34.潜入

 抜け道は薄暗く、蜘蛛の巣が蔓延りかび臭かった。


 だがその用途を果たすべく崩れることなくそこにあり続けていた。


 本来ならば館の住人を逃すべき抜け道が、今は館を攻めいる我らの通路とは皮肉なものだ。


 窮屈そうに前を進むアゾンは、我らが汚れぬように進んで前を行く。


 弟子としたがそこまでする事もあるまいに。


 そう言うと、彼は言うのだ。


「いざという時は俺が盾になります。俺はこの図体で、ここは狭い道。敵は俺を超えて先生たちを追うことは出来ません」


 彼もまた決死の覚悟を決めている様な口ぶりだ。


「何故、そこまでする? 君とて目的があるのだろうに」

「アイヴァーとか言う貴族が許せないからです。幼い子を殺そうとするばかりか、道を正した娘まで利用している。貴族の中にそんな奴がいるから、奴隷商だって幅を利かせるんだ」


 アゾンは身を屈ませて抜け道を進みながら怒りに震えている。


 村を焼いた奴隷商は憎いのだろう、だが、そんな奴らを雇い入れ自分の利益の為に動かそうとする為政者がいるのならば、その怒りは当然その為政者にも向く。


 取り締まる筈の者が利用しようなどと許せるはずもないのだ。


「アゾン、怒りは活力になるが無暗に発散させてはいけない。兄上の言、努々忘れるなよ」


 正しく力を使えと言い残したアゾンの兄の言葉を思い出させながら、我らは更に進むと、漸く館の出入り口であろう扉が見えた。


 開ければすぐに接敵するかもしれない、気を付けるようにアゾンに伝えると、彼は慎重に扉を開けて部屋へと躍り出た。


 私もすぐさまその後に続くと、そこは物置の一室のようで周囲には誰もおらず埃にまみれた幾つかの棚が並んでいるだけだった。


「本当に虚に付け込めたのかも知れんのぉ」

「だが、ここにいるのは野盗ではない。アーヴェスタ家の家臣団だ……スラーニャよ、我らはゆえあって敵対するが彼らの戦いぶりはしっかりと刻み付けておくのだぞ」

合意あい!」


 あのサレス殿も身を置くアーヴェスタ家の家臣たちは、恐るべき戦士に違いない。


 例え腕は私が上回ろうとも、忠義に篤い者達は凄まじい執念を見せる事がある。


 その姿が何時かスラーニャの戦いに役立つだろうと言う予感が私にはあった。


 スラーニャの戦い……。


 仮にアイヴァー個人が忌み子としてスラーニャを殺そうとしているだけならば良い。


 いや、良くは無いからこうして乗り込んでいるのだが、それだけならば今日にも片が付くかもしれない。


 だが、リマリア殿が気になる事を言っていたではないか。


 忌み子などという言葉を使うのは屍神教団ししんきょうだん位なものと。


 その教団がアーヴェスタ家の騒動に介入してまでアイヴァーを助けたその意味を考えると、スラーニャを亡き者にしようとしているのは屍神教団なのではないだろうか?


 であれば、アイヴァーを討った所でスラーニャの戦いはまだ続く。


 スラーニャが生き抜くための糧は多いに越したことは無い。


 そんな事を考えながら物置を一通り見て回り、新たな扉を見つければそっと耳をあてがう。


 扉の向こう、微かに響くのは硬質な足音。


 徐々に離れて行く足音に安堵は出来ない。


 その足音が告げる事実、巡回者は館の中だと言うのに金属製の具足を履いていると言うあまり歓迎せざる事実だ。


 扉をそっと押しても開かない。


 引いてみると、ぎぃぃぃと軋む音を立てて扉は開いた。


「武装しているようだな、野盗などとは比べるべくもなく質の良い武具を身に着けているだろう」

「エルフの騎士ほどではあるまい?」

「あれと比べればほとんどの武装は質が落ちる」


 ロズ殿の言葉に軽く肩を竦めて見せる。


 物置を出ると薄暗い廊下右手側に伸びており、少し進めば階段らしきものが見える。


 ここは地下の様だ。


「アゾン、しんがりを頼む」

「はい、先生」


 剣を抜き、前を私が、後ろをアゾンが守り、スラーニャとロズ殿が真ん中に位置する布陣とも呼べぬ布陣を敷いて進む。


 階段を登り切る前に身を伏せて階上の様子を伺うと巡回する者の姿が垣間見えた。


 金属製の銅鎧、籠手に具足と言った並みの兵士よりもはるかに良い装備の戦士だ。


 だが、その表情はどこか暗い。


 そんな戦士がここからは見えない誰かに話しかけていた。


「明日にも襲撃を仕掛けるそうだ」

「酷い話だ、彼らは我々が攻撃しないと言う話を信じているのだろう?」

「信じているだろうな、我らも本当にそうするつもりだったのだから」

「惨いことだ」


 さて、誰の事を言っているのか。


 多分、我ら親子の話であろうが。


 やはり彼らにはスラーニャを害するつもりは無かったのだ。


 アイヴァーが再び実権を握り、カーリーンを幽閉したがゆえに現状仕方なく従っている。


 戦うべきは彼らではない。


「何を無駄口を叩いているか! しっかり見回りをしろ!!」


 不意に第三者の声が割って入る。


 横柄な態度、もしかしてこいつがアイヴァーの声か?


「約定を違えて奇襲を仕掛ける我らが何に怯える? どうせ、司教とやらの託宣であろう?」

「お前らが知る必要はない!」

「偉くなった物だな、お前とて我らと同格の家臣に過ぎんと言うのに」

「何を言うか! アイヴァー様を裏切ったお前たちと同じ訳なかろう!」


 どうやら違う様だ、アイヴァーに与する家臣の一人か。


 私から見えている戦士はその横柄な言葉に怒るでもなく、頷きを返して。


「まあ、そうだな。お前は俺とは違う、あんな主によく仕える気になったものだ」


 そう言ってのけた。


 一触即発の空気を感じて、私は階段下で待機している皆に視線を向ける。


「どうやら、本当に一枚岩ではない様だ」

「そのようじゃな。どうするのじゃ? 案がなくば余が外で騒ぎでも起こして注意を逸らすか?」

「庭先に死体は無かろう? どうやって騒ぎを起こすと?」

「呪物くらい持っておるわ」


 そう言ってロズ殿は自身の荷物から何かの牙を数本取り出して見せた。


「魔物の牙と余の力で骸骨の戦士を作り出す。外の見える部屋にでも陣取って操れば時間は稼げよう」

「……なるほど。ならばそこの守りをアゾンに任せよう」

「心得ました」


 私はスラーニャを見やり告げる。


「スラーニャ、お前は私と共に行くぞ。宿縁に終止符を打つ」

合意あい


 スラーニャがそう返事をすると、ロズ殿が身を屈めて一度スラーニャを抱きしめた。


 それから、各々が動き出した。


<続く>

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