33.土と死霊に問う

 つまるところは、スラーニャは未だに平穏を得ていないことになる。


 アイヴァーが娘を人質に家臣団を掌握したのならば、街に留まり続けるのは危険ばかりか、皆に迷惑が掛かる。


 まごまごしていれば先手を打たれて、人死にが出るだろう。


 芦屋あしや卿の言葉が真に芦屋卿の物であると信じて行動するしかない。


 これは虎の巣穴に自ら飛び込むような物だが、今ならば虚をつくことも可能だ。


「これからどうする?」


 急ぎ旅支度を整えながらロズ殿が問う。


「打って出ようと思う」

「正気か?」


 答えを返すとロズ殿はその手を止めて私を見据えながら聞く。


「アイヴァーを早急に討たねば多くの不幸が起きるだろう。そいつを食い止め、スラーニャが平穏を手に入れる為に打って出る。とは言え、何の手立てもなく領主の館を攻めようと言うのは無謀……」


 私の言葉にロズ殿は何かを思案するように眉根を寄せて。


「貴族の館には抜け道があるじゃろう? そいつを使わせて貰えば良いのではないかのぉ?」

「そいつが何処にあるのか分かれば苦労は無いと思うのだが……」


 指を一本立ててそう提案するロズ殿だったが、私は思わず肩を竦めて告げた。


「聞けば良かろう?」

「誰に? ――あ」

「貴公、余がただの愛らしい娘とでも思っておったか? その気になれば兵を得るも情報を得るも思いのままの魔女じゃぞ?」


 確かに余は愛らしいがと告げるロズ殿を見ると時折ポンコツなのではないだろうかと思うのだが、彼女の扱う力、それ自体の説明に誇張はない。


 何せ彼女は死者の魂に呼びかけ、死体を操る死霊術師なのだから。


 ゆえに死人に問おうと言うのだろう。


 だが、死人と言えども家の秘密を早々に漏らすだろうか?


「アーヴェスタ家がどの程度続く家柄かは不明じゃが、アイヴァーのやり口を是とする者ばかりでもあるまい。むしろ、その逆の方が多いと踏んでおる」

「……ならばアーヴェスタ家の墓の場所へと向かうのが吉か」


 敵もまさか我らがそう言う動きをするとは思うまい。


 いや、もしかしたらバレているかも知れない。


 ロズ殿は温泉街でその力を使っているのだから。


 だが、彼女が力を使った時期はアイヴァー自身が一度権力を失う時期とさほどズレていない。


 ロズ殿の力についての報告は上がっていないかもしれない。


 所詮は賭けをせざる得ないのだ、可能性が高い方に賭けよう。


 しかし……。


「このような死地にまでついてくるのだな?」

「出会いからしてそうであろう? 何をいまさらに臆そうか。とは言え、アゾンはどうする?」

「俺は付いて行きます」


 ロズ殿がアゾンに問えば、彼はごく当たり前のようにそう答えた。


「仇を討つ前に死んでしまうかもしれんぞ?」

「それは嫌ですけど……ここで逃げる事の方がもっと嫌です」


 彼は若く目的もある、そんな彼を我らの死闘に巻き込んで良いものかという迷いはある。


 だが、考えてみれば彼はもはや我ら親子の旅路の一員、少なくとも周囲はそう見ている。


 すなわち一人で逃げたとて追手が付くかもしれない。


 それならばいっそのこと共に行動した方が良いだろうか。


「分かった。ならば我らはこれよりアーヴェスタ家の死霊と接触を持ち、館の抜け道を問いただす。そして、領主の館に切り込むぞ」

「それが良かろう。――しかし、貴公。スラーニャには問いかけないのだな、参加するか否かを」


 ロズ殿がふと問いかけるとスラーニャが口を開く。


「アタシは付いて行くよ?」

「そりゃそうじゃろうが、余は心配じゃ。無論、スラーニャの親父様とて心配ではあろうに……」

「我ら親子は修羅の道を征くと決めている。いまさら問いかけなどせぬ」

 

 その言葉を聞きロズ殿は大きく息を吐き出した。


「なれば、余もアゾンも同じこと。もはや問うなよ?」

「承知」

「うむ。……ああ、アゾン、いやなら逃げても良いのじゃぞ」

「逃げませんよ」


 ロズ殿の軽口にアゾンは唇を尖らせて抗議した。


 死地に赴こうと言うのに、何とも明るい出陣だ。


 私はそれがなんだか可笑しくて少しだけ笑ってしまった。


※  ※


 アーヴェスタ家の墓を知るのにさほど苦労はなかった。


 無論、街の住人に聞いて回るような真似はしていない。


 ロズ殿が死霊術を用いて周囲の死者に問いかけ、同時に私が呪術である土食みを用いて、土が記憶している周辺の歴史を探る。


 一定の深さの地層を探り当て、その土を食む。


 当然美味い訳もないが、我慢して飲み込むと土の持つ記憶が瞬時に脳裏を駆け巡った。


 土の記憶が教えるのはアーヴェスタ家の興隆の歴史。


 アーヴェスタ家の系譜は、勇者クレヴィとその仲間たちが異大陸よりアルカニアに着た頃に端を発する。


 圧政者である邪神官と激闘を続けたクレヴィの援助者の一人としてアーヴェスタは初めて歴史に名を残す。


 クレヴィが長い眠りに就いたのちには、北方を収める新たなロニャフ王国の重鎮として貴族に叙せられた。


 アーヴェスタ家はクレヴィの支援者としての名声が高く、また、それに見合った振る舞いを心掛けていたようだ。


 それから今日に至るまで多くの当主が生まれたが、自身の子を殺そうとする者はいなかった様だ。


 少なくとも、表向きは。


「……墓地はここより北、領主の館に近くの森にあるそうじゃ」


 私が土を食み、アーヴェスタ家の歴史を垣間見ている間にロズ殿は目的地を聞き出していた。


「墓地では古い霊に働きかけると良い、勇者を支援したとされるアーヴェスタ家は古い者ほど誇り高い」

「ほう、手間が省けて助かるが……古い霊に干渉するにはちと時間がかかるな」


 等と話しながら我らは墓地へと向かった。


 そして、目論見通りアーヴェスタ家の古き霊より抜け道の存在を聞き出せたのだ。


 これは、スラーニャの存在も大きかった。


 ロズ殿がこの子の命を狙う父親を排斥するために用いるのだと説得を重ね、その父が現当主すら幽閉し暴走していると訴えかけると古き霊は諦めたように教えたのだと言う。


 正直、死者の声を聞けぬ私達にはそれがどれほどの難事だったか分からないが、ロズ殿が苦労している様子は垣間見えた。


 ともあれ、抜け道の存在を聞き出した我々は今度は抜け道に通じていると言う古井戸を探し出して、順に潜ったのである。


<続く>

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