第十話 想定外の帰還

 世界が回転する中、何にぶつけられたのかと思い、視界に映り込んだのは急速に速度を落とす大型トレーラー。

 まとってて良かった、各種魔法陣を書き込んだマント。衝撃無効化が無ければ即死していたな。

 一応、マントにはフードも付いており、誰だか分かりにくいよう認識阻害そがいの魔法陣を付与してあるが、車載カメラに俺らの姿が映っているのかどうかが分からない。スマホのカメラには映らないように調整してあるんだけど、不安だな。

 この場で運転手に正体を明かす選択肢があるが、トレーラーの積み荷に高価な精密機器があった場合、最低数千万円という弁償しきれない額を請求されそうなので逃げようかな。

 俺、あおり運転をしているわけじゃないのに、なんでこんな目に遭ってるんだ。

 カルアンデ王国に呼び出された時のスマホは向こうの世界に置いてきた。日本に戻って来た時に位置情報でばれると面倒なことになるからだ。

 確か転移する前は中国と戦争になっていたんだっけか。

 まさかとは思うが戦争に負けていたりしないだろうな。

 通貨が変わって日本円が使われなくなったらどうしようかと思うぞ。

 自衛隊もいるし日米同盟もあるから多分大丈夫だとは思うが。

 お得意の無属性魔法で空中にネットを張り出して俺たちの体を受け止め、勢いをある程度殺す。

 ぐえぇとローナが乙女にあるまじき声を漏らす。かく言う俺も結構辛い。

 跳ね飛ばされた勢いが落ちてきたところでネットを消して、透明な滑り台を背後に出し、そのまま道路の上空へ俺たちは移動する。

 空中で静止して眼下を見ると、停止したトレーラーが暗くてよくわからないけれど、どうやら自衛隊車輛しゃりょうのようだ。

 よくよく周囲を見渡せば、トレーラーだけでなくその前後にも自衛隊車輛らしきものが複数あり、全車両が停車して人間たちが路上に続々と出てきていた。

 さらによく見れば大半の人間が小銃らしきものを手にしている。さらによくよく見ると、顔にアイマスクみたいなものを付けた自衛隊員が、一様にこちらに狙いを定め始めているような……、車輛の上の機関銃だか機関砲だか分からないがそちらも一部がこっちを向いている気がする。


誰何すいか! 誰何! 誰何!」


 あっ、位置がばれてる。


「典男ー、スイカってどういう意味?」

「ううん、分かりやすく言うと、どこの生まれだ、それと名前を言え、だって」


 昔、日本の某巨大インターネット掲示板のファンタジー世界に自衛隊が転移した、というお題目の掲示板で知り合った自衛隊員が教えてくれた言葉だな。もう十年以上顔を出してないけど、今あの人元気にしてるんだろうか。


