下駄箱のどんぐり

花 千世子

下駄箱のどんぐり

 下駄箱を開けると、大量のどんぐりが入っていた。

 どんぐりは、これでもかと詰め込まれている。

 犯人はわかっている。


 私がどんぐりをぼんやりと眺めていると、近くで声がした。

「そのどんぐり、中に虫入ってるんじゃねえのー! きっも!」

 クラスの男子・天城碧あまぎあおいが大声で言って笑いだす。

 その声はたちまち昇降口中に響き、タイミング良く登校してきた紗代さよちゃんが気づいた。

 紗代ちゃんは、状況を一瞬で把握したらしく、天城をにらみつける。

 さすが長年、私の親友をやっているだけはあるなあ。

 感心していると、紗代ちゃんが天城に向ってこう言う。

「天城! あんたまたひめをイジメてるの?! こんなことして恥ずかしくないの?!」

 すると、いつの間にか集まってきたクラスの女子が、天城をぐるりと取り囲む。

「そうよ、そうよ」「中学生にもなって何やってんの?」「くだらないことしてるんじゃないわよ」

 女子たちの攻撃に、天城は一目散に逃げだす。

 私はその光景を見て、目を伏せた。

 すると、紗代ちゃんがポンと優しく私の肩を叩く。

「姫、気にしないほうがいいよ」

「うん。ありがとう」

 私はそう答えて、ぎこちなく笑う。

 かばってくれた女子たちは、ホッとしたように私を見ていた。

 どんぐりはきちんと掃除して片付けて、教室うへ向かう。

 小さくため息を一つ。

 もし、私が自分の気持ちを紗代ちゃんや、クラスの女子が知ったらどう思われるんだろう。 

 絶対に変に思われるよね……。


 私をイジメてくる天城のことが、本当は好きだなんて。

 


 天城が、どんぐりを大量に私の下駄箱に入れたのは、昨日の会話を聞いたからだろう。

 教室で休み時間に、私が紗代ちゃんに、『今朝、洗面所にGが出てねー。朝から叫んで逃げ回っちゃって。あーもうGも虫も本当に苦手ー』と話した。

 それを天城は聞いていて、こんなに大量のどんぐりを入れたんだ。

 いつもそうだ。


 天城は、小五で同じクラスになって以来、私をイジメることを日課としている。

 イジメると言ってもからってきたり、さっきみたいに下駄箱に物を入れてきたりするだけ。

 でも、最初の頃はそれがすごく嫌だった。

 天城って結構、整った顔だから「ちょっとカッコいいかも」と五年生の始業式の時に思ったのにイジメっこだったなんて。

 小五から天城は毎日、毎日、飽きずに私をからかい、時には下駄箱に変な物入れたり、ノートに謎の落書きをされたりもした。

 中学一年生になった今も、このイジメのようなものは続いている。

 だけど、最近、私は天城にイジメられているとは思わなくなった。

 

「今日の髪型、変なのー!」

 廊下を歩いていたら、天城が大声で言ってニヤニヤと笑う。

 私はすぐにトイレに駆け込み、洗面所の鏡で髪型を確認。

 ポニーテールが思い切り曲がっていた。

 天城が教えてくれなければ、このまま一日を過ごすところだった。

 私は、ポニーテールを直し終えて思う。

 天城しか、私に本音を言ってくれない。  

 それは、紗代や周囲の女子が悪いんじゃない。

「姫ちゃんは天城にイジメられている。 だから姫ちゃんには優しくしてあげよう」

 クラスの女子からは、そんな思いやりが伝わってくる。

 そこから天城はイジメっこで、私はイジメられている可哀そうな人、という図式ができあがっていた。

 だから紗代ちゃんも周囲の女子も、私に異様に気をつかうのだ。 


金泉姫かねいずみひめって名前のくせに一般庶民がきたよー」

 私が教室に戻ると、天城がそう言ってからってくる。

「ちょっと! そういう言い方ないんじゃない?!」

 紗代ちゃんがすかさず天城に言い返す。

 私、まごうことなき一般庶民だから。

 天城と視線が合い、思わず私は窓の外に目を向けてしまう。

 窓の外では燃えるような色のカエデの木の葉が揺れている。

 天城を好きになって、もう一年が経つのか。


 

