第七話 誤解の結果

 俺はウェブルたち勇者部隊に手伝ってもらい、手分けして兵たちの聞き込みを始めた。

 俺も率先して各部隊を訪問することにした。

 結果から言うと、かんばしくなかった。

 最初は平民出身の勇者と聞いて歓迎してくれるのだが、部隊の大半が魔法学園の貴族の生徒たちで占めていると言うと、途端によそよそしくなるのだ。


「すまんが、うちで勇者殿と協力できることは何も無い。悪いが他をあたってくれないか」


 そんな断り文句を言われたことも一度や二度ではない。

 これは、他の生徒たちも望み薄かもしれないと、暗澹あんたんとした気分で次の部隊を訪れる。

 カルアンデ王国に召喚された勇者だと名乗り、この部隊の隊長と面談したいと伝えると、応対した兵士が少々お待ちくださいと言ってその場を離れた。

 十分ほどして兵士が戻って来た。


「モンリー中隊長がお会いになるそうです。案内します」


 兵士に連れられて歩く。

 ここまでは他の部隊と同じ展開だ。さて、どうなることやら。

 天幕が張られている場所に案内され、中に入ると、木製の椅子に座った兵士よりも少々良い鎧を着た男が木製の椅子に座っていた。その男が口を開く。


「モンリー隊長、勇者殿をお連れいたしました」

「ようこそ。まあ、まずは座って下せえ」


 モンリー中隊長の対面の椅子に座ると、従兵が木箱の上に置かれたカップに茶を注ぐ。

 従兵にお礼を言って茶を飲む。


「悪いね、ここも戦場なもんで良い茶が手に入らねえんだ」

「俺は平民の出だから気にしないでくれ」

「へえ、それにしては所作がキレイだな」

「ああ、母親が特に礼儀作法に厳しくてな、話し方から食事の仕方まで……あ」

「どうした?」

「そういえば、没落したけど良いとこの出の末娘とか親戚に聞かされた事あったな。それでか」

「礼儀作法は習っておいて損はないぞ。貴族どもから舐められなくなるからな」

「それは一般庶民でも同じだと思うぞ」

「そうか。ところで勇者様は俺たち平民部隊に何の用ですかい?」


 正直に事情を話すことにした。

 この国に召喚されてから王立魔法学園で過ごした事。戦況の悪化で訓練期間を短縮された上に、全体の半数近い生徒たちまで動員された事などだ。


「ほうほう、それだけじゃないんでしょう?」

「集団戦、特に対魔族戦の経験が圧倒的に足りてない。そこで相談なんだが、モンリーさんの部隊が俺たちに教えてほしい。できれば教育が終わった後も共闘したいんだが、できるか?」

「ふうむ、事情は分かりやした。教える事はできやすが、一緒に戦う事は無理かと思いやす」

「理由を聞いても?」

「俺の部隊も先の戦いであわや壊滅かと思った時、前の隊長、貴族出身の奴何ですがね、そいつが機転を利かせて俺たちを無事にとはいかなかったんですが、返してくれたんですよ。そいつが殿を務める最中に死んじまいやして。その隊長を俺が継いだんですが、命を救われた恩があるからなるべく勇者様を助けてやりたいとは思ってはいるんですよ。けれど再編されたこの部隊は貴族の横暴な指揮のせいで死にかけた奴らがいっぱいて、勇者と共に行動する貴族どもと仲良くできないと考えている奴らが大半なんです。そこんところは分かって下せえ」

「どうすればいい」

「行動で示して下せえ。勇気を見せて血を流して、それを部下たちに見せてくれればきっと分かってくれるはずです」

「分かった、貴重な情報をありがとう。それと、これは前払いだ」


 そう言って俺はマントの中から倉庫からもらってきた度数の高い酒瓶さかびんを三本渡す。


「こいつはどうも。……これは貴族の士官しか飲めねー酒じゃないですか、良いんですか?」

「貴族の大勢が死んだ今、宝の持ち腐れだ。部下たちと分け合って飲んでくれ」

「部下たちにもこいつはいい気晴らしになる。勇者様よ、ありがとう」


 要塞司令官に掛け合って兵士の嗜好品である酒を手土産に持って行ったのは正解だったようだ。


「安武、安武典男。それが俺の名前だ」

「じゃあヤスタケさん、これからよろしくな」

「こちらこそよろしく」


 というわけで、俺はモンリー隊と契約を交わし、百点満点とは行かずともある程度の交渉の成果を上げたと思う。

 森の中で学園生徒たちが適当な場所に宿営地を作った所へ戻ると、通称「勇者部隊」所属の主だった分・小隊長たちに獲得した情報を開示しあう。やはり仲間たちの結果は芳しくなく、他部隊との連携が取れそうにない。