「言ったらどう?」

「しかしなあ、俺たち大型の車の体当たりに耐えた上、宙に浮いているんだよね」

「それがどうかしたの?」

「この世界にはない技術。それを偉い人が見たらどう思う?」

「……問答無用で聞き出されるね」

「こき使われそうなんだよなあ」


 ブラック企業に勤めたことがある身としては、偉そうに指図する人間は嫌いだが、だからと言って日本が嫌いなわけではない。愛国心はある方だと思っている。

 限度はあるが、個人的には協力しても良いとは考えていた。

 でも、それは今じゃない。

 呑気のんきに会話しているとだだだんと発砲音がした。展開していた無色のV字型の盾に三つの火花と共に弾かれる銃弾。

 一人だけだが俺たちに向けて三連射で撃ったようだ。


「何、今の」

「向こうでも話したことがあるけど、鉄砲とか銃と呼んでいる物だ」

「ええと、クロスボウがはるか先まで発展した形で、威力も桁違いな武器だっけ?」

「そうそう。良く覚えてるじゃないか」

「典男の国で暮らすんだから、それはもう頑張ったよ」


 俺の腕の中でローナが胸を張る。


「偉いぞ~、よしよし」

「えへへ」


 空いた手で彼女の頭を撫でると歯を見せて笑う。

 突然、俺たちの前方で盾が赤熱を始めた。


「お」

「わ、今度は何?」


 盾が赤熱したまま空中に残ったので向こう側が見えなくなったため、足元の板を少し上に浮かすと原因が判明した。

 一りょうの小型トラックの荷台に載せられた物体のレンズがこちらを向いていたからだ。


「確かあの形状は、レーザー兵器だったような……?」

「何なのそれ?」


 何だっけか、武器見本市とかでどこぞの企業が対ドローン向けに開発された物が発表されたけど、それを防衛省が導入したのか。


「ほら、魔王軍にいた巨人が森を吹き飛ばしたときに使ってた」

「あ、びーむとかいう攻撃だっけ」

「そう、それと似たような物だ」

「そんなのをわたしたちに向けて撃ってきたの?」

「あれと比べると威力はかなり低めだぞ?」


 実際に焼かれたことないが、喰らったら大火傷やけどじゃ済まないだろうな。


「でも、危険なことに変わりはないよ!」


 ううん、そうかもしれない。

 いかんな、魔法で防御力が上昇しているせいなのか大抵の事には動じなくなってる。殺傷能力のある武器を放たれた手前、ここは怒るべきなのだろうな。


「こうしてやる、え~いっ」

「ローナ、ちょっと!?」


 俺が止める間もあらばこそ、ローナが両手を突き出し手のひらから白い光の線が十本以上放たれる。

 マリーが使っていた光属性魔法の光の雨ホーリーレイだ。

 光線はシャワーのように小型トラックに搭載されたレーザー兵器に降りそそぎ、青白い光がひらめくと同時、ばんっと大きな音を立てて煙が上がる。


「ふんっ、どうだぁ!」

「あー……」


 自信満々で俺に笑顔を向ける彼女に、顔が引きつる俺。

 やっちまった。


「……逃げるか」

「えー、やっつけようよー」

「馬鹿、死ぬわ!」


 そう言ってる間に俺たちに向けて発砲する数と、銃弾が着弾する数がぐんと増える。止めようという動作をしてる人、恐らく上役の人がいるようだけど、聞いちゃいない。

 時折ときおり、車載機関砲が火を噴いて盾に大きな火花が複数散り、盾の修復力を上回る攻撃で表面がブロック崩しのようにがりがりと削られていく。ごくわずかではあるが、俺の魔力量も減っている。

 なんとなくだが、今姿を見せて正体を明かしに行こうとすると問答無用で殺されるのではないかと直感し、この場を逃げることにした。

 無属性魔法の盾の層を分厚く球状に張り直しながら、いつもの要領で高度を稼いで滑り台を作成し、とっととその場を離れようとすると、不可視の盾がまたもや赤熱した。


「またか!」

「どこから!? 潰す!」


 眼下を見下ろし攻撃してきた場所を探しながら高度を上げ続ける。

 無属性魔法の視力拡大で探すと、小型トラックに載せられたレーザー兵器がこちらにレンズを向けているのが見えた。

 照射されている箇所が赤から白へ変化し、盾の表面がどろどろに溶けていくのが分かる。

 思ったよりも威力が高いかもしれない。貫通されたら大やけどじゃ済まないぞ。


「赤くなってる盾が邪魔で狙いにくいよ、どかしてくれない!?」

「それやったら俺たち黒焦げだ、止めとけ! それよりも捕まってろ、滑り降りるぞ!」


 一目散に滑り降りる。その間もレーザーによる照射が続く。ほとんど狙いにずれはなく、盾さえなければ俺たちに命中し続けている。

 滑り降りる途中で気が付いた。闇夜の中で視認しづらいが、何か滑る先で横に走る線が複数見える。段々と近づいてくる物体が何なのかを理解した瞬間、滑降かっこう先を微妙にずらした。


