第10話 火種

 中央広場に寂しい風が吹く。舗装の剥がれた地面に焦げた街灯、負傷者の一人も出すこと無く終わった天災との闘いは建物に被害はありながらも、一応の勝利を収め終結した。


 「ほら城に戻ろう、無事を伝えないとだろ?」

 涙の跡が新しい冬花は座って俯いている。彼女の心の中で逡巡する不義と正義に、善と悪は疲労した精神を締め付けていた。


 「おんぶして花蓮…」

 「ふふ、はいはい…まったくふゆは子供だね。」

 いじけたように頬を膨らませた彼女を花蓮が背負う。背中に感じる軽さは、彼女がまだ十七歳の子供だというのを感じさせてくれた。


 先ほど楽しそうに戦っていた冬花も、それを背負う花蓮も隣を歩く忠成に天も、城で待つ六人も皆高校二年生の少年少女なのだ。

 本来なら今も青く眩しい春に生きていて、ほんの些細な将来の心配に頭を悩ませていたはずなのだ。


 「冬花を泣かせるなんて、あの男。次合った時が最後だよ、どれほど罪が重いのか思い知らせてやらないと。」

 普段温厚な忠成の目がレンズ越しに光る。静かな闘志に灯る熱意は激しく揺らめいている。


 「だめ、あれは僕がやる。」

 花蓮の背中から振り返った冬花は赤い目を擦りいじけた。そんな彼女の頭を天が優しく叩く。

 五人は静かに帰路を急ぐ、天災を仕留め損ねた憂鬱は城に近づくにつれて大きくなっていった。




 「逃げれただと…っ!?」

 謁見の間に大きな声が響く。帰ってきた四人を迎えたのはザワザワとした怒りと焦燥に包まれた喧騒で、僅かに残る心配を打ち消していた。


 「ふゆは別の部屋にやって正解だったね。」

 小声で花蓮が囁いた。彼女の背中で眠ってしまった少女をこの空間へ迎えるなど、傷をつくるだけに違いない。

 粉々になったケースを見せ、更に闘いの結末を伝えた貴族共は騒ぎに騒いだ。確かに悪化した状況を嘆くのは分かる、しかし連中が心配するのは自分の身ばかりだ。


 ドオンッッ

 沸き立つ文句に雑言が漏れ出た時だった。揺らす程に響いた大きな音が嫌にうるさい空間に轟く。全員の目が向いた先に俯いて立つのは瞬。彼の右手が壁にめり込み罅をつくる、力任せの一撃に籠った怒りがビリビリと肌を刺激した。


 「てめぇら…っ。」

 肩を震わせた彼の顔は鬼のように深い皺をつくっている。全員が驚きに目を見開き構えたその時だった。


 「平和だなぁ…まったく。」

 想像とは違い入り口から上がった声にまたも皆振り向いた。ニヒルな笑みに壁へと背中を預けた天が、ジッと国王を見詰めている。


 「貴殿…」

 「我が身の安全を貪りぶくぶく太った豚どもが、のうのう人の安心に縋って蠢く…まさに害虫だなぁ?」

 国王の声を遮った天の怒りが静かな空間に溶けていく。僅かな無言を過ぎた後、ここぞと響いた怒号が浴びせられる。もはや何を喚いているかも分からない貴族は大声と唾を飛ばし叫んだ。


 徐々に近づいてくる貴族共は今にも飛び掛かりそうな勢いで迫ってくる。しかし隣で睨んだ花蓮と忠成の覇気に当てられ怖気づいた。距離を取り真っ赤な顔で鳴く光景は壮観だ。


 「後はよろしくな。」

 声に出さず国王へ言う。国王は深いため息を吐くと悟った顔で頷いた。天は謁見の間を後にした。後に続いた花蓮と忠成を見て他の六人も間を抜ける。


 「ほんと…ひやっひや!」

 閉めた扉の先でも未だ大きな声が響いている。おそらく天の無礼に対する処断を国王へと駆け寄っているのだろう。無事に抜け出た六人が肩で息をし、天に詰め寄る。両手を腰に紗菜が呆れた声を漏らした。


 「でもすっきりしたよ!」

 「ちょっとやり過ぎたかもね…」

 余程むかついていたのだろうさくらが興奮に手を握りしめた。対して昂輝は苦笑いを浮かべた、しかし嬉しそうなのは間違いない。楓と優は扉を少し覗き中の様子を見ているが、時々零すうへぇという声に何が起こっているのかが分かる。


 「…ありがとな天。あのままだったら俺暴れてたわ。」

 はははっと乾いた笑いで頭を掻いた瞬は安堵に顔を染めている。

 「危なかったなぁ、あんなもん言わせておけばいいんだよ。それに冬花は無傷の健康体だ、今は疲れて眠ってる。」

 クツクツと笑った天は言う。


 天災を仕留めることが叶わなかったということは、と瞬の頭を巡ったのは冬花が傷ついた姿だった。命がけで頑張った彼女を貶める者を許せるはずもない。瞬が壁を殴っていなければ他の五人が声を上げていただろう。


