第22話 ラキアの嫁入り?断固阻止!

 どこまでも透き通るように青い空。ゆったりと流れる雲。いつも通りの空。

 ……ああ、空は何故、あんなに大きくて、こんなに暖かいのだろうか……


「ココロさぁん、大丈夫ですかぁ?」


 んしょ、と僕の横に座り込むイリカさん。

 現実逃避をしていただけなのだけど、心配してくれたのだろうか。


 大の字に寝転がった僕から見上げるイリカさんの横顔。

 魔法具屋で初めて出会った頃のふくよかな感じから、いつの間にか頬骨が目立つほどに無駄な肉が無くなり、削げたとまでは言わないけれどかなりスリムな印象になっている。

 いや、顔だけではない。服装がゆったりしているので分かり辛いが、全体的に痩せてきたのではないだろうか。苦労をかけさせているようで、どうにも申し訳ない。

 それなのに、イリカさんの女性的な部分はあまり引っ込んでいない。その結果、少々メリハリが効きすぎた容姿プロポーションになっていて、目の毒である。


「元気だしてくださいよぉ。私たちの一行パーティーは、ココロさんがリーダーなのですからぁ、ココロさんが元気ないと寂しいですよぉ」


 そう言って覗き込んでくる。

 胸が邪魔で顔が良く見えない。


「ありがとうございます、イリカさん。

 僕は混乱していますけど、大丈夫です。

 元々、ラキアとは何かを約束した仲ではありませんから。

 そう、僕が勝手に誓っていただけで……」


 ごろごろごろ、と地を転がってから半身を起こして、イリカさんに向かって笑いかけながら、強がりを言ってみる。


「……そぉんな、寂しそうな笑顔で、いわれましてもぉ……」


 全然ダメだったようだ。


「私でぇよろしければ、いつでもお話し相手に、なりますよぉ?

 少しでも気晴らしになるならぁ、付き合いますから、いつでも言ってくださいねぇ」


 そう言って、にへら、と微笑むイリカさん。

 相変わらずの包み込むような優しさ。

 時折、地雷原を踏み抜きながら突き進むような怖さはあるけれど、あれは意図しないでやっているだけで、困っている人を見過ごせないとても優しい人なのだ。


「もしぃ、あの狼人さん達にカチ込むならぁ、付き合いますからぁ、ちゃんと先に相談してくださいね?」


 とても優しいのだが、時々、この人の頭の中はどうなっているのかを知りたくなることはある。


「あぁー!!そんなところで何やっているのですか!!」


 声がするのと同時に、ひゅっ、と狼鎖剣が飛んで来る。

 くるり、と杖を回して杖頭を向けイリカさんが力を解放すると、狼鎖剣はあらぬ方へと逸れる。


 いつものヒィズさんとイリカさんのじゃれ合い? が始まった。

 流れ弾に当たらないように少し避難しながら、自分も寝ている場合ではないと元気づけられた気になる。

 そうだよな、もう呆けている時間は終わりかなぁ、と気持ちに区切りをつけて立ち上がった。


 そう、もともと、やるべきことなんて最初から決まっているのだ。

 あとは覚悟を決めさえすれば良い。

 皆の前で醜態を曝す覚悟を。

 何も得られずに命を捨てる覚悟を。

 

 それでも。僕は。


***


「ラキア?」


 草原の上に座り、相棒である白い大狼の毛に櫛を通すラキアを見つけて、思い切って僕は声をかけた。

 いらえはない。が、耳を見ると、ピクリと動き僕の方を少し向く。

 気に留めてはくれているようだ。


 それだけ確認すると、僕はラキアと話ができる程度の距離に腰を下ろす。

 白い大狼は、ちらりとこちらを見て、興味を失ったように目を閉じる。

 少なくとも直ちに敵視はされないようだ。


 ここは、メンデラツィアの拠点キャンプ。アゼルピーナの森から少し離れた平地に在り、ハディ王子に襲撃された僕達は現在そこに合流させてもらっている。

 ハディ王子に襲撃されたあの夜、魂が抜けてしまったような状態の僕は引きずられるようにして、ここに避難してきた。

 邪魔者扱いされるか、とも思ったけれど、メンデラツィアの皆はあっさりと僕達を受け入れてくれた。

 男性の比率が圧倒的に多いメンデラツィアは女性陣の前では格好をつけたがる者達が多いが、特にヒィズさんに対する狼人の男達からのアプローチが酷い。完全に男子校のノリである。


 そうやって数日が過ぎた。そして機会がなかったわけでもないのに、頭の整理ができていなかった僕はまだちゃんとラキアと話せていない。いや、今だって整理などついていないのだが。


 ラキアは、なぜメンデラツィアに居たのか?

