第3話

 水姫は、ただ一人泣いていた。嗚呼を吐く水姫を瑞也は不思議そうに見つめていた。

「何がそんな不服なんだ」

「だって・・・・・砂生流されてる」

「それがどうした。奴も死んだが同然ではないか?」

「何で殺した」

「いや、なんでって何で」

「何で殺したんですか・・・・・」

「いいじゃん。俺がいいって言っただろう、水姫」

「でも・・・・・私は砂生が好きだった」

「は? 俺は?」

「瑞也君も好きだったけど・・・・・砂生は素直な人だったから・・・・・人じゃないか」

 水姫はクスッと一人笑った。瑞也は冷たい目線で水姫を見ている。

「とりあえず、私は砂生を探しに行くから」

「おい、待てよ・・・・・」

 瑞也が止めるのも聞かずに、私は川に飛び込んだ。


 川に飛び込んだ私はすぐに水になった。

 荒れた川を私は駆けまわる。ひたすら、砂生を探すが、砂なんてどこにでもあるから何もわからん。無謀な挑戦だった。

 それでも、私はあちこちを探し回った。木の枝や土、岩が流れてくるが、水はそんなものを敵にはしない。裂かれてもくっ付き、裂かれてもくっ付く。それを繰り返すだけなのだから。


 砂生はうずくまっていた。身長がかなり低くなってしまったようだが、どうにか生きている。

 ――これも、あの龍のせいか。

 空を見上げると、まだ龍は堂々と飛翔していた。川はまだまだ荒れている。

 ――この中に、水姫がいたら。

 砂生はそう思わなくもないが、ありえない。来るわけない。どうせ、俺はフラれたのだ。・・・・・多分。


 そんな時、何かがどっと押し寄せてきた。巨大な波だ。どこかで見たことがある? ような、気がする。

「砂生ー」

 誰か、呼んだか。小さくなってしまった俺の体のことだ。どうせ空耳だろう。

「砂生ー」

 また。

「砂生ー」

 また・・・・・。

「砂生~!!」

 しつこい。もしかしたら?まさか?

「水姫だよ」

 うぉぉ、マジか! 水姫は来てくれたのか!!


「水姫、なんで出て行った」

「でも・・・・・お父さんが来たから」

「お父さん? どこに? 一度会ってみたい」

「もう、見たでしょう?」

「どこに」

「龍」

 龍って青龍のことか。だが、それは水姫とどんな関係がある。

「同じ、自ら変化したものだから。私だったら人間、お父さんだったら青龍になれる」

 なるほど・・・・・。

「それで、この雨は青龍・・・・・水姫のお父さんがやったことなのか」

「・・・・・まあ、そうと言えばそう」

「どういうことだ」

 砂生が問うと、水姫は素直に、これまでの経緯いきさつを話してくれた。

「そういうことだったのか・・・・・」

「ひとまず、今から逃げよう」

「え?」

「どういうことだ」

「ここから、瑞也とお父さんが一気に雨を降らしてくる。そうなったら、今度こそ砂生は終わり」


「いや・・・・・いいんだ」


「は?なんで」

「だって、お前本当は瑞也君の方が好きなんだろう?」

 水姫は痛いところを疲れたという顔をした。

「ほら、やっぱりそうなんだろう」

「いや・・・・・どっちも好きなの」

「どっちも好き?」

「そう」

「なら、瑞也君を取れ」

「なんで?」

「どうせ、梅雨が来て俺は死ぬ。砂の妖怪はそんな運命なんだよ」

 ――そんなこと、もっと早く言ってよ。果かない・・・・・。

「俺はもうダメだと思って、別れ時を探していた」

「そうなの」

「だから、今だ。瑞也君のところへ行ってこい」

「でも、ダメ」

「行け!!」

 間もなく、雨が降り始めた。収まってきたかと思った川も再び荒れ始めた。

 水姫は、砂生に力いっぱい押された。よろけて、彼女は川に落ちた。


 ――悲しいところは見せたくなかったんだ。好きだったよ。さようなら・・・・・。


 砂生のかすかな声が聞こえた気がする。

 水姫は水と一緒に流れていった。水面から元いたところを眺めると、そこにはすでに水が襲ってきていた――。

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