第六話 戦場へ

 喫茶店でウェブルたちと今後の予定を決めた翌日、体育館にて臨時の全校集会が開かれ、マッケンローから中等部以上の学徒動員が国会で承認されたことを説明され、中等部以上の授業は中止とし、戦の準備に入るよう命令が下った。

 館内にいた生徒たちは説明当初、戸惑ってはいたものの、集会が終わると年の若いクラスから順に隊列をなして出て行った。

 各教室に戻った俺たちは今後の方針を話し合う。

 基本的な行動はクラス単位でとし、勇者もその中に含まれる。が、勇者は特別にこれはと思う生徒を勧誘できるらしい。あくまで勧誘と言うのがミソで、強引な引き抜きは禍根を残すので加減が大事のようだ。

 勇者がいるクラスで単独行動できないかといった意見もあったが、魔王討伐が成功してしまった場合、他のクラスの生徒たちが割を食うとかで却下された。

 代わりに、徴兵された学園生全員で魔王討伐に行けば良いのでは、という案は教師に止められた。残された軍人たちの面目丸つぶれとなってしまうからだそうだ。

 どうしろと。

 ならばと、全軍で突撃しましょうという過激な案も、もし失敗したら取り返しがつかなくなるので駄目になった。

 生徒たちからの意見が出尽くしたのを見計らって、教室内の隅で様子を見ていた教官が発言する。


「貴様らの戦意旺盛せんいおうせいさは頼もしく思う。だが、戦場を知っているのは現地の兵たちだ。どう戦えば良いのかは彼らが教えてくれる。戦の準備に時間はあまりないが、できる限りの準備をしなさい」


 教官の言葉に一人の生徒が手を挙げ、許可をされたので立ち上がり質問する。


「分かりました。ですが教官殿、そういうことなら最初に説明してくれた方が話が早くて済んだのではないでしょうか?」

「何を言う。この学園では自主性を重んじている。戦では上官の命令は絶対だが、状況の打開には各個人の知恵や勇気が必要となる時もある。命令をただ聞いているだけでは意味がないぞ。どんなときでも何が最良か考えて行動しなさい」

