第24話 アウスレータとの決闘

「何でこんなことになったのかな……」


 ラキアは軽くため息をついた。


 今日は、彼の夫となるらしい精悍な男アウスレータと、自宅前で泣いてうずくまっていたところを拾った軟弱な男ココロが、事もあろうに自分を賭けて決闘するという、その当日。

 ラキアには、結婚はおろか、恋愛そのものにすら実感がないと言うのに。


 自分はどこかで人生の選択を誤ったのだろうか?だから、望まぬ現実を引き寄せてしまったのだろうか。

 分からない。


 ラキアは小さい頃から自分の中にある『正しい世界』を信じ、その価値観に従い生きてきた。その結果、彼女は故国を捨てる結果を招いた。それでも彼女の内に眠る、彼女自身の小さな『正しい世界』を信じている。

 その世界では恋だの異性への憧れだのといった感情を見つけられなかった。自分には過ぎた感情。でも、もっと小さな愛情がそこかしこに散らばる世界。


 その世界で彼女はココロという男を拾った。

 その男は、情けなく、頼りなかったが、時々役に立った。

 やたらと自分に懐いて来て、正直、鬱陶しいと思わないでもなかった。何より、自分に真っすぐに向けられる想いが眩しすぎて、自分は真っすぐに見返せない。

 違うのだ。自分はそんな、憧れられるような存在ではないのだ。

 もっと小さな、自分の世界を守ることに必死なだけの半端な存在。

 ココロは何を勘違いしているのか、そんな自分を一端の女と見ている。ヒィズの方が余程、相手として相応しいのに。


 何でこんなことになったのか?


 分からない。自分のために誰かが傷つくような事は間違っているはず。自分にそんな価値はない。

 なのに、今日、その傷付け合う儀式が始まる。


 決闘に参加できない自分は、それを見届けるより他にない。

 それでも、彼ら自身の世界が、その意思が決めた結果であるならば、それを最後まで見ること。自分の世界に刻むこと。

 ラキアは、それしかできることはない。思いつかない。


「……行こうか」


 ここメンデラツィアに入る際に見つけた相棒、白狼の首筋に手を当てる。

 気づかわし気に首筋を舐めてくる相棒の首筋を撫でて、ラキアは重い足取りを踏み出した。


***


「……これはまた」


 アウスレータは確かに一週間待つと言ったし、群対群の戦いとは言った。

 それにしても、これは一体何なのだ?


 アウスレータの周辺には仲間の二十騎が周辺に待機している。その眼前には、今までに見たことがない敵の布陣があった。

 

 大きな管をニョキリと生やした大きな円筒形の謎の金属製構造体が平原に据え付けられていた。その前にはアラフアとパルテが構えており、上にはヒィズが立つ。そして周囲には変な人形が十数体。

 肝心の決闘の相手、ココロはそれらの後ろで、森を背にして立っている。


「酷いと言えば、これほど酷い決闘は見たことがないし、思いつくことも出来ねぇな……」


 いっそ、清々しいほどに、他人任せな決闘。


「ラキアぁ、お前を攫いに来た相手がこれって、お前はいいのか?」


 にやにやしながらココロを指さすアウスレータに、ラキアは面白くもなさそうな顔を向けて返す。


「笑っているけれど、あれで結構、曲者よ? 甘く見ていると噛みつかれるわよ」


 予想外に相手を評価する回答。

 あんな鉄屑を使ってなにをしてくれるのか? 楽しみだ。


「よぉ、ココロぉ! そろそろ始めてもいいかぁ!?」


 準備が整ったかどうかを問う。


(今から信号弾を打ち上げるから、それが鳴ったら開始、それでいいかい?)


