あの素晴らしい愛をもう一度

しかし私はあなた方に言う。だれでも情欲を抱いて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。(マタイによる福音書第五章二八)


わかったよ。そういうことなら俺は男をじっと見るね。とびきりエッチなことを考えながら、その辺歩いてる男を、じっと見る。それなら姦淫にならないってわけだろう?(スケベロス斎藤著『トキメキは新鮮な妄想の中に』第6章より)


***


「俺は生産性の塊である」

そう呟いて、路地裏から出て来たのは北野キヨシ56歳。


ぶよぶよで、ずんぐりとした体、臭そうな黄ばんだ歯を剥き出しにしているデカイ口、目は豆粒ほどの大きさで、頭の真ん中が禿げていて、脂ぎっている……。


服はボロボロのTシャツ、破れた半ズボン、靴は履いていない。裸足……毛むくじゃらな足……。


***


「見てろ。俺の生産性を」


***


北野キヨシは呟くと、深夜2時の路上を歩いている若い女性に襲い掛かり、顔面をぶん殴り、あっという間に気絶させる。


北野キヨシは人の気配のない路地裏に、倒れた若い女性を引きずって行き、衣服を破り、裸にする。


北野キヨシ自身も破れた半ズボンを脱ぐ……パンツは穿いていない。ギンギンに勃起した、皮を被った臭そうなチンポ……。


***


「俺の生産性が炸裂するぞ……」


***


目を性欲でギラギラさせながら、倒れた若い女性の、若いマンコに、北野キヨシは56歳の赤黒い勃起したチンポを挿入した。


パコパコ……。激しい腰振り。


一方的な種付け行為……交尾……「イグッイグイグ」という呻き声……中出し……。


闇夜の中、北野キヨシ56歳の毛の生えたキンタマが、激しく揺れている。


***


そのキンタマは……風呂に2週間入っていないから……かなりの臭さを保持していることは、想像に難くない。


***


パンッ!パンッ!!パンッ!!!


激しい腰振り。打ち付けられる。


赤黒いマンコに、赤黒い皮を被ったチンポが、高速で出し入れされる。


無修正だ。


現実なんだから、モザイク処理を、誰かがしてくれるはずもない。


***


激しい婦女暴行シーン。


それを電信柱の影から見ている人物がいたのだ。


長い髪をなびかせて、痩せた、中年女性。


白いスーツに、白いミニスカート……。


荻田ミナ59歳。


彼女は政治活動に邁進するエリートウーマン。


(とはいえ、彼女の35歳くらいまでの、前半生は謎に包まれている。どこで何をしていたのか。全く不明なのだ。)


「いいわ。あれこそ生産性に溢れた理想の姿。すなわち、ああいった生産性ある人物にこそ、大いに税金を投入し、大いに応援をすべき」


彼女は、常に「国家の生産性」について、考えている。


いつも、真剣なのだ。


(とはいえ、彼女の35歳くらいまでの、前半生は謎に包まれている。どこで何をしていたのか。全く不明なのだ。)


***


「ああ、イグ!ああ!!イグイグッ!!ンギモヂ!!ンギモヂ!!中出し!!ンギモヂ!!!!アアイグウウウウウウウウ!!!!」


***


凄絶なオスの咆哮である。


人の気配のない、深夜の路上に、響き渡る。


***


気が付くと、またどうしようもなく愚かなことを書いている。

いつも、そうである。


***


読み返して、あまりにも酷いと、自分でも思う。


***


なぜ、誰かが異世界転生し大活躍する話を、私は書かないのだろうか。


書けないのだ。


***


自分のこのみじめで悲惨な現状を考えると、とてもじゃないが楽しい物語、多くの人を心躍らせるエンターテイメントなど、書けるわけがないのだ。


全てが白々しく思えてしまう。演出に決まっているのだと。


現実に、私はもう何年も、10年くらいになるかも知れぬが、心から楽しいとか、大笑いしたりとか、テンションが上がりまくり思わず踊ってしまうようなことなど、経験していないのである。


***


温浴施設の食堂にあるテレビでお笑い番組をやっていて、コントが演じられていたが、そのあまりの過剰な演技、「さあ、ここが笑いどころですよ、笑いなさい!」と言わんばかりの演出に、辟易としてしまい、全く笑えなかった。


***


友達もいない。恋人も、いたことがない。家族は生きているか死んでいるかわからぬ。


***


そして、向いていない、苦痛しかない仕事を、金のためだけに、すでに10年続けようとしている……疲弊だけが積み重なる。死にたい、死にたいと思いながら、金のために、それも贅沢するための金ではなく、生活をしていくための金のために、苦しいだけの、何の面白味もない仕事を、日々続けている。