 「二つの意味で良かったぜ…しかしどうすんだこれから?」

 というのも、他の九人はまだしも天がこのままこの国に居られるとは思わない。先ほどの発言が与える影響は想像を超えて大きいこと間違いない。


 「敵をつくるのが得意だね、ほんと。」

 戻って来た楓の言葉に微笑んだ天は声に出さず詫びを入れる。優が残念そうに手でバツをつくっている様子から状況は芳しくないのが分かった。

 皆が溜息を吐いたそんな折、静かに開いた扉からリーナとルーナが出て来る。着かれた顔の二人は天を見ると何か言いたげによって来た。


 「丁度いい。」

 しかし先手を打ったのは天の方。彼の言葉に耳を傾ける。

 「この国を出る。」

 そう言った彼の顔は企みに満ちた悪い笑顔だった。




 「考え直すべきです!この世界に来て僅か、城の外貴方を守ることは出来なくなってしまいます!!」

 天の手首を決して力強くとったリーナが必死に詰め寄った。その勢いに気圧されながらも天の主張は変わらない。


 「守るって言ってもな、天にその気がなけりゃあどこにいても変わらないぞ。」

 瞬の言うことは最もだ。天性の自由人である天を繋ぎとめる事など十年来の九人でさえ難しい。のらりくらりと煙のように手の隙間を抜けていく、案外能力が一番嵌っているのは彼かもしれない。


 「しかし…」

 「安心しろ、一人でじゃあない。二手に分かれるっつうのはどうだ?」

 心配そうなリーナを目の端に、天が提案したのは半分が国を出て、もう半分が城に残るということ。何時までも同じところに留まっていては得られる情報も少ないことは明らかである。


 「良いと思う、心配は大きいけど皆のこと信用してるからね。城組の面倒は見るわ。」

 一番先に決断したのは紗菜だった。正義を纏った彼女に迷いはない。未来の事を考えればこそこの提案は呑むべきであるという判断である。それに彼女がついているなら離れていても安心できる。


 「戦力を分けるならありかな。あ、ちなみに俺は外に出たいね。」

 忠成も自分の能力を試したいのだろう、外の世界への隠しきれない興奮が湧き出ている。


 「だったら私は残ろうかな、こっちは任せてよ。」

 花蓮の戦闘力に能力の事を鑑みて妥当な決断だろう。日に三度という制限にその一度の強力さは自由な旅には向いていない。


 「冬花も絶対出たがるから、数的に僕は残った方がいいかな…瞬も行くでしょ?」

 「悪いな、発散したくて落ち着かねぇんだ!」

 皆の性格をよく分かっている、いつも一歩引いて物事を俯瞰し知恵を授けてくれる彼は少女の様な見た目ながらも頼りになる男だ。

 元気よく拳を合わせた瞬がニヤリと笑う。元々いつものように動いている彼だ、先ほどの怒りも相まってストレスが溜まっているのだろう。


 「あたしも戦い向きじゃないし残るね!となると困るのは昂輝とさくらか…どうする?」

 「…そうね、昂輝の回復能力はどっちにも必要だし、さくらの能力は旅するなら必須でしょ?んー…」

 どちらも欠かせないことに議論が止まる。火力面から見れば昂輝は残った方がいいだろう、しかし傷を癒す人間がいないというのも不安が大きい。


 「私!私が頑張る…っ。怪我しないように皆を導くから!」

 手を力強く握り、決意の表情を浮かべたさくらが必死に声を上げる。潤んだ瞳に籠った熱は皆を信用させるには十分すぎた。


 「俺の代わりに頼んだよ、特に天!あいつはすぐ怪我するから。」

 「それは子供の時の話だろ…」

 「まかせて!」

 昂輝の言葉にさくらは強く頷いた。端で天が何か言っていたが気にせず意気込む。いつも大人しく可愛い彼女の成長に、皆涙ぐんで笑顔を浮かべた。


 こうして組み分けされた十人は、

 遠征組に天・忠成・冬花・瞬・さくら。城に残る組に紗菜・花蓮・優・楓・昂輝の二つに分かれた。些か残る組の戦闘面に不安は残るが、そこは王国の支援に期待しよう。


 「となれば善は急げだな。」

 天が一つ手を叩く。早速城を後にしようと歩を進めようとしたその時。

 グゥゥゥゥ

 と天の腹で低く虫が鳴いた。


 「……やっぱり明日にするか、腹減ったし。」

 自由な彼の言葉に呆れた全員が声を出して笑った。心配そうだったリーナとルーナも笑顔に変わり、十人を食堂へと案内し始めた。

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