 最後に俺がモンリー中隊との連携の条件を伝えたところ、皆一様に不安がった。


「一応、魔族との戦い方を教えてもらえるから、頑張って覚えよう」

「それしかないのか……」

「明日から、まずは軽く座学から入るだろうから気楽にいこう」


 彼らをはげますが、表情が暗い。

 カルアンデ王国軍全体の士気は総じて高くない。こんな状態で敵に攻め込まれたらひとたまりもないだろうが、肝心の敵が来ないので多少気が抜けていても問題はないのだろうか。

 翌日、勇者部隊のみ六十七人がモンリー中隊に会いに行く。

 最初、俺の背後にいた学園生に対しにらんでいた連中は、皆が若すぎることに驚いたようだ。

 兵の一人が学園生に声をかける。


「おい、そこのお前、年幾つだ?」

「十三才です」

「……俺の息子よりも若いじゃないか」


 呆然とする兵たちを尻目にモンリー中隊長に会う。


「約束通り教えてもらいに来たぞ」

「おう。……あのさ、ヤスタケさん、後ろの奴ら、皆戦場に行くのか?」

「そうだ」


 後ろをちらりと見やると様々な表情の学園生が見えた。大半は緊張していたが、顔を青くしている生徒もいる。


「ここまでひでえのかよ……」


 モンリーが小声で天を仰ぐ。

 皆にはまだ伝わってないようだが、他の同盟各国はもっと酷いことになっている事は言わないでおこう。


「勇者以外のお前らに訊くが、本当に戦えるのか?」


 モンリーが半信半疑ながら念を押すと生徒たちが口々に戦えますと答えるが、若干じゃっかん声が震えている。

 言えただけでもましではなかろうか。

 モンリー中隊長は部下たちへと顔を向ける。言葉は無かったが部下たちの困惑した表情から察するに、想定外だったらしい。

 モンリーは部下たちに命令した。


「お前ら、ちょっとそこで待ってろ。……勇者殿、こっちへ。話がありやす」

「分かった。……皆、少し待っていてくれ」


 学園生たちに頼むとモンリーに連れられ、その場を離れて行った。


「話って何だ?」

「ガキが戦ごっこをするとは聞いていたが、あそこまで幼いとは思いやせんでした」

「何才くらいだと思ってたんだ?」

「てっきり十八才以上だと。……くそ、これじゃあ俺たちが弱い者いじめをしてるだけじゃないか」

「自覚できてるだけ大人だよ」

「何で王様はあんなの寄越したんだよ」

「正確には主戦派の議員たちに押し切られた。和平派の議員の数が少ないせいだな」

「これだから現場を見てねえ政治家どもは……!」


 モンリーは苛立ったのか、地面を踏む。


「なあモンリーさん、ここは俺の顔に免じて、戦場に立つときも協力してくれないか」

「……昨日約束したばかりのことを変えるわけにはいかねえ」

「なら、俺たちが敵と戦って危ないと思ったら、駆けつけて助けてくれ。どうだ?」

「…………その条件なら約束を破っちゃいないな。分かりやした、それで手を打ちやしょう」


 俺とモンリーが皆の所に戻ると、早速座学が始まった。

 開戦からこっち、モンリー中隊に所属していた兵たちが戦った敵の種類や外見の特徴、長所、短所、構成、対処法などを色々学ぶ。

 モンリー中隊に教えてもらっている学園生たちは、平民出の兵たちに荒っぽく教えられるが、学園の教官と比べて少し怖いくらいで済んでいることに戸惑っている。へまをすると殴られると思っていたようだ。


「いいか、現時点で最悪の敵は巨人だ。こいつらはかたすぎて物理攻撃がまず通らない上に、魔法攻撃にも耐性がある。今のところ罠にめて身動きをとらせないようにしつつ、とっととずらかることしかできない相手だ」

「倒せる方法は?」

「今は無い。立ち向かった奴らは皆死んだ。いいか、こいつを見たらすぐに逃げろ。隣にいる仲間が転んでも助けるな、とにかく一歩でも遠くへ逃げるんだ。逃げるだけなら生存確率は上がるからな」


 講義を受けながら学園生たちは経験という知識を頭に叩き込む。

 ある時はこの辺の地形図を引っ張り出して図上演習も行った。どこで攻めたり、迎え撃つかを検討する。

 またある時は実地訓練もしようとしたが、その段階になって上層部、正確には主戦派を中心とした政治家たちからいつになったら戦うのかとせっつかれ、それ以上の訓練は出来ずに攻め込むことになった。