 周囲から少し聞いた限りでは、一週間程度前にこの拠点キャンプに現れたらしい。首領と話をしたい、と。

 そして面白がって現れたアウスレータと対面したラキアの要求は、ユーハイツィア王国と共に戦わないか、ということ。自分も仲間になるから。

 アウスレータのラキアに対する返事は、自分の嫁となるならば、お前を仲間にして共にユーハイツィアと戦っても良い、というものだった。


 そして、それをラキアは受けた。


 以降、ラキアを迎えたメンデラツィアはお祭り騒ぎで、ようやく落ち着いた最中に注目していたユーハイツィア王国軍が動き出して、偵察したところ、そこには見知った顔が居たため介入を決めた。

 お蔭で僕は生き延びてここに居る、というわけだった。


 無心に相棒の毛に櫛を入れるラキアに、もう一度声を掛ける。


「ラキア。僕は、アフア領門で、君のお父さんに会ったよ」


 その言葉を聞いて、初めて櫛をけずる手を止めて、僕の方を見る。

 ラキアの眼差しはいつも通り真っすぐで、その瞳を良く知るはずの僕がドキリとしてしまいそうなほど美しい。


「君のお父さんは、君が幸せになることだけを願っていた。

 決して、ユーハイツィアと相争うことなど、望んでいなかったと思うんだ」


 その言葉に少し目を細めるラキア。

 寛いでいた大狼も、相棒の僅かな感情の揺れを感じたのか、上体を起こしている。


「……私は、私自身のために生きているわよ、ココロ。誰のためでもない」

「君はアウスレータを愛しているのか?」


 これだけが、僕の気掛かりだった。

 これがイエスであるのならば、僕に出番など端から存在しない。


「彼は有能な統率者だわ。アフアにて様々な将の名のつく者達を見てきたけれど、彼は決してその者達に引けを取らない。配偶者として文句のつけようがないわ」


 回答になっていないようで、欲しい回答が得られた。

 ならば、僕のやることはただ一つだ。


「僕は君を……君を、愛している。君が欲しい。

 だから、僕はアウスレータに挑戦する。

 君にはそれを見届けてもらいたいんだ」


 一瞬、ラキアの目が大きく開き、数回瞬きをする。

 少し、口を開く。しかし咄嗟に言葉が出ない。


「……何を言っているの? ただの犬死にしかならない。

 それに、間違ってあんたが彼に勝ったところで、私はあんたのものにはならない。

 私なんかより、ヒィズでも、他の子でも、相手はいるでしょう? やめなさい」

「ラキアは、ラキアのやりたいようにする、と言った。

 僕は、僕のやりたいようにする。

 もちろん、アウスレータに挑んで負けて死ぬかも知れないし、仮に勝てたとしても君の返事を貰えるわけではないことも承知している」


 ラキアの目が細くなり、力が籠る。

 しかし、何も言葉にはしなかった。


「これは、僕の望みであり、願いなんだ。これを為さなければ、僕は僕でない。

 だから君には、見届けて欲しい。それだけが僕の君への望みだ」


***


「アウスレータ、すまないが話があるんだ」


 アウスレータがいつものように偵察と修練を兼ねた早駆けから戻ってきた時の事。

 地べたに座って待っていたココロが立ち上がり、アウスレータに近づいて来た。


 目がいつもよりも鋭いな。

 アウスレータは普段と異なる雰囲気を感じながら、彼の相棒の黒い大狼から降りずに、ココロが続きを話すのを待つ。

 彼の後ろには、オレンジ色の毛並みをした狼娘と、背の低い魔術師の女が、いずれも不安げな目で心を見守っている。女から見て魅力的とも思えないココロだが、不思議と女性には人気があるようだ。

 ……おかげで、数少ない美人の狼娘に袖にされているメンデラツィアの若い者達はアイツココロに殺意すら抱いているようだが、仕方がない。


「以前話したことがあった、僕の『憧れの人』である狼人のこと。覚えてますか?