「ありがとうございます」


 着席した生徒を見てから、教官が周囲を見回す。


「他に質問のある者はいないか?」

「はい」

「何だ」

「魔族との戦いについて、何か心構えはありますか?」

「……授業では教科書におどろおどろしい姿で描かれている魔族だが、姿形は大して人間と変わらん」

「…………それだけですか?」


 教官が言った意味を理解できなかったのか、困惑した生徒が拍子抜けした声で訊く。


「貴様らは躊躇ためらいなく殺せるか、と訊いている」

「え、それは……」

「魔物討伐の演習は何度かこなしたが、全て四つ足の獣だった。だが今回は限りなく人間に近い」

「で、でも、獣人みたいなものでしょ? それなら大丈夫……」


 生徒の口から出た言葉に俺は眉をしかめた。

 出たよ、獣人差別。この国ではあまり見ないからと言って偏見は良くない。

 ため息をつきながら発言している生徒を眺めていると、突然空間が揺れた。


「黙れ!」


 教官の声に教室がびりびりと震える。突然の事で教室内に沈黙が訪れた。


「……彼らと殺しあった経験を踏まえて警告する。獣人も魔族も甘く見るな。……以上だ。他に質問のある者は?」


 他に質問する者がいなかったため、教師は一時間の自由時間を設けた。

 生徒たちは仲の良い生徒たちと一緒にこれからの行動を相談し始める。

 俺もウェブルの席に向かって歩く。同時にマリーとルモールも集まってきた。


「まずはどうする?」

「両親や親族に今回の経緯いきさつを手紙にした。これから送るよ」

「もう書いたの? 準備がいいのね」


 ルモールの問いにウェブルがとった行動を明かすと、マリーが感心した。


「一応、ね。学園長が正式に表明するかどうか待つだけだったんだけど、本当になってしまった」

「最低、あと半年は欲しかったな。近接戦闘はともかくとして、魔法に関してはまだまだ伸びしろがあると教官に言われてたんだけど」


 ウェブルは肩をすくめ、俺は残念がった。


「手紙については夜に書くとして、とりあえずは昨日決めた……」

「仲間探しか」

「勧誘ね」


 ウェブルが言いかけた後を継いでルモールとマリーがほぼ同時に口にした。

 手持ち無沙汰ぶさたになりそうなので俺も手伝おうか。

 そう考えて三人に声をかける。


「俺も手伝う」

「いや、ノリオはやらないでくれ」

「どうしてだ?」


 ルモールに断られてしまったので、疑問を口にすると三人から意外な答えが返ってくる。


「君がやれば高確率で勧誘に成功すると思う。ただ、仲間として必要かどうかという人まで寄ってかねない」

「能力が無いくせに名誉めいよ欲だけ一人前とか邪魔よ、邪魔」

「下手すると俺たちの命がヤバいからな」

「……そうか、分かった」


 ウェブルの推測とマリーの拒絶とルモールの未来の予想に納得する。

 この学園に入ってから半年くらいでは、顔見知りになった生徒たちの人格までは把握はあくできていないだろう。

 もちは餅屋である相談役ウェブルに任せよう。

 では、出発までの十日間はどうするかであるが、服装や武器等の調達については教官にたずねるとして、それ以外の時間をどう使うのか考え、三人に訊いてみる。


「なあ、俺は出発までの間、教官たちから魔法の訓練を受けておいた方が良いか?」

「そうしてくれ。お前の膨大な魔力が一番助かるからな」

「僕たちの負担を軽くしてくれるとありがたい」

「頼りにしてる」


 ルモールとウェブル、マリーの了承りょうしょう、事情を説明した教師と教官たち、マッケンローから許可が下り、俺は気兼ねなく魔法の訓練を受けられるようになった。

 まずは伸び悩んでいる相性の悪い魔法ではなく、長所である相性の良い魔法をできるだけ伸ばすことにした。

 たった十日間だけでは大した成果は得られなかったかもしれないが、集中的に訓練をしたおかげで、教官たちからは訓練開始前と比べて伸びたとめられた。

 これにより、持続性や効果範囲、精度、制御などが向上し、歩兵一個中隊、四百人くらいなら丸ごと運用できると教官に評価された。

 また、膨大な魔力を限定的な環境下で使用すれば大隊規模、千二百人もいけると思われるが魔力の制御や集中力が甘いので逆に不利になってしまうだろう、と評価を受けた。

 ならば今度はと、魔力制御の技術を向上させようとするが、ここで時間切れとなった。


「後は現地で練習するように」

「今までありがとうございました」


 俺は腰を折って教官に頭を下げた。


「勇者殿の武運長久を祈る」

「はい。……教官たちはこれからどうされるのですか?」

「今現在、国がれを出して王国民の中から選抜徴兵せんばつちょうへいを行っているところだ。そいつらの短期育成をはかることになっている」

「彼らが戦場へ出る事の無いよう、なるべく早く魔王を討伐してきます」

「急ぐなとは言わんが、あせってしくじるなよ。そこが心配だ」

