第6話 廃墟に住むモノ (※主人公、一人称)

 僕はバスの時刻表を調べて、廃墟近くのバス停に向かった。バス停の周りは、暗かった。道路の照明がぽつんとあるだけで、それ以外の明かりは殆ど見られない。全てが夜の空気に溶け込んでいた。僕達がこれから向かう廃墟も、そんな闇夜に紛れているのだろう。今の風景から察する限りは、そう考えるのも決して難しくはなかった。


 事実、暗闇の中に紛れていたし。「廃墟の出入り口」と思われる鉄扉もまた、事前の情報通りに閉ざされていた。僕は鉄扉の前に狼牙を立たせようとしたが、狼牙が僕に「今回は、俺も一緒に行った方が良い」、それに続いたお華ちゃんも「私も、彼の意見に賛成だわ」と言った事で、今回は「三人で入ろう」と決めた。「そうすれば、事件の真相にも辿り着ける」

 

 狼牙は、その言葉に頷いた。お華ちゃんも、それに頷いた。二人は各々に目の前の鉄扉をよじ上るか、それを飛び越えるかして、鉄扉の向こう側に移った。僕も鉄扉の柱を活かして、その向こう側に移った。


 僕は、鉄扉の向こう側を見渡した。鉄扉の向こう側には当然、廃墟の敷地が広がっている。敷地の中には様々な物が捨てられ、その通路と思わしき道にも雑草が生えていたが、雑草の一部が刈られていた事と、ゴミの一部が綺麗に纏められていた事、窓のガラスに段ボールらしき物が貼られている事がどうも不自然で、左右の二人に意識を戻した時は勿論、その顔を交互に見合った時も、その違和感だけがどうしても残ってしまった。

 

 僕は、目の前の光景に疑問を抱いた。「此処は多分、普通の廃墟ではない」と言う疑問を、無言の内に感じてしまったのである。ここがもし、(僕の感覚で言う)普通の廃墟だったら? こんな光景はまず、有り得ない。ましてや、人の手が加えられた跡など絶対に有り得ない事だった。僕は自分の仲間達に目配せして、その意識に注意を促した。


「二人共、気を付けて。この廃墟は、多分」


 それに応える狼牙もまた、僕と同じ気持ちだったらしい。狼牙はお華ちゃんの「分かっているわ」を聞き流して、自分の周りをまた見渡した。彼の周りには変わらず、最初の風景が広がっている。「何か普通じゃない、が居るんだろう? 俺の勘が間違いでなきゃ」

 

 僕は、その言葉に目を細めた。それは、僕にも「気を付けろ」と言う合図である。ここから先は、未知の領域。「霊能者の僕が負けるかも知れない所だ」と、そう暗に伝えてくれたのだ。その証拠として、狼牙が僕達の先頭を歩き始めたし。彼は自分の周りを何度も眺めながらも、真面目な態度で後ろの僕達に安全な道を教え始めた。

 

 僕達は、その指示に従った。お華ちゃんの方は「それ」とは違う気配、「悪霊」のそれとは違う気配を感じていた様だけど。僕達は気配の正体を探りながらも、真剣な顔で廃墟の中に入った。廃墟の中は、想像通りに暗かった。昔は使われていただろう建物の照明がすべて消えていた所為で、僕が自分の家から持って来た懐中電灯を使わなければ、数メートル先の道さえ見えないような状態だった。


 僕達は懐中電灯の明かりに加え、建物の中から感じられる僅かな気配を追って、その表面が何故か掃かれている通路を歩き続けた。僕は、通路の様子に違和感を覚えた。この違和感は、。「廃墟の通路が何故、掃除されているか?」と言う違和感である。「これはどう見ても、人の手が加えられている」と、そんな違和感を覚えてしまった。僕は廃墟の様子に目を細めて、自分の顎を摘まんだ。「おかしい」

 