「え、え? どうしたの!?」

「障害物だ、気にするな!」


 ローナにはそう言ったが、何のことは無い、鉄塔から鉄塔へ走る送電線のことだ。

 いくら対電撃の刻印魔法が施されたマントでも、ここまでの電圧に耐える設計にはなっていない。

 うっかり引っかかろうものなら感電死間違いなしの凶悪な代物だ。

 上手い事にすり抜けたが、俺たちを追ってきたレーザーが送電線の二本を切断したようだ。眼下の周辺の明かりが一斉に消える。

 俗に言う停電だな。送電線を盾に逃げるとしよう。

 それから、レーザーによる攻撃は止んだ。

 急いで高速道路から離れ、しばらく滑って適当なところで速度を落とす。

 真下周辺が畑のような所に出たので、降下することにした。


「一旦降りよう」

「分かったよー」


 降りて分かったが、田んぼだった。

 着地に失敗したうえ、盛大に水しぶきを上げ泥塗どろまみれになる。赤熱していた盾が水と接触してじゅうじゅうと水蒸気を上げた。


「何、これ!?」

「うわ、しまったなー」

「せっかく、おめかしして来たのにー!」

「悪かった。とにかくここから上がろう」


 俺たちは泥だらけのままで、ばしゃばしゃと足場の悪い田んぼから上がり、すぐ近くの山林の中に身を隠し、侵入者対策に結界魔法を周囲に張り巡らした。

 暗闇の中では何をするのも不便だ。無暗に明かりをつけようものなら自衛隊に見つかってしまう恐れがある

 と言うか、人目には触れたくない。およそ二年もの間、俺は行方不明者であるからだ。見つかった場合、面倒なことになりかねない。ローナの素性もこちらの世界では無戸籍こせきだからさらに面倒なことになる。

 せっかく見つけた嫁を物理的に引き離されかねない。

 一応カバーストーリーは用意してはいるものの、相手が信じてくれるかどうか分からないからな。


「うわー、服を着たままずぶれになると、こんなに気持ち悪いんだ、初めて知った」

「今まで幽霊だったもんな。そのままだと風邪引くぞ。脱げ脱げ」

「典男ー、一応わたし嫁入り前の乙女なんだからこっち見ないでねー」

「はいよ」


 お互い背中合わせになって脱ぎだす。ローナもそうだが、俺もこの状態でいたくないので脱ぐことにする。

 衣服が肌に張り付いてなかなか脱げない。

 苦労して脱ぎ終わると、背後でローナがあれ、と声を上げた。


「どうした」

「何か細い木の葉みたいなのが足に貼り付いてる。あ、こっち見ないでよ」

「見てない見てない」


 細い木の葉ねえ、ささかな。

 田んぼに笹の葉なんて浮いていたか?


「なあ、ローナ」

「痛っ」

「どうした」

「……取ったら何か血が出てきた」


 血が出るとはますますおかしい。


「その木の葉、見せてみろ」

「こっち向かないでよー、はいこれ」

「どれどれ、……ヒルじゃねえか!?」


 うねうねと動く蛭を思わず投げ捨てた。

 うわあ、びっくりした。


「ヒル? 何それ?」

「血を吸う生き物だ、傷口を見せろ」

「ちょっと待って、自分で治せるからあっち向いてて」


 幽霊族だからか、蛭のやばさを知らないようだ。


「そのまま治すと化膿するぞ」

「……カノウ?」

「傷を塞いでも毒が体の中に残るんだよ、で、患部が腐る」

「毒持ちなんだ、へー」

「感心してる場合か……」


 暢気な彼女に脱力感が増す。


「あ、こっちにも貼り付いてる」

「待て、無理にはがすな、毒が入るぞ」

「じゃあ、どうするの?」

「火属性魔法の灯火ともしびで蛭をあぶるんだ。熱で動き出したところを一気にはがす。そうすれば毒は入らない」

「なんだ、簡単だね」


 そう言って人差し指の先に小さな火をつけ、ふくらはぎで吸血中の蛭に近づけていく。


「あちゃちゃちゃ」

「何やってんだ」

「間違えてヒルの周りもあぶっちゃった、あははははは」

「不器用だな」

「むう、仕方ないでしょ、この体、まだ慣れていないんだからー」


 むくれる彼女に俺はため息を吐いた。

 まあ仕方がない。長年幽霊状態で過ごしていて、肉体を持ったのがつい最近。最初は肉体操作に慣れるためにぎくしゃくした動きをしていて、ようやく大分人間らしい動作を獲得したばかりだ。