 いざ出陣。

 勇者部隊の後をモンリー隊がついてくる。

 モンリー隊は俺たちのすぐ後ろで名目上、俺らを見張ることになっている。本当はいざと言う時の助っ人役なのだが、そのことを知らない学園生たちは不平不満を漏らすが、連携が取れないまま放置されれば、待っているのは破滅だ。

 表向きは先頭に立つことになった。

 軍事国家領内は人口が激減したせいもあって、畑の草は伸び放題となっていて、道無き道を歩くのは難しい。それというのも、道路はどこからか魔族が監視していて、歩けばたちどころに通報される仕組みになっているようだ。

 このため、俺たちは畑の中を突っ切って行くのだが、人の背丈ほどもある草を刈り取りながら、ふかふかしている地面を歩くので時間がとにかくかかる。

 面倒くさくなった俺は一計を案じ、闇魔法ドレインで植物の生命力を吸い取り、部隊が通る場所だけの草を枯らせていく。その上を俺たちが踏みつけていくので、多少なりとも進軍速度が上がった。

 晴れた空が広がっていた。静かな空を見ていれば戦なんてなかったと思わせるが、残念ながら現実は甘くない。

 空にポツンと一つ優雅に飛ぶ鳥がいた。

 いや、鳥ではないな。あの特徴的な翼の形は幼年偵察隊のものだ。


「あれは偵察隊ですね。何をしているんでしょうか?」

「あれの下に敵がいやす」

「そうなんですか?」

「まだ距離があるので大丈夫でしょう」


 学園生の一人がモンリーにたずねると明確な回答が得られた。


「見ていて思ったんだが、なんで幼年偵察隊は敵の妨害を受けないんだ? こう言ってはなんだが撃ち落とされる危険性があると思うんだが……、彼らに自衛手段はあるのか?」

「風魔法でしか身を守る手段がなかったはずです。しかも、あの年で一度に二つの魔法を同時に使えるとは思えません」

「最初はばんばん落とされてやしたよ。そのうち敵がやらなくなりやしたが」


 俺と質問と学園生の一人の見解にモンリーははっきりと答えた。


「落とさなくなった、ということは……、敵も相手が幼児だと知って憐憫れんびんでもいだいたのか? それにしてもよく任務にのぞめるな……普通拒否するだろうに」

「彼らの家庭環境、経済状況が思わしくないんです。一人でも任務をこなせるくらい技術も頭もいいから、自身の立場をよくわかっていて、家族のために頑張ってしまうんですよ」

「過酷な任務な分、給料もわりと高めなはずなんですが、大半を仕送りに使ってるとは聞きやした」

「色々言いたい事はあるんだが、俺がとやかく言うことじゃないな」


 俺の感想にジャックとモンリーが彼らの事情を説明する。

 俺に軍事的な才能があるわけではないので、余計な口出しは控える。正当な報酬が支払われているのならそれで十分だろうし、この世界に人道的なものを期待するだけ無駄だろう。俺一人が世の中を変えようだなんて思い上がりもはなはだしい。

 迎撃予定地点その一へたどり着くと、巨人でも足止めできる罠を張る。ここは保険だ。少し先へ進んでその二には軽めの罠を張る。こっちが本命と言っても良い。その二へ誘い込んで敵を捕虜にして内情を訊き出して、拝み倒して魔王との話し合いの場に持って行く。

