第26話 撃退


「わしは雪芽ではないのじゃ。のぅ、知里」

「そう。この人は通りすがりの雪女。雪芽なんかじゃない」

 なんでアイマスク? 雪芽さんは僕のことを助けに来てくれたんだ。

 気にしてたら失礼だろう。


「というか雪芽さん。この女埋まってますよ」

「くくく。ほんとじゃな。どうやったらあんな風になるんじゃ? うける」

 知里と雪芽さんは埋まっている美也さんに対して中々失礼なことを言い始めた。


「王子様。あなたは本当に愛されていますね」

「深淵の遣いさん。三対一ですよ。諦めてください」

「いえ。全然逆転できますよ。なんせ、三対二なんですから」


 と言う。


 すると美也さんが地面を掘り返し、僕達の前に立ちはだかってくる。

「なっ、なんじゃ。いきなり飛び出してきおって」

「あんたらよくも私を笑ってくれたわね~。同じようにしてあげるから怯えて待っていなさいな」


 美也さんはさっきの会話を根に持っているようだ。

「ふぇっ。なぜあやつと敵対しているのじゃ? 孝雄よ」

「美也さんはこの人に操られているんです」

 僕は深淵の遣いさんを指指す。


「なるほどのぅ。奴を倒せばひとまずはなんともないということなんじゃな」

「それで美也さんの洗脳が解けるはずです」

「よし。速攻ぶっ倒すのじゃ」

「はい」

 

 知里と雪芽さんが息を合わせ、深淵の遣いさんに立ち向かっていく。

「あんたら。私のこと忘れてるんじゃないわよ~」

「この二人はなんとかします。あなたは王子をなんとかしなさい」

「なんとかねぇ。なんとかってことはなんでもしてもいいってことよね~」

 美也さんの目の色が一気に変わった。


 殺意とかではないけど、それと同じくらいのやばい雰囲気が彼女の中から溢れていた。

「孝雄君。私、敵に洗脳された可哀想な女の子なの。ドスケベフェロモンで優しく慰めてちょうだい」

 美也さんの動きは普段の何倍も速く、一瞬で距離を詰められる。


「さぁ~。楽しみましょうか~」

「なっ……孝雄が痴女にやられる」

「あっ。僕達はセッ〇ス楽しんでいるのでご自由に」

 美也さんが低クオリティな声真似をする。


「ぬあ~、孝雄。貴様! いつの間にそこの淫乱ピンク痴女と仲良くなってるのじゃ」

 発狂する雪芽さん。

 無言で雷霆を僕の股の間に投げる知里。

「いや。僕、なにも言っていないですから」

 というか、戦いに集中してください。


「そうよね~。二人に見られてたら楽しくないもんね~」

「いや。そういうことじゃなくて……これ、僕の命が危ないですよ」

「追い込めば追い込むほどいやらしくなる。いいよねっ、孝雄君って」

「ええ~」

 僕は美也さんの感性と匂いフェチぶりに引いた。

 

 それに加えて彼女の力は非常に強く、今の僕では逃れられないのだった。

「あなた達は戦いの最中になにをしようと考えているのですか?」

 深淵の遣いは呆れている様子だった。


「そうじゃ。おぬしからももっと言ってやれ。このピンク髪を洗脳したのはお前じゃろうが」

「恐らくですが……彼女は私の洗脳を解いているでしょう」

 深淵の遣いさんは隠しようがないと思ったのか、現状を白状した。


「完全に不利ですよ。どうしますか?」

「あなた方の意志はよく分かりましたのでこれで失礼します」

 深淵の遣いさんは僕らの前から消えていった。







 深淵の遣いさんを撃退した後、僕達はハウスに戻った。

 僕は中層で起こったことを皆に説明した。

「深層側にそんな事情があるとは」

「はい。考えることは増えたと思います」

「全部人間の好き勝手にさせるわけには行かないということか」

「はい」

 と僕は頷く。


「それに僕達が交渉を進めて行けば彼女達と戦う可能性は高くなっていくと思います」

「三人ともどうだったんだい?」

「あいつの洗脳は本当に協力だった。孝雄君の匂いでハイになってなきゃ洗脳は解けなかったと思う」

 美也さんが所感を述べる。

 というか、僕の体臭って目が覚める程の効果があるのだろうか?


「二人はどうだい?」

「わしらの時にはそんな能力を使っていなかったのぅ」

「恐らくだけど、一人しか洗脳することができないんだと思う」

 と雪芽さんと知里は意見を述べる。


 それを聞いた沙羅さんは、

「まず私達も交渉の場に出る」

 と言う。


「わしらが打って出たら、中層のモンスター達が騒ぎ始めるじゃろ。そうしたら交渉が難しくなるのではないか?」

「全滅するよりはマシさ」

「そうじゃな。今回のようなことになったら、ピンク髪一人では対応出来んしな」

 と雪芽さんは美也さんの方を見てにやりと笑う。


「仕方ないか……」

 と美也さんは肩を竦めていた。


「今回の件を受けて、冴内孝雄独占禁止条例を作る。で、更に二人の間にある孝雄争奪戦も終戦させる。いいね?」

 沙羅さんは三人を威圧するように言う。


「それは……ちょっと、勘弁してくれんかのぅ」

「ダンジョンの件が片付いたら好きにしてもいいから今は我慢してくれ」

「ふむ。仕方ないのぅ」

「というか。そもそも孝雄は私のもの。独占禁止とか以前の話」

「おぬし、諦めるとか言ってたではないか」


「何年何時何分何秒。地球が何回転した時?」

「な~っ。屁理屈をこねおって。どうしようもない女じゃの」

「こうなるから言ったんだよ。私は」

 沙羅さんは二人が言い合いをするのを見て呆れていたようだった。






 ダンジョン中層。オーガ領。


「使者どもめ。王子を殺された挙句、逃げられてしまうとは……最悪だ」

 派手な装飾をした一匹のオーガは憤慨していた。

「本当でございます。鉄の馬でぶつかってきた挙句、王子を殺してしまうとは……これはお三方からの宣戦布告と言っても差し支えないでしょう」

 派手なオーガの傍に控える大臣のオーガも追従した。


「しかしオーガ族全勢力を傾けても勝てるかどうか……」

 騎士団長オーガは相当悩んでいるようだ。

「これはこのオーガ族のメンツに関わる話ですよ」

「しかし種族を維持していくことの方が大事。王子様の件は残念でございましたが……」


「俺は息子を殺されたことに対する復讐をしてはいけないのか!」

 派手な装飾をしたオーガ、もとい王オーガは吠えた。

 それを聞いた彼らは、ただ押し黙っている。


 その沈黙を割いたのは突然の闖入者であった。

 彼女は話し合っているオーガ達の中心に突然現れたのであった。


「私は王の意見に賛成でございます」

 と言った。


「何者だ!」

 騎士団長オーガは王オーガを咄嗟に庇う。


「であえであえ~。侵入者じゃ」

 大臣オーガは叫ぶ。


「落ち着いてください。私はあなたの味方です」

「味方? どういう意味だ?」

「利害が一致しているということです。この話に乗りますか、王よ」

「話を聞こうか」

 王オーガは闖入者の話を聞くことにしたのであった。






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