 つまり、細かい動きがまだできていない証でもある。


「俺がやる、見せてみろ」

「あ、駄目、見えちゃう見えちゃう」

「そのくらい手で隠せよ」

「あ、そうか」


 俺の言葉に手で胸と股間を隠すローナを確認してから、指先に火を灯して蛭をあぶる。

 熱で身をくねらせた蛭をつまんで放り捨てると、無理やり剥がした患部にも光属性魔法の毒消しキュアポイズンをかけてから回復ヒールをかける。

 小さな傷口はみるみるうちに消えてしまった。


「ほい、終わり」

「……ありがと」

「あとは泥だらけになった服を洗わないとな。……水魔法でいけるか?」

「ねえ、典男」

「うん?」

「今のわたしを見て、どう思う?」


 俺と同じく胸と股間を隠した全裸のローナを数秒眺めて気が付いた。


「田んぼの水も雑菌まみれだったな。待ってろ、魔法でお湯を出してやるから体を洗え」

「ありがと、……って、そうじゃなくて!」

「何だよ」

「……襲わないの?」


 どことなく赤らんだ顔で睨む彼女にため息を吐いた。


扇情せんじょう的ではあるが、まずは洗ってからでないとなあ」

「洗う、洗うから待ってて!」

「……俺も洗うか」


 水と風属性の複合魔法を使い、空中で服を洗濯機のように回して洗い、そのかたわらで俺たちは背中合わせで火と水属性の複合魔法を使用し、即席の温水シャワーを浴びて汚れを落とす。

 俺は無言で、ローナは鼻歌を歌いながら手で体をこすっている。

 男である俺は女よりも洗うのが早く終わる。

 仕上げは火と風の複合魔法である温風で乾かす。

 洗い終わった服は風魔法で切断した枝で物干し台と物干し竿を作って、それに引っかけ、温風を吹き付けて乾かすことにした。

 適当な枝を切り出して魔法文字を刻み込み、地面に突き刺す。枝から温風が吹き出て洗濯物に当たる。

 これなら短時間で乾くだろう。


「洗い終わったー!」

「そうか」


 洗濯物を干していると、背後でローナが元気良く宣言したので相槌あいづちを打つ。


「典男、こっち向いて、……さあ!」


 俺から見てローナは体を横に向け、肝心な部分を見せないようにしながら手招きする。


「何が?」

「襲っても良いんだよ!?」


 彼女が息荒く誘ってくるので引いた。


「雰囲気を考えろ馬鹿」

「何故っ!?」


 表情がころころ変わるな、この娘。見ていて飽きない。

 それがローナを気に入った理由だ。


「普通の女の子ならベッドのある部屋で誘うに違いない」

「……そうなの?」


 首を傾げる彼女に諭すように言う。


「俺も良くは知らんが、思い出として大切にとっておきたいなら準備を整えてからするべきだと思う」

「……わたし幽霊族だから、難しくて良く分かんないよー」

「分かれ、分かってくれ」


 性行為をするなら落ち着いた場所でやりたい、そう思うのは男女共通ではないのかと思う。


「とにかく服を着ろ、明日は夜明けと同時に出発するぞ」

「むー、行けずー」


 替えの下着と服を背嚢はいのうから取り出して着替えることにする。

 ローナはなにかぶつぶつ言ってるが無視だ無視。

 背嚢は内部が無属性魔法によって三倍ぐらい広げられており、限度はあるがある程度の荷物が入る優れ物だ。

 今の俺の魔法技術ではこれくらいの容量が限度だった。


「交代で見張りと仮眠だ」

「その後どうするの?」

「道路に出て道路標識を探す。今どこにいるか知りたい。多分、風景からして日本だと思うんだが」

「外国の可能性があるということ?」

「その可能性も捨てきれないが、一応確認のためにな」


 ふと先ほどのことを思い返した。

 あの自衛隊、物々しい雰囲気だったが、ひょっとしてまだ戦争が続いているのか?