 他のカルアンデ王国人が見ると失望するかもしれないが、個人的にはもうこれしかないと思う。

 その二で罠を張り終えた頃、上空を見ていたモンリーが声を上げた。


「げ」

「どうした?」

「今、偵察隊から風魔法で報告がありやした。……巨人に俺たちの存在と居場所がばれたようです」

「え」

「逃げやしょう。今なら誰一人死なずに逃げきれやす」

「戦士隊の武器や鎧は?」

「多分、脱ぎ捨てなくても、この距離なら何とかなりやす」

「分かった」


 戸惑う周囲の学園生に俺は声を張り上げた。


「撤退、撤退、今すぐ撤退しろ! 先頭はモンリー中隊長殿だ、見失うな! 武器は捨てるな、いざと言う時のため持っておけ!」


 俺たちは走り出す。後方にいたモンリー中隊は速やかに後退が始まっていた。


「勇者殿、逃げるんですか? もう敵はすぐそこまで」

「馬鹿、今回は相手が悪い。お前が死んだら遺された家族に何て伝えれば良い?」

「しかし」

「生きて帰った方が家族は喜ぶ、無駄に死のうとするな」

「……了解」


 走る、とにかく走る。果ての見えない長距離走だ。一定速度を保つ必要がある。

 万が一を考え、迎撃予定地点その一へ向かう。


「ヤスタケさん、まずいですぜ、奴ら、思ってた以上に、速い! 巨人は二体だけ、随伴は、いやせんが、このままだと、追いつかれやす!」


 モンリーがちらちらと幼年偵察隊の報告を聞きながら現況げんきょうを俺に伝える。

 随伴兵を置き去りにしたことで、速度を優先したか。敵もなかなかやる。


「どうしやす!?」

「最初に、罠を張った所に、行こう、そこで、迎え撃つ!」

「分かりやしたが、俺たちは、何とか、なるでしょうが、ヤスタケさんとこは、大勢、死にやすよ!?」


 それだけ練度が違うと言う事だろう。


「どの道、追いつかれたら、死ぬ、なら、ここで! ……モンリー!」

「分かってやす!」


 その一へたどり着いた俺たちはくさむらの中に思い思いの場所に伏せて身を隠す。

 モンリーは一人後方の中隊に合流しに駆けて行った。

 何分か待っていると、かすかに地面が揺れだした。


「来たぞ、このまま待機!」


 俺の命令に学園生たちが従う。

 微かな揺れは次第しだいに不規則な地鳴りへと変わっていく。


「ばれたくなければ動くな!」


 地鳴りは地響きへと変化し、もう巨人がすぐ近くまで迫っているということを教えてくれる。

 おそらく地響きの正体は足音であろうと思われるが、その音がある程度近づいたところで大きな音が二回響き渡った。


「かかったぞ!」

「ウェブル! 皆!」

「任された!」


 学園生の声を合図に俺がウェブルに呼びかけると、魔法を使える学園生たちは一斉に起き上がり、呪文を唱え始めた。

 ここにきてようやく巨人の姿を見る。

 外見は鎧や兜に覆われていて、腕や足が地面に吸い込まれて四つんいの状態でなんとか起き上がろうとしているのが見えた。


「なるほど、あれが巨人……? いや、これは……」


 兜の隙間から見える目の光が人工的なものだとわかる。そして鎧の隙間から見える金属光沢を持つ関節とケーブルらしきもの。

 ロボット……だと?

 わずか数秒の間だけ我を忘れていたが、気付くと学園生たちが唱えていた呪文が完成しつつあった。

 罠からなんとか抜け出そうとする二体のロボットとどちらが早いか。

 何とか間に合うか……?

