしょう? あたしの家に」


「ああうん、いつもと同じくらいには」


 少女は、その言葉に喜んだ。それも、只喜んだだけではなく。床の上から飛び上がって、彼等の周りをぐるりと回り始めた。彼女は秀一の周りを暫く走り回ったが、彼が彼女に「五月蠅い!」と叫ぶと、彼の身体に飛び付いて、その身体をギュッと抱き締めた。「本当? やったぁ!」


 秀一はまた、彼女の言葉に赤くなった。今度は、身体中が熱くなる程に。秀一は自分の身体から少女を離した後も尚、恥ずかしげな顔で身体の熱を感じ続けた。「分かった、分かったから! もう」


 止めて欲しい。そう思った瞬間に母親の声が聞えて来た。どうやら、「家の皆に挨拶するから」との事らしい。彼がそれに「分かった」と応えた時にはもう、母親が部屋の扉を開けていた。


 母親は少女の頭を「よしよし」と撫でたが、秀一の方は「全くもう」と殴り、少女に「睦子ちゃんもいらっしゃい。お土産、沢山有るから」と言って、家の居間に二人を連れて行った。

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