「秋って寂しいよね。紅葉の葉を見てると、なんか涙出そうになる」

 去年の秋にある日、私は紗代ちゃんにそんな話をした。

 その話をした放課後。

 私は一人で図書館へ寄ってから家に帰った。

 図書館の近くには、紅葉した木々が多くてきれいだから、そこを通ることにした。

 歩いていたら、すぐ隣の小さな公園に見覚えのある横顔が見えた。

 天城だった。

 慌てて木の後ろに隠れて、天城に見つかっていないか確かめる。

 彼は、何かを拾うのに夢中でこちらに気づいていない。

「おお、これきれいだな」

 そんなことを一人で呟きながら、落ち葉を袋に入れていく。

 何やってるんだろう。

 そう思ったけれど、あんな奴が何をしようが関係ない。

 私がその場を立ち去ろうとした時。

「あ、これいい形!」

 天城は一人で言うと、やさしく笑った。

 ああ、天城もあんなふうに笑うんだ。

 私には意地悪な笑顔しか見せないくせに。

 なんだか複雑な気持ちになった。


 次の日、下駄箱を開けたら、中から大量の落ち葉が出てきた。

「なにこれ!?」

 驚く私に、そばにいたらしい天城はニヤニヤしながら言う。

「落ち葉見ると泣けるんだろ? 泣いてみろよー!」

 いつもはうざい天城のからかいも、下駄箱の中の大量の葉も、その時は違って見えた。

 落ち葉はすべてきれいな赤や黄色の葉で、すごくきれいだった。

 公園で見た天城の優しい笑顔を思い出す。

 これを私のために拾ってくれていたんだ。

 

 それ以来、私は天城にからかわれても、下駄箱に何かを入れられても、ショックを受けなくなった。

 むしろ、今日は何を言われるのか。

 下駄箱に何か入っているのか。

 そう考えると、学校に行くのが憂鬱だったのに、楽しくなってくる。

「私、泳げないから海とか怖いんだよね」と話した数日後。

 下駄箱にはたくさんの貝殻があったっけ。

 色々な種類の貝殻は、どれもきれいなものばかりで。

 一生懸命、それを集める天城を想像すると、なんだかおかしくて。

 海が怖いとは言ったけれど、貝殻は好きだから、ちょっとしたプレゼントみたいだった。

 天城が私にちょっかいをかけてくるたびに、私は彼をどんどん好きになってしまう。


「ねえ、姫さあ」

 お昼休みにお弁当を食べていると、向かい側でサンドイッチを食べていた紗代ちゃんが口を開く。

「んー? なに?」

「好きな人って、いる?」

 ぶはっ、とイチゴミルクを吹きだしそうになった。

「ななななななななななな、なにを急に?」

 心臓がバクバクしたままそう聞いてみると、紗代ちゃんが笑い出す。

「姫、わかりやすいなー! 好きな人いるんだ!」

 紗代ちゃんの声に教室中を見渡す。

 よし、天城はいない。

「ねーねー、好きな人って誰?」

 声のトーンを落として紗代ちゃんが聞いてきた。

「え」

「もしかしてうちのクラス?」

 直後に紗代ちゃんが「なわけないかー」と一人でうなずく。

「別のクラスにいる? 二組とか?」

 紗代ちゃんの言葉に、私は首をかしげる。

 天城だとは言えない。

 だから「まあ、うん、そうかもね」と曖昧に返事をしておいた。

 紗代ちゃんはニコニコしながら言う。

「名前教えてーとか言えないなあ。私は今好きな人いないからなあ」

 いないんかい!

 でも中学一年生にもなれば恋バナもしたいよね。

 本当は紗代ちゃんと恋バナしたいんだけどなあ。

 相手が天城じゃあ言えないよ……。

 ドン引きされちゃうよ。

 そんなことを考えていると、教室のドアがガラッと空いた。

 天城が教室に戻ってくる。

 私と目が合うと、天城は大きな声で言う。

「お前のかーちゃん、若すぎる!」

 ……ええ、うちの母は童顔ですよ!