 これから君に嫁入りすると言う隣の女性、ラキアこそ、僕の憧れの相手なのです」


 初耳だった。

 すこしびっくりして隣を見遣るが、ラキアは澄ました顔で目を瞑っている。

 しかしピンと張った耳と尻尾が、緊張なのか恥ずかしさなのかを象徴していた。


「……それは初めて知った。驚いたな。

 だが、だからと言って、お前にやるよ、という訳にはいかないのは分かるだろ?

 何を言いたいのだ、お前は?」

「……決闘を申し込む。俺と勝負してくれ。俺が勝ったら、ラキアと結婚はしないでくれ!」


 こいつは、馬鹿か。

 素直にアウスレータはそう思う。

 人の結婚話を自分の想いだけでぶち壊しに来やがって。

 しかも、どう間違っても勝ちようがなかろうに。


 しかし。

 

 ココロ挑戦者の目を見る。

 震えている。しかし、その光は強い。想いの強さ。勝ち負けを度外視した行動。

 それを、たった一人の女のために? 勝ち目などないのに? 命を捨ててでも?


 ニィ、と獰猛な笑みがアウスレータの頬に浮かぶ。

 嫌いじゃない。ああ、嫌いじゃぁない。

 実力的には全くの不満だが、何故か全身の血が熱くなる。

 好きだぜ、こういうのは!


「はっ、お前も命が要らないとは、真正の馬鹿だな!

 だがよ、何でそれを俺が受けなければならないんだ?

 これは既に決まっている話。俺に何の得がある?」


 意地は悪いが、こちらにも体面というものがある。

 おいそれと受ける訳にはいかない。それくらい考えているのだろう?

 アウスレータは試すようにココロの目を見返す。


「僕は……ほとんど、何も持っていない。この身ひとつ……だ。

 僕が負けたなら、僕を差し出す! それしかないんだ、僕を好きに使ってくれ!」


 苦しいなぁ。

 そもそも決闘が終わった時点で、死亡確定だろうに。

 こんな陳腐な駆け引きでは、お粗末で話には乗れな――


「アウスレータ! つまらないことを言っているんじゃあないよ!」


 答えは、アウスレータの隣からやってきた。


「ココロは自分の命を懸ける、とまで言っているんだ。受けて立つのが、男というものでしょう? そんなつまらない言葉の綾で退けるものではないはずよ」


 炯々と光る瞳で睨みつけてくるラキア。


「なんだ、お前、あいつに気でもあるのか?」

「そんなものはないわ。だけれど、あたしが拾った命。そして、あたしに全てを捧げるとまで言い切り、ここでも命を懸けると言ってきたのよ。

 あたしに出来るのは、せめてそれを見届けることくらいしか、ないのよ」


 そう言ってラキアは、少し寂し気な目でココロを見遣る。

 恋慕とは違うかも知れないが、気にはしている、ということか。


「わかった、わかった。受けるよ、この嫁さんはまったく、おっかないねぇ」


 ふぅ、と溜息をついて受け入れることを承諾するアウスレータ。

 そのいかにも押し付けられたという外面とは裏腹に、ココロがどうするつもりなのか、非常に興味がある。


「ありがとう! では、決闘は一対一で! 一週間後にしよう!」

「ダメだ」


 ココロは前のめりに条件を述べるが、それは駄目だ。


「お前のところの習慣がどうかは知らないが、それは受け入れない。

 もしお前が群の仲間だったならそれで良かったが、お前は外側の人間。

 ならば、群を率いる力量も、その実力の内だ。

 俺たちはメンデラツィアで迎える。お前は、お前の群れで来い」


 今度こそ、蒼白な顔色で立ち尽くしているココロ。

 そうか、コイツは一人でなんとかするつもりだったのか。

 アウスレータは、ココロの強気が、その捨て身な考え方と根っこで一体になっていたことを悟る。


「まあ、流石に可愛そうだから、こちらは精鋭二十騎にしておいてやるよ。

 あとは、そうだな、一週間の猶予は受け入れよう。

 頑張って準備しろや」


 そう言い捨てて、アウスレータは自分の天幕に向かう。

 ココロは、微動だにしない。団体戦は予想外であったか。


 ――折角の決闘だが、これは実現しないかもなぁ?


 視界の隅で、ココロが悄然と立ち尽くす様を見た後で、アウスレータはこのことを頭から追い払った。

 

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