 呪文が完成し魔法が放たれる。一瞬の静寂の後、ウェブルが快哉を叫んだ。


「成功だ!」

「ルモール! 出番だ!」

「任せろ!」


 先ほどまで罠から抜け出そうと試みていた二体のロボットが地面にがっちりと固定されて動けなくなっていた。

 種を明かすと、まず地面の表面から下、ある程度はそのままにしておいて、下側を深さ二m程度の泥濘でいねいに変えたということだ。

 これで斥候たちが上を走っても何ともなく、ロボットの重みに耐え切れずに地面を突き破ったのだ。

 広範囲に魔法をかけたことで学園生たちの魔力は大分消耗したようだが、残りはウェブルたち上手くやったようで作戦は成功した。

 ロボットが泥濘にはまって動けなくなったところを、元の地面に戻したのだ。下手に石に変えたりして多大な魔力を消耗しょうもうするよりは良いだろう。

 要は倒すまでの間に事を成してしまえば良いのだから。

 ルモール以下近接戦闘に慣れた人たちが二体のロボットに跳びかかる。


「なるべく傷つけるなよ!」

「分かってる!」


 俺の呼びかけにルモールが応え、ロボットの首や胴体などに縄をかけていき、四方から引っ張って拘束した。

 二体のロボットは四つん這いの状態で捕らえられた。


「やった!」


 学園生たちが快哉かいさいを叫ぶ。


「怪我人はいない!?」


 中隊の後方にいたマリー以下聖女見習いたちが前に進み出て来た。


「いや、多分いないけど。もっと後ろにいろよ、まだ終わってないぞ」

「あら、ごめんなさい。居ても立っても居られなかったので」


 ため息を吐きながら注意をする俺に、勝気なマリーたちの笑い声。そこにに誰かの叫び声がかぶさる。


「逃げろ、巨人が!」

「え?」


 俺やマリーたちがその声につられてロボットを見ると、二体共に縄を引きちぎって、大地から抜け出す姿が目に入った。

 そして。

 ロボットは手当たり次第に腕を振るい。

 俺の目の前にいたマリーが。

 視界から消えた。


「この野郎!」


 俺が無属性魔法の透明な盾を空間に張り出し、ロボットの拳を受け止める。

 遅かった。俺がもっと早く魔法を使っていれば。

 二体のロボットを透明な板で囲み、奴らに注意を払いながらマリーの姿を探すと、二十mも離れた場所に、人間としてあり得ない姿勢で転がっている彼女の姿を見つけた。


「マリーの近くにいる者は、彼女を安全な場所に運べ!」

「はいっ!」

「ウェブルっ、魔法は!?」

「駄目だ、さっきので看板だ!」

「ルモール、皆を巨人から下がらせろ、距離をとれ!」

「お前は!?」

「態勢を立て直す時間を稼ぐ、早くしろ!」

「分かった!」


 そう言っている間にロボットの力で透明な盾はあっさりと破壊された。

 力は向こうが上か!

 目まぐるしく対策案が頭の中をよぎる。

 透明な盾の強度を高めてみた。破壊された。

 透明な板をロボットの体に出現させ、切断を試みる。無効化された。

 どうする。どうすればいい?

 ロボットどもが学園生たちに向かおうとする。

 破れかぶれに強化された透明な板をロボットの足元に敷いてみた。

 摩擦まさつ係数けいすう0で。

 つるんと。

 れするくらいに二体のロボットは宙を舞い、共にうつ伏せに地面に叩きつけられた。

 しかし、それもここまで。学園生たちが死に過ぎたせいで数が足りず、後が続かない。ロボットどもが起き上がろうともがいている。あの衝撃だ、操縦者にダメージがいっているのだろうが……。

 もはやこれまでか。

 奴らをにらみつけ、歯を食いしばったとき、忘れかけていた存在が己を主張する。


「お前ら、気張れえっ!」

「おうっ!」


 俺の脇をモンリー率いる中隊の兵たちが駆け抜ける。

 植物に関与する魔法で周囲の叢から草が捩じり、即席の縄に変化する。それらがロボットどもの四肢に巻き付き、固定した。

 ロボットどもが暴れようとするがびくともしない。


「モンリー、助かった」

「いや、助かったのはこっちだ。ヤスタケさんがいなけりゃ魔力が足りなかった」

「そうか」


 ルモールたちやモンリーの部下たち、近接戦闘に慣れた人たちが二体のロボットに跳びかかる。

 二体のロボットは四つん這いの状態で捕らえられた。

 傍目はためから見て安全と判断した俺は、モンリーと一緒にロボットに近寄る。


「皆、そのまま抑えておいてくれ、こいつらを調べる!」

「危険じゃねえですかい!?」

「その時はその時だ!」

「ああもう、お前ら、しっかりと引っ張っておけ!」

「はっ」


 俺の指示にモンリーが危惧きぐするが、俺はこのファンタジーな世界で異質なロボットに興味を隠せず、無属性魔法で足場を作って駆け上がり、ロボットの背中に飛び乗る。モンリーも続いて乗ってきた。

 この世界では一つの国に一人、勇者を呼ぶことができるんだったよな。ってことは、魔王でも呼び出せることができるはず。そいつがロボットを作ったのは想像にかたくない。

 見た目が日本のアニメで見る二足歩行のロボットに近い形状をしているので、操縦者がいるのであれば出入口は腹側か背中側のはずだ。

 ビンゴ!

