正方形の視界

ときの

赤い髪の狩人が拾ったもの

 赤。


 みな、彼のことを言うとき、その色を口にする。

 けれどもあの人の持つ色は、そんな一言では言い表せないと、僕は思う。


 思えば僕はきっと最初から、あの色に囚われていた。



 ***



 ──休眠モードから、なにかの気配の接近に意識が浮上する。

 やはり相当ダメージが大きかったんだろう、視界が悪い。

 通常の1割にも満たない極小の視界は、うまく周辺を捉えられない。


 いま、なにが見えてる?

 いま、どういう状況だったっけ。


 ……おなか、痛い……。


 身体が動かせない。力も入らない。

 なにがあったのかわからない。

 ただ、何かが近付く気配を感じて意識が戻っただけらしい。制限状態は解除されていなかった。


 正方形に切り取られた視界に映ったのは、赤。


 木洩れ日を火の粉のように纏い、燃えるように揺らめく髪。

 深く輝く、鳩の血色のそれは、……瞳。


 狭い視界が、断片的に形を認識していく。

 そしてやっと、僕は理解した。


 ……すごく、きれいだ。


 よく見えていない目を見開いた。


 なんて綺麗な、色。

 なんて綺麗な、人。


 魅惑的で攻撃的なその色に反して涼やかな目許に、ふわりと柔らかな色を乗せ、僕の様子に少しだけ驚きながら、彼は微笑んだ。


 警戒されてない、のかな。

 ケモノの出る危険な森の中に、僕みたいな子供がいるのはあまりにも不自然だから、普通の人なら近付いてはこないはず。

 でも彼は。



 ……たすけて、もらえない、かな……。



 おなかいたい。

 怖い。

 寂しい。


 すごく……痛い。


「あの……、すみません」


 きっと変に思われてる。

 でも、どうか……


 ──願いが、あまり意図しないかたちの言葉になってこぼれた。


「あの……、大変申し訳ないんですが……、僕を拾ってもらえませんか」


 こんな時でさえ、まるで何でもないことを装い、冗談めかして。

 如何にもお気楽に、呑気な様子で。

 戸惑う彼と、二言三言言葉を交わす。


 朦朧としたままの意識で紡ぐ言葉は、自分でもなんて言っているのかよくわからない。けど。

 それでもどうやら、普段のお気楽な僕を装うことには成功してたらしい。


 僕は、彼の小脇に抱えられた。

 まるで小荷物みたいに。そうすることが、さも当然のように。

 そうして、彼に訊ねられる。


「君はなんていう名前なの?」

「荷物みたいにあつかわないでください……。名前はレギです」

「レギ。私はカガリだ」


 静かに笑う、カガリさんの穏やかな声。

 そうして歩みに揺られているうちに、安全が確認されたという脳内メッセージが現れ、再び休眠モードが始動した。


 彼の腕から感じる温かさ。


 もう、さみしくない。

 相変わらずおなかは痛いけど、きっとすぐに治まる。

 メッセージとも違う何かが、頭の中で呟いた。


 ──ひとりでいなくていいの


 ズルリと思考速度が落ちていく。

 先に視界が落ち、周辺の音だけが耳に入ってくる。これも程なく途切れるはず。


 寝ちゃったのか、と独り言が聞こえた。


「安心しておやすみ、レギ」

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正方形の視界 ときの @TokinoEi

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