第2話 なんて最高な環境だ


散々泣いた夜の翌日。

登り始めた朝日で目を覚ました。


背中が痛い。

手を背中にやってさする。


あれ?手が動く、昨日よりずっと。


変化は他にもあった、朝日だ。

この日差しが暑いのなんのって、まるで火を目の前に近づけられているかのような暑さだった。体のあちこちに傷を付けながら棒切れのような腕で小屋に避難した。



「あっ!!」

思わず声が出た。とはいえ喉は渇ききっており、声はカスカスだ。


小屋に入ったおれの目の前にあったのは食料だ、瓶に入った水もある。いつから置かれていたのだろうか、安全なのだろうか。そんな事を考える暇などなく、おれは食料に手を伸ばす。


不思議とこの時も手は軽かった。


まずは水だ。瓶の蓋を外し、頭上に高く掲げ水を口に流し込む。

文字通り浴びるように飲んだ。

水ってこんなに美味しかったのか!?

口から入った水が全身の細胞に巡って行くのが分かる。


次に一番近かった食料に手を伸ばす。

果実、りんごに似ている。

できる限り口を開け、かじりつく。


歯が食い込んだ瞬間、果汁が吹き出て口内に爽やかな香りが広がる。この為に生きてきたのかもしれない、そう思えるほどに果実はおれの腹と心を満たしてくれた。


もう野犬すら見向きもしない果実の芯を床に転がせ、横になる。こんなこと、いつもなら文句や陰口の一つでも叩かれるだろう。でも今は気にしなくていい。



翌日、やはりこの小屋は非常に過ごしやすい気温に設定されているのだろう。中は涼しいが外に手を出してみると日差しは依然として熱線だった。


まずこの足をなんとかしなければ、外でまともに行動するのは難しいだろう。


一枚の紙を取り出す。食料がある倉庫に置かれていたものだ。こう書いてあった。



よく食料庫にまでたどり着いたな!第1関門突破だ!!


第1関門と言ったからには第2第3もあるって訳だ!

良かったな、お前の言ってた挑戦を沢山用意しておいたぞ!


次の関門は食料だ、見ての通り用意した食料には限りがある。

当然自力で確保する事になるが、その際に注意点だ。


魔獣だ、この山の魔獣は歴戦のハンターですら逃げ出すような奴らだ。小屋の周りには魔獣よけの柵がある、がその効果も永続する訳じゃない、せいぜい半年くらいしか効果はもたない。効果が無くなれば弱いお前は魔獣のおやつになっちまうから気を付けろ!連中は生きたまま内蔵から食うらしいから!


他にも関門はあるが、それは追々説明する!

そろそろ文字書くのめんどくさくなってきたから、じゃ!


といった内容だ、なんてテキトーな。



そんなことより、まずは食料と水を確保するためにこの足をどうにかしなければ。


「ボロい車椅子よりはマシなのかな」

まだ棒切な足を引きずってベッドを目指す。


縁を掴み自身の体を引き寄せようとする。流石に自重を腕の力だけで引張り上げるのは厳しいか、全く上がらない。


椅子と机、それと木箱をベットの用意する。

それを順々に登っていく。

何度目かでようやくベッドの上に乗った。もう腕が疲労で震えていた。


「なんの、これから」

足をベットの外に投げ出す。


「よしっ、大事なのは勢い。行くぞ!」

ベッドから勢いよく飛び出した。


その勢いのまま足を地面に突き刺すように着地!の筈がそのまま倒れてしまう。


「流石にそう上手くいかねぇか」

何度も体をベットから押出し、足を地面に突き立てる。


「せーのッ!!」

真っ直ぐ伸ばしたまま着地した。


衝撃が地面から駆け上る。

強烈な衝撃が意識を揺さぶられ顔が歪む。

膝潰れたかも……


だが足はまっすぐと地面に向かって伸びていた。自分は立っていたのだ。


信じられない、自分の足で立てている。


こんな景色なのか。

膝の激痛も既にどこか行ってしまった。



「ここからどうすれば良いんだ、このまま足を前に出して行けば良いのかな?」

右足を前に向けて動かす。


ズズッ……前に進む右足、自分がイメージしていた歩きとはだいぶ違う。


次は左足と行きたかった所だが、体勢を崩し倒れた。


「いって、なんとか右足動いたな。これでまず一歩だ」

またベットによじ登る。


「せーのっ!」


繰り返していくうちに、壁伝いであれば進めるようになった。


「すげぇ」


歩ける、足が動いている。

嬉しくなり、空腹も忘れて歩き続けた。

数日、ひたすら歩く練習を続け、その後は走る練習まで出来るようになった。



その日の夜、小屋の外に出る。


「昼はとてもじゃないが行動できないしな。でも夜は涼しいし、心地いいな」


周囲を見渡す。森の中にポツンと開いた土地に小屋を建てたのだろう。

柵まで歩いて行く、小屋同様にぼろい柵だ。


すぐ外に木の実が生っているのが見えた。

あれぐらいなら柵をまたいで木を登ればすぐだ、練習に丁度良い。


歩いて柵のそばに行き周りに目を凝らすが特に何もいない。鬱蒼と茂る木々ぐらいしか見当たらない。



柵を乗り越えて目の前の木の枝を掴み登ってみた。最初はコツが分からず苦戦した。だが繰り返す内にすぐ登られるようになった。


そして木の実の場所まで登る。


「よし、初食料ゲット!お、ほんのり甘い香り、うまそうだな」

実にかじりつこうとした、その瞬間。


背後から何かが飛びかかってきた。

「うわッ!!」


バランスを崩したおれは真っ逆さまに地面へと落ちる。


背中を強く打つ、一瞬息が出来なくなった。

同時に胸にも違和感を覚え手を当てる、ベトッと濡れた感触が。

水の気持ちの良い、サラサラとした触り心地ではなかった。


嗅ぎなれた鉄くさい匂い、自分の血だ。

「ッ!!!!」


右胸の上部から左胸の下まで四本の赤い傷があった。


背後からは獣のうなり声と恐らくそれが走り迫って来る音が、うるさい心音をかき消すように轟く。


振り向かずただ柵の中に入る事だけ考え、足を前に出す。

柵の中に跳び込んだ。

その時後ろで電流が走った音が聞えた。


生き物がこちらを睨みつけていた。

ぱっと見は狼に似ているが牙は短剣のようにで、四本の凶器のみたいな爪があった。


あの時もし、体勢を崩して木から落ちてなければ……


あの実はおれを釣る為の餌。あいつらは木の実に目もくれずおれを睨みつけ、唸っていた。連中のテリトリーに入り込んだ邪魔者を狩る、そんな感じだろう。


逃げ込むように部屋に向かった。

手に木の実を握りしめていたのに気づく。


今度はゆっくりとその実を噛み、味わった。


最初にここで食べた食料とはまた違った感情が沸き上がる。


昼間は外に出ればあの熱さ、数時間ももたずに脱水症状で死んじまう。夜はあの化物。食料は乏しく、おれは自身を鍛えて強くならないといけない。


「はぁ、なんて最高な環境だ」


そう呟いたおれの口は不思議と笑っていた。

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