第54話翼

 翼(つばさ)は、理久の母にとっての1番上の兄の子供だ。

 

 そして理久の父は、義理の兄、つまり翼の父が経営している大きな会社で役員として厚遇で雇われている。いずれ翼が会社を継げば、理久の父は翼の部下にもなるし、理久も翼の父の会社に将来入社するよう言われてるが、理久は正直、もっと違う広い世界を見てみたかった。


 「理久ちゃん、本当かわいい!」


 昔も高校生になった今も母方の親戚の集まりがあれば、親戚のお姉さん達は理久に会えばそう言い寄ってきてちやほやちやほやするが、そこに翼が来ると状況は一変する。

 

 「翼君、かっこいい!それに次期社長さんだし!」


 お姉さん達の興味は、一瞬でみんな翼の方にいく。 

 

 祖父母もそうだ。翼の方に関心がいく。

 でも、祖父母もそうなるのは仕方無いと、理久は思う。

 

 理久と翼は、小学校までは同じ学校だったが、頭も良い翼は、中学受験もして軽々有名私立に行き、今はエレベーターで高等科に進んだ。

 めちゃくちゃ勉強して、上のギリ中辺りの私立高校になんとか合格した理久とは格が違った。

 

 でも理久は、翼をキライにはなれなかった。やはり翼の実力は凄いし、翼自身が、理久を馬鹿にするような言動を理久に取らなかったから。

 

 でもやはり…

 翼と理久が並んでも理久への態度を変えないのは、理久の両親と、そして…どんなに翼に可愛がられても翼になびかなかった犬だった時のクロ位だったのだ。


 そして今この時、犬耳や尻尾を隠し獣人から人型になったクロの前に翼がいる。

 

 ベンチから立った理久は、翼が犬だったクロを異様に欲しがっていた事も心配でもあるが、それ以上に、理久と翼が並んだら、人型のクロも理久への態度を変えないか不安を覚える。


 「あっ…」


 その不安で、理久は何か翼に言わなければと思うが、翼にクロを何と説明するか返す言葉が出なくなった。

 

 そこに…

 クロが優しく名前を呼んだ。


 「理久…」


 理久は、翼からクロに視線を移した。

 

 すると、クロは理久の目を見て理久に何かを伝えようと訴えているようだった。


 (ここは、俺に任せろ!)


 理久は、クロの視線がそう言ってるように見えた。だから安心を感じクロに任せようと思った。

 しかしそんな心境でいられたのもほんの一瞬だった。

 クロはすぐ翼の方を見てそして次の瞬間、理久の予想外の言葉を発した。

 

「俺は、アレクサンドル。理久の、理久の友人だ…」


 理久は、クロが翼に自分があの犬のクロだと言えないから、異世界でのクロの名前アレクサンドルを言ったのは機転がきいてると思ったが、理久の友人だと言った事には激しい衝撃を受けた。


 (俺達……友達じゃ……無いよね?クロ?…それとも、今ここで翼に俺達が恋人同士だと言ったらダメな理由があるのか?)


 理久は心の中で呟き、翼と向かい合い翼を見詰めるクロの横顔を呆然と見た。

 それに、さっきのベンチでのクロからのキスも、いつものクロの激しく重いキスじゃ無かったのも凄く気になった。

 

 しかしそんな理久をヨソに、翼はクロの顔じっと見詰めながら言った。


 「失礼ですがアレクサンドルさん。見た目も日本人じゃ無いですがどこの国の方ですか?本当日本語上手いですね。でもやっぱ、見れば見るほど犬のクロに似てますね。長い黒髪と青い瞳が凄くキレイです」


 翼は、クスっと楽しそうに笑った。

 

 クロは何を思ってか、そんな翼を真顔でじっと見ている。


 (きっとクロの事だから、何か考えがあるんだ。だから、クロを信じないと…)


 理久は、自分に言いきかせる。


でも…


 ドク……ドク……ドク……ドク…


 理久の脈が速くなる。

 

 そして、暗い公園の中でスポットライトのように明るい外灯に照らされている見詰め合うクロと翼を見続けていると、更に深い不安感に襲われた。




 


 





 











 






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