「……善処ぜんしょします」


 こうして俺は教官たちに別れを告げ、寮に戻る。

 教官たちから聞き出していた俺の長所と短所、今まで学んだ技術を考慮した戦術を夜間にることになっている。


「ただいま」

『お帰りなさいませご主人様、頼まれていた物を集め終わりました』


 帰宅したとき、いつものようにローナに出迎えられ、部屋の隅を見れば荷物が積まれていた。

 今夜は荷物の整理と明日の出発の準備で時間がとられそうなので、戦術を考えるのは後回しにする。


「ご苦労様」

『いえいえ、これくらいお安い御用です』


 ローナを労い、早速荷解にほどきしてみる。

 悪霊に効く銀の短剣とハードレザーの鎧、保存食料、ブーツ、厚手の上着やズボンなどを実際に着用して確認し、調整していく。

 学園編入当初に買い込んだ最初の装備は度重なる演習で傷だらけになっていたので、丁度良い買い替え時期だった。


「……何だこれ? こんな物、頼んだか?」


 荷物の中からテントが出てきたのでローナに訊いてみる。


『夜寝るとき、雨が降っていると大変ですよ』

「それは理解しているが、軍が貸してくれるんじゃないのか?」

『ちっちっちっ、ノリオ様甘いです。戦は基本各自が用意するものです』


 ローナが人差し指を立てて左右に振りながら理由を簡潔かんけつに述べた。


『それに、ここ半年の間に戦況が悪化して、馬車が軍に徴発ちょうはつされています。その不足によって、明日は現地に着くまで皆さん徒歩で行くことになります』

「……徒歩?」

『ええ、そう聞いておりますが……え、知らなかったんですか?』

「ああ」


 そういえば魔法の訓練に没頭ぼっとうしていて、身の回りのことは考えていなかった。

 となると、たどり着くまで野宿になるからテントは必要だな。


「そうなのか……、良い買い物をしてくれた、ありがとう」

『いえいえ』


 テントを床に広げてみる。


「……それにしても、一人用にしてはやけに大きいな」

『今回の戦には女子生徒も同行されるのでしょう?』

「ああなるほど、優先的に使わせるのか、配慮はいりょが行き届いているな」

『そうでしょう、って違います。いつでも女子生徒とねんごろになることができるようにです』

「ええ……?」


 ローナの断言に俺は眉をひそめた。


『もう、鈍いですね。精神的に追い詰められた男女がする事は決まってるじゃないですか』

「そんなもんか?」

『そういうものなんです』

「俺にその気はない。……まぁ何かの役には立つだろう」


 テントをたたんで丸めながらしまい、ローナと会話をしていると、共用通路とこの部屋をつなぐ扉からノックの音が聞こえてきた。


『おや、来客のようですね。はーい、少々お待ちを』


 ローナが音もなくすうっと床を滑るように移動し扉を開けると、そこに立っていたのは頭から外套がいとうかぶった人物だった。

 体が小柄だからおそらくは女子生徒だろう。


『……どちら様ですか?』

「もうすぐ夜だぞ、こんな時間にどうした」

「相談したいことがあるの」


 ローナの困惑した声の後に俺が呼びかけると、外套に覆われた中から漏れる声はマリー・ゼストのものだった。

 いつもの落ち着いた声とは違い、どことなく切羽詰まったような口調に、何かあったなと感じて招き入れることにする。


「……立ち話もなんだし、中に入れ」


 マリーをこの部屋にひとつしかない椅子に座らせると、俺はベッドの前にテーブルを移動させ、ベッドに腰掛けた。

 ローナが二人分の紅茶を運んできてテーブルにせる。


「紅茶だ。あり合わせの物しかないが。……ローナは廊下を見張っていてくれ」

『了解っ』


 ローナが扉の前に行ったのを確認してから話しかける。


「それで、話って何だ? ウェブルたちじゃ駄目なのか?」


 マリーがカップを手に取って口をつける。

 ようやく落ち着いたのか、カップを置いた後、頭に被っていた外套を下した。


「彼らには打ち明けづらくて……」

「ふむ?」


 またカップを取り、二口、三口と飲んでからぽつぽつと語り始めた。

 意外と紅茶が美味かったらしい。日常的に飲んでいたから分からなかったが、ローナの腕前はなかなかのもののようだ。


「実は、あたしの両親のことなんだけど、貴方と結婚しろってうるさくて……」

「……要するに政略結婚か?」


 マリーは黙ってうなづいた。


「あたしは歳が離れ過ぎてるから嫌だ、って拒否したんだけど……」

「無理強いをしてくると?」

「……うん」


 こちらの世界の貴族の考え方は俺にとってうといので、経験が豊富そうなローナに頼ってみることにする。

 いくら愛の伝道師とかもてはやされても、大半は男子生徒からであって、女子生徒が相談しに来るのはまれだ。来るのは相談にかこつけて俺を誘惑する場合が多い。それも最初のうちだけで、噂が広まったのか相談しに来る女子はがくんと減った。


