〈後編〉

 その謎は数日後にとけた。二学期の終業式の日の晩だった。その日のライブが終わったライブハウスでお客さんの中に涼君の姿を見つけた。向こうは気付いてない。すごく意外だった。涼君とライブハウスというのが結びつかなさ過ぎて。意外過ぎて声もかけられなかった。

 でも深い紺色のハイネックのセーターを着た横顔は、教室で見慣れた涼君に間違いない。その日の出演者はシュウコ・ウイズT。ギタリストでもある女性ボーカルとキーボードの若い男性という二人組だった。一緒にバイトに入っていた大学生からシュウコ・ウイズTは姉弟だと聞いていた。弟の方は若い女の子の間でカワイイと評判だとか。シュウコはしっとりとした大人の曲を歌う歌手。そう言えばクッキーの歌は、彼らの持ち歌だ。前回彼らのライブがあった日、私の仕事は後片付けだけで、お客さんに直接、接する事はなかったっけ。



 私は次の彼らのライブの日を確認した。四日後の二十八日にその年のラストライブで出演する。私は心の中のカレンダーにしっかりとチェックした。学校は冬休みに入っているので隣の席の涼君に確認する事もできない。次にライブハウスで会ったら声をかけようか、かけまいか迷っていた。もしかしたらそっとしておいた方がいいのかも。あまり高校生が夜、ライブハウスに行くべきではないのかもしれないし。私だって、叔父さんが商店街会の会長でなければ、ママはきっとバイトを許可しなかった。



 そして四日後はあっという間にやってきた。今日はシュウコ・ウイズTの今年最後のライブがある日。朝から小雪の舞う寒い日だ。

 夜が近付き、雪はますます降り注ぐスピードを増していた。普段は雪も珍しい地域だけに、まるで異国のような雰囲気が漂う寒い夜だった。かじかんだ指で整理券を配る私は、向こうに襟の高いコート姿の涼君を見つけた。無理してでも大人っぽく見せているようなファッション。

 涼君は受付にいる店長に薔薇の花を託していた。それは真紅の薔薇でポスターに映るシュウコさんのイメージに合っていた。整理券を配る人の顔も見ていない涼君は私には気付いてなかった。

 ドリンクの注文を受ける別のバイトの子がいて、お客さんに持って行くのが私だった。涼君にウーロンティーを渡してもまさかそこにクラスメートがいるとは思ってもいないので、全く気が付かない。バイトの事は学校に届けを出すのも面倒だし、親戚のつてで始めているため内緒にしていた。だから隣の席のよしみでも話した事はなかった。   



 シュウコ・ウイズTのファンは大人が多く、女性が半数以上を占めていた。中にはカップルの姿も見えた。でも外で見かけるハジけた感じの騒がしいカップルではなく、夫婦のような落ち着いた、心の通じた感じの大人のカップルだ。私はそんなカップル達を見て、以前元カレと付き合っていた時、花火大会で隣に座った事を思い出していた。


 やがて店内は暗くなり、天井から吊るされた蛍光紙や銀紙で作られた星が微かに光る。外の冷気はここには届かない。現れたシュウコさんはステージの中央にギターを持って静かに座る。私はステージの裾から、あらためてシュウコさんを観察した。二十代後半なのか三十代なのか分からない。ソバカスが鼻の辺りに散らばっている白く細い顔。頬の微かな皺のために美しい顔に親しみやすさとほんの少しの哀しさが混ざっているように見えた。年齢によらず少女のようにさえ見えるふんわりとした不思議な雰囲気。左の薬指にはシルバーのリングが見えている。リングにはピンクやブルーの小さな星のような石がいくつか付いていた。シュウコさんはシャイな笑顔で挨拶する。


 魂に響くようなキーボードの深い音がして、シュウコさんの透明でいて少しハスキーな声が周りの空気を震わす。


――きみは心のすみにいてさびしい僕をなぐさめたり困らせたり――


 私はステージの裾から、シュウコさんを見つめる涼君を見た。前から二番目に座っている彼の眼。潤んで見えたその眼から一粒、雫が落ちた。そこにいつもの涼君はいない。平穏な涼君は。それは憧れの歌手を見つめる少年というより熱烈に恋をしている眼だった。


 好きなんだな、本気で……。まさかの瞳のカミングアウト。黄色信号でも横断歩道を渡らないと言っていた彼は、どんな気持ちで真紅の薔薇を抱えてきたのだろう。好きな人を追って高校に入ったと噂される私を他のクラスメートみたいに白けた目で見なかった理由も今、分かった。


 私は涼君の瞳を見ながら考えていた。これまでの穏やかで平穏な彼と今見ている彼と、どちらが本物の涼君なんだろうか、と。そして憧れの歌手に抱く思いも恋と言えるのかな、と。そんな時、いつかの涼君の言葉が耳元にこだました。


――虹に本物も偽物もないんじゃない?――



***


 あれから年月が経ち、今では古びた赤いボールペンをたまに日光にかざしてみる。すると思い出すのは模範生に見えた友達の秘密の片想いの事や自分の凸凹デコボコの青春時代。大人になり、新星は簡単に見つからない事も知った。


 それでも微かに机に映る虹の七色を見て心を満たす。



〈Fin〉

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模範生 秋色 @autumn-hue

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