 あまり通らない声が返ってきた。

 全く、締まらないったら。


「それでいいぞぉ! 準備できたら撃てやぁ!」


 一拍おいてから、撃った本人と同じくらい気の抜ける、ひゅるるるぅ、という音がして――たぁん!――開始の合図の音が鳴り響く。


「行くぞぉ!」


 アウスレータは、久しぶりにアゼルピーナ以外の相手へ向かうことに高揚し、一直線に円筒形の構造体に向けて駆けだした。


 メンデラツィアの精鋭達に、具体的な戦略などない。

 アウスレータが先頭に立って突っ込む。その周囲の者達は、思い思いのスタイルでそれに続く。横に付くもよし。後方で俯瞰し状況を見極めてから突撃しても良し。迂回して側面から敵を嚙み切っても良し。

 大体、隊員の個性があり、それに合わせた期待行動があるが、しかし自由であり、個々人の裁量に委ねられる。


 今回は、半分は正面から、残りは左右に迂回して突撃を仕掛ける。

 瞬発力ならば馬を遥かに上回る大狼の脚力に任せて、一気に距離は詰められて行く。


『ががががががががががが!!』


 突如、円筒形から生えた管から激しい爆音が聞こえて、何かが射出される。


 ぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふ!!


 旋回しながら発射される謎の物体はすぐに地表に落ち、鈍い炸裂音を立て、もうもうと黒煙を上げて燃え始めた。


「なんだぁ!?」


 ちょうど進路上に着弾され、減速したり、慌てて進路変更したりして、隊列が大きく乱れる。

 巧く炎を躱して先行し円筒構造体の前に出たアウスレータを迎え撃つのはアラフア。


「恨みはないが、恨むなよっ!!」


 アウスレータは必殺の狼鎖剣を打ち放ち……


 ぎぎぎぃん!!


 アラフアにより、打ち落される。


「!!」


 正直に驚いた。まさか人間に、自分アウスレータの剣を防げる者が居ようとは。それも女で?


「いいねぇ!!」


 相棒の黒き大狼が宙に跳び、上から下に向けて打ち下ろす。

 流石に重力の乗った狼鎖剣は打ち払わずにしゃがんで回避するアラフア。

 態勢が崩れたその隙に、再び狼鎖剣を打ち込む。何しろ、狼鎖件はただの鎖付の投擲剣ではない、より迅速に剣を巻き戻す機構が存在するのだ。

 凄まじい勢いで巻き戻った剣を、しゃがんで動けないアラフアに向けて――


「この駄犬がぁ!!」


 鈴の音のような罵声を浴びせかけながら、パルテが小弓で矢を射放つ。

 放っておくと大狼に矢が当たりかねない。流石にこれは看過できず、手甲を使い矢を落とす。


「お覚悟!」


 柔らかい声が、自分に覚悟を求めてくる。

 と同時に、銀色の二筋の銀光が煌めいた


 キィン! キィン!


 ヒィズの放った狼鎖剣を、なんとか手甲で弾き返す。

 確かあの娘は、円筒構造体の上に立っていた。つまり、上から攻撃し戦況を見渡すのに適した場所に当初より位置していたわけだ。


 なるほど、あの娘の腕は素人よりはマシな程度だが、それでも場所と役割を持つことで、相応の戦い方ができるわけだ。少なくとも、自分の体勢を崩すことくらいできる程には。


 着地した先に待っていたのは、先ほど見た謎の人形。何故か動いている。


「ほぃやぁ!そぃやぁ!ほらほら、こっちじゃよ!!」


 甲高い、年寄臭い口調の可愛らし声が聞こえ、その気の抜ける掛け声と共に放たれるのは、決して可愛くない火砲。


 どん!どん!どん!


 音を立て、その人形の腕から放たれた弾は、アウスレータの周囲に着弾し弾けた。ご丁寧に、炸裂した弾にも仕込みがあり、気にしなくては怪我を免れそうもない。


「ふざけてろっ!!」


 アウスレータは狼鎖剣を投擲すると、がぃん、と音を立てて人形が吹き飛ぶ。

 しかし、吹き飛んだ人形とは別の人形が既に動き出している。


「――憑依、か」


 あの自称ヤキンツァ導師が、おそらくあの人形に憑依し動かしているのだろう。

 使い捨てられるのなら、動いている人形を壊したところで意味は薄い。


「本当にいろいろやってくれるなっ!」


 ふと周囲を見ると、濛々と黒い煙が立ち上っている。

 戦況が見渡せない。


 というか、ここはどこだ? いま、どこに位置している?