「……ローナ、異常は無いか? 無かったらちょっと来い」

『ありません。……はい、何でしょうか』


 すうっと近寄ってきた彼女に訊く。


「聞いていたとは思うが、貴族の親はみんなこうなのか?」

『普通はこうではありませんよ。ノリ……勇者様が特別すぎるんです』

「ああ、俺の特大の魔力量が目当てで、女子が寄ってくるって話か……」


 誰も俺を見ようとせず、価値だけで判断されるというのもうんざりしてきた。


「貴方が来る前はこうじゃなかった。……ウェブルとルモール、学園初等部から一緒で、二人が優秀だからもあるんだけど、両親も下位貴族でもその二人ならと許してくれていた。……けど」

「そこに俺が現れた、と」


 マリーの語気がちょっと強くなってきた。


「貴方の噂とあたしからの近況をしたためた手紙を知った途端、目の色を変えて言ってきたの。『あんな二人よりも勇者を狙え、手段を選ぶな』って」

『あらら』

「うわあ」


 マリーが紅茶を飲み干して、手を震わせながらカップをテーブルに置いた。


「最初は両親の頭がおかしくなったのかと疑った。でも本気なんだと分かって幻滅げんめつした。そこでようやく気が付いたの、あたしは単なる政略結婚の道具としてしか見られてないって」


 そう言うとマリーはテーブルをだんっと両手で叩く。

 俺は彼女の内情を聞いて同情した。

 中世の貴族あるあるだなあ。……いや、待て、マリーでさえこうなんだから、他の女子生徒も似たような問題を抱えているんじゃ?

 その点に気が付いた俺は、内心冷や汗をかいた。

 まかり間違えば家庭問題に巻き込まれて、俺が刺されかねない!?

 そもそも、手当たり次第に女子生徒に手を出すと、嫉妬しっとした男たちに殺されかねないので絶対にしないし、他国の優位に立つためなどといった理由で、寄ってたかってしぼり取られて死ぬ未来が想像できる。