 もしここが日本国内だったとしたら、開戦直後の反社会的武装勢力がまだいるということになる。


「面倒臭い」

「ため息を吐かないで。こっちまで気分が重くなる」

「ああ、悪かった」


 背嚢から寝袋を二つ取り出すと、大きい方に俺が入る。


「じゃあ、まずはローナ、見張りよろしく」

「はいはい」


 交代で見張りをしたが、特に何事もなく夜が明けた。

 干し肉などで朝食を済ませ、俺たちは道路に出ると歩き始めた。

 上空をジェット機が通過する。白い飛行機雲にローナがはしゃぐ。まあ、カルアンデ王国ではありえない高さを飛ぶ存在を見なかったからなあ。

 程なくして道路標識を見つける。広島まで×××km、大阪まで×××kmと書かれていた。

 ここ、岡山県辺りか? 太陽の向きからして東京はあっちか。

 そう判断してローナに行き先を告げようとしたとき、空気が振動を始める。

 音からしてジェット機のようだが、複数?

 音の方向を見ると、こちらへ向けて飛んでくるジェット機が見えた。数は十機くらいで逆V字形で近づいてくる。形状からしてインターネットの画像で見たCー2輸送機に見える。

 嫌な予感がする。

 俺たちの上空近くを通りかかると、機体から大勢の人が次々と空におどり出た。


「あれ、人が飛び降りてるよー?」

「まずい、山の中に逃げ込め!」

「どうして?」

「追手だ!」

「……あれ全部そうなの!?」


 低空で通過していくCー2から落下傘で降りて来る自衛隊員たち。

 少なくとも千人はいるぞ。


「ちょっと気合入りすぎじゃないですかねぇ!?」


 逃げ込む山にも降りて来た自衛隊員が多数おり、早々に彼らと接触した。

 彼らは皆顔になんちゃらスコープという赤外線だか暗視用の物を装着していた。そのせいかこちらをすぐに発見して周囲に連絡が伝わったのか、続々と集まって来る。


「ねえ典男、もしかしなくてもだけど」

「何だ」

「囲まれてない?」


 マントの認識阻害が効いていない? やべえぞこれ。


「ですよねえ、見間違いかと思ったんだけど」

「現実逃避は止めよ?」


 時折彼らが発砲してくる銃弾がばしばしと盾に当たり弾かれる。


「普段から現実逃避みたいなことしてるお前に言われたくなかった……」

「あー、わたしを馬鹿にしたー」

「だったらおちゃらけた態度を改めてくれ、頼むから」


 無属性の盾があるから安心とは言え、出会い頭に発砲はないんじゃない?

 盾に着弾した部分からして、俺とローナの頭部に集中してるんですが。

 完全に殺しに来てますよね!?