 耳を澄ますと、周囲から様々な音が聞こえる。

 円筒構造体から間断なく放たれる弾が炸裂する音。アラフアの掛け声。たまにパルテのそれも聞こえる。

 濛々と煙が漂う中、思い出したように頭上から音がするのは、狼娘ヒィズが場所を離れない程度に牽制の攻撃をかけているためか。

 そして、金属同士の擦過音。あの自称ヤキンツァ導師の人形が、そこかしこで稼働している。


 全体的に、敵さんココロたちは自分の隊の攪乱には成功しているようだ。少々悔しいが、手玉に取られている。

 だが、自分の位置は、どちらかというと最初にココロが居た地点にかなり近いポイントではないのか?


 黒煙のせいで、視界も、嗅覚も効かない。様々な音が鳴り響いている環境で、自慢の聴覚も頼りにならない。

 アウスレータは、手を振って相棒の黒い大狼を退避させる。この煙の中でこの相棒の体格は不利だ。


 すぅ。

 姿勢を低くして、四足歩行に切り替える。

 そのしなやかな筋肉は、音を立てずに滑るように移動することを可能とする。


 地表近く、黒煙により視界が妨げられない程度に顔を下げ、慎重に周囲を伺う。

 皮膚の感覚を信じろ。総合的な気配を感じろ。ココロはきっとこの状態を前提として俺を狙ってくる――


 パン!


 何かが破裂するような音が聞こえると同時に体を跳ね上げる。

 一瞬前までに自分が居た場所に何かが穿たれ、ぱぁん! とおとを立てて弾ける。


 ココロか!


 その攻撃が来た方向に注意を向けると、何者かが森の中に駆け込んでいく様子が伺えた。

 アウスレータは四足歩行のままでココロの背中を追跡する。決して油断せず、罠や伏兵などに引っかからないよう周囲に気を配ったまま、それでも人よりも遥かに速く森の中を進んで行く。


 ほどなく、ココロを捕捉した。

 ここは、森の近くの窪地の側。直径で三から四マレルメートル程度に地面が窪んだ場所の縁。ココロはその縁沿いに走って逃げている。


 ――逃がすかよ!


 アウスレータは、少し速度を上げて、窪地の反対側に躍り出て、狼鎖剣を放つ。


 ぎぃん!


 ――!


 まさかの、ココロが狼鎖剣を弾いた。剣など持っているようには見えなかったが。

 良く見てみると、両腕に長い棒を付けており、その棒の途中から生えた突起を握りしめていた。

 もしアウスレータが現代日本の知識を持っていたら、それは「トンファー」という武器の形状によく似ていることに気づいたかも知れない。


 「うわぁっ!!」


 ココロは、その突起をアウスレータの方に向けて、何かを撃った!

 しかし、遅い。見える。

 アウスレータはその弾を掻い潜り、地面すれすれに身を沈めて心ココロに迫る――が、そもそもココロは弾を撃った反動でバランスを崩していた。


「うわぁー!!」


 そして、そのまま窪地に落ちて行った。

 この窪地は、せいぜい深さ三マレルメートル程度。俺は軽く跳んで、窪地の中央付近に着地する。


 ココロが居るはずの方向を見ると、無様に尻もちをついた状態でこちらを向いているココロが見えた。顔には変なマスクを着けている。窓に嵌める透明な板のような素材で目を覆い、栗鼠の頬袋のような変な形状をした頬当マスクをしている。


 ……なるほど。

 あの装備のおかげで、黒煙立ち込める戦場で物を見て、呼吸をしていたわけだ。

 つまり、奴の作戦は、あの戦場を黒煙で充満させて、俺達狼人の目と鼻を封じ、自分達は装備でそれを防ぎながら隙を待つ。そんな作戦か。


 面白い考え方だが、これで終わりだな。


 自然に沸き起こる笑みをそのままに、アウスレータはココロに近づいて行く。

 両手に装備した武器にも興味はあるが、こんな決闘で部下が怪我でも負ったら馬鹿馬鹿しいからな。とっとと終わらせなくてはならない。


「よぉ。一回だけ聞いてやる。諦めて降参するか?」


 その言葉には応えず、必死の形相でココロは何かの筒をこちらに向けてくる。

 口径が大きい筒。威力がデカいのか?