 結構危ない立ち位置なんだな、俺。

 そんな風に考えていることなど、彼女は知らずに話しを続ける。


「それで解決策を思いついたの。聞いてくれる?」

「お、おう」

『勇者様、腰が引けてます』


 ローナの指摘に気づいた俺は、内心感謝しつつ姿勢を正す。


「あたしが言ってもらちが明かないから、貴方があたしの両親に直接ことわるよう言って欲しいの」

「それは構わないが、……荒れるぞ?」


 家庭問題に巻き込まれたことが確定した。というか断り方を間違えれば殺されかねない。


「良いの! パパとママが諦めてくれさえすればどうとでもなる!」

「分かったから声を抑えてくれ、ここの寮、壁が薄いから……」


 とか言っていると、隣の部屋との間の壁がどんと音を立てた。

 ああもう、言わんこっちゃない。

 内心、頭を抱えていると、突然、目をすわらせたマリーがテーブル越しに俺の襟首えりくびを両手でつかんできた。


「ちょっ、どうした、苦しい……」

「大体、貴方がさっさと彼女を作らないからあたしがこういう目にってるの」

「仕方ないだろ、こっちも色々探しているけどなかなかお目当てに叶う人物が見つからないんだから……?」


 理不尽りふじんな批判に辟易へきえきしつつも、事情を説明する途中で彼女の吐息といきに違和感を覚えた。

 アルコール臭い。

 思わずローナを見るとにやにやとこちらをながめている。


「ローナ、何で酒を混ぜてるんだっ」


 過去に訪れた勇者たちの誰かが酒に革命を起こした。度数の高いヤツ。俺も例にもれず秘蔵の酒として愛飲しているわけだが、それをローナはこっそり悪用したようだ。


『いやあ、何かふさぎ込んでいるみたいですし、お酒の力で吐き出してしまえば良いと思いまして』

「……ねえ」


 俺の小さな声での抗議に笑顔で答えるローナ。マリーが何か言ってるが無視する。


「絶対、それだけじゃないだろっ」

『まさかここまでお酒に弱いとはおもいませんでした』

「ちょっと」


 俺の抗議が続くがローナはました顔で答える。マリーよりもローナが問題だ。


「何、ぬけぬけと言ってやがるっ」

「こっち向け」


 襟首を離したかと思ったら、顔の両脇を掴まれて向きをマリーに無理やり変えられた。


「ぐげっ」


 予期しない痛みに思わず声が漏れる。

 今、首から嫌な音が鳴ったんだけど!

 明日にでも聖女見習いに診てもらおうかと思いながらマリーを見ると、まなじりから涙をあふれさせていた。


「あたしはノリオに尽くしてきたんだから、そのくらい良いでしょ!?」

「言い方ぁ! 分かった、分かったから! あと、声大きい! 静かに!」


 確かにウェブルたちには随分と世話にはなってきたが、不満をため込んでいたようだ。

 今度、今度があれば良いが、何かうまい物でもご馳走ちそうしよう。

 また壁がどんと叩かれる。

 現実逃避したい。

 しかし当事者なので逃げ道はなかった。


「分かれば良いの、分かれば……もう駄目」

「……マリー?」


 俺の顔を掴んでいた両手が離れると、マリーは力尽きたように椅子に座る。

 テーブルを回り込んで彼女の顔を覗き込むと、うつらうつらとふねをこぎ始めていた。

 どうやら、緊張の糸がけたようだ。酒の力に負けたとも言う。

 ローナはどのくらい酒を紅茶に注ぎ込んだというのか。


「女子寮へ運ぶしかないか」

『え、介抱という名のお楽しみはしないんですか?』

「……消滅させられたいのか?」


 自分でも剣呑けんのんな低い声が出た。

 やったことはないけど、今ならできそうな気がする。

 さすがに俺の態度にびびったのか、ローナが後ずさりした。


『い、いいえ、冗談ですよー』

「なら良い。……カップの後片付け頼んだぞ」

『はーい』


 ローナが不貞腐ふてくされた声を上げる。


「……冗談でもやって良い事と悪い事がある。分別をつけてくれ」

『それでは、私の存在意義が……』

「冗談で生きる幽霊メイドとは一体……」


 哲学じみた感情で視線をちゅうにさまよわせながら、マリーを背負って部屋を出ると、出入り口に学生が数人固まって俺を見ていた。


「どうした」

「いや、ついに勇者殿にも春が来たのかと思って、つい」


 叱られるのかと思ったのか、愛想笑いを浮かべる生徒たち。


「何もなかった。単なる恋愛相談だ」

「背中の女子は?」

「疲れて眠った。送り届ける」

「あ、そう……」

「何でそこで残念がるのか……。それよりも、明日に向けての準備は大丈夫か?」

「いけね、途中だった」


 そそくさと退散する者たちを尻目しりめに、マリーを無事女子寮入り口まで運び、寮長に引き渡してきた。途中になっていた準備を進める。今日の深夜までには整うだろう。


◆     ◆     ◆


 翌朝、各自準備を終えた俺たちは校庭に集まり、マッケンローから訓示を受け出陣した。

 俺は勇者部隊という何のひねりもない名称で行動することになった。

 勇者部隊の内訳は、マリーを含めた聖女見習い四人、ウェブルを含めた魔法使いが二十一人、ルモールを含む魔法戦士が十五人、そして俺といった四十一人からなるクラスに、勧誘に成功した二十六人を合わせた計六十七人の構成だ。