「それはわたしの生き様なのでー、できないなー」

「本当、マジで、お願いしますから」

「どうしようかなー」


 銃撃しても効果が無く反撃が無いと理解したのか、徐々に包囲が狭まって来た。

 俺にとっては余裕で射程範囲内なので、魔法を行使することに問題は無い。

 できれば話し合いで済ませたかった。

 球状に張った盾を維持しながら、意識を闇属性魔法の発動に集中する。

 木々の間から姿を見せて二〇式小銃の先に付けた剣をこちらに向けながら突撃してくる複数の自衛隊員たちに魔法の気絶マインドダウンをかける。

 魔法による耐性が無い、というか経験が無かった地球人には効果てきめんで、糸の切れた人形のようにその場に転がっていく。


「典男ー、殺したの?」

「眠らせただけだ、半日はこのままだろ」

「そうなんだ。この人たちどうするのー、殺す?」

「俺と同郷の人間だ、殺すなよ? ……それに殺しても無駄だし、数に押し潰されて終わりだから、逃げる一択だ」

「分かったー」

「捕まってろ、飛ぶぞ」


 味方が倒れたことに動揺していた自衛隊は再び銃撃に切り替えたが、反撃してこないことを訝しんだか、再度突撃してくる。

 数に押され対応できなくなった俺たちは空を飛んで逃げることにした。


「さようならー」


 俺に抱えられたローナが空を見上げている彼らに対して手を振った。

 余裕あるな、おい。


「逃げられるかなあ……」

「どこまで逃げられるのか競争だー、あははははは」

「ローナ、現状を理解しているのか? このままだと結婚もできないぞ?」

「んー、それは確かに嫌だけど、典男と一緒にいることの方が楽しいなー」

「幽霊族の考えが分からん……」


 しばらく滑り降り、滑り上りを繰り返していると、ローナが後ろを見て声を上げた。


「何か後ろからばたばた言ってるのが近づいてくるよー」

「今度は何だ?」


 予想に反してCー2ではなかったが、チヌークと呼ばれる輸送ヘリが追いかけてきた。

 地球にいない間の俺は知らなかったが、距離を詰めて来たチヌークから自衛隊員たちがイギリスから導入したVBSSという空中機動装置を改良したVBSS改Jを装備して空に飛び出し、チヌークの左右に幾何学的模様な陣形を展開して俺たちを追跡してくる。


「うおっかっけえ!」

「わたしたち幽霊族もたいがいだけど、典男もなかなかだねー」

「え、そりゃ心外だなあ」


 ローナに指摘されて反省する。今は逃げることに専念しないと。

 俺たちは旋回しながら空中機動する自衛隊員たちの背後に回り込んで、彼らの装備を確認しながら振り切ろうとするも失敗する。

 どうやってこの数の暴力から逃げようか。


「何年か前にイギリスでデモンストレーションやってた装備じゃないか。彼らから購入したのか。にしても、形状がえらく違うような……?」


 そもそもイギリスの場合、飛んでいる間は自動小銃を構えていない。伏せてもいない。背中にエンジン付きの噴射口があるのは同じだが形状が二倍もでかく、エンジンの両脇に推進用のためか二つのプロペラが回転しており、両手に持っていた小銃に噴射機がひとつ、肩、腰、太もも、ふくらはぎに付いていてそれぞれが背中のエンジンからホースで繋がっている。

 背中のエンジンに細長い三本の筒、恐らく91式だったか、携帯地対空誘導弾が取り付けられている。異様なのは全員が黒いサングラスのようなものをかけていて、ごつごつとした服を着こんでいることだ。

 主人公が全方向から対処できるよう、無属性魔法の盾を球状に何重にも張り巡らしながら逃げる。

 自衛隊員たちの中から一人が銃を発砲。威力偵察というものだろう。銃弾が盾を二層貫通し、三層目に突き刺さった。


「うおっ、こんなに威力があるのか!?」


 慌てて一セット十層の盾を三セット分張る。それが終わった瞬間、自衛隊員たちの銃が一斉に火を噴いた。

 盾が銃弾の着弾で振動し、一セット目の五層目までをあっと言う間に突き破られた。


「弾倉の交換が無い? ……ベルト給弾じゃねえか!?」


 これも俺は知らなかったが、彼ら、陸上自衛隊空中機動科で全員レンジャー卒の部隊が俺が地球にいない間に新設されていた。VBSS改Jの他、パワーアシストによる補助で全員ベルギー製FN MINIMI Mk3と91式携帯地対空誘導弾三本が標準装備となっていた。

 盾ががんがん削られていき、俺の魔力も少しずつ減って来た。

 盾の修復が追いつかない、このままでは破られる。

 盾一セット目が破られた辺りで気が付いた。

 そうだ、何も盾の同じ面を向けていなくても良いんだ。球状の盾を少し回転させて着弾部位をずらす。

 予想通り、盾が一セット目の一層から削られ始めた。

 向こうは銃撃が効果が無い事を理解したのか、射撃が止んだ。まだ弾はあるようだが……?