***


仕事をしなければならない。そのことが、自分を腐らせ、歪ませ、頭をおかしくさせ、この文章のような、正気とは思えない産物を、産み出させているのだろう。


***


金があったら、私は恐らく何も悩みもない、ほのぼのとした感情に満ち溢れ、このような、狂った暴力的で反倫理的な文章など書かないだろう。


穏やかな気持ちで夢や希望について、人類の愛について、それらを信じることについて独特のピュアイズムに基づいた筆致で、書くのではないか。


***


だが、現実はそうではない。

私は糞にまみれている。常に、糞に精神を浸されているのだ。


ピュアイズム丸出しと言う感じのいかにもほのぼのとした連中の顔を見ると虫唾が走るし、生きたままガソリンを掛けて焼いてしまえ!としか思えない……。


***


もし白昼の路上で、頭のおかしい通り魔が奇声を発しながら、そんなピュアイズム丸出しの人々の群れへと襲い掛かったとしたら、私は「通り魔!がんばれ!そいつらを皆殺しにしろ!!」と応援してしまうのではないか。


***


……。


私には葬式も墓もいらない。死体は野晒しにせよ、とすでに遺言書を書いている。(それはいつも封筒に入れ、わかりやすいテーブルの上に置いてある。)


そんな状態ある。


***


現在流行っているアニメ、漫画、ドラマ、映画、音楽に興味があるわけでもない。


むしろ、自分のこの現実を見つめるほどに、それら流行りもののコンテンツへの共感が、とても難しくなってしまう。


さっきも書いたが、ある種の白々しさを、どうしても感じてしまうのだ。

「ここで笑って!」「ここで感動して!」「見て、可愛いでしょ!萌えなさい!」

作り手の声が、聞こえてきてしまう。


音楽もそうだ。やはり、恋愛の歌が圧倒的に多い。だが、そんなもの、私からすれば、途方もなく遠い世界の話でしかなく、全く共感しないし、よくわからないのだ。


もちろんメロディやアレンジのセンスなどを感じることは、たまにあるが……。


しかし、そもそも歌物があまり好きではないのだ。


他人の声を長時間聴くのは疲れる。ただただ疲弊してしまう。


***


これを書きながら、私はエリック・サティの「グノシエンヌ」を聴いている。


とても静かなピアノの曲だ。使っている音の数が少なく、淡々としているのが、いい。


落ち着く。


これがベートーヴェンやロマン派のゴテゴテした分厚い和音とか派手な音楽ではダメなのだ。


サティだから、いいのだ。


落ち着きながら、少しはマシなことを書いてみたいと、思いながら、文章を進めてみようと思う。


できるだろうか。


***


ほのぼのとした文章が、生まれることを切に願う。どうなるだろうか。


***


若い女性は次の日の朝、全裸で、路地裏で目を覚ます。


朝の光が、爽やかに、降り注ぐ。


剥き出しのマンコには大量の、何者かの精液……。


彼女は虚ろな目で、自分のマンコから、トロトロと流れていく粘液を見ていた。


***


着床だ。それは最も生産性ある出来事の一つであり、喜ぶべきことだ。


***


「形はどんなものであれ、子供ができることは凄く喜ばしいことじゃないか?」


***


若い女性が、路地裏に座り込み、自身のマンコを凝視しているときに、その細い肩を優しく叩いた老紳士が、述べたのだった。


***


「お祝いだよ」

老紳士は笑顔でそう言って、スーツの胸ポケットに挿してある一輪の青い薔薇を手にして、若い女性の、まだクパクパしているマンコに挿入してやった。

「元気な子を産むんだよ。じゃあね……」


***


老紳士の名前は田原洋一郎。

テレビ業界で活躍。

主に、日曜早朝の番組で政治家や評論家を相手に罵声を浴びせることを職務としている。


***


だが、その番組「朝から罵詈雑言」も、数カ月で打ち切りとなった。


***


当たり前である。誰が、日曜の朝から、良く知らないおっさんが顔を真っ赤にして罵詈雑言を喚き散らしている様子を見たいと思うのか。


いい加減にせよ。


***


田原洋一郎は「お金を払うからテレビに出ないでくれ」と有志の人々から懇願され、なんとか生活できるだけの金を受け取り「強制引退」を余儀なくされた。


***


以後、都内の木造ボロアパートに住んで十数年。


***


孤独死を避けるためにはどうするべきか。


***


田原洋一郎94歳は心臓の動悸が異様なレベルまで達し、息切れが酷くなり、めまいもしていた。


彼は独身で、家賃3万円の古いアパートの1階に住んでいる。

部屋はゴミによって埋め尽くされている。


「やばい…死ぬ…死ぬ……」


力を振り絞り、何とか外に出た。アパートの前は比較的人通りの多い、駅へと向かう道である。


「ここで死ねば、孤独死は避けられる。必ず、誰かがいてくれる…ほら……」


仰向けになった田原洋一郎の横を通り抜けていく人々。


彼らの誰もが、田原洋一郎を看取る人となるのだろうか。


「これが、孤独死を避ける方法だよ……」


空は青く、空気は澄んでいた。


***


清らかな気持ちだ。田原洋一郎は目を瞑り、腹に力を込めて、叫んだ。


「ああああああああ!!!!死ぬぞ!!!!俺はあああああああ!!!死ぬからなああああああああああああ!!!!!」


(俺は死ぬ。みんな、見てくれ。孤独死じゃないぞ。みんなが見てくれる。始末もしてくれるに違いない。みんな、見てくれ。善意の力を総動員してくれ。)