 さらに荷物持ちとして幽霊メイドたちがついていく。

 彼女たちは意外なほど力持ちで、重い荷物を背負っていても行軍速度が鈍らない。

 なるほど、こりゃあ重宝されるわけだ。

 文句を言わない彼女たちの献身けんしん的な働きを俺たちは歓迎した。

 基本は馬車での移動なのだが、今回の戦争で徴発されていて数が足りないので歩きになった。荷物を背負わなくて良くなった生徒たちであるが、長距離の行軍には堪えたようで、夜の食事と就寝の時間には足が痛いなどと不満の声が聞かれた。

 その行軍が三日も続けば、慣れてきたのか不満がぐっと減った。

 時折出現する魔物を撃退しながら行軍は続いた。

 一見いっけんのどかな畑の中の道を歩いていると、ふと空を見上げた生徒が声を上げた。


「あれは何だ」

「……鳥にしては大きいな」

「それよりもはるかに高く飛んでる」


 彼らの声に誘われるように俺も見上げた。

 なるほど、彼らの言う通りだ。

 ……羽ばたいていない? 翼人よくじんではなくハンググライダーっぽいな。

 翼人とは文字通り背中につばさがある獣人のことだ。町から町へ手紙を配達する郵便屋として働いている事が多い。

 周囲を見回してみると、進行方向に軍事国家を隔てる低い山々が連なっているだけで、他に山は見当たらない。

 山を利用して飛んできたのか?

 山とグライダーを交互こうごに見る。


「あれは我が国の偵察ていさつ隊だよ」


 その声に振り返れば、高等部三年から勧誘した魔法使いの一人、ジャック・エイジスが飛んでいる物体を指差していた。


「味方なら安心です」

「でも、何故こんなところを? 敵はあの山脈の向こう側でしょ?」


 俺の安堵あんどの声の後にマリーが不思議そうな顔でジャックに問いかける。


「おそらく、背後に敵が回り込んでいないかとか、私たちがいつ来るのかといった理由だろうな」


 なるほどと思いつつ、偵察機を見上げる。


「あ、降りてくるぞ」

「こっちに来る」

「敵味方の判別のためかな? ……皆、攻撃はするな! あれは味方だ!」


 ジャックが周囲に叫んで注意する。偵察機はぐんぐんと高度を落としながら近づいてきた。


「おーい、おーい!」


 生徒たちの何人かが手を振る。

 近づいてみて分かったが、本当にハンググライダーだった。操縦している人間は寒さ対策のためか、全身防寒装備で覆われているので男か女か判別できない。

 だが、最も驚くべきことは他にあった。


「なあ、何かおかしくねえか?」

「ああ、何か、子どもに見えないか、あれ?」

「……確かに子どもだ」

「いや、子どもにしては小さすぎるぞ」

「……まさか、幼児か、あれ?」


 あまりの光景に皆が静まり返る。

 初等部どころか、それも怪しい。幼等部後半ぐらいではなかろうか。

 グライダーを操縦している子が機体を安定させてから、片手で手を振ってきた。目はゴーグルで覆われているので表情が分からない。

 マリーがジャックに詰め寄った。


「ジャック先輩、どういうことですか?」

「あー、君らは知らなかったか。幼年偵察隊は基本、風魔法を使える幼子おさなごたちで構成された部隊だ」

「ですから、何で幼児が戦に関わってるんですか!」

「我が国ではまだ、少年や大人であつかえるほどの技術を持っていないんだ」


 マリーが呆然ぼうぜんとしジャックから後退あとずさる。


「……それだけの理由で……?」

「機体の強度が足りない、強くすると重くて操作がしづらい、体重が重い人間ほど鈍重になる、的が大きすぎて敵からも狙われやすい、などと欠点が多い。……けれど、彼らのおかげで敵の位置が夜間以外は丸わかりになったのは大きい」