 自衛隊員の一人の背中から白煙が上がると共にこっちに向かって黒い物が飛び出した。


「誘導弾か!」


 盾を一気に五セット分張る。たった一発で二セット分貫かれ、爆発で三セット目がずたずたにされた。


「怖ええ……! というか、あいつらどうやって狙って撃ってるんだ?」


 後になって知ったことだが、チヌークが指令塔となってC4Iで相互通信していて、自衛隊員たちの背中の誘導弾を指令射撃で可視画像誘導するものだった。それを聞かされた時は、科学技術の進歩が半端ないと痛感した。

 今度はほぼ全ての自衛隊員たちから時間差で白煙が次々と上がり、誘導弾が直列に並ぶと俺たち目掛けて一直線に飛んできた。

 咄嗟とっさに魔力を注いで盾自体を強化し、十セット分張った。

 そのうえで、俺を中心に球状の盾を高速回転させ、着弾部位をずらして長く持たせようと試みる。

 一発目、一セット分貫通され、二セット目の半ばまでがたがやされた。


「ちょ!?」


 盾を強化してもこの威力か、魔王のロボットの魔法攻撃による火力試験でも何とか耐えた盾が、だ。

 誘導弾の群れは本来なら盾の一点に集中して多連続着弾、破壊されてゆくが、回転させていたおかげで表面から八セット目までが穴だらけになっていた。

 回転させていなければ、今頃俺とローナはこの世にいなかったろう。

 危ない。魔力はかなり削られたがまだ余裕はあるものの、振り切れないうえ、このままだと先にこちらが力尽きる。どうする?


「典男、下に何か見える。大きな車が三台並んで走ってるけど」


 ローナが指を差す方向を見やると、濃緑色のトレーラーが三台走っているのが見えた。

 走りながら両ウイングを開いている。中には一台につきVBSS改Jを装備した十人以上の自衛隊員たちが空へ飛び上がろうとする光景が目に入る。計三十人以上。


「うわあ」


 思わず呻いたがただ見ている場合ではない。

 地上にいるなら大丈夫だろう。

 闇魔法を距離拡大、対象者拡大しながら、トレーラーの荷台に乗る全員を瞬時に気絶、無力化させた。

 安堵の息を吐いたところでローナが呼びかけて来る。


「典男、あいつら離れていくよ?」


 本当だ、さっきまで追いかけていた自衛隊員たちが速度を落としてる?

 ……何かがやって来るから距離をとった?


「……嫌な予感がする。ローナ、魔法で全方向を捜索、何か来たら教えてくれ!」


 光属性魔法に長けたマリーとは別に、ローナ自身の能力である探知、捜索系の魔法に優れている。地上だと山や林、建物などの遮蔽物があるとその向こうが分からないという不便な魔法だが、空中なら関係ない。


「え? うん。 ……何か向こうからとんでもなく凄い勢いで来るんだけど!?」

「ローナ、しっかり摑まってろ!」


 後先考えず、全魔力を盾の強化と何セットか数えるのが馬鹿らしくなるほどの層を展開。

 直後、展開した多重構造の盾が飛んできた大型誘導弾らしき物にあっさりと貫通され、残り一、二セットくらいで大爆発した、と思う。

 そう感じたのは、この瞬間は意識が飛んだので良く覚えていないと言った方が正しい。

 このとき俺たちに直撃したのはASMー3改とかいう対空仕様という代物だったようだ。

 気が付いた時には俺は地面に向けて落下していた。

 どのくらい気を失っていた? それよりもローナは? いた、少し離れたところで俺に向かって手を伸ばしている。さっきの爆発で姿隠しのマントは効力を失ったらしく、泣きそうな顔の彼女の姿がはっきり見える。

 もう逃げられない。

 それよりも、この高さでは魔法を使って着地しないと叩きつけられて終わる。魔力は残り少ないが、最低限の盾を張りながらローナを引き寄せて抱きしめると、ゆっくり着地する。この時点で魔力が尽きた。

 精神に限界が訪れてその場に倒れる。ひどく眠い。ジェットエンジンの音が近づいてきて、周囲を取り囲むようにして自衛隊員たちが銃を構えながら降りて来る。

 ローナが俺に背中を向けて両手を広げるのが見えたが、そこで意識が途切れた。

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