 娘としては結構誇らしいことですがなにか。

「姫のお母さんは、二十九才なんだから若いに決まってるでしょ!」

 紗代ちゃんがそうかばってくれる。

 うちのお母さん、三十九才なんだけどね?

 十歳も若く見えるんだね。なんかありがとうね。


 異変が起こったのは、次の日だった。

 朝から下駄箱には、何も入っていない。

 当然だ。

 いつも天城が何かを入れてくるわけではない。

 彼も暇なわけじゃない。

 中学に入ってから、下駄箱に変なもの、もといプレゼントが入っていることは減った。

 教室に入ると、部活を終えてジャージ姿の天城と目が合う。

 今日はふい、と彼から視線をそらされる。

 私が席についてカバンを開け、教科書やノートを机にしまう。

 時間割の確認。

 あれ、おかしいぞ。

 天城がからかってこない。

 いつも挨拶みたいに、教室に入ればからかってくるのに。

 イジメっこみたいなのは口調だけで、私が傷つかない発言ばっかり。

 でも、今日はそれがない。

     

「おかしい」

 私は放課後に教室を出る時に、思わずそう呟いた。

 だって、今日は天城に一切からかわれなかった。

 それどころか、無視される。

 あからさまに避けられている。

 え、なにこれ。

 本当にイジメられている?

 いや、別に関わってきていないからイジメられているわけじゃないんだけれど。

 でも急になんで?

 私はそこで深呼吸をする。

 こんな日もあるよね。

 今日は天城の調子が悪いとか、疲れてるとか、そういうことだよ。

 明日には元に戻ってるでしょ。


 だけど、次の日も、その次の日も天城は私を無視した。

 からかってくることも、下駄箱に何かを入れてくることもない。

「なーんか天城、姫に何も言ってこなくなったね」

 金曜日の放課後。

 紗代ちゃんと廊下を歩いていると、彼女はそう言って笑う。

「うん。そうだね」

「よかったー。天城もちゃんと言えばわかってくれるんだね」

「そうだね……」

 私はそこでハッとする。

「『ちゃんと言えばわかってくれるんだね』ってどういう意味?」 

 私がそう聞くと、紗代ちゃんはちょっと怒ったように答える。

「天城のイジメさー、しつこいからさあ、私、言ってたやったの」

「なんて?」

「『姫ちゃんはちゃんと好きな人がいて、もう大人なんだから天城も子どもっぽいことやめなさいよ!』って言ってやったの」

 紗代ちゃんはそこで付け加える。

「あ、もちろん放課後に校舎裏に呼び出してやったから、話を聞いているのは天城しかいなかったから大丈夫!」

 紗代ちゃんはにっこり笑って親指をビッと上げる。

「それ、いつのこと?」

「月曜日の放課後だったかなー」

 その次の日から天城のからかいはぴたりとなくなった。

 紗代ちゃんが言えばやめるんだね。

 そんな嫉妬心が顔をだしてしまうけれど。

 ふと気づく。

 私は天城に一度も「やめて」と言っていない。

 最初は怖くて何も言い返せなくて。

 天城を好きになってからは、そもそもどう反応していいのかわからなかった。

 だけど、ただ黙っていたらダメなんだ。

 下駄箱から、床に何かが落ちる。

 掃除し忘れたどんぐりが一つ、下駄箱の奥から出てきたのだ。

 私はそれを拾い上げる。

 来週も、このまま天城に無視をされるようなら、私にだって考えがある。

 