 偵察機を操る幼児は手を振るのを止めると、機体を反転させながら風もないのにふわりと上昇しあっという間に胡麻粒ごまつぶほどの大きさになり、山の方へと向かって飛んでいく。明らかに物理法則を半ば無視した動きだった。

 偵察機の操縦者になるだけの技量があるってことか。

 俺たちは無言で偵察機を見送った。

 俺は感心しつつも、世の不条理ふじょうりいびつな世界を垣間かいま見た気がした。


◆     ◆     ◆


 国境線の山脈のふもとに達した俺たちは軍から派遣されてきた案内役の兵士に連れられ、中腹にある司令部にたどり着いた。

 司令部は土魔法で大穴を穿うがち、内部が複雑にからみ合う要塞とも呼べる一大構造をしていた。

 司令部で軍全体を統括とうかつする総司令官に面会するため、俺とウェブル、ルモールが内部に案内される。


「テイラー司令官、勇者殿をお連れいたしました」

「入れ」

「こちらへ」

「ありがとう」


 案内してくれた兵に礼を言い、三人で部屋に入る。

 室内は魔法の明かりで煌々こうこうと照らされ、中央の大きな机に国境線から軍事国家全体にかけての地図が載せられていた。

 室内には幾人もの人間がせわしなく動いていたが、そのうちの一人が俺たち三人に近づいてきた。頭髪を半ば喪失そうしつした初老の男性だ。胸に幾つもの勲章くんしょうかざられている。


「私が総司令官のウォルズ・ガムナ・テイラーだ。して、誰が勇者かね?」

「はい、私が勇者の安武典男です。安武が姓で典男が名前です。そしてこちらが勇者部隊の副官を務める……」

「魔法使いのウェブル・ケイです」

「魔法戦士のルモール・テイラーです。……お久しぶりです、お祖父じいさん」


 おや、と気づいた。そういえばテイラー繋がりだ。


「ルモール、もしかしてウォルズ総司令官とは……」

「父方の祖父だよ。ほら、お前にちょくちょく戦の情報を流したのもこの人がいたからだ」

「おいおい……」


 軍の情報漏洩は場合によっては罰則が厳しい。情報の重要性によっては死刑になることもありうる。

 大丈夫なのかとウォルズを見やる。

 総司令は誰もが見て分かるほどにため息をいた。


「秘密にしておけと言っておいたのに、漏洩ろうえいさせたのか、ルモール?」

「勇者のためを思っての行動ですよ、総司令」

「そうです。彼からの情報がなければ対策、というか準備もままなりませんでした」


 ウェブルが真っ先に彼をかばい、俺も後に続く。


「……ふむ。ではそういうことにしておこう」

「ありがとうございます」


 俺たち三人はウォルズに頭を下げた。


「それにしても、下位貴族である我がテイラー家の者が総司令官とは知りませんでした」


 ルモールがやや興奮しながら言った。

 そういえば変だ。上位貴族はどこに行った?

