第一章 ドタバタネゴシエータ

第1話 怖い人間 食いしん坊な雪女

 僕こと、冴内孝雄はつまらない陰キャでいじめられっ子だ。

 僕は今、人生で最悪な目に遭わせられている。

 いじめられっ子の佐藤とその仲間達に、罰ゲームと称してダンジョンへと行かされたのだ。


 必死の抵抗もむなしく、新人冒険者用のダンジョンへと入らされてしまうのであった。

「へへっ。楽しい楽しい冒険だ。陰キャで糞惨めなお前には一生に一度のチャンスだぜ」

「今日で最後になっちまうかもしれないがな。がはは」

 佐藤とその仲間達はゲラゲラ笑う。


「しかしゲームみたいにダンジョンを冒険して魔物をぶっ殺して小遣い稼ぎってのは良い。なぁ。冴内。試し切りしてみてもいいか?」

 佐藤は腰に差したショートソードを取り出して、僕に向けてくる。


「やっ、止めろよっ!」

「お前は魔物のえさがお似合いさ」

「えさ?」

「モンスターに出会ってからのお楽しみさ」

 佐藤は驚く僕を馬鹿にするような目で見た後、ショートソードを鞘に戻した。 



「冴内。ちびんなよっ。くせぇからっ」

 佐藤の取り巻きの五田は僕のことを小突いてくる。

「漏らさないよ」

「ああそうだ。お漏らしする前に魔物のく〇になるさ」

 佐藤は嫌味っぽく言った。


 佐藤と五田にいびられながらも探索は続いた。

「つまんねぇな。一匹も出て来ないじゃねぇか」

「おい。冴内。どういうことだ?」

 苛立つ佐藤。

 そんな彼の気を逸らそうと五田は僕に話を振る。

「そんなの知らないよ」

「役立たずが」

 八つ当たりに僕のことを蹴った。


「ぐふっ」

「おい、五田。殺すなよ。こいつは餌になるんだからよ」

「やっさし~な~。佐藤は」

「俺はいつだって優しいだろうが。この役立たずのゴミにモンスターの餌って役割を

与えてやってるんだぞ」

「お前の優しさは世界を救うな」


 なにが世界を救うだよ。

「おい。今、俺達のこと睨んだか?」

「睨んで、ない」

「つーか。そもそも思ったけどよ。なんでお前、俺達にため口聞いてるんだ?」

「えっ」

 

