38.呪炎の剣

 私に私の愛刀であった胴田貫どうたぬきを差し出す芦屋あしや卿を周囲はどう見ているのか。


 奇異な者を見ている雰囲気は感じ取れる。


「まさか、ここで死ぬなどと考えてはおらんよなぁ? 我が鞍馬判官くらまはんがん流を破りし男が、この程度の窮地で死を覚悟するまいな?」

「破りしはジュダイアなる者が使った、いわば模倣の剣。芦屋卿の技を破ったなどとは――」

神土かんど中尉、そこはこの程度の窮地で死ぬるものかと奮起する所ではないか?」


 まったく無駄に生真面目な男めと、芦屋卿は一つ笑った。


「アシヤ! どう言うつもりだ!」

「この男は私に自由をくれた。その恩にまだ報いておりませなんだ」

「自由? 貴様にその様な物が」

「先ほどまではありませなんだ。しかし、今はある。苦労しましたぞ、あなた方のギアスを解呪するのは。影に隠れてルード神殿に文を投げたり、エルフの騎士に渡りを付けたり……」


 大司教とやらが怒鳴ると、芦屋卿はせせら笑いながら言葉を口にする。


 言葉は軽妙だが、アレは大層怒っている。


 丸眼鏡の奥の瞳は憎悪で燃え滾っていると、私には思えた。


 あの日、あの夜の戦いの顛末を知る私にしてみれば、芦屋忠房あしやただふさと言う男の自由を束縛などすれば、その怒りが何処に向かうのかは明白だ。


「ギアス、とは?」

「呪いの制約よ。こちらに来たおりに、体の中の傷がひどくてな。それでも自由を抱えて死ぬのかと思っていたら教団に治療された。ギアスのおまけつきでな。――お前はどうだったのだ? 傷は無かったのか?」

「内臓を大分痛めたそうですが、呪術師であるラギュワン師に中身を作って頂き……」

「そいつは結構な事だが……拾われた先でこうも扱いが変わるか。人徳の差と言う奴か、俺の運が悪いのか」


 芦屋卿が嘆息を零す間にも大司教は老いた指先で印を結び何事か唱えた。


 それでも芦屋卿に特に変わった様子もない。


 驚愕に目を見開いた大司教に芦屋卿は一瞥を与え。


「十年には満たぬ月日とは言え、よくもやってくれた。貴様ら教団には吠え面かいた挙句に盛大に滅んでもらわねばな」

「アシヤ……っ! 貴様」

「とりあえずこの世から大司教殿は退場されよ」


 緩やかと言える足取りで大司教の元に向かた芦屋卿は、いつの間にか掴んでいた私が取り落とした剣を無造作に大司教に振るう。


 無造作に見えて無拍子。


 並みの者ではあの虚を突いた動きを避けられないだろう。


 そして、大司教は魔力などはどうだったのか知らないが白兵では並の者と変わらなかった。


「だ、大司教!」

「俺は俺の片を付けた。お前はお前の片を付けろ、神土中尉」


 展開についていけなかったアイヴァーが袈裟懸けに切り捨てられた大司教を見て漸く声を発すると、芦屋卿は肩を竦めながら私に言い放った。


 頼みの綱の屍神教団ししんきょうだんが、少なくとも自分の傍にいた者達が皆倒れてしまったと言う自身の状況に気付いたのか、アイヴァーはサレスに向かって叫ぶ。


「こ、殺せ、サレスゥっ!! そいつを、そいつを殺せ!!」


 サレスはアイヴァーの言葉を聞いていないのか、一度だけ瞑目して何かを決心すると私を見据え告げる。


「守るべき者の為に、お主を倒す。ゆえに全力で来い、情けは無用ぞ」

「貴殿こそ、大分待たせてしまったようだな。続きをやろうか」


 共に引けぬ。


 私は痛む左足を無視して、胴田貫を支えに立ち上がれば、トンボに構える。


 グラグラと揺れ動く体を呼吸を整える事で落ち着かせ、切っ先はまっすぐ上に。


 サレスは前傾姿勢を取りながら肩に大剣を担ぐ。


 互いに怪我をどこか庇っていた先ほどまでの構えとは違う、次に一撃を放てれば死んでも悔いは無いと一撃必殺の構え。


 殺気が渦巻いている。


 わき腹から熱が逃げて行く。


 渦巻く殺気はサレスの剣から感じるのか、私の剣から感じるのか。


 私は熱を逃がさない手法は無い物かと漠然と考えて、黒炎を用いて傷を焼くかと考えた。


 黒炎……。


 私はそこで思い至った。


 それと同時にサレスが動く。


 獣の如く身を低くしている様は、地蜘蛛アーススパイダーを彷彿させるが、その踏み込みは尋常ではない。


 大きく素早い踏み込みと同時に振るわれた横薙ぎの一撃は逆巻く怒濤の様に私に迫る。


 私はその一撃に我が一撃をぶつける意を固めた。


 我が胴を断とうとする一撃をトンボに構えた胴田貫の打ち下ろしで迎え撃つ。

 

 呪術の炎を刀に宿して。


 金属音は微かに鳴り響いただけだった。


 サレスの一撃は振り抜かれ、私の刃の切っ先は床を指し示していた。


 その軌跡を追うように黒炎が一瞬生まれ、消えていく。


 僅かな時間、互いに我らは動かなかった。


 動きが生じたのは、真っ二つに断ち切られたサレスの大剣の先が床に転がってからだった。


「見事な一撃……」


 サレスはそう呟き、片ひざを付いた。


 私は切っ先を下に向けたまま、急速に失われていく熱に死を覚悟して、押し黙った。


「こちらかっ!」


 扉がけたたましい音をたて、アゾンとロズ殿が転がり込むように中に入ってきた。


「待て!」


 その後を続き、戦士たちや全身鎧で身を包んだ騎士と思われる者も数名が部屋に雪崩れ込んできた。


 そして、一様にこの光景に絶句したように立ち尽くした。


「ロズさん! おやじ様がっ!」


 ロズ殿の姿を見て、必死にアイヴァーを睨み付けていたスラーニャは気が抜けたのか、ロズ殿の名を呼ばわり、泣きそうな声で叫んだ。


 私は脇腹の傷に右手をあてがい、黒炎を生み出し焼く。


 これ以上、血は失えない。娘にあのような声を出させるとは、とんだ未熟者よと思いながら。


 苦悶に歪む私を見上げながら、サレスが問う。


「今の一撃、名はあるのか?」

「……呪炎剣」


 ザカライア師に言われていた名前を告げると、サレスは一つ頷き。


「我が剣、及ばなんだわ」


 そう告げて、前のめりに倒れる。


「貴殿と戦わねば、実戦で用いるまでには至れなかった」


 そう一つ息を吐き出すと、私はスラーニャを振り返ろうとして崩れ落ちた、ようだ。


 曖昧な表現なのは倒れた記憶すらないからだが、次に目を覚ますと私はラギュワン師の館で横たわっていた。


〈続く〉


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