 階級が上の貴族が指揮をとったりするものではないかと思っていたが、この国では質実剛健しつじつごうけんで実力主義なのかもしれない。


「儂は戦時昇進で一気に少将になった」

「……上、中位貴族たちは?」


 ルモールが戸惑った様子で質問する。


「手柄欲しさに我先と突撃してな。残ったのは作戦に反対した者たちと逃げ帰ってきた者たちだけだ」

「ええ……?」


 意味不明の出来事に俺たちは呆然とした。

 我に返ったウェブルが困惑した顔で訊く。


「その作戦って内容はどういうものだったんですか?」

「敵は数に劣るから、同盟国と結託けったくして多勢で攻め込めば勝てる、と言っていたんだが、敵を知らなさすぎたな」

「……まさか、威力偵察すらしなかったんですか?」

「したぞ。ただ、敵が交戦もせず、どんどん逃げていくのを見て、馬鹿どもが調子に乗りおって……」

「我が軍のどのくらいが罠にはまったんですか?」

「前総司令官と腰巾着こしぎんちゃくどもには逆らえん。ほぼ全部隊だ」


 ウォルズの諦観ていかんちた言葉に俺たちは天をあおぐ。


「……良くぞご無事で」


 ルモールが声をしぼり出して言う。

 壊滅の危機を脱したんだから賞賛して良いと思う。


「慎重な指揮官たちはわざと部隊を遅れさせ、距離をとったからな。罠にはまったと感じたら即撤退したよ」

「全部隊でかかれば勝てていたのでは?」


 ウェブルが希望的観測を意見してみたが、ウォルズに即否定される。


「いや、無理だ。奇襲を受けた前衛と主力部隊がまたたく間に溶けていったからな。反撃する暇もなかったろう」

「……そこまで敵は強大なのですか」


 ウェブルが敵の凶悪さに身震いした。その感情は間違っていない、俺でもおびえる。

 俺たちが絶句している間にウォルズが説明する。


「さらに撤退戦の終わりに、こことは違う場所に築かれていた要塞が潰されたので、以降は防戦を主体とし、新しく地下要塞を築いた。それがここだ」

「こちらから攻めない限り向こうは攻めてこないと聞きましたが、本当ですか?」

「本当だ。国境線に接している国々に攻め込んだことはこれまでない」


 ウォルズの言葉にウェブルが確認をとるが返ってきたのは肯定こうていだった。


「話を聞く限り圧倒的な戦力差なのに、向こうから仕掛けることがないということは何か理由があるのではないでしょうか?」

「その理由について、俺達も散々議論したんだけど結論が出ませんでした」

「それはこちらも同じだ。…………あるいは、あるいはだが、最初からこちらに攻め込む気がないのかもしれん」


 俺とルモールの発言にウォルズは同意し、眉を寄せたまま推測を口にする。


「軍事国家を滅ぼしたのに? 普通なら他の国にも同じことをやると思うのですが」

「それだ。そもそも軍事国家を滅ぼさなければならないほどの怒りや憎しみを持っていたとして、それが現実に達成されたからではないのか?」


 ルモールの反論にウォルズが推測で返答する。

 ウォルズの言葉を吟味ぎんみする。特に否定的な要素は思い当たらない。


「……その可能性はあるな」

「……ノリオ?」


 俺のつぶやきを聞いたウェブルが俺を見るが、今は置いておく。それよりも、ウォルズの推測の先が気になったので質問してみる。


「もし、その仮定が本当だとしたら、何故世界各国に対して表明しないんですか?」

「奴ら魔族にとって、わしら人間が信じられないんだろうな」

「魔族の捕虜はいるんですか? 対話の窓口にしたいんですが」

「残念ながら軍事国家が滅びた後、同盟各国で開戦してからこれまで一度も捕虜にしたことがない。こう言ってはなんだが、奴等は仲間思いで結束が固い。その上、我が軍の魔族に対する偏見も強く、片端から殺してしまう。先の攻防が効いたな。魔族に対する憎しみが強すぎる」


 ウォルズから現場の実情を聞かされ、ため息を吐きたくなるが我慢する。 

 とりあえず、状況打開のために動かなくてはならない。


「捕らえればいいんですね?」

「できるのか?」

「できるできないの話ではなく、やらなければならないのです。そうでないと話が前に進みません」

「……そうか、ではやってみなさい。こちらからも協力しよう」

「お願いします」


 ウォルズから許可を得たので頭を下げる。

 顔を上げた途端、ルモールが俺の肩に手を置いてきた。


「おい、ノリオ、待て」

「……反対か?」

「そうは言ってないだろ。あてはあるのか?」

「まずは情報収集、つまりは聞き込みだ」

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