 それに頷いたお華ちゃんも、通路の奥をじっと睨んでいる。彼女は通路の奥に何かを感じているのか、僕よりも険しい顔で通路の奥から視線を逸らした。


「確かにね、この雰囲気はどうも。只」


「お華ちゃん?」


「御免なさい。これはきっと、私の勘違いだから。別に」


「気にするよ?」


「え?」


「お華ちゃんは、僕よりも神様に近いんだから。人間の僕では気付けない事でも、お華ちゃんになら気付ける事だって」


「そ、そうね! 確かにそうだわ。貴方には気付けない事でも、私なら気付けるかも知れない。その意味では、貴方にこれを話すのも」


「何を感じたの?」


 その答えは、中々返って来なかった。お華ちゃんは何やら戸惑って、僕の顔を恐る恐る見た。



妖気ようき? 霊気じゃなくて、妖気? あやかしの類が放つ?」


「そう。でも、この妖は違う。妖よりも」


 彼女がそう言い掛けた瞬間だ。狼牙が、後ろの僕達に向かって「止まれ!」と叫んだ。狼牙は、通路の奥を「う、ううう」と睨み始めた。「あの奥に何か居る」


 僕は、その言葉に目を見開いた。お華ちゃんも、それに瞬いた。僕達は各々に戦いの準備を整えて、狼牙の見詰める先に目をやった。狼牙の見詰める先には、三人の少年。それも、僕と同年代くらいの男子達が立っている。


 彼等は僕等の登場に驚いているのか、最初は互いに何かを話していただけだったが、その手に持っていた箒を放り投げて、僕達の方に走り始めた。だが、そんな時に聞えた声が一つ。彼等の事を呼び止める声が、廃墟の中に響き渡った。彼等はその声に怯える余り、通路の真ん中辺りで立ち止まってしまった「ヒィイイイ!」

 

 僕は、その悲鳴に眉を寄せた。その悲鳴は、只の悲鳴ではない。「恐怖」と「後悔」の混じった悲鳴だ。自分達の行いを悔やむ悲鳴、「あんな事をしなければ良かった」と言う悲鳴である。そんな悲鳴をもし、自分の目の前で聞いてしまったら? ある種の同情を抱いてしまうだろう。彼等のを許す訳ではなくても、それに仏心を起こしてしまうだろう。先程の声に「駄目」と止められなければ、彼等の前に手を差し伸べていたかも知れない。

 

 僕は声の方に明かりを向けて、その正体をじっと確かめた。声の正体は、少女だった。それも、僕と同い年くらいの少女。少女は死装束らしき物を着ていたが、僕も含めた面々が「自分の敵ではない」と分かった瞬間、今の死装束を取り払って、本来の彼女と思わしき姿に戻った。


 「お洒落な着物を着た美少女」としか言い様のない姿に。彼女は今風と古風とを併せ持った、そんな感じの美少女だった。僕は彼女の姿に思わず見惚れてしまったが、お華ちゃんに自分の脇腹を抓られた所為で、その感覚を直ぐに忘れてしまった。


「ちょっ! なに?」


「何でもない! 私が只、気に入らなかっただけ」


「そんなぁああ」


 それはちょっと、理不尽な気がする。可愛い女の子に胸が躍っただけで、自分の横腹を摘ままれるのは。その痛みよりも、理不尽の方を感じてしまった。


 僕はお華ちゃんの攻撃に文句を言おうとしたが、仲間の狼牙にも「今のは、お前が悪い」と言われてしまったので、不本意ながらもお華ちゃんに謝り、目の前の少女にまた視線を戻した。目の前の少女は、僕達のり取りに「クスクス」と笑っている。


「あ、あの?」


「なに?」


「変な事を聞くけど? 君はその、妖?」


「そうとも、言えるかな? でも、本当は違う。あたしは、神様と妖のハーフなの」


「ハーフ? 成程、だから」


「うん?」


「いや、何でもない。それよりも」


「なに?」


「君の名前は?」


「アヤメ」


「アヤメさん?」


「そう、神と妖の間にある存在。

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