第15話 征服女王


「ということで女王様がシャワーを要求していまして。後、ついでに家の中に入って住むようにと。じゃないと森を燃やされた挙句、毛を刈られてしまうんです」

 コボルト側の使者は相当疲弊しきっているようだった。


「分かりました。シャワーは作ることができるのですが、家屋のレベルはどのようなものを求めていらっしゃるのでしょうか」

 ガザッグさんは質問する。


「うちらとしてはなんでもいいです。女王様の機嫌を損ねなければ。でも、シャワールームだけは急いで建てていただきたい。女王がいつ癇癪を起すか分かりませんので」

 切実に訴えてくる。


「その、すみません。巣を支配した人間ってどんな人か分かりますか?」

 情報収集をすることにする。

 おそらく、僕達と利害を対立する人間がいるからだ。


「ええと……茶色の髪に灰色の瞳。俺達をぶっ殺すことに微塵のためらいもないイカレ女だ」

「もっと特徴はないんですか?」

 

「毎夜毎夜、呪文みたいなのを唱えてる。たっかお? たーかおかな? いや違う。タカオだ」

 犯人が特定できてしまった。


「ありがとうございます。検討が付きました」

「分かったのですか、タカオ様」

「コボルト側に向かわせた使者。つまり僕の身内です」

「何故使者殿がそんな粗野なことをしたのでしょう?」


「彼女は仲間をモンスターに殺されてしまったようでして……過剰に反応しぎみでして。根は悪い子ではないと思うのですが……」

 知里のことをフォローしてみる。


「ということは夜な夜な、モンスターが死ぬように呪いをかけているということですか? 女王め。なんと恐ろしい」

「いや。それは……多分違うかと思います」

「タカオ殿。どうされます?」


 ガザッグさんに問われた僕は、

「ガザッグさん。僕もコボルトの巣に向かいます。そこで彼女に会って話をしてみようかと思います」

 と返した。


「私共の方でも護衛を幾人か付けさせていただきます。後、細々とした世話をするためにラティナも」

「助かります」

「あの女王様を止めてくれるなら大歓迎です。あなた方の準備ができるまで、俺らの隊は外で待たせてもらいますよ」


 と使者は言った。



 僕達は準備を進めた後、コボルトの巣へと向かった。

 コボルトの巣は確かに人間が住むには厳しい環境だと思った。

 森と、森が大きく開いた所しかない。手の付けられていない場所だ。


 それに加えて人間の独裁のせいか、コボルト達は常にピリピリしている。

 ハリクさんと一緒に行かなければ僕達は襲われていたかもしれない。

「おい、みんな。この人達は敵じゃない。女王様の命令のために連れてきたんだ」

 と使者が言う。


 すると他のコボルト達も警戒を解いてこちらにやってきた。

「私は大将軍ジェネラルゴブリンのガザッグです」

「僕はお三方の使節として同行しました、冴内孝雄です」


 僕もガザッグさんに乗っかってあいさつした。

「お三方から派遣された、だと? ということは女王と同類?」

 コボルト側がざわつき始める。


 そういう話をしているということはコボルト達を支配したのは、知里か。

「ガザッグさんは建設の話を進めていただけませんか?」

「ハリクさん。女王との謁見の許可をお願いいたします」


「謁見? わっ、わかりました。女王は森の奥でお待ちになっております」

 と言ってハリクさんは僕を女王の下へと案内してくれた。

 案の定だった。


 知里は雷霆ケラウノスで焼き切ったであろう切り株の上に腰を降ろしていた。

「知里。元気にしてた?」

「うん。元気にしてたよ。孝雄から会いに来てくれるなんて嬉しい!」

 知里はモンスターを倒すことに罪悪感を持ってない様子だ。

 今までしてきたことからしたら当たり前の話なんだけど。


「知里なのかい? コボルトの巣を征服したのは?」

「こほん。うん。私」

 知里は嬉しさを隠すためか、咳払いした。その後、改めて言った。

「知里……」


 なにかする理由があったのだろうか。

「どうしたの、孝雄?」

「コボルト達は君になにかしたのか?」


「攻撃してきた。だから反撃してきた」

「だからって。話ができるのに、分かり合えるのに……こんなことする必要ないじゃないか」

「なんで孝雄は怒ってるの? 私が支配した方が効率よく講和条約を結ぶことができる。むしろ私のことを褒めるべき」

 

「褒められるかよ。こんなの、弱い者いじめじゃないか」

「なら孝雄はなぜ、あの時コボルトを倒すのを止めなかった?」

 確かにモンスターと話してみるまで、彼らを倒すことになんの抵抗も感じなかった。


「話ができて……分かり合えるって言うなら別じゃないか」

「モンスターが人間に危害を加えようとしている事実は消えない。実際、人間はモンスターと害獣を同じようにとらえてる」

「それは僕達が彼らの言葉を知る前の話じゃないか。僕達は今、彼らの言葉を知ってしまっているんだぞ」


「なら孝雄は、言葉を話せるモンスター全員とは分かり合える。けど、言葉が通じないモンスターは倒すべきだと思ってるってこと?」

 どうするべきなんだ。僕は。言葉が通じないという理由だけでモンスターを殺さなきゃいけないのか? 分かり合えない場合は、時に戦わなくてはいけないのか?



「答えてよ、孝雄」

「僕は……」

「理想を持つのはいいこと。だけど理想は理想。それも行き過ぎれば毒になる」

 知里に止めを刺された。

 でも、これは許しちゃ駄目だ。


 今回はまだやりようがあっただろうが。

「知里は強いだろう。コボルトを簡単に倒すくらいには。なら色々やれただろっ! なのにそれをやらなかったのは君がなまけたせいだ」

 僕は責任転嫁して怒鳴りつけてしまった。


「ぐっ……くぅ。孝雄! なんで……」

 知里は大粒の涙を流しながら、僕のことを睨んだ。

「ごめっ」

 彼女は僕の言葉を聞かずに、その場でしゃがみ込んでしまう。

「孝雄の顔なんて見たくない。帰れ!」


「いっ、言い過ぎた。ごめん……」

「もう帰って。どうせ全部私が悪いんだよ。私、もうここから一生帰らないから」

「いや。それは流石に……」

 知里の態度は頑なだった。


「僕もしばらくここにいるから。何かあったら言ってよ」

 僕は知里に背を向けてその場を去った。



 




 

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