 操縦者が脱出できないことを考えてか、外部から強制的にハッチを開ける取っ手が目立たないところにもうけられていた。

 迷わず取っ手を握り、引っ張る。

 圧搾あっさくされた空気が周辺に広がると、ゆっくりと背中がせり上がっていく。


「こいつは巨人じゃないんですかい!?」

「モンリー、中にいる奴を取り押さえてくれ、殺すなよ!」

「分かりやした、後で訊かせて下せえよ!」


 俺はモンリーの言葉を背中に受けながら、もう一体のロボットの背中まで無属性魔法の足場で橋を架け、空中を駆ける。

 同じ要領ようりょうで二体目のハッチを開けると、簡易かんい的な操縦服を着てヘルメットをかぶった人が操縦席から身を乗り出してナイフを振りかぶっていた。


「おっと」


 俺は難なく避けると腕をつかんでひねり上げ、ナイフをうばう。

 たった半年の訓練だったが、日本での社会生活でまれた胆力たんりょくと合わせれば何てことはない。

 ふと、一体目のロボットに目を向ければモンリーも危なげなく操縦者を拘束し終わっていた。


「話を訊きたいだけだ、殺すつもりはないから安心しろ」


 カルアンデ王国の言語が通じるかは考えていなかったが、俺の言葉を理解したのか操縦者は暴れるのを止めた。

 操縦者を引っ張り上げながら操縦席を覗き込んでみる。

 一人乗りか。他には居ないな。

 内部を確認してからモンリーに声をかける。


「とりあえずここから降りよう、二人から話しを訊くのはその後だ!」

「分かりやした!」


 魔法で階段を作ると、俺たち四人は地面に降りた。

 周囲に兵たちや学園生たちが集まってくる。


「巨人だと思っていたのに、中に人がいたのか……」

「ていうか、こいつら、やけにちっこくねえか?」


 俺とモンリーに拘束された二人を見て口々に感想を言ってくる。

 周りは囲んだので逃げ場はないだろうと判断した俺は拘束を解いた。

 それを見たモンリーは「知りやせんよ」と言ってもう一人も放す。


「とりあえず話を訊こう。……そこの二人、頭に被っているのとってくれないか?」


 捕虜となった二人は顔を見合わせると渋々しぶしぶとフルフェイスヘルメットを外す。中から髪がこぼれ落ち、その顔を見た俺たちは驚いた。


「……人間、それも女の子だと!?」

「魔族じゃない?」

「どうなってるんだ、一体?」


 一人は黒髪、もう一人は金髪の少女だった。歳の頃からおそらく学園中等部の生徒たちと変わらない年齢ではないのだろうか。

 ざわめく俺達を見て黒髪の少女がふんと鼻を鳴らした。


「なんだ、敵はどんなやつかと思えば、我らのことを何も知らないんだな」

「女が戦場にいてはおかしいか?」


 黒髪の後に続いて金髪の少女が初めて口を開いた。たどたどしいカルアンデ王国の言葉でだ。


「俺たちが住んでる国と交流がないそうだし、知らないのも仕方ない。……それより、戦場で女が戦うのは普通じゃないのか?」

「ありやせんね」

「過去の戦争で学徒動員された例はあるけれど、女子も最前線に引っ張り出されたことはあったかなあ?」

「俺たちの場合は特別なんだろう」


 彼女たちの疑問に俺は答えると、モンリーたちに尋ねる。モンリーは即座に否定し、ウェブルが首を傾げ、ルモールが肩をすくめた。


「……とまあ、そういうわけでこっちの国では女子がそうそう戦うことはないそうだ。逆に質問するけど、どうして君達はここで戦ってるんだ?」

「家族の仇を討つために決まってるじゃないか!」

「……家族?」


 俺がこちらの現状を説明し、彼女たちが戦う理由を訊いたら、いきなり黒髪が激高げっこうした。ウェブルが眉をひそめる。


「何言ってやがる、軍事国家の民を皆殺しにしたくせに!」

「俺たちの戦友まで殺しやがって!」

「ふざけるな! あたしたちの国でさんざん好き勝手しといて!」


 腹を立てた兵たちが黒髪の少女と怒鳴り合いになり、一人の兵が彼女につかかかろうとしたので俺とウェブル、ルモールが間に割って入る。


「ちょっと待った! 双方落ち着け!」

「ああ!? 何だあ!?」

「話が食い違ってる、何かおかしい!」


 俺が待ったをかけ、声を荒げる兵たちにウェブルが呼びかける。兵たちが黙って彼女たちをにらみつける。

 俺は彼女たちに問答をすることにした。


「黒髪の女、まずは名前を教えてくれ、呼びにくい」

「……セシル」

「金髪の方は?」

「ネア」

「セシルとネアの二人に訊く。家族を殺されたというのは誰にだ?」

「人族」

「右に同じ」

「二人とも、か。……まさかとは思うが、このロボ……巨人を操っている者たちは皆同じ境遇きょうぐうだったりするか?」


