第5話 霊能少年(※主人公、一人称)

 甘味処かんみどころ餡蜜あんみつ屋。此処は、僕の好きな店である。店の雰囲気は「お洒落」と言うよりは地味な感じだが、黒塗りの柱や漆喰の壁、檜の匂いが漂うテーブルは、僕の趣味と凄く合っていた。僕がこの店で一番に好きな物、店のオススメである善哉ぜんざいも凄く美味しいし。落ち着いた中で相談者の話をくには、持ってこいの店だった。


 僕は自分の真向かいに相談者を、テーブルの上には(店の人には勿論、許可を貰った)お華ちゃんを、店の外には狼牙を立たせて、店員の女性に「二人分の善哉」を頼んだ。「飲み物は、焙じ茶でお願いします」

 

 女性は、その言葉に微笑んだ。「それが営業上の笑顔だ」と分かっていても、その言葉に「クスッ」と笑った顔はやっぱり美しい。彼女が店の厨房に戻った時も、その余韻らしき物に酔い痴れてしまった。僕は彼女の背中から視線を逸らして、正面の依頼者にまた向き直った。相談者は、僕よりも一つ上の男子高校生。彼は知り合いの伝手を使って、霊能者の僕に除霊を頼んだ。「彼の後輩に取り憑いた」と言う、幽霊の除霊を。


 彼は僕の選んだ店に来たが、お華ちゃんの事が余程に怖かったらしく、暫くは彼女の存在に震えていたけれど、彼女が彼の緊張を解いたお陰で、いつもの感覚を取り戻し、自分の前に善哉が運ばれて来た時にはもう、冷静な顔で僕の目を見始めていた。僕は、彼から事のあらましを聴いた。


「廃墟の中に入るのは、どう考えても危険です。霊的な意味は勿論、法的な意味でも。彼等は」


「分かっている、本当に馬鹿な奴等だよ。奴等に廃墟の事を教えた俺が言うのも何だが、それにしたって! 彼奴等は、正真正銘の馬鹿だ」


「彼以外の人はまだ、見付かっていないんですか?」


 彼は、その質問に押し黙った。質問の内容に押し潰される様に。彼は事件の責任と彼等の安否が気になるのか、お華ちゃんが彼の心を宥めても、その質問に中々答えようとしなかった。


「……まだ、見付かっていない。彼奴等が廃墟の中に入ってから、ずっと。彼奴等は、自分の家に帰っていないんだ。今、こうしている間もきっと」


「彼等のご両親は?」


「動いたよ、勿論。これは、流石に異常だからな。事件の張本人を問い詰めて、警察に子供の捜索願を出したらしい」


「捜査の進展は?」


 その質問にまたも黙る、相談者。彼は自分の焙じ茶を飲んで、何度か深呼吸を繰り返した。


「進んでいない。彼奴の話に基づいて、警察もあの廃墟に行ったらしいが。廃墟の中には、何も無かったらしい。彼奴が『見た』と言う幽霊も、その幽霊に襲われた仲間達も。警察の話を信じるなら、様だ」


 僕は、その話に眉を寄せた。話の内容は、予想通り。霊能者ではない人間が調べれば、大概がそうなる。通常の手順で行う、通常の捜索しかしない。僕の様な霊能力を使って、その真実を暴こうとはしないのだ。あるいは仮に「暴こう」としても、事件の黒幕に「それ」を阻まれてしまう。その意味では、警察の捜査が行き詰まるのも当然だった。

 

 僕は自分のほうじ茶を飲んで、相談者の顔に視線を戻した。相談者の顔は、自分の言葉に青くなっている。


「そうですか。でも、それは」


「な、何だよ?」


「幻に過ぎません。幽霊が警察の人達に見せた幻想、人間の認知を曲げる幻です。幽霊にそれを使われたら、普通の人にはまず分かりません。彼の仲間達が、廃墟の中に居るのかも。普通の人には、只の廃墟にしか見えないんです」


「そんな! それじゃ、彼奴等はずっと」


「恐らくは、捕らわれたままです。幽霊が気紛れでも起こさない限り、廃墟の中をずっと」


「頼む!」


 相談者は、目の前の僕に頭を下げた。それを聞いていたさっきの女性が、思わず驚いてしまう程に。彼は金髪の頭を揺らして、僕に彼等の救出を願い続けた。「あんな奴等だが。俺にとっては、大事な後輩だ。馬鹿で間抜けな俺の後輩」


 僕は、その言葉に頷いた。それを見ていたお華ちゃんは何処か、不満げな様子だったけれど。相手が必死の思いで頼んでいるのなら、それを無視する訳には行かない。その言葉にもまた、「分かりました」と頷くべきである。


 僕は相手の興奮をなだめて、彼から廃墟の場所を訊いた。廃墟の場所は、町の県道をずっと進んだ先。それ以外の建物は殆ど無い、とても寂しい場所にあった。そこから最も近いコンビニへ行くにも、車を使って十分以上掛かる。また唯一の公共機関らしい路線バスも、二時間に一本くらいの本数だった。


「本当に辺鄙へんぴな所ですね。そこに県道が通っていなければ」


「多分、通らないだろうな。俺も多分、そんな所は通らない。余程の急用でも出来ない限りは」


 彼は、テーブルの上に目を落とした。テーブルの上には、彼の善哉が置かれている。


「なあ?」


「はい?」


「俺は、邪魔か?」


「そう言う問題じゃありません。その廃墟は、本当に危険です。事前に何らかの情報がある相手なら別ですが。今回の場合は、違う。そこには、きっと……兎に角! 普通の人を連れて行く訳には行きません」


「……そうか、ごめん。それじゃ!」


 彼はまた、霊能者の僕に頭を下げた。そうする事で、自分の罪悪感と向き合う様に。「宜しく頼みます」


 僕は、その言葉に微笑んだ。そうする事で、彼の不安を和らげる様に。「任せて下さい。ここから先は」


 僕の仕事ですから。貴方は何も、不安がる事はありません。自分をそんなに責める事も、だから……。


「此処の善哉」


「え?」


「とても美味しいんです。食べなきゃ損だ」


 相談者は「それ」に戸惑ったが、やがて自分の善哉を食べ始めた。善哉の味をゆっくりと確かめる様に。


「本当だ、凄ぇ美味い」


 彼は何処か、嬉しそうに笑った。


 ……僕が件の廃墟に行ったのは、彼の笑顔を見た翌日の事だった。

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