「それもそうだな。上と下は分かってもらわないとな。じゃないと、いざっていう

 時に困るからな」

 佐藤はショートソードで僕の右肩を突き刺した。


「あがぁぁぁぁ」

「中々の切れ味だな。人間なら簡単にぶっ殺せそうだ」

 佐藤はにやりと笑う。


「俺にも使わせてくれよ」

「お前なら殺しちまうだろうが」


「つまんねぇの。良かったな。冴内。佐藤が優しくてよぉ」

「ぐっ、ぐぅ……」

「あ~あ。まともに会話も出来なくなっちゃったぁ~。可哀想に」

「餌はちゃんと仕事をしたようだ」

 佐藤はにっと笑った。


「やーっと楽しめそうだな」

 佐藤はショートソードを構える。

 五田もそれにならい、戦槌を構える。


 二人の戦う敵はダンジョン内にいる魔物では最弱とされているゴブリンだ。

 数体ほどで徒党を組んで戦うが、武器を持った二人なら十分だろう。

 危険というなら、ゴブリンが異常に大量発生した場合だろう。

  けど、異常な大量発生は初心者ダンジョンには早々ない。


「ゴブリンの頭蓋骨ってのはプチプチみたいに簡単に潰れんなぁ~」

「ああ。スパスパ斬って、これで金が入るって良いバイトだなぁ」

 二人はゴブリン数体を楽しそうな顔をして殺していた。

 けど、僕にはその死体は生々しくてとても気持ち悪かった。


「山分けして1250円って所か」


「夜間帯になるまで二時間ある。餌の効果がどのくらいか分からないが殺せる限り

 殺そう」

 佐藤と五田と共にダンジョンの探索を続けた。しかし、思うような成果はない。

「おい、餌。なんでモンスターが出て来なくなった? このペースじゃ小遣いすら稼げねぇ」


「五田。足を潰せ」

「そう来なくちゃな」

「やっ、止めて……」

「そう言って止めてやったことがあるか? いい声で鳴いてモンスターをおびき出してくれよっ」

 五田は僕の右足目掛けて戦槌を振るう。

 ごきっという骨の砕く音がやけにはっきり聞こえた。


「あっ、あがぁぁぁ。あっ、あっ……」

 目がちかちかした。

「五田! 五田! よくも僕の足をぉ」

「調子に乗ってるんじゃねぇぞ。雑魚。左足も潰してやろうか」

 僕は這いつくばりながら、彼の足下に近づき思い切り噛みついた。


「てめぇ。ぶっころっ」

「おい。五田。餌は置いていけ。ゴブリンの大群だ」

「ってことはまさかイレギュラーが起きたのか? 初心者ダンジョンなのに?」

「そうだ。さっさと逃げるぞ。冴内が死んだことに関してはなんとか言い訳するから」

 二人はゴブリンの大群から逃げようとするが遅い。


 大量のゴブリンが退路を塞いでいた。そのため、二人はゴブリンにリンチされて死んでしまった。

 こんな所で死んでたまるか。絶対、絶対に逃げ切ってやる。

 僕はゴブリンの大群から逃れるために決死の抵抗をすることを決意したのである。

 けど。そんな気合でなんとかなるほど甘くなかった。

 ゴブリン達はすぐに僕の方にやってきた。


 あのぶっといこん棒で何回も叩かれるのか?

 五田の戦槌より痛いのか?

 全身の骨を砕かれて……

 もう、いい。好きにしろよ。

 僕の人生なんてそんなにいいものでもなかったし。

 と、僕が諦めているとゴブリンの群れの動きが止まった。


「えっ?」

 ゴブリン達の身体は氷漬けになっていたのだ。

 大量のゴブリンを一瞬で?

「そこの人間。わしはお前を助けてやったぞ。礼はないのか?」


 しゃっ、喋れるのか? ダンジョンの魔物が?

「なにをじっと見とる? わしの美貌に惚れたんか?」

 確かに僕を助けてくれた少女はとてもきれいだ。


 青白い肌と薄青の着物が映える。

 僕はぽつりと、

「きれいだ」

「えっ?」

 言われた少女は動揺していた。

 

 初対面の人にきれいだと言ってしまっていることに僕も驚いていた。

「ごっ、ごめんなさい。初対面の人にいきなり……」

「まっ、まぁ気にするな。おぬしは思ったことを言っただけだし」

「本当にすみません」

「謝るな。おぬしはただ人を褒めただけじゃ。というか、人にきれいって

 褒められたのは初めてじゃ」 

「えっ?」


「ともかく、気にするな。気にするくらいならお礼をしてくれ」

「お礼ですか。すみません、持ち合わせがなくて」

「金なんかこんな場所じゃ無意味じゃ。モンスターしかおらんのじゃぞ?」

「ならどうすれば?」

 僕は緊張しながら少女の方を見た。


「おいしいお菓子をおくれ。礼はそれでいい」

「おかし、ですか?」

「うむ。無理か?」

「この足ですから。生きて出ることは難しいでしょう」


 そう。とてもじゃないが、生きて出ることはできない。

「足を治して、入り口まで送ってやればおかしを手に入れることができるということか?」

「はい」

「それならまずは足を治すか」

 少女は這いつくばっている僕を肩で担ぐ。


「軽いの。飯食ってるのか?」

「人並みには食べている、と思います」

「もっと食え。成長期なんじゃから」

「がんばります。それより、どこに行くんですか?」


「ダンジョンの奥。ハウスじゃよ」

 その言葉を聞いた僕は生唾を飲み込んだ。




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