 俺の質問に困惑した二人のうち、ネアが答えた。


「そうだ。それが何か?」

「……何となく見えてきた。君たちの家族を殺したのは軍事国家なのかい?」


 ウェブルも察したらしく、核心を突く問いを二人に投げる。


「そうだ。だが、お前たちも人族だろう」


 セシルが首を縦に振ったが、俺たちを見る目は猜疑心さいぎしんあふれていた。


「僕たちカルアンデ王国では、君たちが突然軍事国家に攻め込んできた、と聞かされているんだけど……」

「何故そんなことになっている! 逆だ!」

「軍事国家の方から先に仕掛けてきたんだ!」


 ウェブルがカルアンデ王国で流れている情報を口にすると、二人が怒り出し、その剣幕けんまくに兵士たちや学園生たちに動揺どうようが広がる。

 困惑した兵がネアに尋ねる。


「待て待て、そうすると何か? 俺達が聞いていたのは全くのうそ、と」

「逆に訊くが、そもそも、魔王領が軍事国家に戦を仕掛けた、と聞いたのは誰からだ?」

「滅ぼされた軍事国家の生き残りの民だよ」

「何だそれは!? そいつらは嘘を言っている!」


 兵の答えを聞いたセシルが愕然とした顔で抗議する。


「軍事国家を助けようとする貴様ら人族は、軍事国家の人族と同類とみていいのか?」


 セシルに対して比較的冷静そうなネアが訊いてくるが、疑いの眼差まなざしたっぷりだ。


「どうしてそうなる?」

「我ら同胞を襲うからに決まってるではないか」


 俺は頭を抱えそうになりながらネアに問い返すと、彼女は断言した。


「それにしては軍事国家をあっという間に滅ぼしたのに、よその国には攻め込まないね。理由を訊きたいんだけど」

「魔王が悪いのだ、軍事国家を攻め滅ぼした勢いでこの大陸を我が物としてしまえばよいのにそれをしない。」


 ウェブルの挑発にセシルがあっさりと乗った。

 さすが魔族、軍事国家を十日で攻め滅ぼしただけのことはある。

 詳細を聞くのが大事と考え根掘り葉掘り訊くことにした。


「魔王が止めてるのか? ちなみに、軍事面での最高司令官は魔王で、政治面での最高位も魔王なんだよな?」

「そうだが、それがどうした?」


 何を当たり前のことをといった表情でセシルが返事する。

 いや、だから、お前たちのこと何も知らないんだって。

 心の中で突っ込みを入れ、うんざりしそうになる顔を我慢する。


「……攻めない理由は聞いたことがあるのか?」

「聞くわけないだろう。雲の上のお方だぞ」

「そうか」

「ノリオ、何を考えているんだい?」


 俺とセシルのやり取りにウェブルが割って入ってきた。


「……あくまで仮に、の話なんだが、魔王が俺たちとの戦を望んでいないのなら、魔族とカルアンデとの戦を停めることができるかもしれない。……他の国はどうでもいいが」


 契約したのはカルアンデ王国だからな。


「……できるのか?」

「直接交渉できれば、あるいは」

「君、忘れたのかい? 外交交渉ができるのは勇者でないことを」

「そうだった……」


 ルモールに半信半疑で訊かれたので自信はないことを表に出したところ、ウェブルに突っ込みを入れられた。


「総司令官に掛け合って外交官を連れて行くか? 可能かどうかはやってみないと分からんが」


 ルモールが案を出した。

 これは彼もこの戦を長引かせるべきではないと考えて良いのだろうか?


「……やろう。敵であれ味方であれ、これ以上の人死は見たくない」

「今期の勇者様は随分と臆病おくびょうなんですね」


 本心から吐露するとそれを聞いていた兵たちの一人から冷たい言葉が浴びせられた。


「おい」

「いいんだ。実際この国に来てから初めて軍事教練を受けて、戦に身を投じたんだから、怖いのは間違い無い」


 低い声が出たモンリーを止める。

 今まで共に戦ってきた戦友がいなくなる悔しさは理解できる。

 別に死んだわけではないけれども、同僚たちが大規模なリストラでいなくなった経験をしているからな。

 俺の話に続きがあるのが分かっているからだろうか、みんな無言だ。


「俺はこれ以上君たちの死が見たくないだけだ。無事に生きて故郷に帰って家族と平穏に暮らせる時代を過ごすのを見ていたいのさ。……俺が得意なのは補助に特化した魔法だけ。直接力になれない分、裏方として頑張がんばる他ないさ」


 戦場を経験したせいもあったのか、反論は無かった。


「あ、そうだ、損害を報告しろ!」


 俺の呼びかけに名を知らない聖女見習いが発言する。


「勇者様に報告します、負傷者多数、されど回復の見込み有り!」


 一息つけるが、直後の報告に身構えた。


「死者十数名!」

「……正確に数えろ」


 何で十数名?