***


「あがが……あがあ……」


仰向けに倒れた彼は仰け反り、口を大きく開けている……。


***


その後、白目を剥いて痙攣、大量の糞便を排出し、田原洋一郎は息絶えた。


死んだ。


94年に及ぶ、孤独な人生が終わった。友達はいない。恋人も、いたことがない。家族とも若い頃以降は疎遠で、何の音沙汰もない。恐らく、ほとんど死んでいるのだろう……。天涯孤独な彼が、死んだのだ。


***


孤独死は避けられただろうか。確かに、彼が凄絶な最期の叫び声をあげている時に、ちょうど、横を通行している若い男女がいたのは事実。


***


しかし、手を握ったり、側に座って看取ったりする人間はいなかった。


***


老いて痩せ細った老人が白目を剥いて激しく痙攣し糞便を大量に排出し凄まじい悪臭を撒き散らす様は、グロテスクだったし、迷惑でしか、なかった。


したがって死んだ田原洋一郎の死体がそのまま放置され、炎天下のもと、悪臭を放つ腐乱死体と化しても、それは不自然なことではなかった。


***


金が貰えるわけでもないから、気持ち悪く腐乱していく死んだ年寄りの死体など、誰も近づこうとしない。


当たり前のことだ。


「違う。当たり前じゃないでしょ!可哀想!何とかしてあげなさい!」


そんなことをもし言う奴がいたら、そいつの首は生きたままチェーンソーで切断されるべきだ。


そんな奴は許してはいけない。一番悪辣な奴。殺せ!殺せ!!


***


長い髪をなびかせて、痩せた、中年女性。


白いスーツに、白いミニスカート……。


荻田ミナ59歳。


彼女は政治活動に邁進するエリートウーマン。


彼女は政権与党の本部に姿を現した。分厚い資料を抱えている。その中には「生産性に満ち溢れた人物の代表例」として「北野キヨシ」の写真も、含まれていた。


(電信柱の背後に隠れながら、彼女は北野キヨシが凄絶なレイプを行う様子を撮影していたのだ。それは彼女の「この国を良い方向へ進めたい」という圧倒的な使命感に基づいた行動であった。)


***


週に1回開催される「与党・少子高齢化対策検討委員会」


***


「はっきり言いますが、日本の少子化問題は、この公共の場、路上で突然若い女性に襲い掛かり、路地裏に引きずり込んでレイプし執拗に種付けを行うような、北野キヨシのような人物を大幅に増やさなければ、解決されることはないでしょう!レイプ推進法案及び避妊禁止法案、避妊具の販売禁止を本格的に検討すべきです!!」


***


荻田ミナは、会議の場で堂々と宣言し、胸を張り、自信に満ち溢れた顔つきで、あたりを見回した。


***


9月だけどまだ暑い。路上に転がっている老人の死体など、あっという間に腐乱し、凄まじい臭いを発してしまう。


***


孤独死を避けるために人のいる路上に出て死んだ田原洋一郎の死体は、まだまだ、放置されたままである。


凄い数のハエ、蛆虫が田原洋一郎の死体に集っている。


***


「くっせくっせえ」

そう叫びながら、ティーンエイジャーたちがローラースケートで、通り過ぎて行く。


彼らは町のはずれにある廃墟と化したアパートに向かう。


***


前のフラグメントを書いてからかなり時間が経っている。

2週間か、3週間くらい。


廃墟と化したアパートに、どうやら野蛮なティーンエイジャーが向かったようなのだが、その先、何を書こうとしていたのか、さっぱり思い出せない。何かを考えていて、そのイメージを展開させるつもりでいたのだが、わからない。

イメージはいなくなってしまった。


***


まったく何を書いて良いかわからないから、私はパソコンでお気に入りのゲイ動画を見て、チンポをいじって「イグイグッ」と言い、射精した。


***


掌に白い粘液。じっと見つめる。


誰もいない部屋。上階の人間は、意味不明な叫び声をあげて暴れている。


うんざりだ。


まともな人間などいないのではないか。


私はここで死ぬのだろう。孤独死だ。国葬にはされないだろう。私には葬儀はいらないし、墓も、いらない。


誰も参列しないし、したくないだろう。

墓だって、あっても朽ちていくだけで、誰も墓参りなどしない。


掌の液体のイカ臭さが増してくる。


部屋全体も、イカ臭くなってきた。


***


私のチンポコはすでに萎れ、ぬるぬるとした粘液にまみれ、微動だにしない。


(了)2022/10/8


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ナインストーリーズ モグラ研二 @murokimegumii

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