「おわっ! なんだこれ!」

 下駄箱を開けた天城が驚いていた。

 私は隠れてその姿を見て、にやりと笑う。

 月曜日、私は朝早くに来て天城の下駄箱に大量のどんぐりを入れてやった。

 週末に一生懸命に集めたどんぐり攻撃。

 ちなみに穴が開いていない、きれいな形や色のものばかりを集めた。

 結構、大変だったなあ。

 天城が、隠れている私を見つけてくる。

 こっちを見ると、無視して廊下を走って行ってしまった。

 その日も、天城は一言も私と口をきかなかった。

 目を合わせることもなかった。

 だけど、私はめげない。

 次の日は、丸くてきれいな石を下駄箱に大量に入れたし、その次の日はちょうどいい感じの木の棒を天城の下駄箱に入れた。

 どれも天城が過去に私の下駄箱に入れてきたものばかりだ。

 でも、天城は私のせいだとわかっても、何も言ってこない。


 さすがに疲れてきてしまった。

 あれから十日に渡って私は下駄箱に、過去に天城に入れられたものを入れてきた。

 でも、秋の今、桜の花びらや貝殻を入れるのは難しい。

 天城って、年中、私のこと考えていたのかな。

 だけどそれは、からうとおもしろいからで。

 好きってわけじゃないんだろうなあ。

 だって、好きだったらこんなに無視しないもん。

 もうずっと天城は、私のことをからかってこない。

 天城も大人になろうとして、こんなことをやめようと思っているのかな。

 そんなことを考えて、放課後に一人で教室を出た時。

「ちょっと面貸せ」

 その声に顔を上げれば、天城が目の前に立っていた。

 めちゃくちゃ怒っている。

 えええ、面貸せってなに?

 本来なら即逃げ出すはずなのに。

 私は「うん」とうなずいてしまった。

 脅しみたいな言葉でも、天城が話しかけてくれたことがうれしかった。


 呼び出されたのは校舎裏。

 人気のないところで、天城が立ち止まり、それから言う。

「何のつもりだよ」

 低く、感情のわからない声。

 いつもの天城じゃないみたいだ。

「えっと、その、なんのこと?」

 なんか怖いので、とぼけてみた。

 三秒置いて、天城が叫んだ。

「とぼけんじゃねーよ!」

 めっちゃ声デカい。

 でも、いつもの口調だ。

 私は安心して、笑い出してしまった。

「何笑ってんだよ? 今までの仕返しか?」

 天城は怒りながらも困惑したような口調だ。

 ああ、よかった。

 いつもの天城だ。

 そう思った途端。

「なんで泣くんだよ?!」

 天城のその言葉は、驚きに変わっていた。

 私の目からいつの間にか涙が溢れていたのだ。

 それを私は乱暴に手で拭いながら答える。

「ごめん。ちがうの。うれしくて」

「なにが? 俺はお前の悲しみのツボがわからねーよ」

「ちがう! うれしいの!」

 私は拳をぐっと握る。

 勢いのついた私は続けた。

「ずっと私を無視してたでしょ! だから、天城の下駄箱に今まで私が入れられたものを入れ替えせば、何か反応してくれるかなーって」

「ああ、そういうことか……」

「天城がようやく話してくれてうれしくて」

「ってゆーか、俺が下駄箱にその、どんぐり入れたり、お前のことからかったりするの、嫌だったんだろ?」

 天城がそう言ってうつむく。

「最初は嫌だったけど、でも、嫌じゃなくなった」

「そうか。そうだったんだ」

 天城はホッとしたように息をついた。

 そっか。

 全部、私、無視してたんだ。

 天城に何されても、全部、無視してた。

 天城はこんな思いをしていたんだ。

 天城が勢いをつけるかのように口を開く。

「お前に好きな人がいるって聞いて、もうこういうの、やめようって思ったんだけど」

「なんでやめたの?」

「……ショックだったから」

「え? ごめん聞こえない」

「なんでもねーよ! もう変な真似すんな!」

 天城はそう言うと、いつもの調子を取り戻したようににやりと笑う。

「明日は下駄箱に驚くものを入れてやるからな! 覚えておけよ!」

「私も入れるから!」

「真似すんなよ! ばーか」

「そっちこそ! ばーか」

 私と天城はそう言って笑い合った。


 次の日、下駄箱を開けると一通の手紙が入っていた。

 それは天城から。

 手紙に一言。

『好きだ! 俺と付き合え』と書かれていた。

 私はその手紙をそっとしまいながら呟く。

「考えてること、同じだったんだ」

 今頃、天城も私からのラブレターを下駄箱で見つけて、驚いていることだろう。

     

 了  

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下駄箱のどんぐり 花 千世子 @hanachoco

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