 どういう攻撃をするのか分からない以上、少し距離を取って狼鎖剣で仕留めるべきだろう。

 そう考えたアウスレータは、一歩だけバックステップして、狼鎖剣を構える。

 その隙にココロは筒を撃った。


 ひゅるる~~……


 少し間の抜けた音を立てて、黒い玉が昇っていく一瞬。


 なんだありゃ。


 破裂するでもなく、大した速度もなく、打ちあがる大きな黒い玉。

 あれは警戒するべきものではねぇな。

 そう判断したアウスレータはココロの方を向いて――


 ぱぁん!!!


 頭上で何かが炸裂する音がして、続いて視界が真っ暗に染まる。

 何事、と上を向いたアウスレータは、自分やココロを含めた窪地全体を覆うような黒い布が頭上に舞っているのが見えた。


 ? 布? あれは何の役に立つのか?

 一瞬だけ思考が停止する。

 その隙に、再び何かを撃つココロ。

 地面と窪地、そして黒い布に覆われた準閉鎖空間の中で、それは――


『どおぉおおぉおぉぉおおぉぉん!!!!』


 凄まじい爆音を立てて弾けた!!

 簡易的に閉鎖された空間の中、音を反射する特性を持つ黒い布はその轟音を閉鎖空間内に封じ込め、アウスレータの自慢の聴力を襲った。

 堪らずに耳を塞ぎ、膝をつくアウスレータ。

 目尻に涙を浮かべながら、薄目で見るココロが居た方向には、両腕に装着した謎の筒トンファーの右腕側先端をこちらに向けるココロの姿。


 動けない。

 ここまでか。


 ――まさか、このアウスレータが、ここで終わりとは――


***


「ぶえっくしょん、ぶえっくしょん、ぶえーーっくしょん!!」


 激しく涙と咳で苦しむアウスレータを見て、ココロはようやく少しだけ緊張を解く。

 ゆっくりとアウスレータの側に歩み寄り、声を掛けた。


「アウスレータさん、こんな手段を使ってしまい、申し訳ございません。

 降参していただけないのでしょうか」


 アウスレータは、苦しそうに呼吸をしながら、涙目で睨みつけて、それでも僕にこう言うのだ。


「……殺せ」

「申し訳ありません、アウスレータさん。

 貴方をここで殺すことは、僕にはできません。

 そんなことよりも、僕には貴方にお願いしたいことがあるのです」

「……お願い、だと……?」

「はい、そうです。

 ここで僕が貴方に勝ったところで、ラキアの望みは適わないのです。

 ラキアの望みは、僕と共にあることではない。彼女は、コツァトルとユーハイツィアの戦争を止めること。

 僕が貴方に勝っただけでは何の意味もない。

 だから、僕は貴方にお願いをする。

 僕達と協力して、一緒に戦争を止めて欲しい。

 形式としては、前回と同じ、アラフアさんに雇われる形でお願いしたい」


 涙目が収まらないアウスレータだが、話を聞くために姿勢を整える。


「まさか……俺との決闘の前で……そんなことを……考えていたとは……な。

 話を……聞こうじゃぁ……ないか」


 それを聞くと、僕は懐から首飾り形状の護符を取り出してアウスレータの首にかける。

 見る間に、アウスレータの表情が和らいで行った。


「これ……は?」

「強心晶、と言って、身体の不調を魔力を使って緩和する護符です。

 今回のような聴覚異状、鼻涙管、喉などの不調にも効果があります。

 何であれば、麻痺や毒にも一定の効果があると聞いていますよ」

「こんなものまで用意していたのか……」


 アウスレータは力なく笑った。

 ラキアの希望を自身の損得勘定の対価としてのみ扱う自分と、あくまで相手のことを考えながら自分の想いを命懸けで貫くココロと。どちらが相手により相応しい存在なのか、アウスレータにとっても自明である。


「面白いな、お前。

 それに、俺達を追い出したコツァトルと、人間共の国ユーハイツィアに歯向かうって考え方もいい。

 いいぜ、その話、俺も乗らせてもらうぜ」

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