「すいません、巨人の攻撃で数が分からないくらい遺体の損壊が激しくて……」

「……それなら生存者の数を数えろ、そっちの方が手っ取り早い」

「それもそうですね」


 点呼を取り、死者は十七人と判明した。

 その中にマリーが、含まれていた。


◆     ◆     ◆


 魔力が足りず、せめて女子は五体満足で親元に返そうと肉体を修復する聖女見習いたち。


「損壊が酷い死体も連れて帰ろう」

「そのつもりです」

「そっちの修復した死体も丁重に運んでくれ」

「その必要は無いですよ」

「どういうことだ?」

「彼女たちの出番です」


 ジャックの言葉に遺体に目をやると、幽霊メイドたちが遺体に重なっていく。

 間を置かずして、遺体が次々と起き上がっていく。


「は? え?」

「勇者殿はご存知なかったのですか? 基本、遺体は幽霊族が操って遺族へ送られます」

「ええ?」


 ローナ含めた幽霊メイドたちが遺体に憑依して彼らを操って要塞に帰還することになる。

 幽霊メイドはこのときのために従軍しているとの説明でカルアンデ王国の文化が良く分からなくなってしまう。

 ローナたちの役割、幽霊メイドは人間族に友好的で下々の世話をやってくれる大変ありがたい存在であり、戦場に連れて行くことができ大変重宝する。最も重要な役割は友となった人間の死体を持ち帰る任務である。それというのも戦場で死んだ場合、弔うことができない場合死体はゾンビとなって蘇り、周囲に災いを振りまくものとされ忌み嫌われている。

 幽霊メイドよりも死者の数が多いため、連れて帰れない分は遺体に聖水をまいて埋めて弔い、ゾンビ化を防ぐ。

 今回は生者が多かったため、死者を全て運ぶことができたというだけの話である。


「ところでこれどうしやす?」

「まだ時間に余裕はある?」


 モンリーが二体のロボットを指差して尋ねてきたので訊き返すと、発条ぜんまい式腕時計を確認しながら大丈夫と頷いた。


「じゃあちょっと調べて行こう。セシルにネア、協力してくれるかい?」


 それぞれが乗るロボットに同乗した俺とモンリーが監視する中、自慢のロボットが最大限の力を発揮できると聞かされ意気込んだセシルとネアが、俺たちに力を見せつけてやると近くにあった森をロボットの魔法で根こそぎ吹き飛ばした。


「何でこんな力を持っているのに俺たちに使わなかったんだ!?」

「魔王様が使うなと言ったからに決まってるだろう?」


 ロボット内部まで響く轟音の中、俺はセシルに怒鳴って尋ねたが、返ってきたのは胸を張りながら自慢げに笑う少女の姿だった。

 びびった俺たちはロボットをセシルたちに操縦させながら撤退した。

 本当にセシルたち、手を抜いてたんだなあ。最初から本気だったら、俺たちこの世にいなかったわ。

 とりあえず目的は達成した。

 巨人、もといロボットを鹵獲ろかくすることは勿論だが、お互いの力量の差を直視させることを。

 他の部隊は良く分からないが、モンリー中隊の中にも広範囲殲滅せんめつ魔法を一度見せたきりで使おうとしない敵を、アレはそう何度も使えない魔法だとあなどる兵がいたことだ。

 勘違いしたまま時間が経過した場合、ろくな未来しか待っていない結末を迎えていたかもしれない。

 戦争で味方を萎縮いしゅくさせるのはどうかと思う人もいるかもしれないが、いけいけどんどんで収拾がつかない結果を招き寄せかねない。

 少なくとも、モンリー中隊の兵たちの顔が青いのは効果があったと思う。

 あとは政治家の上層部に有りの儘を伝えられれば、身勝手な意見や命令が無くなる可能性がある。というか、それを期待したい。


「ヤスタケさん」


 撤退中に唐突に呼びかけられて振り返ると、五体満足に動くマリーの姿があった。


「ん、マリー……じゃないか。中に入っているのは、ローナか?」

「当たりです。握手握手」

「何だ?」


 差し出された手を握ると、予想に反して人間の体温の温かみが感じられた。


「どういうことだ?」

「マリーさんの魂は抜けてどこかに行ってしまいましたが、それだけで、他は健康そのものですよ」

「理不尽な」

「これで聖女がいてくれれば復活できたんですけどねえ」

「王都の神殿に聖女がいたな。蘇生してもらおうか」

「無理ですね」

「何故だ」

「時間が経てば経つほど難しくなります。死亡から十日が期限ですね。まあ、その頃になることには聖女でも蘇生は困難になりますが」


 十日ならなんとかなるはずと言おうとしたが、可能性の低さに気分が落ち込む。


「それに、彼女くらいの地位に就いていると相手は上位貴族の相手が中心で忙しいので、割って入って下位貴族のマリーさんを蘇生してもらえるかどうかは……」

「……そうか」


 マリーの顔で発言するローナを見て複雑な気分になった。隣にいるウェブルとルモールを見ると、彼らも微妙な顔だ。


「遺族には何て言おうか」


 ため息を吐いた。

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